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曲の順序


「フーガの技法」に含まれる曲の順序については今日様々な説があり、
出版される楽譜や演奏者によって順序が異なっています。

曲の順序に一つの解決を見たのは、バトラー(G.Butler1983)の説です。
彼は「フーガの技法」の出版譜を調べ、
ページ番号がバッハの死後変更されたことを確認しました。
そして、変更される前のページ構成を復元したのです。
※ただしバッハの死後の変更にバッハ本人の意図が
含まれているかもしれず、また逆に復元されたページ構成が
バッハの意図を反映していないかもしれないので、要注意です。

私の研究はバトラーの復元した曲順に基づいています。

結論

以下の表が研究の成果です。両端の2グループ(単純、カノン)と、
中央の2グループ(3主題+2主題、3主題+転回対位法)が、
小節数において対を成しており、曲集全体が対称構造となっています。
これは出版譜出版時の曲延長、新規追加などの変更によって
意図的に一致させたものと思われました。
ただし、未完のフーガは反行グループと対をなす位置にありますが、
小節数が超過しており、この点に疑問が残りました。

様式 G.Butlerが復元した配列
小節数
単純 Contrapunctus 1
78
372
Contrapunctus 2
84
Contrapunctus 3
72
Contrapunctus 4
138
反行 Contrapunctus 5
90
230
Contrapunctus 6
a 4 in Stylo Francese
79
Contrapunctus 7
a 4 per Augment et Diminut
61
3主題 Contrapunctus 8 a 3
188
438
2主題 Contrapunctus 9 a 4
alla Duodecima
130
250
Contrapunctus 10 a 4
alla Decima
120
3主題 Contrapunctus 11 a 4
184
438
転回対位法 Contrapunctus inversus 12 a 4
/Contrapunctus inversus a 4
56
/56
254
Contrapunctus a 3
/Contrapunctus inversus a 3※1
71
/71
3主題(未完) Fuga a 3 Soggetti
233<
(239<)
233<
(239<)
カノン※2 Canon alla Ottava
103
372
Canon alla Decima
Contrapunto alla Terza
82
Canon alla Duodecima
in Contrapunto alla Quinta
78
Canon per Augmentationem
in Contrario Motu
109
※1 この曲の2台のクラヴィア用編曲は付録として扱い、ここには含まれていません。
※2 カノンには反復記号のついたものもありますが、反復分の小節数は数えていません。

以下に詳細を述べます。


(1)曲のグループ分けと小節数

曲集は曲の様式によっていくつかのグループに分けることができます。
表の一番左の欄にそれを示しました。
このグループごとに小節数を合計したのが表の一番右の欄です。
すると、両端の2グループ、中央の2グループの小節数合計が、
それぞれまったく同じであることがわかります。

小節数による対称構造は、2.未完フーガの完成形(2)曲の小節数にも
示したように、「フーガの技法」の中のいくつかの曲に見られます。
これが曲集全体に適用されたのではないかと思われるのです。


(2)出版譜出版時の変更

対称構造が意図されたものであることの裏づけとなるのが、
出版譜出版の際に行われた変更です。
以下にグループごとに注目すべき変更点をまとめてみました。

様式
変更点
小節数
単純 小節数2倍(Contrapunctus1〜3)
延長(Contrapunctus1〜3)
新規追加(Contrapunctus4)
372
反行
230
3主題
188
438
2主題 小節数2倍(Contrapunctus9&10)
延長(Contrapunctus10)
250
3主題
184
438
転回対位法
254
3主題(未完) 新規追加
239<
カノン 改作(Canon per Augmentationem)
新規追加(Canon alla Decima & Duodecima)
372

このように、単純、2主題、カノンの各グループに延長や新規追加などの
変更が見られ、小節数の一致を図ったものと思われます。
なお、未完フーガを除く2つの3主題フーガの小節数を合計すると、
これも372小節となり、単純、カノンの各グループに一致します。
この事実についてはまだ検討を要します。


(3)未完フーガの位置付け

以上のことから立場が危うくなったのが未完フーガです。
反行グループと対になる位置にあるこの曲は、未完成の時点で
既に反行グループの小節数合計230小節を超過しています。

さらに、小節数が一致している各グループは同じ曲数となっています。
すなわち単純グループとカノングループは各4曲、
多重グループと3主題+転回対位法グループは各3曲です。
これに対して「3曲」の反行グループと対を成すのが
「1曲」のフーガ(未完成のフーガ)であることには違和感を覚えます。

「フーガの技法」の基本主題を含まない上、
曲集の対称構造にも当てはまらないとすると、
未完フーガは「フーガの技法」の一員ではないとも考えられます。

これはあくまで推測ですが、未完フーガがフーガの技法の
一員として作曲されていたならば、もしかするとバッハは、
この小節数超過のために作曲を中断したのではないでしょうか。
作曲は出版の準備に並行して行われ、曲の延長や新規追加など
様々な変更もそれに同時進行だったものと思われます。
こうした変更の過程でたどり着いた曲集全体の対称構造に、
作曲を進めていた未完フーガが合わなくなったのではないでしょうか。


補足)転回対位法によるフーガの小節数について

上記の論述において、転回対位法によるフーガの
原形と転回形の小節数を合算しました。
実質同じ曲である原形と転回形の小節数を合算することには
反論もあるかもしれませんが、私は以下のような理由から
両者を合算することを考えました。

「フーガの技法」自筆譜において、転回対位法によるフーガは
XIIIXIVに示したように、原形と転回形が上下に並列して記されています。
これは両者が実質同じ曲であることを強調するものであるともとれます。

しかし「フーガの技法」出版譜においては、転回形に引き続いて原形が
示されています。すなわちContrapunctus12については、出版譜の
37-38ページに転回形、39-40ページに原形が印刷されています。
またContrapunctus a 3については、41-42ページに転回形、
43-44ページに原形が印刷されています。
予備知識なしに楽譜を見れば、別の曲であるかのように見えます。

このような配置の変更から、私は次のように考えました。
自筆譜においては、このフーガの対位法的性質を明らかにするために、
原形と転回形が上下に並列して記されています。しかし出版譜においては、
上に述べたようなシンメトリーを構築するため、小節数を合算する意図を
明らかにする必要がありました。このためバッハは、この2つのフーガの
原形と転回形を並列せず、個別に割り付けたのではないでしょうか。


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