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| 令和8年6月28日 | 魯山人 |
| 魯山人は、博物館のケースを百篇覗くよりか一器を求めよ。買うこと以外道はなし、と。 また、物識りなどはなんの役にもたたぬーーとも。 |
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| 玉切り終わりました。来月から薪割です |
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| 令和8年6月21日 | ヴェルディ | ||
| 「NHK人生を奏でる家」 イタリアのミラノには老音楽家たちが一緒に暮らす家がある。百年前に作曲家のヴェルディが音楽家たちに音楽家としての人生をまっとうさせたいと私財を投じて作ったところだという。 足どりもおぼつかない爺さん婆さんが、楽器に向かうと、急にシャッキリするのが、偉いというか涙ぐましいというか。 最年長は98歳のピアニスト爺さん。きちんとお洒落して、「今日、天に召されると思ったのに、どうやら延期になったようだね。ピアノを弾いたら元気になったよ」なあんて言って笑う。いいなあ、洒落っ気とユーモア。この二つ、年をとると失いやすい。 老人となると、その人間の「格」というのが、ごまかしようもなくあらわになるような気がする。 |
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| 赤松の玉切りです。 残り二割くらいの赤松を玉切りすると、7月は薪割です。 |
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| 令和8年6月14日 | 河井須也子 (河井寛次郎の長女) |
| 呉須辰砂絵柄図柄も御手になる 扁壺も皿も玉のうてなに |
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| 今回の作品は可もなく不可もなくというところか。 野球を例にとれば、王や長嶋でも打率四割は望めない。まして穴窯では自ら納得できる作品を作るのは難しい、何によらず、産む苦しみがあって当然なのだ。 偽物と わかりし壺の 夜長かな |
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| 令和8年6月9日 | 窯出し |
| 白洲正子 昔ねえ、あなた窯あける時に私に来い来いっていったのよ。覚えている?(笑) 加藤唐九郎 覚えてます、覚えてます。 白洲正子 でもいやなんでしょ。 加藤唐九郎 どうぞ来てください。僕はやつぎばやにやるから。 白洲正子 本当、なんだか信用出来ないけど。 加藤唐九郎 そんなことないです。 白洲正子 いや重高さん(唐九郎氏次男)にそれいったら「おやじは口ではいっているけれど本当は 見られるの嫌なんです」って、私もそう思っているの。 加藤唐九郎 つい四、五日前にも窯出ししたんですがね。一つも気に入ったのがなかった。僕はほかのことは ともかくも、選定するときは厳しいんですね。だからなかなか合格品がないね。 白洲正子 それで割るわけ? 加藤唐九郎 全部割っちゃう。合格品じゃと思って出したやつでも今から見るとまた割りたくなる(笑)。"鬼ヶ島"と 名前をつけた鼠志野茶碗は、あれはねえ登り窯へ何千と入っとるうちであれ一つだけ助けただけで残り 全部割っちゃった。 |
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| 窯出しをしました。 良いもの、古いもの、新しいもの、美しいもの、それは並べられ、使われ愛されて、同じように力強く、美しく調和する。 窯から出たばかりの信楽の焼き締め壺。部屋に置き見つめる。それは、気持ちをしん・・・と静かにしてくれる。 応援に、早出、萩原、武井、小松、湊、岩田さんが来てくれた。 |
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| 令和8年6月7日 | 沈丁花 |
| どこからともなく沈丁花の香が流れ、どこかの家から、ポツリポツリとピアノの練習曲が漏れてきて、心は一瞬、あの昔のときに浮遊し、ただよう。 だが流れ去った七十八年という時間は長い。 師匠山田先生の訃報に接した二十年前もまた・・・遥か霞の彼方である。 歳月は人を待たず |
