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模倣技術

バッハは「フーガの技法」のみならず、その作品の大半において
様々な模倣技術を用いています。模倣、すなわちいくつかのパートが
同じ旋律を別々のタイミングで奏でる手法です。
バッハは単に同じ旋律を繰り返し用いるに留まらず、
旋律の反行や拡大、縮小など様々な技術を用い、
1つの旋律に内在する音楽的発展性を引き出しているのです。

一覧表

下の表ではバッハが「フーガの技法」の中で用いた様々な模倣技術を
以下の5つに大別し、用いられた技術によって曲を分類しました。
複数の分類にまたがっている曲もあります。
なお、フーガの種類はしばしば模倣技術によって定義されています。
各曲のタイトル
反行
縮小
拡大
ストレット
カノン
Contrapunctus 1
Contrapunctus 2
Contrapunctus 3
※1
Contrapunctus 4
※1
Contrapunctus 5
Contrapunctus 8 a 3
※1
※2
※1
Contrap. a 4
in Contrario Motu
Canon alla Ottava
※1
Canon alla Decima
※1
Fuga a 2 Clav.
Fuga a 3 Soggetti
反行
縮小
拡大
ストレット
カノン
※1:曲の中で用いられる主題が、基本主題に対して反行形になっています。
曲の中で反行形の模倣が行われるわけではありません。
※2:曲の中でいられる主題が、基本主題に対して拡大形になっています。
曲の中で拡大形の模倣が行われるわけではありません。

なおバッハは、反行や拡大・縮小などによって変形された旋律を、
元の旋律から生じた副産物とは考えていません。
どちらも同じ旋律の側面であり、両者は同列に扱われています。
その証として、上の表に※1の印をつけた曲ににおいては
反行形の主題のみが示されており、また反行フーガにおいては
主題の正置形と反行形が分け隔てなく用いられているのです。

以下にそれぞれの模倣技術を説明します。

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@反行

旋律が上下転回して模倣される場合、言い換えると
旋律の音程進行を上下逆にして模倣する場合に、
上下逆の旋律を元の旋律の反行形といいます。

「フーガの技法」には大きく分けて2種類の反行形があります。
1つは第3音を軸とした反行形で、主音と属音が入れ替わります。
下の楽譜はニ短調で示された主題で、上が原形、下が反行形になります。
第3音 f' を軸に転回され、原形の主音 d' が反行形では a' になっています。

この反行形は広く用いられ、Contrapunctus45810などにおいて、
基本主題を最初に呈示する際、このタイプの反行形としています。

もう1つの反行形は、主音を軸にした反行形です。
この場合、主題は調性的に変形されています。
下の楽譜はニ短調で示された主題で、下が反行形となっていますが、
原形の主題の冒頭は5度 d'-a' の音程進行になっているのに対し、
反行形の主題の冒頭は4度 d'-a の進行となっています。

Contrapunctus3は曲集中で唯一、この反行形の主題に始まっています。
他の曲では、この反行形は主題に対する応答として用いられています。

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A縮小

旋律が音の長さを短く縮めて模倣される場合、
短くなった旋律を元の旋律に対する縮小形と呼びます。
「フーガの技法」には音の長さを1/2にした主題が見られます。

下の楽譜はContrapunctus6に見られる主題(上)とその縮小形(下)です。

同様の縮小形主題がContrapunctus7にも見られますが、
そのいずれも末尾の音形が正確な縮小形とはなっていません。
これについては実験室4で考察していますのでご覧ください。

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B拡大

旋律が音の長さを長く伸ばして模倣される場合、
長くなった旋律を元の旋律に対する拡大形と呼びます。
「フーガの技法」には音の長さを2倍にした主題が見られます。

下の楽譜はContrapunctus7に見られる主題(上)とその拡大形(下)です。

こちらも縮小形同様、末尾の音形が正確な拡大形となっていません。

拡大形の主題はCanon per Augmentationemにもみられます。
こちらは拡大形であるばかりでなく、反行形にもなっています。


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Cストレット

旋律が終了する前に模倣が開始される場合、
その状態をストレットと呼びます。非常に頻繁に用いられる技術で、
一般にフーガの要素の1つとされています。

「フーガの技法」の中では、特にContrapunctus567において、
様々なタイミング・組合せによる主題のストレットが見られます。
このため、この3曲はストレットフーガと呼ばれることもあります。

下の楽譜はContrapunctus5に見られるストレットの一例です。

一見カノンと同様ですが、ストレットは曲中の一部分で行われるものです。

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Dカノン

ある声部を他の声部がずっと追いかけて模倣し続ける場合、
この状態あるいは様式、作品をカノンと呼びます。
フーガは主題という特定の要素のみが繰り返し用いられ、
他の部分には制限がありませんが、カノンは曲全体が模倣の連続である
という制限があり、カノンとフーガは厳密には区別されます。

ただし「フーガの技法」においては、他の曲に示された主題が
カノンの中に持ち込まれており、それが繰り返し示されるため、
Canon alla DuodecimaCanon per Augmentationemのように、
カノンでありながらフーガとしての特徴を備えている曲もあります。

下の楽譜はCanon alla Ottavaの冒頭部分です。
下声が上声を模倣しており、このまま曲の最後まで追いかけ続けます。


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