諏訪湖(小さく富士山)


   
 

平成18年12月31日
 1年
今年もまた政治家、官僚、企業のトップが犯罪を犯しテレビでよく謝っていました。いつも、3〜4人がすっくと立ち45度に頭を下げる。もう正直、見厭きたね。

逮捕者2名、自殺者2名、懲戒免職8名、4800名(6割)が処分されたのは岐阜県の裏金問題。公務員は、高い給料、高い年金(厚生年金と一元化するため1割削減する予定だが半分にしなくては平等にならない。)、安い家賃の官舎、各種闇手当て(住民と接する不快手当、雨が降れば雨降り手当)、滅茶苦茶高額の退職金、そして、自分たちが利益を受けるために、うるさい政治家にも恩恵をお裾分けしている。
  公務員とは、自分の金で飲み食いしない人種なり

知事が3名逮捕された。
動機はお金で、テレビの会見では絶対にやっていないと云いながら、逮捕されるとすぐに認める。政治家は嘘をついてもいい? 何の理念もなく、ただ、地方のボス、官僚、仲間の代表が知事になってしまっているから、選挙で面倒を見てくれた人に「天の声」を出してしまう。官制談合は公共工事の落札率で分かる。ワースト1位 宮崎県96.6% 2位福井県96.5%。 ベスト1位宮城県75.6% 2位長野県78.6。数年前に、田中康夫元長野県知事と対立した県職員に電話、メールが殺到した時、県職員は恐ろしさを感じたという。「お上にものが言えるんだ」という庶民の意識の変化。そして、庶民の役人に対する底知れぬ憎悪。

和歌山県知事選の投票率は35%と関心は高まらず、県民は選挙に背を向けた。不祥事続きの自治体といえども、現職知事の逮捕は滅多にあるものではない。県庁に捜査のメスが入った時、関与を強く否定していた知事は、実際は談合の中心で賄賂を受け取っていた。その金で旅行に行っていたと聞かされれば、県民はあきれるしかない。「選挙でうまいことを言われても信用できない」「知事なんて誰がなっても同じ」と考えたことは容易に想像がつく。県民はお粗末な県庁や政党にあきれ、県政の再生をあきらめている。

いじめによる子供の自殺。いじめと言う言葉ではなく、恐喝、暴行、猥褻、強盗、詐欺、殺人、とすれば、子供心にも犯罪の自覚が生まれると思うのだが。

郵政改革反対の議員が自民党に復帰したが、去年700億円もかけたあの選挙は何だったのか。税金のムダ使いだったと思う。個々人の納税額は少なくとも、日本全国民の税金は多額だ。

公平な競争なら強い者が弱い者をいじめても良いという日本型自由競争。金を持った者が勝ちの「拝金主義」が横行していますが、来年は楽しく元気を出していきますので、よろしくお願いします。

今年は本焼き15回、素焼き1回と昨年の半分しか焚けなかった。

平成18年12月24日
 オーブン陶芸
「ろくろ倶楽部」を開発したタカラトミー。
自宅で手軽に陶芸を体験できるホビー用品が団塊世代を中心に人気だ。小型の電動ろくろで専用の土を形作り、オーブンレンジで焼くだけ。道具一式で約1万円という低価格も受け、9月末の販売開始から3万個を販売した。

平成18年12月17日
 団塊の世代
○定年後は年金だけで生活できるか
   年金だけでは生活できないと思う  88%
   年金だけで生活できる        12%
回答の中には「年金は減らされていくと思う」「年金制度自体が当てにならない」などのように年金制度に不信感を示す人も少なくない。制度設計通りに年金が本当に受け取れるのか、多くの人が心配しているようだ。

○定年後に打ち込みたい趣味や活動はあるか
   ある         69%
   ない         31%
その対象を尋ねると「花と植木」「山歩き」など従来からの趣味に打ち込みたい人が多い。また、「ボランティア」活動に参加して地域社会に役立ちたいという人も目立った。
一方、「ない」人に理由を尋ねると「何をしていいのかわからない」「仕事をやめてみないと想像がつかない」と言う回答があったが、気力、体力に余裕があるうちに、新しい世界にチャレンジする事が大切だ。

○90歳まで生きたいか
   生きたい       42%
   生きたくない     58%
回答の中には「体の自由がきかなくなり、楽しいこともなさそう」「自分で何も出来なくなりそう」と、健康面の不安から生きたくない人が多い。一方、「すごくお金がかかりそうだから」などと、金銭面に不安を感じて生きたくない人も目立つ。

平成18年12月10日
 美の巨人たち
11月11日TV 「美の巨人たち」で鴨居 玲「1982年 私」 石川県立美術館 を放送していた。
俵 万智の 『珍しく饒舌になる父がいて「鴨居玲」とはいかなる絵描き
 が昔から気になっていたので調べてみた。
鴨居玲
1928〜1985
1928年長崎に生まれ(瀧悌三氏による伝記『一期は夢よ 鴨居玲』)1985年に57歳で死去した画家である。
鴨居玲の死は新聞や年鑑の記事は死因を持病の狭心症としているが、事実は自殺。
自らを見つめ生涯自画像にこだわり続けた洋画家・鴨居玲。石川県立美術館に収められている彼の代表作「1982年 私」。縦1・8メートル、横2.6メートル200号の大きな作品。中心には、真っ白のキャンバスを前に為すすべなく茫然自失する画家の姿があり、その周りには廃兵、ピエロ、老婆などくすんだ人物が取り囲んでいる。画家は、鴨居玲本人、周りの群集は鴨居が生涯にわたって描き続けた人物たちでした。 極限の集中力と緊張感がなければ描けなかった鴨居は、この絵を描いたころアルコールと睡眠薬で体は危機的な状態。「命をとるのか、絵をとるのか」入院を迫る医者に、躊躇なく絵と答え通院を願い出ました。ギリギリの状況のなか出来上がった作品です。絵の中の画家は、キャンバスに向かいながら筆さえ持っていません。鴨居は「もう絵は描けない」という自分の姿を、圧倒的な筆力と情熱で描きあげています。それは、鴨居が自殺によってこの世を去る3年前のことでした。鴨居の口癖は「人間を描きたい」そして、もう一つは「もう、おしまいにしたい」その意味とは・・・。
洋画家・鴨居玲は、人間の孤独、不安、運命、そして生命とは何かを、厳しい眼差しで見つめ、鋭く問い続けました。鴨居は、ゴヤからの自分自身の脱出にもがき苦しんでいた。 既に、スペイン時代の後半、即ちマドリード在住の頃、 彼はプラド美術館のゴヤの黒い絵の部屋に終日座り込み、 絵を見ずに悶々と考え込んでいたそうです。 しかし、死後、彼のアトリエに残された未完の絵は、 ゴヤ張りの自画像ばかりだったと言うことです。彼には、もうそれしか描くことが出来なくなっていたのでしょう。彼の絵の具がコッテリ盛られたパレットの裏に「苦るしいのです 苦るしいのです」と書かれたそれは、まるで魂を悪魔に売ってしまった彼の苦悩を感じ取ることができます。

鴨居 玲「1982年 私」 1982年

 