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| 令和8年5月31日 | 窯焚き五日目 |
| 加藤唐九郎 中国の文化と日本の文化の違いはそこにあると思うんです。中国の料理はおいしくて僕は好きだけれども、あれは技巧によって作り上げた料理ですわ。日本の料理というのは新鮮な材料の味ですわなあ。作らない味そのものです。やっぱりやきものもそうです。中国料理と日本料理の違いが、やきものにもその通り出てくるもの。作ったものじゃなくて、自然味をそのまま生かしていくというのが日本の陶器じゃと思うんです。作り上げるということは中国人ほど上手になれはいいけれど、日本人じゃあそこまでいかないですね。もっとも日本は生粋の味で行くよりしょうがないし、また日本民族が持っておるのはそういうものじゃから、日本人は非常に単純なものを好んで複雑なものを嫌うんですね。それは生粋の味を好むから。 白洲正子 そうよねえ。 大山レンゲが十個咲きました 日曜日 朝気温9℃。妻と二人最終の薪くべです。薪を赤松から楢にする。する。 永田さんがAM11:00〜PM3:00応援。今年は暖かい日が続き、レンゲツツジが満開です。 灰を融かすため1300℃まで上げる。窯はゴーゴーと吼える。 PM1:00奥のゼーゲルは7番8番が少し傾いている。 PM3:30、窯を閉めて水撒き、130時間の窯焚きは終わりました。八時就寝、11時間寝る。 毎日晴天続きで暑いがまずまずの窯焚きでした。三日目から食欲なく、体重は三キロ減 でした。 |
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| 令和8年5月30日 | 窯焚き四日目 |
| 加藤唐九郎 僕は学歴がないから羨むんかもしれんが、日本ではね、会社の社長は学歴いらんわね。 ところが社員になるには学歴がいるわね。ところが大学の教授は学歴いらんわね。現にわしも 大学の先生しとった。 白洲正子 実業家を止して、それで陶器に戻ったの。 加藤唐九郎 いや、それからクリスチャンになって布教して歩いた。 白洲正子 おどろいた。(笑)。 加藤唐九郎 ところが、当時の宗教界の裏が見えてつくづく嫌になって止めた。。 白洲正子 その間、やきものはずっと止めてたの。 加藤唐九郎 いや、その間もやきものはずっとやっとった。 白洲正子 あなたこれから作りたいものって黄瀬戸なの。 加藤唐九郎 いろいろあるけど、あやしきものをたくさん作りたい。僕はね古典的なものは一通りやったんだ。 もう古典的なものはあきたし、これから自分のでたらめなものを作ろうと思っている。 白洲正子 そりゃぜひ見たいね。まさかオブジェにはならんだろうし・・。 加藤唐九郎 そりゃオブジェはやらん。 白洲正子 オブジェなんてものは頭の所産で、手に芸を持つ人は、しようと思っても出来ないでしょう。 あれはこけおどしだもんね。 土曜日 鶯、時鳥、郭公など小鳥が鳴く。朝気温6℃。AM6:00 1200℃まで上げる。 朝6:00〜昼1:00まで平林さんが応援。晴れ。 湊、宮坂(由)、野中、東城、増澤(み)、伊藤(と)さんがAM10:00〜PM4:00まで応援。 PM6:00から翌朝6:00まで漆戸、蛯ウんが応援。岩田さんはPM10:00AM〜6:00まで応援。 PM6:00〜翌日AM6:00、1250℃で朝まで焚く。 |
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| 令和8年5月29日 | 窯焚き三日目 |
| 河井寛次郎と棟方志功 石井頼子(棟方志功の孫) 柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司。師と仰ぐ三人の中で、棟方が「大師匠」と呼ぶのは河井寛次郎先生のことと決まっておりました。柳、濱田両先生もそれは納得済。芸術家として、また感受性にも共通するものを認めておられたということでしょう。昭和十一年柳邸での初対面、それから一週間後には河井家の食客になり三十日余りを過すことになった棟方を、河井先生は愛情を込めて「熊の仔」と呼び、また棟方は先生を「鐘渓之神」と敬いました。この滞在で念願だった寺社巡り以上に大きく心を揺さぶったのは、河井家の暮らしであり、そこに集う人々とその話でした。人生で初めて「師匠」と呼べる存在を得た棟方は、この京都滞在で「魂が太る」経験をしたと語っています。その後の棟方は飛躍的な進歩を遂げ、代表作となる作品が次々と生まれていきました。 金曜日 朝6:00 窯の温度240℃ 気温8℃ 、一日晴、カッコー鳴く。 武井、加藤、中澤、宮坂(美)、山田、萩原、岩田さんがAM10:00〜PM3:00応援。 PM5:00に700℃。PM11:00に1000℃まで上げる。薪の燃えるパチパチという音が楽しい。 PM6:00〜AM6:00まで、早出、藤村さんが応援。少し眠れた。 |
