旅の記録 4

桜咲く奈良・京都 全日本旅行 妻が喜寿になりました
令和8年3月30日
下諏訪 AM6:00発    法隆寺IC ・・・ AM11:30 松本屋 昼食12:10 ・・・ 12:15法隆寺(金堂・五重塔・大宝蔵院・夢殿)14:00・・・ 14:30 西ノ京 薬師寺(東塔・薬師三尊像・東院堂)15:30・・・ 15:55 春日大社 16:50 ・・・ホテル17:00
沈丁花の花の香る頃。日ざしはすっかり春なのに風は冷たく厚いジャンバーを出したり引っ込めたり。ああ、早く軽装になって一泊でもいい、旅に出たい。で、旅に出ることになりました。
妻が喜寿になりましたので、喜寿記念に一度行きたいね、と話していた法隆寺と薬師寺・黄檗山満福寺・醍醐寺の花見に行きます。奈良の桜は満開でした。自由時間には、以前行ったところ休館日で見学できなかった河井寛次郎記念館を訪ねます。

青丹よし奈良の都は咲く花の 匂うが如く今さかりなり

松本屋
法隆寺前の松本屋で和定食のお昼。心配された雨は降りませんが、信州から行った私たちには蒸し暑い。

法隆寺
法隆寺と次の薬師寺は案内人とともに見学しました。ただ漠然と見るのとは違い、プロの説明はときにユーモアをまじえて楽しい時間です。
南大門からスタート。東京ドーム14個分の広大な敷地に多数の伽藍が並ぶ法隆寺。
飛鳥時代に作られた五重塔は日本最古で、一階にある塑像群は、東西南北の四面それぞれに、お釈迦様にまつわる場面が創られている。塑像とは土で作った仏像のこと。
玉虫厨子とは仏像を入れる仏具。西伽藍から歩いて東伽藍の夢殿へ。太子が法隆寺で瞑想にふけったときに黄金でできた人が現れる夢を見たという故事に基づいています。

西ノ京 薬師寺
奈良の古い寺の大半は兵火や火災で伽藍を失っている。薬師寺は東塔以外は新品で、伽藍復興は管長高田好胤師、棟梁は宮大工の西岡常一である。
東塔の相輪を飾る水煙は、空中を舞い音楽を奏でる天女「二十四の飛天」の透かし彫りで有名だ。会津八一は薬師寺でいろいろな歌を詠んでいる。
すいえんの あまつをとめが ころもでの ひまにもすめる あきのそらかな
これに対して、佐々木信綱にも次の短歌がある。たいへん有名な歌だ。
ゆく秋の大和の國の薬師寺の搭の上なる一ひらの雲

春日大社
外国人が多いけれど中国人がいないので騒々しくない。鹿は多い。馬酔木は満開。

いろはグランドホテル

近鉄奈良駅近く、小西さくら通りから、ひがむき商店街を散策してレストランを探すが、結局ホテルのレストランで食事。
"味わう"、ということを私たちは忘れて、それでも最近はまた少し取り戻しつつあるのかな。
黄昏に夫婦互いに杖となる
法隆寺 塑像の案内
柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺 子規 莫山先生筆 夢殿
薬師寺 東塔
春日大社 馬酔木

令和8年3月31日
ホテル AM8:30発    9:25 黄檗宗満福寺 10:20 ・・・ 10:40 醍醐寺・三宝院 12:10  ・・・ 12:40 知恩院駐車場 円山公園・かがり火 13:10・・・13:30 河井寛次郎記念館 14:30 ・・・19:30 下諏訪
幸せは妻との旅の晴二日
京都の満開の桜は夜中の雨で、少し散り始めました。散り桜も良いものです。
AM6:30
朝食
黄檗宗満福寺
隠元を宗祖とする黄檗宗の大本山。隠元が中国から来日したときに持ってきた食べ物はインゲン豆、レンコン、スイカ、タケノコなど。本堂は大雄宝殿といい、十八羅漢像は壮観。天王殿には黄金に耀く布袋像(弥勒菩薩)が口をあけて笑っているが、予想よりも小さい。食事を知らせる開梆(かいばん)は大きい。寺のまわりの民家には椿が一杯咲いていた。
江戸時代の女流俳人菊舎尼の代表作。山門を出れば日本ぞ茶摘み唄。当時、満福寺の周囲は、宇治らしく一面の茶畑だった。

売店でお茶などを買う。

醍醐寺・三宝院
バスを降りると突然の雨、傘を開くがすぐに止む。灰色の空の下で眺める醍醐寺はひときわ魅力的だった。
三宝院、伽藍、霊宝間と見て回るが広すぎて疲れる。上醍醐の醍醐水は、醍醐味の発祥の地。
醍醐寺の細道暮るる二日かな

円山公園・かがり火
湯豆腐のお昼。

河井寛次郎記念館

かがり火を出ると突然の雨、タクシーで記念館へ。記念館に着くと雨が止む。寛次郎自らデザインし、過した自宅。窓から入り込む光と風が心地良い。故郷から贈られたという庭の丸い石を見る。素焼窯と登り窯を見る。
帰り道の高速道路は
天気予報通り雨になったが下諏訪に着くと雨は止んでいた。
雨は夜中とバスの車中だけで本当に素晴らしい旅でした。
初旅や 老いてつくづく いろは唄
いろはグランホテル 黄檗山満福寺 布袋像
かいばん 醍醐寺 枝垂桜
霊宝殿 河井寛次郎記念館 故郷から贈られた丸い石
轆轤 登り窯 看板揮毫 棟方志功
看板製作 黒田辰秋