鴨居 玲「出を待つ(道化師)」1984年


1973年の「私の話を聞いてくれ 」 
強烈ですね

平成18年12月3日
 雲海の上の旅人
      国立西洋美術館館長 青柳正規

フリードリヒ
(ハンブルク美術館蔵)
「天と地のはざま/空の海の高きところ/始まらんとする嵐のなか、屹立する岩にわたしは立つ/隆々とわき上がる雲は/足元で荒れ狂う/眩暈のなか、まなざしはあたりを徘徊し/ついに私はあなたを思う/永遠なるものよ」
この詩は「疾風怒濤」運動を代表する詩人シラーの「無限なるものへの讃歌」の一部である。天空の激しい動きと緊張感にみちた詩に啓発されてフリードリヒがこの絵を描いたことは十分に推測できる。というのもフリードリヒはシラーの愛読者であり、その理想主義、ロマン主義に賛同していたからである。
峨峨たる岩山のいただきに立つ男はフリードリヒ自身なのだろうか。足元で荒れ狂う雲海を気にすることなく、はるかな山々を男は遠望する。後ろ向きであるために、男の視線を確認することはできない。しかし、そうであるからこそ、永久なるもの、無限なるものを希求し、その視野にとらえようとする男の思いがひしひしと伝わるのである。

平成18年11月26日
 自分流  陳 健一
1990年に父が他界。14のチエーン店舗と全国に散らばる1000人を超える弟子達の存在が、34歳の自分の肩にズシリと重くのしかかった。経営の心配に加えて、兄弟子達の目も気になった。「四川飯店の味が変わってしまうのではないか」と心配する古くからのお客さんもいた。「どうしよう、オレ。このままいったらどうなっちゃうんだろう」と激しい不安に襲われた。
半年くらい何もする気が起きず、人と会うのも嫌になった。今で言う引きこもり状態に。うつ病のような夫を見かねたのか、妻がこう言った。「お父さんのまねじゃなく、自分の料理のファンを増やすようにすればいいじゃない」。この一言で父の呪縛から解き放たれた。
「陳建民も一人なら、陳健一も一人だ。オヤジはオヤジ。オレにはオレのスタイルがある」。そんな当たり前のことにやっと気づいた。自分は自分でやっていくしかないと考えたとき、すべて吹っ切れた。
伝統はまねじゃなくて創造だ。正統を守るという作り手のこだわりより大事なのは、食べる人に喜んでもらうことだ。


負けて学ぶ大切さ知る。 
野村義博
陳健一氏の明るい人柄を一躍有名にしたのが「料理の鉄人」。スタート1年目は勝率6割台。「最も弱い鉄人」「女性に勝てない」などと皮肉られた。だが、「料理は勝ち負けではない」と割り切るようになった。
勝ったときより、負けて学んだことの方がはるかに多かったからだ。

平成18年11月19日
 暮らしのコスト
地方自治体の住民サービスには大きな差がある。水道料金7.3倍、保育料4.7倍、介護保険料2.7倍・・・。どの町に住むかによって負担は全く異なる。
 月額保育料 渋谷区(11,300円) 夕張市(53,500円) 年間では50万円も住民負担が変わってくる。
 台東区は中学3年まで保険診療の自己負担分を全額補助、宍栗市や歌志内市は乳幼児向けの独自制度すらない。
 県庁所在地の比較でも、水道料金 福井市(2,188円) 長崎市(5,549円) 
                 下水道料金 大阪市(1,566円) 長野市(4,117円) 
 長野県ではサービスの水準は全国平均を上回るが、財政悪化が半数を占めている。
  1位 公共料金と住宅・インフラでトップの諏訪市
  2位 子育て環境で松本市
  3位 高齢者福祉で中野市
「高サービス・財政良好型」は前回は7市あったが、今回は安曇野市だけ。「低サービス・財政悪化型」になっている最低の市が7市ある。

工房の山茶花が咲きました。今朝は霙がパラつき、いよいよ冬になります。

平成18年11月12日
 長寿社会
  大庭みな子
少子化が進んで一人っ子が増えてきた。一人っ子同士が結婚することもまれではなくなったようだ。「うちの子供たちには叔父さんも叔母さんもいないし、従兄弟も一人もいないのです」と言われて、なるほどそういうことがあり得るのだと納得した。
秋の運動会に、「おばあちゃん見に来て」というので出かけてみたら、運動会をしている子供の数よりも父兄や祖父母の数の方がずっと多いのに驚いたという話も聞いた。
最近は長寿社会が進んで、祖父母が四人とも健在という子供も多いに違いない。そしてまもなく曾祖父母も健在という世になったらどういうことになるか。八人の曾祖父母が目の前に現れて「私があなたの祖先よ」と言ったら「私はどこから来たの」などと哲学的な疑問も感じることになるだろう。
京都の古いお寺の墓所を訪れたら、いろいろ刻まれた字がはっきりしている墓石が階段に使われていたり、無縁仏になった人の墓石が山と積まれているところもある。永代供養などといってお寺に自分たちの供養を任せる人達が多いのに、一方では三代目くらいになると訪れる人もなくなって、その墓地はまた別の人に使われることが多いという話を耳にしたことがある。
「○○家代々之墓」などとあっても意外と長続きはしないものらしい。

平成18年11月5日
 
鴨居玲
 「サイコロ」   作家 貴志 祐介  記事より

油彩 ウッドワン美術館蔵
机の上のカップにはサイコロが入っており、右側の三人は、固唾を呑んで出目を待っているところだろう。それにしては、なぜ、彼らの表情は暗く打ちのめされ、恐怖に歪んでいるのか。
それは、カップの中にあるものが、人知を超えた
『運命』であるからに違いない。賽の目は昔から、どうにもならないことの例えに使われてきた。この世の森羅万象は、神の振るサイコロか量子のゆらぎによって決まり、我々はただ驚愕し、立ち竦むよりないのだ。
鴨居玲は、まるで視線恐怖症のように、人間のまなざしというものを描かない。画中の人物は、塗り潰され、単なる陰影に貶められた目で、必死に見ようとする。自らの運命を。明日、現世に何が起きるのかを。だが、結局、何ひとつ見極めることはできないのだろう。人生との格闘に倦み、死に傾斜していく画家のまなざしは、おそらく、カップの落とす影にのみ注がれているのだ。

平成18年10月29日
 火葬場新設に各論反対の壁厚く
日本の総人口が初めて減少した2005年、全国で百八万人が亡くなった。死亡数は30年後に百七十万人に膨れあがるが、「大量死」への備えは危うい。国内で稼働している火葬場は1600カ所、9割が公設火葬場だ。火葬にかかるコストは44000円。調査によると火葬手数料の設定は「一万円以下」が6割、「無料」も二割ある。そして、自治体が火葬を「福祉行政」の一環とし、政策的に低い料金で提供し続ける限り、民間企業が新規参入するメリットは少ない。
新設火葬場への「総論賛成、各論反対」の壁は厚い。死が日常に割り込んでくることへの戸惑いの大きさは、人の死が共有されにくくなった都市の現実の反映でもある。

