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令和7年8月31日 | 西条八十 |
西条八十の法名は「詩泉院釈西条八十」という。千葉市郊外に生前、自分と晴子夫人の墓を建立し、その墓碑には次の文章が刻まれている。 われらたのしくここにねむる。離ればなれに生まれめぐりあい、短き時を愛に生きしふたり。悲しく別れたれど、ここにまた心となりてとこしへに寄りそいねむる |
令和7年8月17日 | 森本毅郎2 |
山田洋二さんのユーモアを物語るエピソードにこんな話がある。 まだ学生の頃、新宿の百円食堂によく通った。カレーライス百円、天丼百円、うな丼百円・・。なじみの客は大抵カレーライスを注文する。百円に見合った中身だからである。 ある日、中年の女性が、うな丼のチケットを店員に渡した。彼は心の中で「よせばいいのに」と思いながらカレーを食べ続けた。やがて蓋つきの丼が運ばれてくると、その女性は顔をかがやかせた。そして丼の蓋をとった途端、小さな声で「あっ」と叫んだ。 見ると、御飯の上に、小さなうなぎらしき切れはしがちょこんとのっていたのである。婦人は自分の期待していた「うな丼」と現実のそれとの間に大きな落差があったから、つい叫び声をあげてしまったのだ。 山田さんは思わず噴き出した。「だからいわないこっちゃない」そう心の中で呟いた。 婦人は気を取り直し、やがてその「うな丼」を食べ始めた。小さなうなぎの切れはしを口に運んでいるその姿を見ているうち山田さんはふと彼女の境遇を想像した。 「ひょっとして彼女のご主人は戦争で亡くなったのかもしれない。子供をかかえて女手一つで働きに出ていて、今日は給料日。ひと月汗して働いて得た月給で子供にも内緒でささやかな贅沢をと、思い切ってうな丼を頼んだのかもしれない。だとすれば、カレーライスではなく『うな丼』でなければ意味がなかったのだ」 そんな風に考えているうちに、彼はその婦人の様子がおかしいというよりもむしろ哀しくなってきた。 「私の描くユーモアは、こうしたものなんですね」と山田さんはしみじみといった。 |
令和7年8月15日 | 森本毅郎1 |
山田洋二さんは決して難しい理屈は語らなかった。 「寅さんの映画は、とりたてて物珍しい筋立てがあるわけじゃありません。寅が惚れて、ふられるだけの話です」と山田さんはいう。「私はね、喜劇を作ろうなんて思ったことはないんです」 柴又のだんご屋で皆がメロンを食べる。そこへ寅さんがヒョッコリ顔を出す。みんなは寅さんの分がないのに気付く。寅さんは真剣に怒り出し「俺のメロンはどこ、俺のメロン」と絶叫する。 ここで観客は笑いころげるのだか、寅さんにとっては笑うに笑えない状況なのだ。みんながいつも世話になる寅さんの存在を忘れてしまった。あわてて自分のメロンを差し出す親切よりも、はじめから一人自分の為にとっておいてくれたメロンが欲しかったのに、そう思うと寅さんは悲しい、侘しい。 「俺のメロン」という寅さんの叫びは、人間同士の思いやり、心の優しさへの切実な願望なのである。続く |
令和7年8月14日 | 夏井いつき、と妹 |
夏井 いずれにしても一人目の育児は肉体的にも心理的にもしんどいもんやね。私の俳句友だち、ぽぽんたちゃんの娘も産後&育児ブルーになってたらしく「組長、何か励ましてやってください」って言われて、即興の一句を詠んだのよ。 「食って泣いて放(ひ)って赤子の春である」という句を色紙に書いて。 その句の横には私の似顔絵を描いて、吹き出しを付けて「ファイト!そのうち自分でウンチ拭く!」って。 妹 ははは? 夏井 ぽぽんたちゃんの娘は、せっかく詠んでやった俳句よりも「そのうち自分でウンチ拭く」の吹き出しに励まされたって(笑) 妹 まぁ、いずれ拭くよ。で、またいずれ自分で拭けなくなるけど。 夏井 ははは、そういうこっちゃ。 |
令和7年8月13日 | 老妻 |
すずしさのいづこに坐りても一人 蘭草慶子 還らぬ人への一句です。生前はいつも一緒だった二人。縁側から庭を眺める時も、食事をする時も、なんにもしていない時も・・。いつも傍らにはその人がいた。しかし、かって二人が時を重ねた場所には、ただ涼しい風が吹き抜けるだけ。 「いづこに坐りても一人」という表現には、淋しいとか悲しいなどという言葉を超えた作者の慟哭が読み取れます。 老妻とダジャレの応酬日々楽し |
令和7年8月10日 | シルバー川柳 |
年歳(とし)で知ることの多きよ夏野行く ビールあり世話女房あり夜風あり 角がとれ丸くなるのは背中だけ |
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蝉が鳴いている。 病に倒れてから、虫でも草でも、生きているものの存在が真っすぐ心に迫る。 「いま」「ここ」に「生きている」。 ただそれだけで、涙ぐんでしまう瞬間がある。 蝉が鳴き続けている。 |
令和7年8月3日 | エゴノキ |
うつむいて咲く花には捨てがたい味がある。海棠や紅どうだん、更紗どうだんは花色ゆえにかえって華麗に思えるが、白い花はいたいけない。似た花で山に咲くものとなると
