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フーガ概論

フーガの基本事項

「フーガ」はある規則に従った模倣様式で、一定の形式をもちません。逆にフー
ガ様式を様々な音楽形式・様式に持ち込むことができます。すなわちフーガに
よるソナタ、フーガによる舞曲などを作ることが可能です。「フーガの技法」の中
にも、フーガ様式とカノン様式の融合が見られます。フーガは2声部以上の多声
部で作曲され、主題はその声部間で相互に模倣されます。

主題
フーガは、「主題」と呼ばれる旋律の模倣によって構成されます。主題の長さや
音域に制限はありませんが、後に述べる応答の導入をスムーズにするため、多
くの主題は主音または属音に始まります。また主題の多くは、いくつかの特徴
的な旋律の組み合わせで構成されています。
フーガの技法よりContrapunctus1の主題。主音(d)に始まっています。


主題は曲の冒頭に単旋律で示されます。アンサンブルフーガでは例外的に曲
の冒頭の主題に対して自由な対旋律がつきます。
フーガの技法よりFuga a 2 Clav.の主題。下声部に自由な旋律が伴っています。
上声部の主題は属音(a)に始まっています。


応答
曲の冒頭に示された主題に続いて、その主題の模倣である「応答」が示されま
す。応答は必ず主題が示されたのとは別の声部に示されます。応答では、基
本的に主題の旋律に含まれる主音が属音に、属音が主音になる様に模倣され
ます。応答には以下に示すいくつかのタイプがあります。

真正応答
曲の冒頭に示された主題が、完全に属調に転調して模倣される応答を真正応
答と呼びます。真正応答では主題の主音のみが応答で属音に反映されます。
フーガの技法よりContrapunctus11の冒頭。青い音符で示したのが応答で、
先に示された主題を属調に転調して模倣しています。


調性的応答
主題の主音を属音に、属音を主音に反映する応答です。従ってほとんどの場
合、旋律の音程進行が若干変更されます。「フーガの技法」に含まれるフーガ
の多くは調性的応答をしています。
フーガの技法よりContrapunctus1の冒頭。5小節から示される応答の
2つ目の音は真正応答なら e ですが、実際には d になっています。
主題の2つ目の音すなわち属音 a が、応答では主音 d に反映されているのです。


反行応答
第3音を軸に上下転回された応答です。転回の結果、主題の主音は応答の属
音に、主題の属音は応答の主音に反映されます。 
フーガの技法よりContrapunctus5の冒頭。上声部に示された主題の最初の2音 a→d が
下声部の反行応答では d→a となっており、主音と属音の入れ替えが果たされています。


変格応答
下属調に示される応答を変格応答と呼びます。主として属音に始まった主題の
応答について、属音が主音に反映され、かつ音程進行を忠実に模倣した結
果、調性が下属調になったものです。フーガの技法で変格応答が見られるのは
Contrapunctus10の1曲だけです。
フーガの技法よりContrapunctus10の冒頭。主題の3つ目の音 a が、
応答の3つ目の音 d に反映されています。
この曲は、応答が2拍ずれて示されている点でも例外的です。

「変格」とは、旋法音楽における変格旋法を示し、変格応答は本来はその旋法
の音階における応答をさしていましたが、調性音楽において変格の概念はなく
なり、下属調に置き換えて考えられたものと思われます。

対主題
曲の冒頭で応答に添えられた対旋律が、以降複数回にわたり主題・応答に伴
って示される場合、これを「対(つい)主題」と呼びます。旋律上、明確な定義は
ありませんが、強拍にフレーズの開始音を持つことは少なく、またしばしば主題
に足りないリズム・ビートを補います。
フーガの技法よりContrapunctus3の9小節〜。随所にリズムの相補が見られます。

時として、曲の途中で主題に伴って現れた旋律が、それ以降の主題に再度伴
う場合があります。この場合にもその旋律を対主題と呼びます。
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呈示部
一部の例外を除き、全ての声部に主題が呈示されるまで、1つの声部に再び主
題が呈示されることはありません。また、複数の声部に同じタイミングで主題が
示されることは無く、順次主題・応答の交互呈示を繰り返していきます。全ての
声部に主題が呈示されるまでの過程を「呈示部」と呼びます。

展開部
呈示部以降、主題は一定のルールに縛られること無く自由に模倣されます。こ
れを展開部と呼びます。調性にも制限は無く、時として遠隔調で主題が呈示さ
れることがあります。展開部には主題の模倣だけでなく、様々な要素が見られ
ます。

