これらの記述は、過去の哲学者ならびに宗教
者にたいする大いなる侮辱である。

プラトンの昔から、哲学者は最低の必須条件
として神秘体験
Aに到達していることがその資
格条件であった。先に、
鴻山の漢詩選集(4)
説明したように、観念論者と肩書きが付けられ、
まるで論理による哲学を創始したように受け取
られているイマヌエル・カントでさえも、神秘
体験
Aに到達した経験があり、彼の神秘体験A
ある
「統覚直観」を「純粋理性」と表現し、
「純粋理性」の性質を「批判」というタイトル
で論じたのであった。つまり、西洋の哲学者と
いうものは、必ず神秘体験
Aを出発点としてい
るものなのである。

神秘体験Aを経験していない人が哲学者ぶっ
て哲学を論じたりすると、哲学上の意志疎通が
できなくなるのである。

筆者は、民主主義を創始したジョン・ロック
を説明したときに、ジョン・ロックが
神秘体験A
の経験者
であることを述べた。彼がAの経験者
であるからこそ、
民主主義の基礎理念を成立さ
せることができたのだ。

ジ ェ イ ム ズ の 自 家 撞 着

Aをまったく経験せず、理解もしていない人が哲学の舞台に立っ
てもらっては困るのである。このような人は民主主義を理解しな
いばかりか、時によっては、まるでヒトラーのように英雄主義
(下巻 
P162)をとなえたり、あるいはメスカリン(上巻 P380
による夢幻状態を勧奨したりすることとなる。

言っておきますが、人間の長い歴史の上にあって、薬物が人間
の哲学的・宗教的な精神に決定的な影響を与えたことはたったの
一度もありません。

薬物については、『宗教的経験の諸相』の中で(下巻 P196)、
ジェイムズ自身が述べている。「わたし自身の経験をふり返って
みても、それらの経験はすべてが相寄って、私が何か形而上学的
な意義を認められずにいられないような種類の洞察に集中するの
である。」つまり、彼は、こともあろうに、
Aに到達したいあま
り、亜酸化窒素とエーテルを使っていたことを告白している。

また、別の箇所(下巻 P205)で彼は、エーテルによる夢幻状
態を「宗教的神秘主義に達したことになる」と表現する。これは
宗教者にたいする侮辱である。新興宗教ならいざしらず、宗教者
が神秘主義に到達するために、薬物を使用することは断じてあり
ません。カトリックの歴史でも、プロテスタントの歴史でも、仏
教でも、モスレムの歴史でも、一度でも調べてからこのようなコ
メントを書くべきでしょう。

だから、(と言っては語弊があるでしょうが)、B
という絶望的な経験しか与えられなかったジェイム
ズが、「
Bからの救い」をもとめて、

         精神治療             
           回心                    
           禁欲主義             
           薬物による回心   

に走り、その結果を延々と報告するのに私たちは付
き合わされるわけです。ジェイムズ自身がそのいず
れをも、結果として、採用しなかったというのにで
す。可怪(おか)しいじゃありませんか。これは自
家撞着の典型です。

そしてなんと、「神秘主義」に該当するものとして次を列記する。

      ルターの覚醒に示される「突然にパッとひらめく深い意味」下 P186
      テニスンの「前にここにいたことがある」という既知感覚 下 P188
      ブラウン卿の癲癇発作の前ぶれとしての「夢幻状態」 下 P 189
      キングズリの主張する「自然から受ける圧迫感」 下 P 190
      シモンズの叙述する「疑似麻薬服用感覚」 下 P191
      薬物による変性意識状態
          アルコール 下 P193
          亜酸化窒素とエーテル 下 P194
          麻酔薬 下 P196
          クロロフォルム 下 P200
          外科手術のためのエーテル 下 P202
      自然主義
          アミエルの日記 下 P205
          スターバックの手稿集からの引用文 下 P207
          マイゼンブーク 下 P208
          ホイットマン 下 P208

さて、前稿で述べた神秘体験Aは、哲
学領域では、プラトン以降カント・ヘー
ゲルにいたる
唯心論として表現され、キ
リスト教では
キリスト教神秘主義(ここ
でキリスト教というのは、カトリックを
指す。)の基礎となっている。

ところが、本来このAを記述すべきジェイムズの『宗教的経験の諸相』
第十六・十七講 「神秘主義」は、種々雑多な経験をまるでゴミ箱のよう
に収納しているのである。少しややこしくなるかもしれないが、聞いてい
ただこう。ジェイムズの特異な精神構造がこの二講義に集約されているよ
うに思われるからだ。ちなみに神秘主義の
Wikipedia定義はである。

Wikipedia定義にあるように、西欧では神秘主義という言葉は上記に記し
たプラトン以降の唯心論哲学とキリスト教神秘主義をあわせた領域を指す
のである。すなわち神秘体験
Aを核心とする哲学表現ならびに宗教解釈を
指すのであるが、ジェイムズはこの取り決めを無視して、次の四条件をす
べて満たすものはすべて神秘主義であると考え、勝手に定義の拡大をおこ
なった。

ジェイムズの提出する4条件とは、次である。(下 P183

              1. 言い表わしようがないということ。
              2. 認識的性質
              3. 暫時性
              4. 受動性