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III
単一主題によるフーガ、4声部、4/2拍子、39小節


フーガの技法出版譜のContrapunctus2にあたる曲です。
古風な声楽的作品に多く見られる4/2拍子で書かれています。
この拍子は、出版譜において2/2拍子に改められました。
このため、 I II同様に出版譜では小節数が倍増しています。


実際の自筆譜は出版譜と同じく4段(1声部1段)で書かれています。

ヴィーマー(Wiemer,W.)の調査やディルクセン(Dirksen,P.)の演奏により、
この曲はもともと付点リズムではなかったことが明らかにされました。
つまり、最初に作曲された時には次のような曲だったのです。




というのも自筆譜Vにおいて、付点の多くが8分音符の右ではなく、
上や下(符尾の反対側)に書かれているのです。
これはキッチリつめて書かれた8分音符に、あとから符点を
加えようとしたため、やむなく上や下に書き入れたものと見えます。
同様にXIVにおいても付点や旗があとから追加されています。
これらがあとから付け加えられた物であることは、
VIIVIIIの付点の書き方と比較しても明らかです。

曲のイメージを180度変えるこの変更のおかげで、主題は同じでも
 I IIとは違う実に軽快な曲に仕上がっています。

自筆譜と出版譜を比較すると、旋律の変更があちこちに見られますが、
とりわけ重大なのは20小節における変更です。
下の楽譜のテノールは主題、アルトは対主題なのですが、
出版譜では対主題を中断してバスに新たな旋律を加えているのです。


小節数が倍増しているため、Vの20小節はContrapunctus2の39-40小節に当たります。

自筆譜のこの部分では、バスが7小節(曲全体の約1/6)という
長い間休止しており、おそらくその休止の間、音の厚みに欠ける点が
バッハは気に入らなかったのでしょう。そのために対主題を
犠牲にしてまでバスに新たな旋律を加えていることから、
バッハがいかに作品の音楽性を重視していたかがわかります。

曲は39小節(出版譜における77-78小節)で終了しています。
出版譜ではこのあとに6小節のコーダが追加されています。



そして自筆譜の39小節では、極めて異例の事態が起きています。
曲は、属和音で終わっているのです。フーガの技法の
自筆譜、出版譜を通じて、属和音で終わっているのはこの曲だけです。

そこで思い出されるのがカンツォーナBWV588です。
一種のフーガであるこの曲は、大きく前半・後半に分かれており、
後半では前半の主題が変形されて登場します。そして、その前半は
属和音で終わっているのです。フーガの技法自筆譜のVとIVの関係は、
カンツォーナの前半と後半の関係に似ているのです。

おそらくバッハは古式な多部分フーガ(こちらを参照)を意識して
フーガの技法を作り始めたのかもしれません。つまり個々の曲を
独立させずに、1つの連続した作品と考えていたのではないでしょうか。
それがやがて曲が増えるにつれ、個々の曲の性格が多様になり、
1つの連続した作品と捉えるには無理が生じたのでしょう。

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