変形主題
主題は時として曲の途中で様々な変形を受けます。シンコペーションによってず
らされたり、装飾されたり、あるいは反行、縮小、拡大などの変形をされたりし
ます。
フーガの技法よりContrapunctus2の主題と、曲の終盤に示された変形主題。
シンコペーションによって変形されています。


また、主題の冒頭にのみ装飾が見られることもあります。
フーガの技法よりContrapunctus2の23小節〜に示された主題。


さらに、主題の変形に伴って対主題も変形されることがあります。
フーガの技法よりContrapunctus3の9小節〜に示された主題・対主題と、
55小節〜に示された変形主題・変形対主題。


ストレット
複数の主題が折り重なって呈示されることを言います。すなわちひとつの主題
が呈示され、その主題が終了しないうちに、他の声部にも主題が呈示される状
態です。フーガの技法のContrapunctus567では、呈示部にもストレットが見
られます。主題を複数持つフーガでは、各主題が同時に示される場合にもスト
レットと呼ぶことがあります。
フーガの技法よりContrapunctus5に見られるストレットの妙技。
さまざまなタイミングで組み合わせられています。


主題の断片
主題の冒頭など特徴的な音形が断片的に現れることがあります。主題全体に
よるストレットが困難だったり、ストレットにした時に主題が判別しにくくなるよう
な場合、主題と主題の断片が別々の声部に近接して示され、擬似的なストレッ
トを形成します。Contrapunctus5には、こうした目的を離れた主題の断片のみ
によるストレットも見られます。
フーガの技法よりContrapunctus8に見られる主題断片(青い音符)。
アルトに示された主題とのストレットになっています。


ゼクエンツ
モチーフが1つの声部、あるいは複数の声部に続けて繰り返し示されることを言
います。モチーフが繰り返されるたびに、その音高が変わって行きます。俗に
「バッハ・ゼクエンツ」と呼ばれる典型的なものは、Contrapunctus9に見られる
ように、2声部が同じモチーフの掛け合いをし、他の1声部が別のモチーフを繰
り返します。
フーガの技法よりContrapunctus9に見られるゼクエンツ。
ソプラノとアルトが同じモチーフの掛け合いをしています。


4声部全てがそれぞれ別のモチーフを繰り返した例もあります。
フーガの技法よりContrapunctus6に見られるゼクエンツ。
1段目で各声部に示された旋律が、2段目に繰り返されています。


カデンツァ
曲中あるいは曲の末尾において、曲が和声的に中断され、1つの声部が自由
な旋律を奏でることを言います。フーガの技法では、Contrapunctus2
Contrapunctus7などに見られます。
フーガの技法よりContrapunctus2に見られるカデンツァ。
21-22小節でソプラノが華麗な旋律を響かせます。


10度のカノンにおいては演奏者に即興的カデンツァを要求しています。
フーガの技法よりCanon alla Decimaの81小節に見られるカデンツァの指示。


Contrapunctus1のコーダの手前に見られる和声的中断などを即興カデンツの
要求と捕らえる演奏者もいます。
フーガの技法よりContrapunctus1の終末に見られる和声的中断。


オルゲルプンクト
曲の終盤において、多くの場合バスに、主音ないし属音の保続音が見られるこ
とがありますが、これをオルゲルプンクトと呼びます。オルガン曲にしばしば見
られることからこの呼び名がつきました。
フーガの技法よりContrapunctus1の終末に見られるオルゲルプンクト。バスが主音を持続しています。



フーガの種類
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フーガは、主題の数や主題の変形などによっていくつかに分類され、その特徴
的な技法を示す名称によって呼ばれることがあります。1つのフーガに複数の技
法が見られる場合、複合した名称を用いるか、あるいはもっとも強調すべき技
法によって呼ばれます。

単純フーガ
1つの主題によるフーガで、主題の転回や拡大、縮小などが行われないものを
言います。フーガの技法ではContrapunctus14などが単純フーガです。
フーガの技法よりContrapunctus1の冒頭。単一主題で主題の著しい変形はありません。


反行フーガ
主として1つの主題によるフーガで、応答が反行形で示されるものを言います。
呈示部以降、曲の途中から反行形の主題が示される場合にも、反行フーガと
呼ぶことがあります。フーガの技法ではContrapunctus57などが反行フーガ
です。
フーガの技法よりContrapunctus5の冒頭。応答が反行形で示されています。


縮小フーガ
曲の中で、音の長さが全体にわたって一定の割合で縮められた主題が現れる
ものを言います。縮小された主題が曲の途中から現れるものや、それぞれの主
題が個別の呈示部をもつものがありますが、フーガの技法では、縮小された主
題と、もとの長さの主題が、呈示部から混在しています。Contrapunctus6
は、音の長さが1/2に縮められています。
フーガの技法よりContrapunctus6の冒頭。バスの主題に続き、
ソプラノの応答が縮小形かつ反行形で示されています。