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| 令和8年5月28日 | 窯焚き二日目 |
| 窯場の昼間は暑い。私、日ごろ涼しい老人になりたいと願っていたのですが、まだ十年ハヤイか? 窯焚きの基本は「炙り、攻め、ねらし、冷まし」、ポイントは温度ではなく、時間を含めた熱カロリー。 庭の石楠花が満開です。大葉さんご夫婦が見学。蝉しぐれ。 岩田さんが午後1:00〜6:00まで応援。 木曜日 朝、窯の温度180℃、気温は8℃、昼間は15℃、晴れ。 AM6:00-6:00。600度まで上げ、一日柴を焚く。焼き芋うまい。 窯場に薪を運ぶ。昼食は七輪で餅を焼く。明日からの応援者のため買い物。 |
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| 令和8年5月27日 | 窯焚き一日目 |
| 河井寛次郎記念館の登り窯に貼ってあった「火の用心」は火廼要愼と書いてありました。 一生働いた手を合わせてやる 山頭火 水曜日 神事 御神酒(新潟県南魚沼郡の上善如水) お米・お塩をお供えして火の神様に 二礼二拍手一礼で始める。 大葉さん見学。鶯鳴く。朝の気温、8℃で昼間は16℃。一日晴、夜小雨。 AM7:00-6:00。450度まで上げました。 ロストルで湿気を抜くため一日柴を焚きました。 温度管理のパソコンを岩田さんからお借りする。 昼食は七輪で焼肉。夕方窯を閉め、九時就寝。 |
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| 令和8年5月24日 | 夏井いつき 句会ライブ |
| さよならはどちらが先に秋の風 結婚十年目の女性の「夫と付き合っていた頃、デートの帰りにまだ一緒にいたくてどっちが先に『さよなら』言うかなって」との体験に、会場は共感の拍手。 すると女子中学生から「付き合っている相手がロクな男じゃなくて、サッサと別れるべきだと思っている女の子二人」説が出てくる。どっちが先に、ロクでもない男と別れられるか、との読みに、会場は爆笑の渦となる。 二列目にお座りの七十代の女性。ゆっくり語り出す。「これは、私と夫のことですわね。どっちが先に、この世とおさらばするか。おかげさまで、夫が先に逝きまして、私はこうして楽しんでおりますのよ」。会場は大爆笑と大拍手。 俳句とは、その字面を押さえていれば、どのように読み解いてもよいのだ。作者なりの事実や現実はあるが、それが正解ではない。自由に解釈することで、作品はますます豊かになっていくそれが俳句を鑑賞するという行為なのだ。 |
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| 令和8年5月19日 | 第73回 日府展 |
| 第73回日府展は5月19日〜27日に東京都美術館で行われます。 授賞式に行きました。今年は新たに6人の生徒さんが、素晴らしい作品を出してくれた。 授賞式は他部門の方との会話が楽しみです。全国各地の先生方と芸術、技術情報など交換します。 増沢道夫 (常任理事・審査員) 緋色壺 三鈴賞 (初代理事長 児玉三鈴先生の記念賞) 増沢ふみ子 (委員) 五月雨 入選 湊 美由紀 (会員) 胡蝶 入選 早出 英喜 (会員) 諏訪湖 新人賞 高柳あかね (準会員) 閉域からの翅(はね) 努力賞 小口ちとせ (一般) 花の輪 新人賞 萩原 正代 (一般) 友への思い 奨励賞 宮坂由紀子 (一般) 水面の溜 奨励賞 山田 尚子 (一般) 碧(みどり)〜千歳緑 奨励賞 芸術は人に見てもらってはじめて完成するものではないでしょうか。ですから、出来た作品はどんどん発表したほうがよいと思います。自分の作品を他の人がどのように見るか、を知ることは、実技を磨くうえで大事なことです。 |
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| 令和8年5月17日 | 柴 |
| 炙り焚き用の柴を用意しました。 | |
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| 令和8年5月10日 |