平成18年10月22日
 無垢の力
          早稲田大学教授  丹尾 安典
海からひろってきたような小壷だった。その肌はガサガサで、まるで貝殻が付着しているみたいだった。すべらかな釉薬のかかった心地よい陶器世界への安住を拒絶し、水底でずっと忍んできたかと思わせる表情。それは「焼き物」と呼ぶよりむしろ「焼かれ物」と呼びたくなる趣でもあり、ケロイド状の陶器とも見えた。作ったのは国吉清尚(くによしせいしょう)という沖縄の陶芸家だった。小壷はすでに作者の最後を予感していたのかもしれない。1999年、国吉は自らの身を焼き、五十五歳で死んだ。
沖縄の土が語りかけてくるところを、しかと肌にうけとめ、それを愚直に形の言語へと翻訳し、火炎の力をえて、定着させること。それが国吉の作陶原理だった。
じつに目のきれいな男であったという。秦が評する如く、作風は大胆不敵であったが、その造形には、澄んだ海の悲哀にも比せられる痛みがいつも刻み込まれていた。

平成18年10月15日
 美術館の瓜
        作家 出久根 達郎
どこに行っても、記念館や美術館がある。大抵、立派な建物である。誘われれば、まず拒むことはないが、自らはふらりと入館することはない。何か気後れしてしまうのである。「どうです?近くですから茨城県陶芸美術館に寄っていきませんか」「陶芸ですか?」気のない返事だったに違いない。「確か最近、高野公男の碑が建ったはずですよ」「別れの一本杉の碑なんです」。
別れの一本杉というのは、高野公男が作詞した歌謡曲のタイトルである。昭和30年に春日八郎が歌って、大ヒットした。私は小学校六年生だった。高野はこの一作で世に出て、これから活躍するという時に、病に倒れ、27歳で亡くなった。その悲痛な生涯は映画になった。小学生の私たちは学校動員で鑑賞した。郷土の偉人だったからだろう。上京した詩人を結婚せずに待つ娘。思い出しても遠い空という文句があり、当時は東京は遙か彼方だったのである。四年後、私は集団就職で上京した。
記念碑は丘の頂上にあった。碑の前に立つと、センサーが作動し、曲が流れた。
美術館の喫茶室では、ビールが飲めた。つまみに瓜の漬け物が出た。私は展示品でなく、美術館で飲酒できることと瓜の味に感動した。

平成18年10月8日
 第2東京タワー
第2東京タワーは墨田区の業平橋駅近くに500億円で建設される。新タワーは地上デジタル放送用の電波塔で、高さは約六百十bと、港区にある現・東京タワーの2倍近い。墨田区は両国など隅田川沿いの舟運や葛飾北斎美術館建設など、2011年のタワー開業に合わせ観光インフラを整備する予定。外国人に人気が高い台東区の浅草や上野、千代田区秋葉原など近隣エリアとも連携する考えだ。

平成18年10月1日
 春秋
        記事より
昨年、日本人の平均寿命がほんのわずか縮んだ。右肩上がりの長寿国日本で、女性は0.1歳、男性は0.11歳、前の年を下回った。インフルエンザの流行などが原因というが0.01歳とはいえ、男女の寿命差はまた広がった。
インフルエンザの影響に男女差はない。男女差が大きい死因は自殺である。自殺者は1998年以来年間3万人を越していっこうに減らない。交通事故の三倍を越す自殺者の三分の二は男性で、特に五十代の自殺率が飛び抜けて高いのが日本の特徴だ。
ついに先の国会では、
自殺対策基本法が成立した。バブル崩壊の社会的な背景があるとはいえ、働き盛りの男性や、悠々自適のはずの六十代の自殺率は、先進国の中で日本が断トツである。
種族維持の呪縛が解ける後半こそが、人生の絶頂期かもしれない。が、自律的で豊かな老後を謳歌することなく、自ら死を選ぶ中高年が多い
日本社会の構造と風土。法律が出来ても事態はすぐには変わらない。

平成18年9月24日
 私の履歴書  
遠州流茶道宗家 小堀宗慶
スケッチの猛勉強が功を奏したのか、昭和17年東京美術学校に入学した。絵を描く楽しみを知り、構図や色彩などについて、詳しく教えてもらえるものと期待していた私は、拍子抜けしてしまった。とまどう私に「美術学校の先生はお寺の鐘と同じだよ」と。
鐘楼に下がっているお寺の鐘は、撞かない限り絶対に鳴らない。それと同様、先生という鐘も、生徒という撞き手が質問をしてこない限り鳴らない。教えようがないということである。
今、私自身が茶道の宗家として、教える側からお弟子さん達を見ると、学ぶ側の態度の重要性を改めて痛感する。お弟子さんから「どんな風にお稽古すればよろしいでしょうか」などと漠然とした質問を受けるたびに、私もかっての恩師に習って、
「お茶の先生は、お寺の鐘と同じですよ」と言うことにしている。

平成18年9月17日
 異形のまなざし    
作家貴志祐介     記事より
初めて「姿」を見たのは、書店の二階にあるギャラリーでだった。大きな板に描かれた、異様にデフォルメされた自画像は、眺めるうちに力ない表情に漂う悲しみに強く惹きつけられ、その場を動けなくなった。
この絵を描く十年前、作者は奥さんと三人のお子さんを同時に亡くすという悲劇に遭っている。
深い悲しみは人の身をよじらせ、細く長く引き延ばすのだろう。皮膚からは生気が抜け、肩は力を失う。骨だけのような手足もまた、無力感の表れである。そして、限りない喪失感は、ときに、人をして人ならざるものに変わりたいとさえ願わせるに違いない。
しかし、十年の時を経て、自らの姿を客観的に残酷にすら見つめたこの自画像は、作者の精神が生き続けていることの何よりの証左だろう。
絵の左側は過去、右側は未来を象徴するという。絵の中の作者の身体は、依然、過去の前で佇んでいるものの、大きくこうべを巡らせ、うっすらと開いた目に映じているものは、幽明の境なのか、それとも、はるかな未来なのだろうか。
「姿(自画像)」松村光秀

平成18年9月10日
 人口減少社会
愛知県小牧市で15年前開通した「桃花台線」が廃線になる。県はニュータウン人口を五万四千人と予測したが実際はその半分。
昨年開業した「つくばエクスプレス」。一日五十七万人の利用者見込みが実際は十三万人。車両を10両から6両に縮めた。
東京都国立市の都民住宅団地。日が暮れても、灯りがともる部屋はまばら。129戸のうち半分が空き屋なのだ。「一人歩きは心細い。住民が減り防災訓練もままならない」と地元民はいう。
道路や橋の維持管理費は1兆4千億円。老巧化で30年後には2兆6千億円になる。人口増を前提にしたインフラを維持するのは至難の業。使い勝っての良い社会基盤を期待するのは間違いだ。
人口減時代はしょせん住民の奪い合い。都市部でも歯抜け団地やゴーストタウンが増える。すでに日本の住宅の十戸に一戸は空き家である。

