令和8年2月15日 石川珠美 岡崎市 51歳
凍えるような寒い朝、悴(かじか)んだあなたの手から、猫柳の枝を受け取りました。
「今年は少し早いけど」とだけ言って、あとは何も言わないあなた。でも私にはわかるんです。早朝の堤防を、猫柳を探して歩き巡ったことも、冷たかったことも。そして働いている頃は、貴重な休憩時間を費やして採って来てくださったことも・・。
そんなあなたの、素朴な優しさが大好きです。
精一杯の一途な愛情表現がとっても嬉しいです。ありがとう。私にとっては、高価な銀の指輪より、あなたからプレゼントされる猫柳の、銀色の輝きの方がはるかに価値あるものなんですよ。
ねこやなぎ 夫(つま)より貰う 誕生日
斧入れて香におどろく冬木立 蕪村
鼻の奥の方に木の香りがツーンとしてきますね。

令和8年2月8日 川柳 田辺聖子
これほどの腹立ちを女『かんにんえ』馬場緑天
こういう京都弁を出しているところが、緑天さんのもう曲者の心憎いところです。これはね、大阪弁やったら、「かんにんやで」とか言えるんですけど、「かんにんえ」は京都弁で冷たく聞こえます。京都弁を出したところが女の曲者のところですね。男のほうは「腹立ちを」っていうのは、よっぽど何かあったんでしょう。だから、思ってるところを聞こうじゃないかと、男のほうはその覚悟で向かってるのに、かるく「かんにんえ」って言われたらどうする。肩すかしです。
この京都弁というのは、こういうときにほんとにしれしれと聞こえますからね。
「原稿できましたか」って聞かれて、「かんにんえ、まだやねん」っていうたら、怒らはるやろな。
(笑)まじめにやりましょう、なんて。電話線が火噴いたりしてね。(笑)
午前中は一時間半ほど歩く。諏訪湖には白鳥が来ている。

令和8年2月1日 川柳 田辺聖子
部分品がもうおまへんと言われそう 麻生路郎
この「おまへん」という大阪弁がよく効いていますね。やっぱり川柳は足取り軽く詠んで、面白いねと言って、一笑して、すぐ忘れてしまって、だけど、何かのときに、ふっとまたその句を思い出して、よう言うてるなと感心する。こういう人生の楽しみが川柳にはありますね。
ーーと、この句を鑑賞することができますが、実作の場ではこの句は、のっびきならぬ人生の淵に立たされたときの作です。亡くなられる数か月前の、入院中の句。路郎さんは迫りくる結末も予知しつつ、柳人らしく大阪弁で韜晦して微苦笑しています。男らしいブラックユーモア。ーーすてきです、この句。

令和8年1月25日
米にも芸名
この言葉の奥の深さに驚きます。
「ひとめぼれ」とか「どまんなか」 とか・・よくつけますよね。
遠き日の遠さ見つめる夜寒かな

令和8年1月18日
いつになく早い雪景色。シベリアから吹きつけてくる風が、野辺の雪を舞いあげている。
季節は凛として冬へ。穴窯の樋から下がる氷柱が、今朝は立派な剣になっている。
雪は好きですか。雪は凍った雲の白い結晶。雪は冷たい。雪はきれい。雪景色は明るい。雪は静けさを増幅する。
私は雪が好きです。子供は雪が好きだ。山小屋近くの人は雪を嫌う。雪は邪魔物、除雪をしなくてはならない。
雪は天然のダム、春には雪が溶けて、大地を潤す。
冬は少し哲学的になって、自分の人生の来し方行く末に想いを巡らせてみるとき。
休むというより幸福を確認するだけの時間をきちんと持たなければ、人生は灰色です。

令和8年1月11日
いよいよ本格的な冬である。朝起きて新聞を取りに行くときに外の寒暖計はマイナス10℃、そう、寒い日は気持ちがいい。
冬の散歩。冬枯れた野山を歩くのは愉快だ。草は枯れ、木々はその葉を落として森は明るい。
夏には緑のバリケードで遮られていたところまで、冬には歩み入ることができる。
足もとに霜柱、吐く息は白く、深呼吸をすると肺が傷む。
滅多にないが、零下十五・六℃になると、雑菌が死ぬのか、空気はいちだんと清浄になる。