拡大フーガ
曲の中で、音の長さが全体にわたって一定の割合で伸ばされた主題が現れる
ものを言います。縮小フーガ同様、フーガの技法では、拡大された主題と、もと
の長さの主題が、呈示部から混在しています。Contrapunctus7では、音の長さ
が2倍に伸ばされています。
フーガの技法よりContrapunctus7の2小節〜。ソプラノの主題に続き、
アルトに縮小形の主題、バスに拡大形の主題が示されています。


2重フーガ
主題が2つあり、その2つが結合、すなわち同時に別々の声部に示すことが可
能であるフーガです。最初に示された主題を第1主題、次に示された主題を第2
主題と呼びます。曲の構造としては、最初に第1主題の呈示部があり、そのの
ち第1主題と第2主題が結合して示されます。結合の前に第2主題の呈示部を
置く場合もあります。バッハのフーガでは、曲の冒頭で2つの主題が結合される
ことはありません。フーガの技法ではContrapunctus910が2重フーガです。
フーガの技法よりContrapunctus10の44小節〜。2つの主題が同時に示されています。


3重フーガ
主題が3つあり、その3つが結合、すなわち同時に別々の声部に示すことが可
能であるフーガです。3番目に示された主題は第3主題と呼ばれます。基本的な
構造は2重フーガと同様ですが、各主題の呈示の仕方で様々なヴァリエーショ
ンが考えられます。Contrapunctus811が3重フーガです。
なお、バッハの時代にはまだ3重フーガという語は定着しておらず、「3主題によ
るフーガ」などと呼ばれていました。
フーガの技法よりContrapunctus8の147小節〜。3つの主題が同時に示されています。


「鏡像」フーガ
バッハ本人は「転回対位」(Contrapunctus inversus)と呼んでいますが、今日
では一般に「鏡像」と呼ばれています。主題の扱いに関わるものではなく、転回
対位法によって曲全体を上下転回できるように作られたフーガを言います。フー
ガの技法においては第3音を軸として転回されるため、転回後もフーガとして成
立するためには、調性的応答でなければなりません。Contrapunctus12a3
これに当たります。
フーガの技法よりContrapunctus12の冒頭。下段が転回形です。


技法の複合
以上のような各種フーガの技法が一曲の中にいくつも盛り込まれることがあり
ます。例えばContrapunctus7は反行、縮小、拡大の各技法が見られますし、
Contrapunctus11は3重フーガで、かつ反行形も見られます。これらすべてを分
類上の名称にすると呼びにくいため、通常Contrapunctus7は反行フーガ、
Contrapunctus11は3重フーガ、などとシンプルに呼ばれます。


カノンについて
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「カノン」は、フーガとは違い、後続声部が先行声部を忠実に模倣し続けます。
原則としてその模倣は曲の最後まで続けられます。「フーガの技法」「音楽の捧
げ物」などいくつかの曲集の中で、バッハは多くのカノン技法を駆使しています。

同度のカノン
カノンの中ではもっとも単純なものです。後続声部は先行声部を一音も違わず
に模倣します。「輪唱」も同度カノンの一種といえます。
「音楽の捧げ物」より同度のカノンの作例。


各度のカノン
後続声部が上下音程間隔を置いて先行声部を模倣します。その間隔に応じ
て、「5度のカノン」、「8度のカノン」などと呼ばれます。いわゆる「ゴルトベルク変
奏曲」BWV988 においてバッハは、先行声部と後続声部が1度から9度までの
音程間隔をとったカノンを作っています。
「音楽の捧げ物」より5度のカノンの作例。


反行カノン
後続声部は先行声部を上下転回して模倣します。バッハの反行カノンでは、多
くの場合、後続声部が第3音を軸に上下転回されます。どの音を軸にして上下
転回するかによって、さまざまな音程間隔が生じることになります。
「音楽の捧げ物」より反行カノンの作例。
後続声部(青い音符)は第5音(g)を軸として転回されています。


蟹行カノン
逆行カノンとも呼ばれます。一方の声部が他方の声部を最後から最初に向かっ
て模倣します。すなわち、お互いに逆行する形になっています。
「音楽の捧げ物」より蟹行カノンの作例。2つの旋律が互いの逆行形となっています。