平成18年9月3日
 三輪壽雪の造形
「萩焼」の人間国宝にして、96歳の今も現役作家である三輪壽雪(十一代休雪)。
「休雪白」、「鬼萩」で有名だが、昭和十六年、川喜田半泥子に弟子入りしている。
半泥子の作陶振りは実に面白い。赤土と白土で茶碗を一つずつロクロで挽いて、それをパンと縦に割って、つないで「片身替わり」の茶碗を二つ作られたという。そして、横に切ってつないだらと言われると、面白いと言って、すぐに作ってしまう。
「半泥子の作陶は、銀行の頭取のただの趣味の陶芸とはわけが違います。若き壽雪さんもはたで見ていて、半泥子の自由闊達で職人芸にはない、数寄風流の高い境地に感化されるところがあったと思います。
半泥子の陶芸の一番の特色は、売るということを全く考えて作っていないことです。陶工はやはりプロとして、売るということを考えてしまいますからね。」

壽雪口伝
「良くても悪くても、自分の物を作る。これが作家の姿勢」と言い切る九十六翁。

平成18年8月26日
 寄贈
美術館は美術品を収蔵しているから美術館という。
美術館は増え続けて、現在全国で1100。公立が約半分で、毎年数十館がオープンしている。
かっては、展示品を集める苦労が大きかった、が最近は高齢化による寄贈がありそれほど難しくないようだ。
美術品を寄贈すれば相続税の対象にならない。
しかし、収集家のコレクションの質にはばらつきがあり「百点のうち三つしか価値のない場合もあります」と学芸員。
展示室でなく収蔵庫を拡張する美術館。
「このペースで寄贈が増えれば収蔵コストが膨らむばかり」と心配する声もあり、
価値のない寄贈品に、税金をどこまで投入するかは今後議論になるかも知れない。

平成18年8月20日
 貧困層比率
経済協力開発機構(OECD)は日本経済の現状を分析した「対日経済審査報告書」を発表した。中央値に比較して所得が半分以下の「相対的貧困層」の割合が、先進国中米国に次いで2位となっている。
日本は「不平等の度合いが増している」
と指摘。格差拡大は所得の低い世帯の子供達の教育水準低下などを招く恐れがあると懸念を表明した。

政治家を信頼していますか。というアンケート
  「あまり信用していない」56.1%
  「全く信用していない」27.7%
  2つの合計は実に83.8%
さらに、94.4%が日本は「外交力が弱い」と答えた。
日本政府は1000兆円も借金しているのに、政治家が外国に毎年気前よく何兆円もばらまくのは疑問を禁じ得ない。いくら金をやっても、国連常任理事国入りでは中国と韓国が大反対。領土問題、歴史問題でも徹底的に嫌われている。
また、アンケートでは政治家と官僚のどちらを信用するかを聞いている。官僚7.8%  政治家15.2% まさに、目くそ鼻くそ

平成18年8月13日
 
シベリアの短い夏
「されどわれらが日々−−」の柴田翔の文章を久しぶりに読んだ。若いころ「贈る言葉」に感動したのを思い出した。
記事より
「シベリアの夏は、冬が厳しい分とても美しいと、本に書いてあった」。私の言葉に彼は嬉しそうにうなずいた。「そうさ。もうしばらくすると、輝くような夏だ」。−−−  が、そのあと、表情を翳らせ、付け加えた。「だけど、それが本当に短くてねえ」
□□□
その言葉を聞いたとき、私はこの土地で暮らすことがどういうことか理解できたと思った。そのとき私は、この土地にくるのはこれが最初で最後だと、しっかりとは考えていなかった。「またくるさ」 という声がどこかで聞こえていた。もちろんその機会はなかった。
時間は有限で、かつ止まることはない。経験はみなその場限りで、一回限りだ。

平成18年8月6日
 団塊世代は静かに退場を 
−−−杉並区立田中中学校長 藤原和博
私が団塊世代に求めるのは、残された20年を惰性で生きるのではなく、新たなモードで生きて美しい第二の人生モデルを示してほしい、ということです。例えば日本の社会が置き去りにしたり、壊したりしてきた農林漁業と地域コミュニティ−を再生し、日本型の成熟社会を切り開く先導役として貢献することです。天下りとか、自分の雇用確保にばかり走らず、後輩に道を譲って欲しい。成熟社会ではパイは限られているわけですから。
60歳を過ぎても、人をけ落とし、会社にしっかりとしがみついてる人、・・・いますね。

平成18年7月30日
 盗作
美術の鑑賞には、主観、つまり「好き嫌い」が入り込む。作品を客観的に評価し、相対的に優劣をつけることが可能なのか−。褒賞制度には、そんな疑問が付きまとう。洋画家、和田義彦氏の盗作疑惑は、あらためて根本的な問題を浮き彫りにした。
美術の価値基準は、美、個性、オリジナリティ(独創性)の三本柱からなるが、実際にはそれは「神話」にすぎないという。
多様化した価値観の下で、賞を決めることへの疑問の声が美術界にある。特に官制の賞には不要論が多い。
年功序列のようなゆがんだ制度なら、ない方がいい。米国なら美術市場が評価を決める」。
「和田氏は市場で人気が無かった。
そういう人ほど賞に執着しそこに人脈など作品の評価以外の要素が入り込む」。
批評の不在、談合体質、和をもって貴しとなす・・・。「日本」を語る様々な言葉が、美術界にこだましている。

平成18年7月23日
 上期新車販売
2006年上期、総新車販売ランキングで、軽自動車は過去最高販売数で、トップテンに6車種。
1位 ワゴンR (スズキ)  121(千台)
2位 ムーブ (ダイハツ)   97

3位 カローラ (トヨタ)    70
4位 アルト  (スズキ)   65
5位 ヴィッツ (トヨタ)     59

6位以下にダイハツ「タント」、ホンダ「ライフ」、ダイハツ「ミラ」が入っている。
2005年長野県の新車登録数(前年比)。乗用車29.4%減、貨物車54.6%減、軽自動車5.9%増
ガソリン高を受け低燃費志向が強まっているようだ

平成18年7月16日
 向日葵を愛した「画狂人」
独自の道を貫いて生きた洋画家「須田剋太」
気に入る場所があると、たとえ道の真ん中もカンバスを立てて描き出す。その際、地面にぐるりと円を描いた。中に入るなという意味らしい。
剋太ら若い画家がある晩、腹をすかせて農業試験場に忍び込んだ。そこで真夜中の向日葵(ひまわり)を見て剋太はいたく感動したという。以来、写生のために鉄条網を破って忍び込んでは捕まる。根負けした警察署長は「次から守衛に頼んで正門から入りなさい」と言ったという。

平成18年7月9日
 感謝と笑顔
 夫婦円満
伴侶を自慢できることの1位は「やさしい」 続いて、「休日は一緒に出かけてくれる」「自分の趣味に理解がある」。
男は年齢が上がると顔の口角が下がり、普通にしていても
ムスっとした表情に見える。表情筋を鍛え明るい表情を作らねばならない。女は微笑みつつ聞き上手になること。
夫婦が望む振る舞い。夫が妻に望む1位「いつも機嫌良く笑っていてくれる」2位「自分がしたことに感謝の言葉をかけてくれる」。・・・妻の笑顔を心の支えにしている男性は多い。
妻が夫に望む1位「自分がしたことに感謝の言葉をかけてくれる」2位「決断力で家庭をリード」「話をよく聞いてくれる」。・・・
感謝の言葉を望む妻に、「そんなことでいいのか」と驚く男性は多い。しかし、「たまに感謝の言葉と家事を手伝ってくれるので、やる気が出る」と効果は大きい