「ただ過ぎに過ぐるもの 帆かけたる船。人の齢(よはひ)。春夏秋冬」 清少納言

令和8年1月4日 夫婦 稲垣マユミ36歳 神奈川県
大学四年の春、似合いもしない紺のスーツに身を包んで過した就職活動中のことだった。
大阪の地下鉄の暗い、陰気なトイレに慌てて入って驚いた。ねずみ色の服を着た年老いた男が、ひとり宙を見つめて突っ立っていたからだ。私はあからさまに嫌悪感を表し「ここは女子トイレよ。なんであんたがここにいるのよ」と、その気の弱そうな男をおもいっきり睨みつけた。思うようにならない現実にぶち当たっていたし、前日も痴漢に遭って、ほとほとうんざりしていたこともある。
そんな私に、思いがけずその男は、ペコンと頭を下げた。
「うん?」
そのとき、個室から「おとうさん、終わりましたよ」と、年配の女性の声がした。私の前を申し訳なさそうに過ぎて、男は個室に向かう。女性はふらつく身体を彼に支えられるようにして出て来た。肉がこそげ落ちた痩せた身体、、筋が走る細い腕の先にある杖。足もとが定まらず、一歩一歩進むのに哀しいほど時間がかかる。水道の蛇口も彼がひねる。洗い終わった手を、彼がタオルで拭いてやる。そして、二人は丁寧に私に頭を下げて、ゆっくりゆっくりとホームへ続く階段を下りていった。
私はただ、じっと見ていた。見続けていた。身体が動かなかった。
「夫婦とはこういうものなのか」
感動と激しい後悔が私の中で渦巻き、熱く火照りだす。
彼は、どんな気持ちで、この若い娘の侮辱に満ちた視線に耐えていたのだろう。気がついたら声を上げて泣いていた。

令和8年1月3日 妻から夫へ 中川曙美 68歳
今朝、あなたはセーターの袖に片足を入れて、困った顔で「母さん、このズボン、小さくなって足が入らないよ」と言った。私はびっくりして、「嫌だ、よく見てよ、それはセーターでしょ」と言って、無造作に着替えを手伝ってしまいました。
難病で脳の手術をしてから二年目、寝返りも食事もできず、生活のすべてに私の手を必要としていたあなたが、すごい努力をしてひとりで家の内を一歩、二歩と歩けるようになり、食事も流動食から普通食へと変わりました。
今朝は、きっと着替えを自分ひとりでやってみたかったのですネ。
あなたが「母さんを少しでも楽にしてやりたかったんだよ」と、ポツリと言ったとき、私はハッとしました。
あなたが私のことを思ってくれているやさしさに、私は応えていたでしょうか。ごめんなさい。
介護は、受けている人の方が辛いことを教えてくれたあなたに感謝します。

令和8年1月2日 インド
古いインドには、人生を四つの時期に分ける考えがあった。
学生期 若いうちに様々な物ごとを学び、経験を積む時期。
家住期 社会に出て一家をかまえ、仕事に励む実践の時期。
林住期 生きるための仕事からリタイアして、人生とは何かを思考する時期。人間のもっとも充実した季節。
遊行期 家を離れて旅に生きる放浪の季節。この時期にこそ、人間の一生の静かな輝きが見られる。
考えてみると、現在の私たちは、季節の流れのように順を追って人生を生きることが不可能な時代に生きているのかもしれない。現に私もそうだ、今現在も学ぶべきことは山ほどある。この町に陶芸の灯を消さないと始めた教室も長く続いている。はたしてこの年齢でいつまで続けられるのだろうか、気が遠くなるような感じがする。しかし、なにか見えない力が私をつき動かしている。山小屋の庭を真っ白にしている雪を見ながら、これからも出会うであろう生徒さんへの期待に若者のように胸ふくらむ感覚がある。この先に何が見えてくるのか、それが見えたとき、私は何処にいるのか、私の真の遊行期は、まだ始まったばかりなのかもしれない。

白湯一椀 しみじみと 冬来たりけり

令和8年1月1日 有悠無憂 (ゆとりあればうれいなし)
10年ほど前までの私は何でもきっちり、早く仕事をしていた。
私の考えが変わったのは八年ほど前に大きな病気をしてからのこと。
それからは、次にすることを決めて自分を追い込むようなことをしなくなった。
「今日できることは、明日に延ばせ」これが私の最近のモットーである。
でも、ぼんやりと考えていることがある。今年秋の 楽陶の会の美術鑑賞旅行 と、来年秋の??である。
快食快眠、よく動き、毎日笑って暮らしている。これが健康的生活であろう。
湯豆腐や 何の野心も なき世なり