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V−11 外国の問題事例を日本に直輸入して良いのか

 環境問題はその地域地域の自然の特性で対応が異なる。ヨーロッパの多自然型河川工法が日本にはそのまま適用できない場合があることは、前に述べた。

 諸外国と比べて日本の環境の特性を考えると、その大きな違いは、日本の国土は自然の回復力が大きいことがあげられる。また国土の70パーセントも占める山地が、人を寄せ付けない急峻さで、森林としての土地利用しか考えられず、その結果開発から守られているという、自然保護にとって都合の良い日本国土の姿であることもある。アルプスを除く欧州の大地が、山といっても丘陵と表現した方が適当な平坦さのため、農地あるいは放牧地にするため、森林が伐採され、結果として今になって自然保護が叫ばれていることがあるが、これは欧州の事情ではないだろうか。ランドサット衛星から撮影した日本全土の写真の色は森林を示す濃緑色一色といっても大げさでない。人間の住む平野部はごくわずかであり、そのため住環境が悪いという欠点もあるが、自然のためには良い地形である。日本には日本の事情があり、その特性をふまえた対応が必要である。

 さて、自然の回復力のことである。

 以前に聞いた話で、別荘族の家庭菜園の苦労話がある。一週間に一度しか手入れが出来ないと、その間に雑草が繁茂し、畑なのか、荒れた草地なのか分からなくなっている。雑草を抜いて元の畑に戻す苦労が並大抵でなく、自然というのはこんなにも厳しく、決して優しいという表現は使えない、と嘆いていた。この話は他面では自然の回復力の証明でもある。

 日本は高温多湿の亜熱帯気候で、地力も豊かであり、植物の生育条件がよいので、一度傷ついた自然もすぐに回復可能であるという幸運な面がある。かって、米国の事情からか、降雨により表土が喪失され砂漠化のおそれがあるという環境問題が日本にも伝えられたことがある。熱帯雨林地域でも貧弱な表土しかもたないので、樹木を伐採したあとの裸地は降雨により簡単に表土が失われ、樹木が再生せず、同様の問題があるという。しかし日本の自然で考えると、自然の回復力がよく、いったん裸地になってもすぐに草地となり、いずれは森林になるので、降雨により表土が失われやすい裸地のままということはなく、この環境問題も外国の事例として考えた方が良さそうだ。我が国の一部で見られる植生不能地は、例えば足尾鉱山で見られた鉱毒により、渡良瀬川沿岸にいつまでも植生が回復しないものとか、高山地帯の急峻な地形で、表土が一度に失われ、高山植物の生育条件がギリギリであるところから、なかなか植生が回復しないという、特殊な場所の事例と理解できる。

 以上によっても日本の自然の脆弱性を信じる諸氏に追い打ちの証拠をお見せしよう。現在でも続いている富山県の「草刈り十字軍」という自然保護運動がある。この運動の趣旨は林業に除草剤を使わないようにと、ボランティアが代わりに下草を刈り、結果として薬剤による生態系破壊を防ぎつつ林業が盛んになるという効果をねらうものである。私が言いたいのは、この作業の過酷さの方である。夏の炎天下の酷暑の中、次から次に生えてくる種々雑多な草を刈る、という作業を見ていると、植物の生命力の強さを感じざるを得ない。

 また、関東地方のあるダムの水源地で、自然保護運動の著名な方が植林運動を進める姿を見たことがある。ブナなどの苗を植えるには、まずそこに生えている笹などの草を刈ることから始まる。全くの裸地に植林するのではなく、先住者を追い払って、人間にお気に入りの植物たる広葉樹を保護し育てるという図式となる。自然は変わらないが、人間に好まれる自然にするのだという印象を持った。  これら二例は、自然保護には様々な議論があるが、「論より証拠」の証拠となっているのではないか。



以上、環境「常識」の矛盾を思いつくまま解説してきたが、このような「常識」が放置されるのも、前に述べたように素人的議論の対象になりやすく、直観的な判断を下しやすい事象だからだと考える。

 しかし、環境対策の目的は、自然が復旧するか、水質が良くなるかなどの結果を出すことにあり、ある説を唱えるにあたっては、自然の因果関係の中で、対策(原因)と目的(結果)の関係が科学的に証明されるか、そこまでは無理としても、原因があれば、かなりの確率で結果が得られるという経験則が確立していなければ、目的が十分に達成されず、単に過程を楽しんでいるだけだろうと言われても仕方がない。さらに証明不十分なその説が一人歩きすると、社会全体を巻き込んだ混乱を引き起こすこともあり、真の環境科学の発展に重大な支障をもたらす恐れがある。

 その意味で以下に(現状では)科学的でない、あるいは経験に基づいていない例を「科学的環境論のすすめ」と題し、思いつくまま解説したい。もちろん、筆者の浅学短慮により、批判を受ける部分が多いことは覚悟の上で、あえて議論を誘発しようとする意図があることもご承知の上、お読み願いたい。

 

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