平成18年7月2日
 内臓逆位 記事より 
奇形をインターネットで調べると、たくさんの数が出てくるが、その中でも内臓が左右逆に付いているという内臓逆位は不思議だ。
全内臓が逆だと問題無いそうであるが、一部が逆だと問題で、脳味噌が逆かどうかは未だ解明されていないようだ。
内臓逆位になる要因は「転写調整因子」と呼ばれるタンパク質が、精子が卵子に着床した受精卵の時に、通常そのタンパク質は反時計回りに回るところを、何かのきっかけで時計回りになると、「内臓逆位」になるのだという。しかし遺伝が原因とも言われておりそのメカニズムは、いまだ解明されておらず謎だらけ。
結局、突発性の遺伝子異常、という見解みたいです。
内臓逆位の夫婦から産まれた子供の内臓も逆になる? 「3代続けて内臓逆位だったケースがあります」
そして原因はいまだ不明だが、一説として酒が関係しているのではという話がネットに出ている。
大酒が原因で孫に奇形が出て、その後、子々孫々に奇形が出ることとなる。親の因果が孫に報う訳である。
そう考えると酒はほどほどに、身は厳に慎みたいものである。

平成18年6月25日
 アトリエ
ひまわり作品展
娘の勉強しているフラワーアレンジメント教室の作品展。
「アトリエひまわり」の〜癒しの花々〜作品展が「マリエール諏訪」で開催された。
花に慰められ、癒され、ひとりひとりの個性と感性を生かしたフラワーアレンジメント。
楽しい作品展でした。

平成18年6月18日
 夕張市倒産
北海道夕張市が財政再建団体の申請を表明した。「隠れ負債」を膨張させ財政破綻をしたのだ。
1960年代の人口は116,908人、しかし、石炭産業以外の産業基盤が皆無同然だったため雇用の受け皿がなく人口が激減。
現在人口は、13615人で歌志内市、三笠市に次いで、全国で3番目に人口が少ない市である。
予算規模44億円の町が600億円の借金を抱えていて、毎年10億円返済しても60年かかる計算だ。
夕張市は65歳以上の割合が4割と高齢化が進んだ地域、テーマパーク、スキー場、ホテルと箱ものを作り続けて赤字を垂れ流し、ツケは住民に。これから公共料金の値上げがされるが、すでに水道料金は全国最高額である。
現在、破綻の危機に直面している自治体は少なくない。銀行からの借入金や、第3セクターや外郭団体への赤字押しつけで粉飾しているのだ。
国の借金は800兆円を超えているが、自治体の借金は140兆円、公営企業の借金は40兆円、第三セクターなどの損失補償が10兆円など、国と地方合わせて借金は1000兆円となっている。
優秀と自ら言っている官僚がこの体たらく、ローマ帝国など過去の栄枯盛衰を見れば、政治家と官僚が自分の利益を図り国を滅ぼした歴史が現にある。
個々の生き方を考える上で、町の福祉、サービス、税金を比較し、住みやすい町への移住も真剣に考える必要があると思うが。

平成18年6月11日
 団塊
団塊の世代が今後出費を増やしたい項目
 1.趣味、教養関連   49%
 2.旅行関連       48%
 3.健康維持       47%

今後出費を減らしたい項目
 1.外食費         63%
 2.燃料・自動車関連  61%
 3.通信費         58%
もっとも、「自動車保有をやめる」との回答はほぼゼロ。
「運転をやめると思う」平均年齢は七十六歳だった。

平成18年6月4日
 「秀吉の枷」
60歳から小説を書き始めた加藤廣さん。
昨年75歳で「信長の棺」でデビュー。今年第2作「秀吉の枷」を刊行した。
信長が今川義元を破った桶狭間の戦い。これは和睦と見せ掛けて、義元を油断させた謀略とみる。
伝説になった桶狭間の雨中の奇襲も、
卑劣な謀略だったとなると、後世の日本人の歴史観、価値観に影響してくる。
加藤さんが歴史ミステリーを書くのは「歴史は勝者によるフィクションである」と言う格言である。
「同じ人物、事件も見る人によって全く違う」というのは、私たちは社会で日々経験している。
だから、偉くなった人の話は眉に唾つけて
「嘘こいてろ」くらいに聞いていて丁度いい。

平成18年5月28日
 諏訪赤十字看護専門学校
諏訪赤十字病院が、多額の累積赤字を抱える看護専門学校の閉校を検討している問題で、諏訪市長は看護師不足の現状や若者が集まることによる地域の活性化の面から、学校は継続してもらいたいとし、財政支援を検討したいと述べた。−−−名誉や権威を欲しがるムダな市会議員や、高給取りの市職員を半分に減らしてでも、看護学校は存続して欲しいというのが地域の願いだと思うがどうだろう。

我が工房の花も春の花は終わりに近づき寂しくなってきた。

芍薬 ミニバラ キィウイ チェリーセージ
金魚草 鯛釣草 都忘れ ジキタリス

平成18年5月21日
 「サラ川ベスト」より
今年のサラリーマン川柳

少子化を 食い止めたいが 相手なし  寿退社希望
年金は いらない人が 制度決め     元平社員

昔、年金制度を作ったとき、厚生省の役人は、これで天下り先を作れる。金は使い放題だと言ったと聞くが、その通りの使いっぷりで年金を減らしてくれた。グリンーピアってなに。あまりにひどすぎる。
60歳から貰えるはずの年金は、政治家と役人が法律を改正し65歳、これって
サギじゃない。
我々の親の代では55歳からもらっている。
でも、今20歳代の年金支給は70歳から。毎月13000円を支払えば、今から50年後に毎月5万円くれる?ほんとかよと言いたくなるね。

平成18年5月14日
 性善説通じぬ社会
6月1日の改正道路交通法の施行で、駐車違反の取り締まりが 「違反車両の発見、即摘発」に大きく変わる。
駐車違反のステッカーを取り付けられても無視して出頭しない人は、昨年二百七万人のうち五十六万人。運転者を特定し責任追及するには大きなコストと人手がかかるため、3割もの逃げ得が許されてきた。
新制度では運転者が通告を無視すれば、所有者に違反金の支払い義務が生じ、これを拒めば車検を拒否される。
「警察に指摘されれば従う」という
性善説の破綻は、私たちの社会の変容を反映したものなのである。

平成18年5月6日
 諏訪湖一周ウォーキング
 
第3回 諏訪湖一周17Kmのウォーキング。(5月5日)
AM8時出発。天竜川の源、釜口水門を目指す(9時着)。
あせびが満開。
諏訪ガラスの里、園芸店(10時〜10時30分)を見て、途中のあずまやでお昼(11時〜12時)。少し寝る。
午後は気温が急上昇して暑い。遅咲きの八重桜、しだれ桜が満開。
諏訪湖間欠泉センター、足湯を過ぎると緑色の桜が咲いている。
最後はヘトヘトになって我が家へ(1時30分着)。
諏訪湖ハイツの足湯 八重桜 横河方面 水門 レンギョウ
湊付近 雪柳 下諏訪方面 アセビ 諏訪ガラスの里
山吹 四阿 お昼 諏訪っ子ランド ふなっこ橋
八重桜 緑色の桜 下諏訪方面 八重桜

