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| 令和8年7月26 | 詫び寂び |
| この頃みんな詫び寂びしか言わないけれど、本当は、幽玄・詫び・寂びの三点セットです。 幽玄とは、ありえない美しさのこと。赤ちゃんのことである。なぜ赤ちゃんが美しいかというと、その肌理(きめ)が初(うぶ)の美しさを持っているからである。「蝉が羽化する時、その羽化した瞬間の蝉の色が幽玄です」 詫びは時間の経過、寂びは朽ちて消滅する寸前をいう。発生が幽玄で、経過が詫び、最後が寂びとなる。詫びは観察して愛でることだが、寂びは自身の空想を働かせなさい、ということ。もちろん経過としての詫びの裏付けがあっての寂びです。 |
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| 今年も暑いですね。こんな猛暑の中、大汗をかいて薪を作ります。四日間で三分のニくらいまで割りました。 |
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| 令和8年7月19日 | 花斗秀男 |
| 落語でもお馴染みの"井戸茶碗"をわが家でも手に入れた。この井戸茶碗は本物なのだが、格付けでいうと下の下だろう。 リンゴに喩えるなら、五百年ほど前に、数百個の実がなったとする。その中から型や色合いに応じて出荷されて、籠に残ったリンゴなのか。されどリンゴに違いない。わが家に来た茶碗も、そのたぐいものなのだろう。 さて、お茶を頂く時は、茶碗を五感で楽しむ、といわれている。姿やお茶との色どりや香、そして掌の中での大小のころあい、ぬくもり、口づけの感触と第一にお茶の味となる。 茶を飲み終わり、椀を伏せて高台(いとじり)を見る。高台の作行が価値を決めることがある。 それにしても、わが家の井戸茶碗には銘がない。そこにまた、いとおしさがある。 |
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| 令和8年7月12日 | 器 |
| 「菊祭り」を見に行った知人が、こんな話をした。色とりどりの、美しい菊花を堪能し会場を出た。 会場出口脇に、白くて小さな野菊が咲いていた。あれほど会場に陳列された見事な菊花に感動していた癖に、一輪の野菊を見たとたん、これぞ本物の美という気がしたというのである。 派手な美しさを、さんざん見た直後だったからだろう。それだから質素な野菊の存在に気がついたというわけだ。 「一隅に、ひっそりと、光っていたなあ」友人が述懐した。 それなりに光っているのだが、いかんせん、形が小さく、見栄えが悪く、大輪の菊と並べれば、どうしても見劣りがする。本物の美がこちらにある、と感じた知人の感性は、やはり特別だろう。 ひっそりと一隅に花を咲かせている野菊 のような作品・・。 |
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| 薪を作ります。猛暑の中、三日間で三分の一くらい割りました。 |
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| 令和8年7月5日 | 安曇野ちひろ美術館 |
| 4日、(社)日府展の長野県支部会員で北アルプス展望美術館に見学と話を聞きに行きました。北アルプスが目の前に。絵画の会員は午前中安曇野をスケッチ。私たち工芸部は、道の駅安曇野松川で買い物。安曇野ちひろ美術館は広い敷地に美しい絵が飾られていた。北アルプス展望美術館の貸しギャラリーは絵と陶器が展示出来る広い部屋でした。ただ、今年は一杯で、来年の7月以後の予約となります。 北アルプス展望美術館で日府展の塚田先生と合流して、中房温泉の湯を引いている塚田先生の別荘に行く。 まず全員が温泉に浸かり、宴会。日府展長野支部を充実させる話で盛り上がる。 |
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| 今日から第33回窯焚きに向けてスタートです。まず、薪を作ります。 夢で逢うふるさとの人みな若く 風天 |