"えごの木" だろう。昔の子はこの花を水につけてシャボン玉を作った。谷や沢に咲くせいか、水に縁が濃く、涼やかでしおらしい花である。 えごの花雨の小径を明るくす 笹節子 えごの花森暗ければ匂いけり 泉六秋 今朝の青葉を清々しい気持ちで見ることが出来ました。 |
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夕菅 | クレナイ | 農業大学のお花畑 | 山紫陽花の挿し木 |
令和7年7月27日 | 霧の森 |
山を歩いていて、最もこころが穏やかに、じんわり感動するのが、雨の森や、視界の効かない霧がかかるときだ。 晴天の絶景の爽快さとはまた違う、自然の表情。 そんな日に、運よくひとり森の中ですごせるのは至福の時間。 雨の日も雪の日も、四季の中に生きている自然を見ることができる山小屋。 山に住むと健康な心が根付く。 |
令和7年7月20日 | 夏井いつき |
風生と死の話して涼しさよ 高浜虚子 弟子で友人の富安風生と、籐椅子などに並んで腰かけ、庭を見ながら話をしている。山の家は町の家よりは涼しいが、それでも蝉が鳴いて暑い昼である。辞世の句の話から発展して、誰それが死んだ、あの人ももう長くないらしいという話題になった。それぞれが夢を語るように、いかに死ぬかを話す心地のなんと涼やかなことか。 他の物事とまったく同じように、自分の事も客観的に見て詠むのは俳句の基本。俳句をするって事は、結局いかにさばさばと死ぬかって事を、日々ちょっとずつ練習しているのかもしれない。還暦過ぎた友人が集まると、墓の話、実家が空き家って話ばっかり(笑)、笑いごとやないよね。 |
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病気の最中は、歩いている時地面しか見てなかった。散歩してても下ばかり見ていた。 やっと少し気持ちが落ち着いた時、空ってこんなに高かったのかと思って。 人間は健康だけで結構楽しい。八ヶ岳は自然のままで結構楽しい。 今年はきっと暑い夏になる。燕がいつもより多いようだ。 |
令和7年7月13日 | 外山道子 (長野市 主婦 56歳) |
夫が五十五歳で急逝して四年目を迎えた。日々の雑事や仕事に追われ、あっという間の時だった。 先月、四年ぶりに松本まで中央線に乗った。車窓から懐かしい六月の花が見えた。 白いアマドコロの花とピンクのウツギの花がたわわに咲いていた。 夫とはいつも、信州の山歩きや四季折々の花の旅をしていた。四年ぶりの花々との出会いに胸がいっぱいになった。 トンネルを抜けると、まばゆいばかりの残雪の北アルプスが目に飛び込んだ。どれも夫と歩いた山々だ。 この四年間、ひたすら二人の息子と共に、夫への感謝と思い出を胸に、悲しみは心の底にしまって生きてきた。 山の花々に出会うこともなく過してきた。そうだ、また山歩きをしてみよう。 梅雨も明けた。夫と最後に見たヤナギランの花を訪ねて、夏の山に行ってみよう。 |
令和7年7月6日 | 夕立 |
夕立のあと夕空の残りけり 今井杏太郎 俄にかき曇ったかと思いきや、大粒の雨が降りはじめました。夕立は雷を伴う激しい雨ですが、早く降り止むのが特徴です。 さて、夕立の去ったあとには洗いざらしの夕空が残されました。夕立の濁った空とは比べものにならないほど美しい空です。雨後には涼しい夕風も訪れたことでしょう。 雨もまた良し、そんなゆとりを持って毎日を送りたいものです。 |
令和7年6月29日 | 蓮如 |
蓮如は浄土真宗のお坊さんである。 この浄土真宗の教えをひらいたのは、有名な親鸞である。辞書などでは親鸞に関して、浄土真宗の開祖などという説明がされているので、本願寺を作った人と誤解されることもあるようだが、そうではない。親鸞は関東を中心にすくなからぬ信奉者をあつめ、帰依する人も多かったが、いわゆる教団を組織しなかった。道場で布教はしても、本山といえるような寺はもたなかった人である。親鸞の死後、近親者の手で簡素な墓がつくられる。それはやがて彼を慕う地方門徒たちの協力で廟として形をととのえていくのが、本願寺の出発点である。 八代目の蓮如までの本願寺はすこぶるみじめなものだったらしい。比叡山延暦寺の裾野のはるか下の方につらなる、天台宗の末寺といってもいい影の薄さだったようである。蓮如はそんな寺に、使用人として働いていた「いやしき女」を母として生まれた。 蓮如にまつわるエピソードは、数えきれないほど多い。なかでも有名なのは、彼の子沢山と、八十過ぎて子供を作ったエネルギーに関する話題である。なにしろ生涯に五回結婚し、二十七人もの子供を産ませたのだから。 「相手が若けりゃ、俺にもできる」と胸を張った作家もいたが、空威張りのような気もしないではなかった。 |
令和7年6月22日 | 水垣洋子 |
ほのかに匂う 沈丁花 あのときと同じ道 あのときと同じ匂い 違うのは わたしだけ |
令和7年6月15日 | 野鳥 |
この季節、早朝薄暗いうちから野鳥たちがさえずり始める。 心地よい目覚め迄のひと時、ぼんやりと野鳥たちの声を聞き分け、その姿や名前を思い浮かべてみる。 かっての私なら聞き分けられなかったが、最近少しわかるようになってきた。 書を伏せて午睡「唐詩選」の音りんりん 万巻の書読み残しておれガンになっちゃって |