平成18年5月5日
 「大往生」より  永 六輔
6.最後に病院関係者の作った川柳
古希という語が死語になる長寿国
無理矢理に生かされている薬漬け
糖尿の話ではずむクラス会
分からないことは老化と医者は言い
人生は紙おむつから紙おむつ 

平成18年5月4日
 「大往生」より  永 六輔
5.父  最後の入院
名月や父は集中治療室
行く秋にあと二三日の命とか
葬儀
老僧の読経ひときは身に沁みて
父の句
山茶花や妻をたよりの昨日今日
母の句
身にしみて晩年の計たたぬまま
一輪の残菊ながら薫るなり----- 明日に続く

平成18年5月3日
 「大往生」より  永 六輔
4.死 
「別れる淋しさ、生きてきた虚しさ。それに耐えれば、おだやかに死ねます。」
「同世代の仲間が亡くなる度に、残り時間を考えますね。そうするとどうしてもあせります」
「腹上死っていうのは・・・・・その・・・・・。相手が女房でも、腹上死っていうの?」 
これは小沢昭一さんに聞いてみた。「永さんね、断言しますが、女房で腹上死はありえません」
「平均寿命っていうとめでたく聞こえるけど、そこまで生きたら覚悟しろということでしょう」
「葬式で、赤ちゃんの声が聞こえると、何だかホッとするんですよ。子供は葬式に重要です。」
「百歳を超えてるおばあさんで、
娘さんが老衰で亡くなったっていう人に会ったけど。・・・・・あるんだねェ、そういうこと。」
「昔はね、呆けるほど長く生きなかったの」----- 明日に続く

平成18年5月2日
 「大往生」より  永 六輔
3.病い
「老い」と違って、「病い」は不運である。「老い」は平等だが、「病い」はその対応と処置によって、老いとは別の覚悟が必要になってくる。老いは受け入れればいいが、病いは闘って勝たねばならない。
「病人が集まると、病気の自慢をするんですよね。もちろん、重い人が尊敬されるんです」
「手術をしてみるとわかるんですが、人間の肉は赤身なんです。それが、最近はトロが増えてます」
「生命ってものは遺伝子のコピーなんですよ。人間だって威張っても、たかがコピーの機械なんですよ」
「薬が効かないときは医者に文句を言うべきですよ。効かないからって医者を替えちゃいけないんです。医者に文句をつけるのが大切なんです」 この話はなかよしの医者から聞いた。医者というのは、初対面の時と、なかよくなった時では、「建前」と「本音」ぐらいの差があるものだ。----- 明日に続く

平成18年5月1日
 「大往生」より  永 六輔
2.老い  「人間、今が一番若いんだよ」
「年をとったら女房の悪口を言っちゃいけません。ひたすら感謝する。これは愛情じゃありません。生きる智恵です」
「寝るっていうのは、結構エネルギーが必要なんですよ。老人が早起きするのは、そのエネルギーがないからです」
「九十歳で卒寿の祝いってやるでしょう。卒寿っていうのは、寿が終わるという意味なんですよ」

「赤ちゃんの時に可愛いと言われて、
花嫁の時に美しいと言われて、
お婆ちゃんになったら、また、可愛いと言われたいわ」


「子供叱るな/来た道だもの/年寄り笑うな/行く道だもの。
来た道/行く道/二人道/これから通る今日の道/通り直しのできぬ道」
 ----- 明日に続く

平成18年4月30日
 「大往生」より  永 六輔
1.仲間
作詞家 永 六輔
「上を向いて歩こう」「遠くへ行きたい」「こんにちは赤ちゃん」「おさななじみ」「夢で逢いましょう」などが中村八大
「見上げてごらん夜の星を」「いい湯だな」「女一人」「ともだち」「筑波山麓合唱団」などが
いずみたく

坂本九は1985年8月12日、いずみたく1992年5月11日中村八大1992年6月10日。仲間が続けて逝っている。
私たちは自分の死の前に、多くの家族、友人の死に立ち会う。
  「死者老いず生者老いゆく恨みかな」
菊池寛のこの句は、このことをいうのだろう。

そして、私の好きな「黄昏のビギン」 永 六輔作詞  中村八大作曲
   雨に濡れてた  黄昏の街    あなたと会った  初めての夜

   二人の肩に   銀色の雨     あなたの唇    濡れていたっけ
   傘もささずに   ぼくたちは    歩き続けた  雨の中  あのネオンがぼやけてた
   雨が止んでた  黄昏の街     あなたの瞳に  写る星影


   夕空晴れた   黄昏の街      あなたの瞳   夜にうるんで
   濡れたブラウス 胸元に      雨のしずくか  ネックレス
   小刻みにふるえてた         二人だけの黄昏の街
   並木の陰の  初めてのキッス   初めてのキッス


ロマンチスト、永六輔の古き良き時代の詩。 ----- 
明日に続く

平成18年4月29日
 「老い」
  篠田 節子
現役を引退し、体力、知力ともに衰えた後も、人は生き続けなければならない。ハッピーリタイアして創造的活動や旅行、その他趣味に生きられるのは、健康で勝ち組に回った「ヤングオールド」の特権だ。
しかし、
本格的な老いを迎えたとき、社会一般の年寄りではなく、私自身はどうするのだろうか。
身も蓋もない本音を言おう。「その前に死んじまいたい」−−−「そういうヤツに限って百まで生きる」?
団地の集会所で高齢者の方々が、ふりをつけながら童謡を歌っていた折り、後ろの方で手拍子を打っていたおじいさんの
「幼稚園じゃあるまいし」という吐き捨てるような呟きを耳にした。
老人ホームの集会室で老人達が色とりどりの折り紙を折っていた。・・・・・
安楽な最晩年に待ち受ける無為の光景の寒々しさに、慄然とした私だけだろうか。

平成18年4月22日
 「人間」
「人間」は漢文では「ジンカン」で人の住む世界のこと。人の世を意味する「人間」は、しばしば「天上」と対比される。
玄宗皇帝と楊貴妃の悲劇を描く白居易の「長恨歌」では、二人の魂がかたく結ばれていれば、住む世界が異なっても、必ず出会う日が訪れようという。
  
ただ心をして金鈿の堅きに似しむれば
   天上 人間 かならず相見ん」


日本の古典では「敦盛」がよく知られる。
 
 「人間五十年、化天の内を比ぶれば、夢幻のごとくなり」
「化天」は「化楽天」のことで、ここに生まれた者は八千歳の命を保つとされ、それに比べれば、人間界の寿命五十年は夢幻のようにはかない。
続き  (最高の天は有頂天、最低の天は奈落という)


今年のお花見(我が家を出たところ)

平成18年4月15日
 「良寛」  
道元は永平寺で弟子の養成に励んでいたとき、鎌倉の北条時頼から誘いの声がかかった。その鎌倉下向の時につくったといわれるのが、よく知られたつぎの一首である。
  
