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VII
縮小形を伴う反行フーガ、4声部、4/4拍子、79小節


フーガの技法出版譜のContrapunctus6にあたる曲です。
自筆譜は全体にわたって少なからず修正の跡が見られますが、
中でも最も修正が多いのがこのVIIです。
これは曲の演奏と深い関わりがあるのです。

修正はリズムの変更が多く、以下の2つが頻繁に見られます。



例として以下にVIIの19-20小節のバスを示します。
19小節には修正Bが、20小節には修正Aが見られます。


上段が修正前、下段が修正後です。
いずれも譜面には音符やタイが新たに書き込まれています。

修正前の曲をそのまま演奏したものをこちらに紹介します(一部推測あり)。

Contrapunctus6の副題 in Stylo Francese が示すように、
この曲は序曲風の付点リズムで書かれているのですが、
当時こうした作品は省略の記譜法を用いることがしばしばありました。
このVIIも、もともとは省略の記譜法によって書かれていたのです。
バッハは後にそれを演奏どおりの記譜に直しました。

修正Aは省略の記譜法だと32分音符が3連符と解釈されかねません。
また、修正Bはそのまま演奏される可能性が高くなります。
特に問題となるのは修正Bの方で、縮小形の主題の末尾が
この修正前と同じリズムで書かれているため、作曲者以外に
主題の末尾をどちらのリズムで演奏すべきかを判断する事はできません。



同様の箇所は主題以外にもあり、これを識別するためにも
演奏どおりに記譜する必要が有ったのだと考えられます。

これと目的を一にする変更が「フランス風序曲」にも見られます。
この曲の初期稿BWV831a(ハ短調)と、出版楽譜BWV831(ロ短調)の両者を
比較すると、出版楽譜の方は演奏どおりの記譜法になっているのです。


左がBWV831a、右がBWV831です。

つまりバッハは、作品の出版に当たってしばしば
記譜法の問題に頭を悩ませていたのでしょう。

以上のような演奏上の記譜法変更以外にも修正は見られます。
VIIの修正前と修正後およびContrapunctus6の3者を見比べると、
もう1つ興味深い事実が浮かび上がってきます。
下の楽譜は、その3者の45-47小節のソプラノ・アルトです。
修正が行われた部分について、青い音符で示しました。



上の楽譜で注目すべき点は、自筆譜VIIの修正前と
出版譜Contrapunctus6とが、ほぼ一致しているということです。
つまり修正後のVIIは一見すると、後に出版された
Contrapunctus6よりも発展しているように見受けられるのです。
同様の箇所は他にもいくつか見受けられます。

なぜこのようなことが起きたのか、現時点で推測するのは困難です。
VIIとContrapunctus6を全体として比較すれば差異はわずかですが、
こうした違いがいつ生じたのか、自筆譜がどのように利用されたのかなど、
今後、自筆譜と出版譜との関係を吟味する必要があります。

自筆譜には上記の他にも更にいくつかの修正が見られますが、
中でも重要なのは曲の終結間際、73小節の和声的断裂部分です。


左が修正前、右が修正後です。

およそ曲のイメージが変わる大きな修正です。

なお、VIIの末尾の余白には"Corrigirt"「修正(せよ)」と
書かれていますが、VXの冒頭に見られる書き込みと
あわせて考えると、出版譜の銅版作成時に、
一連の修正箇所について注意を促したものと考えられます。

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