ル タ ー の 解 釈

 簡単に意訳すると次の通りとなる。


 − 私は、カトリックの述べる聖霊の恩寵を賜りたいと切
  に願った。

 − だが、私が私の全霊をかけて修行し、努力し、気違い
  のように魂の鍛錬を行った結果、疲労困憊とはなったが、
    それでも神の聖霊は現れなかった。

 − 逆にその時、私に現れたのは、私を突き飛ばし、地獄
  の底で閻魔と対面させられる経験ばかりであった。

 − じつにこの状態を九年間も続けたのである。

 − その結果、私は神が私を拒絶しているのだと考え、神
  を憎む心境となった。三位一体を唱えたアウグスティヌ
  スは私にとって敵となった。

 − このような状態を続け、私の受けた経験が真正なもの
  であるかどうか幾度も幾度も検討した結果、私はついに
  真理に到達した。

 − アウグスティヌスは間違っている。私の受けたまさし
  くこの地獄経験こそ神のみはからい、御業なのだ。

 − 罪深い人間とは実にこの私なのだ。その罪の深さを神
  が神のみはからいによって私に示してくださったのだ。

 − どんなにもがいてもあがいても、善行を行ったとして
  も、人間は罪人なのである。

 − 救われるということは、この経験を踏まえて、この経
  験を乗り越えて神を信じること、すなわち信仰なのだ。

 − これは逆説かもしれないが、逆も真であって悪いはず
  はない。

 − こう悟って、この悟りと聖書とを突き合せてみた。す
  るとどうだ。ぴったり符合するではないか。

 − だから、この地獄経験(原罪経験)こそ、神の恩寵そ
  のものなのだ。

 このように神からの暖かい恩寵に恵まれることがなく、
冷酷無残な経験だけを与えられた者は、いかにして神を信
ずるにいたるのであろうか。

 もちろんアウグスティヌスの聖霊思想で凝り固まってい
るカトリックからは、何らの知恵も手助けの手も出てこな
い。


 石の上にも三年という諺が日本にはあるが、それでもなお生ぬるい。インドより渡ってきた達磨が中国の嵩山少林寺で壁に面して座りつづけたのが九年、面壁九年、まさに達磨と同じく九年間、この状態を耐えつづけた結果、
1514年ないし1515年のある日、ヴィッテンベルク修道院の構内、「黒い修道院」の西南の隅、塔形建物の上層にあった彼の居室で、彼は彼なりの理解に達した。


 「人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるのである」     (ローマ書、328

 それはまさしく、むなしい善行や功徳によらず、ひたすら「信仰によってのみ」人は真に神とのやわらぎを得る……と成瀬治は述べる。

写真:Das Augustinerkloster von heute,
          http://www.erfurt.de
          Landeshauptstadt Erfurt Stadtverwaltung

 その理由は、


 「ついに、いく日もいく晩も思いめぐらしたのち、神は私をあわれみ、私はふたつの箇所、つまり『神の義は福音のなかに啓示され』と『義人は信仰によって生きる』とのあいだの内的な連関に気がついた。ここにおいて私は神の義を、義人が神の恩寵によって、すなわち信仰によって生きる、その義のこととして把握するようになった。福音をつうじて啓示される神の義は受動的な意味に理解されねばならないこと、『義人は信仰によって生きる』とあるように、神はそのあわれみにおいてわれらを、信仰によって義とすることがわかってきたのである。このとき私はまったく生まれかわったような心地がし、ひろくあけ放たれた扉をとおって天国に踏みこんだように思った。そこで私は憶えているかぎり聖書を読みとおしてみた。そしてちょうどこれに対応する意味を、ほかのいくつかの言いまわしにおいて見出した。たとえば『神のわざ』は神がわれらのうちに働くそのわざであり、『神の力』はそれによって神がわれらを強くするその力であり、『神の知恵』とはすなわち神がよってもってわれらを賢明ならしめるその知恵である……。
 かくて、これまで『神の義』という言葉をはげしく憎んでいただけに、それだけますます深い愛をこめて、私はこの恵みゆたかな考えを抱きしめざるをえなかった。このように、かの使徒[パウロ]の言葉は、じっさい私に天国の門を開いてくれたのである。」                                       (同上)

                  (原典『ラテン文著作集』第一巻(1545年刊)の序言

画題:フランシスコ・ホセ・デ・ゴヤ
      「わが子を喰らうサトゥルヌス」
       
1821/23
          ホセ・アントニオ・デ・ウルビノ
      『プラド美術館』
1988
          Scala Publications Ltd.