春は花夏ほととぎす秋は月
  冬雪さえて涼しかりけり

春夏秋冬を題材にした四季歌である。私はときに、日本人の宗教はつくつづくこのようなシーズン・レリジョンではないかと思う。ただ、そこで私がとりわけ心ひかれるのは、やはり下の句の「冬雪さえて涼しかりけり」
である。道元はここで、冬の雪に出会って、寒いともつめたいともいっていない。雪が冴えて涼しい、といっているだけである。それが心にしみる。私の心を和ませてくれる。
この道元の和歌をいつも舌の上にころがしていたのが良寛だった。その良寛がこんな辞世の和歌をのこしている。
  
かたみとて何か残さん春は花
  山ほととぎす秋はもみぢば

上の句は良寛のいたずら心を浮き上がらせている。「オレは形見なんてものは残さないよ、春になったら桜の花でも見て下さいよ」、とはにかんで、口ごもっていっている。

平成18年4月8日
 ひとごとでない   記事より
5月に公開される映画「明日の記憶」。   (夫−渡辺謙。 妻−樋口可南子主演)
ストレス社会を反映して、こころの病を抱えた主人公が登場する映画が脚光を浴びている。
社会的格差が広がる優勝劣敗の現代では、こころの病気を、人ごととして片づけることはできない。誰にでも起こり得る「身につまされる話」が、静かな感動を呼んでいる。
介護する人は大変だが、
一番つらいのは本人。記憶を失っていく本人。「人は病によっていや応なく本当の自分と向き合わざるを得ない。自分だけでなく、妻や子の本当の姿を知ることにもなる。それまでの人生が何だったかを問われることにもなる」。
進学、就職、結婚など、人生は思い通りにいかない。多忙で競争の激しい社会にあって不安、心配、悲しみ、怒りなどのストレスも多い。この映画は「他者のこころの痛み」や「愛すること」「共に生きること」の意味を深く考えさせてくれる。

平成18年4月2日
 シェークスピア   河合 祥一郎
海に沈んでいく船を見つめる娘ミランダ。『テンペスト』の劇はここから始まる。ミランダの父は、追放され島流しにされた元公爵。かって自分を追放した敵に復讐するため、魔法によってテンペスト(嵐)を起こして敵の船を沈めたのだ。しかし、魔法で起こされたこの嵐は実は幻想であり、遭難して陸に上がった人たちは不思議なことに全く濡れていない。妖精エアリエルも活躍するこの夢のような作品において、シェークスピアが出した結論は「人生は夢」である。

平成18年3月26日
 廃村 
  浅原 昭生
日本は昨年、予想より早く「人口減少時代」に突入したが、すでに様々な理由で人が住まなくなった集落が全国に数多く点在している。
廃村を訪ねて強く感じるのは、集落跡の風景の静けさや寂しさ、のどかさと、昔あった生活を頭に描くことの面白さである。
宿泊可能な作業小屋のある集落跡。離村記念碑が残る集落跡。痕跡が分からないほどになった集落跡。・・・・・その姿は実際に訪ねてみなければ分からない。
総務省過疎対策室のまとめによると、60年から98年までに全国の過疎地帯で消滅した集落は1712にのぼる。過疎地帯以外を含めると2000を超えると考えられる。
また、対策室の99年の調査では、全国の過疎地帯で今後10年以内に419の集落が、10年以降に1690の集落が消滅するという。
人口減少時代が始まった現在、失われた過去の暮らしを見直し、今後の生き方を考えてみたい。   

平成18年3月19日
 「座標」  辺見 庸
人が生きていく価値の座標が目下、劇的に変わりつつある。競馬にせよ、株にせよ、一攫千金を狙うのはもはや恥でも罪でもなくなりつつある。清貧も精励も美徳ではなくなっただけでなく、どうかすると嘲られかねない。おそらく人倫の基本がかってなく揺らいでいる。旧式の価値体系は資本に食い破られたけれど、新しい価値観が人の魂を安息に導いているとはとうてい言い難い。
脳出血でリハビリ中の50歳とおぼしい男が、声を絞り出すように独りごちた。「こうまで苦労して生きていく価値があるのかなあ・・・」 リハビリのつらさを言いたいのではない。生き続ける苦労が周りの風景とつり合わなくなってきた。何だか甲斐がないな、という気分がため息をつかせるのである。
「世界の涙の総量は不変だ」ベケット。昔はうなずいて読んだものだ。今、そうだろうか、と首を傾げる。世界の涙の総量は増え続けているのかもしれない。

我が家のご近所では、先代の方々が他界し、私と同世代の人々は定年退職している。ささやかな地域社会にも世代交代が進んでいるのだ。今日椿を植え、クリスマスローズが咲きそうになり、四季の推移に心ときめくのも、私にとってまさに一期一会なのである。

平成18年3月12日
 「椿」
昨年、名古屋の親戚から頂いた椿が咲いた。小さな木だがピンクの大きな花です。

阿部信一郎先生の作品展が下諏訪町四王のギャラリー「自遊空間」で3月5日〜4月3日まで展示されている。絵画、木彫り、陶芸の充実した作品展で楽しめます。

   

平成18年3月5日
 「ひとうらら」  画家 堀 文子
「幸せなときって、ばか面になってませんか。美が見えるのは少し不幸なときですよ。病んだとき、孤独なときこそ、風の音も聞こえるし、灯の揺れるのも見える。」
「見えないものを信じるなって言うんですよ。たとえばあなた”国家”って見ましたかって。それをコッカ、コッカのためにって。そんなものは常に、陰謀を企てる時の権力者の言うことにすぎないんですよ」。


そういえば、会社の為、会社の為っていってた人がいたが、あれは自分の保身のためだって、周りの人に見え見えだった。

平成18年2月25日
 「私の履歴書」より  北 杜夫
北杜夫の「どくとるマンボウ航海記」「どくとるマンボウ青春記」 若い頃何回も読みました。

どう考えても自分はもう一,二年しか生きられぬと考えた。
そこで今から5年前、要約するとざっと次のような賀状を書いた。
「小生、失礼ながら賀状は本年かぎりにさせて頂きます。あとは腰痛にも耐え、なるだけ早い自然死を待つつもりです。これまでの御芳情に感謝致します。   世を捨てた北杜夫」
ところが、世を捨てるとかえってストレスもないらしく、未だに死なない。これには私としても困っているところである。

平成18年2月18日
 美 ここから 
記事より
「絵画の作家を続ければ、色や形を描く技法は上達する。ある水準まで到達すれば、どう描いても゛絵画゛として成り立つ」と言い切る。
だが、問題は「そこから、さらに
゛私の絵画゛へと高めるにはどうすればよいのか」だと語った。
「私が描かなかったらこの世に生まれなかった絵画、というものは作れるか。逆に、一筋の草すら美であるなら私の存在理由は・・・? 究極的には生と死ということを、制作を通じて考えているのかもしれません」  小山 利枝子

平成18年2月11日
 トリノ冬季オリンピック  
記事から
冬季オリンピックでのヒット商品
札幌では、天皇陛下の防寒対策に床暖房が導入された。
70年代には、米企業により矛盾しているようだが、透湿性の防水布「ゴアテックス」。
カルガリーでは、ユニチカが光の熱を蓄える素材を開発。
リレハメルでは、ミズノが人体から出る水分を吸って発熱する繊維、「プレスサーモ」を。
長野では、バスを丸ごと広告媒体にする「ラッピングバス」が登場した。