拡大カノン
後続声部が先行声部の音の長さをすべて一定の割合で伸ばして模倣します。
これに反行形などが組み合わせられる場合があります。カノンではフーガと違っ
て、縮小カノンはありえません。音の長さを縮めると、後続声部が先行声部を追
い越してしまうからです。
Choral"Von Himmel Hoch"BWV769 より第4変奏。
後続声部(青い音符)は先行声部の音の長さを2倍に拡大して模倣しています。


2重カノン
同時に演奏される2つの旋律が、それぞれ後続声部に模倣されるカノンです。
反行カノンなどと組み合わせられる場合もあります。
「種々のカノン」BWV1087より第5カノン。反行形による2重カノンの作例。


3重カノン
同時に演奏される3つの旋律が、それぞれ後続声部に模倣されるカノンです。2
重カノンと同様に、反行カノンなどと組み合わせられる場合もあります。
「種々のカノン」BWV1087より第13カノン。反行形による3重カノンの作例。


謎カノン
これはカノンの様式ではなく、特定の記譜法で書かれたカノンのことを言いま
す。すなわち楽譜にはカノンの先行声部のみが記され、そこに後続声部の開始
点や音程間隔、反行、逆行などを示す記号、キーワードなどが添えられます。
演奏者はそれにしたがって後続声部を加え、曲を完成させます。
「音楽の捧げ物」より謎カノンの譜例。2つの音部記号と米印が見られます。


無限カノン
リピート記号によって繰り返され、後続声部が先行声部をずっと追いかけ続ける
カノンを言います。曲の終点は記号が記されている場合とそうでない場合があ
り、曲の終点が明確でない場合には、演奏者に任されます。
「種々のカノン」BWV1087より第3カノン。譜例はその全曲で、明確な終点が記されていません。



その他、作曲技法など
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2重対位法
同時に示された2つの旋律が、その上下位置を入れ替えることが出来るように
作られたものを、2重対位法と言います。
フーガの技法よりContrapunctus8に見られる2重対位法。
170小節〜と182小節〜とで、2つの旋律の上下が入れ替わっています。


また、同時に示された2つの旋律について、両旋律の音程間隔を変える事が可
能ものも2重対位法といいます。音程間隔を3度変えられるものを「10度の2重対
位法」、5度変えられるものを「12度の2重対位法」と呼びます。この場合でも、
上下位置の入れ替えが行われます。
フーガの技法よりCanon alla Duodecimaに見られる12度の2重対位法。
74-75小節と76-77小節とを比較すると、黒い音符の音は同じであるのに対し、
青い音符の音は76-77小節では5度下にずれていることがわかります。


これに対して先に述べたような、上下位置の入れ替えのみ可能なものは、「8度
の2重対位法」になります。
「10度の2重対位法」では、Contrapunctus10のように、音程間隔を3度ずらした
旋律が元の旋律と同時に示されることがあります。
フーガの技法よりContrapunctus10に見られる10度の2重対位法。
ソプラノとアルトに同じ旋律が3度差で重複して示されています。


転回対位法
フーガの技法のContrapunctus12に見られるような、曲全体を上下転回するこ
とができる作曲法のことです。フーガの技法では第3音を軸として上下転回され
ています。
フーガの技法よりContrapunctus12の冒頭。上段が原形、下段が転回形です。


転回したあとの終始和音や和音の第2転回形の発生に留意する必要がありま
す。また半音階進行の使用はあまり好ましくないなど、作曲上さまざまな制約
が付きまとう高等な技法です。

リズム補完
これも仮にリズム補完としてみました。フーガについて言えば、曲頭の拍子記
号に関わらず、呈示部の終了までに刻まれたビートないしリズムが、部分的な
例外を除いて、いずれかの声部によって常に刻まれ続けます。カデンツなどに
よって断絶することがあります。
フーガの技法よりContrapunctus3の結末に見られるリズム補完。
各声部に青で示した音符が、互いに補い合って8ビートを刻んでいます。


声部の維持
フーガにおいて原則として呈示部以降、新たな声部が追加されることはありま
せん。ただし、例外的に曲の末尾において声部が増加することがあります。
呈示部に示された声部は曲の最後まで維持され、消失することはありません。
声部が交錯し入れ替わったまま放置されることはありません。また、声部の交
錯が長く続くこともありません。

音域の維持
4声部の曲においては、各声部が一定の音域を守って示されます。
3声部の曲では中声部にかなりの自由が許されます。
2声部では両声部にかなり自由がみとめられますが、互いの音域を侵害しあう
ことはあまりありません。
どの声部数においても、原則として最高音、最低音が守られます。転回対位法
など技術的な理由によって例外的に上下音域が破られることがあります。


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