I
単一主題によるフーガ、4声部、4/2拍子、37小節
フーガの技法出版譜のContrapunctus1にあたる曲です。
古風な声楽的作品に多く見られる4/2拍子で書かれています。
この拍子は、出版譜において2/2拍子に改められました。
このため、IIやIII同様に出版譜では小節数が倍増しています。

実際の自筆譜は出版譜と同じく4段(1声部1段)で書かれています。
同じ拍子は平均律クラヴィア曲集2巻のホ長調のフーガ(BWV878)や、
オルガンのためのフーガ変ホ長調(BWV552)にもみられます。
自筆譜と出版譜とを比較して、もっとも大きな相違点は曲の延長ですが、
細部においても音の補充や旋律の変更などが行われています。
興味深いのはリズム補完のための音の追加です。
例えば9小節ですが、下の楽譜のようにソプラノとテノールの
ゼクエンツの一部に、旋律の形を変えて音を追加し、
常に8ビートが刻まれるように変更したのです。

小節数が倍増しているため、Tの9小節はContrapunctus1の17-18小節に当たります。
また、旋律の音程進行をよりスムーズにするための変更も
施されています。31小節のソプラノのモチーフは、
前の小節から続くゼクエンツなのですが、その旋律の形をかえ、
ゼクエンツでなくしてまで修正しているのです。

小節数が倍増しているため、Tの31小節はContrapunctus1の61-62小節に当たります。
以上の変更から、バッハは自ら設定したモチーフの反復よりも
音楽的な美しさをより重視していた事がわかります。
曲は37小節(出版譜における73-74小節)で終了しています。
出版譜ではこのあとに4小節のコーダが追加されています。

旋律もだいぶ変更されています。
37小節ではバスに1声部追加され、曲は5声部で終わっています。
出版譜では声部の追加が削除され、4声部で終わっています。
これも大きな変更といえるでしょう。
なお、整然とした書体で書かれたこの自筆譜Tですが、
よく観察すると、いくつか修正の痕跡が見られます。
中でも大きな修正は、9-10小節のバスの旋律です。

下段には、あとから追加された音を青い音符で示しました。
かつては浄書といわれていた自筆譜ですが、こうした修正や、
IIIやVII、XVなどに見られる大きな改変から、
自筆譜が草稿であったことがうかがわれます。
分析室1 分析室2 トップページ
|