平成18年2月4日
 姿を消す歩道橋  
記事から
1960年代の交通事故死者は年に16千人。
かっては
待望の施設であった「歩道橋」は今全国に1万1千カ所。
当初は日中でも3百人の利用者がいた。
しかし、利用者が日中10人以下となった歩道橋が撤去されはじめている。
利用者減の要因は少子高齢化。「通学用」という設置目的が揺らぐと共に、階段の上り下りに抵抗がつよい高齢者が歩道橋をさけるようになった。
現在歩道橋は階段部分が歩道をふさぎ、階段下がゴミ捨て場となり「迷惑施設」と化している。
撤去費用の6百万円は塗装費用と同額で維持費削減になるという。

平成18年1月29日
 陶芸教室
陶芸はリタイヤ後に始めたい趣味の代表格。
団塊世代の男性の10人に1人が陶芸を趣味としたいとしている。
陶芸の魅力は、ロクロをひいて無心になれる。完成の喜びと、作品を知人に贈ることも可能など。
さらに、古今東西の文化に関心が広がった。
全国各地の伝統の焼き物に興味を抱き、産地を訪ねたり、展覧会にも足しげく通うようになったとも。
ただ、陶芸教室の8割は女性。柔軟な女性に比べ男性は教室になじみにくい。
基礎さえ教えてくれれば、後は自分でやるという傾向が強い。
でも、
敷居は低いが懐が深い陶芸は、いい先生とふれあうことで初めて良さを知ることが出来る。
出来るだけ教室に通い先生や他の生徒と交流することが望ましいと思う。

陶芸教室選びのポイント
1.
自宅から近い
2.先生の作品が好き
3.釉掛けをさせてくれる
4.粘土・釉薬の種類が多い

平成18年1月22日
 下諏訪美術会小品展
今年の緋色窯日記は、大好きな俵万智さんの歌集の紹介からはじまった。

1月29日から2月12日まで下諏訪町博物館で下諏訪美術会小品展が開催されます。
私は酒注と盃を出品しました。

富士見町の山林を見る。北向き斜面の2千坪。
私はただでも要らないが、持ち主は価値ある土地と思っている。
これからは良い物はより高額に、悪い物はより低額に2極分化していくと思うがどうだろう。

下諏訪町博物館 酒注 八ヶ岳の雪(富士見町から) 諏訪湖の氷上に雪

平成18年1月15日
 プーさんの鼻3
俵 万智の妻子ある人との恋をうたった第3歌集「チョコレート革命」 から
男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす
星のように彼女がある日ささやいた「あなたはかなりばかな人だわ」
卓上のすずらんの鉢に水をやれば見せる人なき寂しさ育つ
ふと宿りやがて心の染みとなるユリの花粉のようなジェラシー
サヨナラの形にススキが手を振って駆け抜けてゆく風の輪唱
春一番まだまだ遠いビル街に少し悲しいスキップをする
椰子の木はやしの木として立っており肩に力を入れぬ程度に
祈るとき人は必ず目を閉じて何もなかったように立ち去る
この冬はともに眺める人ありて少し大きめのシクラメン買う
せり、なずな・・・・・七つの草に忍ばせて伝えてみたき言の葉がある
生きていることが迷惑となる二月 日陰に解けぬ雪の強情
水仙をふるさとの花と思うとき暗き海色の花瓶を選ぶ

子育ての歌 第4歌集プーさんの鼻 から
生きるとは手をのばすこと幼子(おさなご)の指がプーさんの鼻をつかめり
たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやるいつかおまえも飛んでゆくから
どこまでも歩けそうなる皮の靴いるけどいないパパから届く
みかん一つに言葉こんなにあふれおり かわ・たね・あまい・しる・いいにおい
はずみつけ腰をひねっておっとっと寝返りはまだうまくできない
寝返りをふいに完成したる子の瞳に映るテーブルの脚

平成18年1月8日
 プーさんの鼻2
俵 万智第2歌集「かぜのてのひら」 から
悲しみがいつも私をつよくする今朝の心のペンキぬりたて
関係という語のめんどうくささなど忘れて歩け防波堤まで
さくら貝を拾ってみせたそのあとでむずかしい顔したってだめよ
秘めごととせめて呼びたき旅に来て誰にも書かぬ絵葉書を買う
しばらくは白くなりたき心ありユリの考えごとにつきあう
男には男の絶望あることを見てしまいたり父の転勤
ぎこちない父との会話、茶柱が立てばしばらく茶柱のこと
「お父さんがんばらないで」という我をしみじみ見つめて目をそらしたり
珍しく饒舌になる父がいて「鴨居玲」とはいかなる絵描き
可憐という言葉と桔梗の花めぐり父と言い争いぬしばらく

まぶしくも君の故郷の水飲めばとりかえしたき日々の想いで
桃色の時のしずくを摘むように貝を拾ってゆく老婆あり
男とはふいに煙草をとりだして火をつけるものこういうときに
「もし」という言葉のうつろ人生はあなたに一度わたしに一度

もうひとつの恋 から
電話にて風邪の具合を告げながら安心させたい心配させたい
言いにくいことを言いにくそうに言うあなたらしさのそれがやさしさ
続く

平成18年1月2日
 
プーさんの鼻
俵 万智の歌集「プーさんの鼻」は「サラダ記念日」から18年目の第4歌集。

「サラダ記念日」 から
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
忘れたきことのみ多き六月にガラス細工の文鎮を置く
やさしいね陽のむらさきに透けて咲く去年の秋を知らぬコスモス
一年は短いけれど一日は長いと思っている誕生日
愛ひとつ受けとめられず茹ですぎのカリフラワーをぐずぐずと噛む
砂浜に二人で埋めた飛行機の折れた翼を忘れないでね
やさしさをうまく表現できぬこと許されており父の世代は
八十年ぽっちの人生拒むことだらけの二十一歳の何故
今我を待たせてしまっている君の胸の痛みを思って待とう
文庫本読んで私を待っている背中見つけて少しくやしい
水仙のうつむき加減やさしくてふるさとふいに思う一月
旅立ってゆくはいつも男にてカッコよすぎる背中見ている
ため息をどうするわけではないけれど少し厚めにハム切ってみる
春を待つ心を持たぬ三月に遅咲きの梅君と見ている
気づくのは何故か女の役目にて 愛だけで人生きてゆけない
続く

平成18年元旦
 迎春
明けましておめでとうございます。
皆様、よいお年をお迎えのことと存じます。
今年も緋色窯をよろしくお願いいたします。

ホームページを開設して6年、工房は10年目です。
年頭に当り、今年の目標を考えました。
1.
緋色の美しい作品を焼くこと。これにつきます−−−もう1つ強いて上げれば
   ・・・・・山奥の穴窯でしょうか。定年間近ですので、男の隠れ家が欲しいですね。

かなわぬ夢でも、書いてみたり、確認してみることはいいことです。
人間は、結局自分のやりたいことに向かっていくものだそうです。
だから、指針を決めることは、自分を一歩前進させることになるのです。


2006年が皆様にとって、明るい年でありますよう祈念いたします。