パターンあやとりの世界


第1章:開始処理・装飾処理・継続処理・終了処理

4.同じあやとり、似たあやとり

 本章第1節で、あやとりを取るという手順を「状態」と状態間の「遷移」と考えるという考え方をご説明しました。この考え方ができるためには、それぞれの状態が同じなのか違うのかの判断ができなければなりません。同じ状態とか同じあやとり(作品)というのはどのように考えたらよいでしょうか。

 「そんなの見ればすぐにわかるのでは?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。以下の例をご覧ください。なお、この節では写真を少し大きなサイズで載せています。(そのかわりこれ以上拡大しません。)


 

 最初に、「人差し指の構え」と「中指の構え」を見てみましょう。

Fig.1-41a : 人差し指の構え(上:赤)と中指の構え(下:青)

 この2つは同じでしょうか、違うでしょうか。この後で様々な手順で操作してゆくのであれば、この2つは「違う状態」であるという立場で考えたほうがいいでしょう。一方、これが完成形だとして、あやとりひもで出来上がっているパターンだけに注目したら、この2つは「同じあやとり作品」と言っていいと思います。以下、「完成したあやとり作品」と考えることにして、指の区別はしないことにします。


 

 それでは次の例はどうでしょう。どちらも「人差し指の構え」なのですが(「中指の構え」でもいいですが)、左手と右手とどちらを先に取るかの違いがあります。右手を先に取るものを「Aの構え」(opening A)、左手を先に取るものを「Bの構え」(opening B) という呼び方をすることがあります。

Fig.1-41b : Aの構えとBの構え

 大部分のあやとり作品において、この2つを区別する意味はありません。これはあやとり作品としては「同じ」と見なすのが妥当だと思います。


 

 次の例です。これも「人差し指の構え」そのものですが、左右の人差し指を近づけてみたり、逆に親指・小指を近づけてみたりして、かたちを変えてみたものです。

Fig.1-41c : 「人差し指の構え」

 これは同じでしょうか、違うでしょうか。ユークリッド幾何学的な立場に立てばこの2つは明らかに異なります。位相幾何学(トポロジー)的な立場に立てば、この2つは同じと見なせるでしょう。多くの場合あやとり作品ではこのように部分的に伸び縮みしても「同じ」と見なすことが多いと思います。ただし、完成形のあやとり作品の場合、完成形でイメージしているかたちに近くなるように調整することがあって、その場合はこのような伸び縮みの範囲内でかたちを整えることがあります。「同じ」「違う」というよりは、より望ましいかたちに近づける感じです。


 

 それでは次はどうでしょう? 

Fig.1-42a : 亀・ゴム・飛行機のゴムの直前

 この2つは、日本の伝承あやとりの「亀・ゴム・飛行機」のゴムの直前の状態です。(実はこれはもっと簡単に作れます。「人差し指の構え」から親指・小指の内側の糸を取り合って、人差し指の先を掌の2本の糸を越えて自分の輪の中に上から入れて親指小指を外し、さらに人差し指の背の糸も外して人差し指の先の輪に親指小指を入れて広げるとこのかたちになります。)

 図の上のパターンを左右に引くと下のパターンになります。造形としてはこの2つは明らかに異なりますが、指にかかっている糸の状態は同じです。このように、糸を強く引かずに糸同士の摩擦と糸そものもの固さ(弾性)というか、かたちを保とうとする性質によってあやとりを仕上げる場合があります。


 

 次は「向き」の問題です。第4章でご紹介するタイガーショベルノーズキャットフィッシュです。

Fig.1-42b : タイガーショベルノーズキャットフィッシュ

 このあやとりは、「7つのダイヤモンド」に2本の水平に走る糸が重なったパターンのあやとり作品です。もともと、全ての指を上(天井の方向)に向けてパターンは水平面内で取ってゆくのですが、最後に人差し指と中指で展開して、パターンは鉛直面になるようにします。このとき、手先を手前に向けるのか、向こうに向けるのかで見える面が変わります。

 この2つを「違うあやとり作品だ」という方はいらっしゃらないと思いますが、立体的な作品の場合、「上向き」と「下向き」で別な名前が付けられている伝承作品もあります。

Fig.2-23a:ライアの実 Fig.2-23b:ライアの花

 この2つは別なあやとり作品です。このように、構造が同じでも向きが違うだけで「違う作品」になる場合もあります。


 

 以下、よく似ている伝承作品をいくつかご紹介します。最初に「ナウルの太陽」と「ガイアナの星」です。(後の章で取り方を説明しています。)

Fig.1-43a : 「ナウルの太陽」(上)と「ガイアナの星」(下)

 上のFig.1-43a がそれぞれ3本指で保持しているパターンで、下のFig.1-43b が真ん中の指を外して親指・小指で保持しているパターンです(こちらが完成形です)。

Fig.1-43b : 「ナウルの太陽」(上)と「ガイアナの星」(下)

 糸をもっと強く引くと、直線的な「二重のダイヤ型」のパターンになります。

Fig.1-43c : 「ナウルの太陽」カロリン展開仕上げ

 「カロリン展開」という終了処理で仕上げています。(これも次章で説明する予定です。)


 

 続いて、「7つのダイヤモンド」と「ハワイの夜」です。

Fig.1-44a : 「7つのダイヤモンド」(上)と「ハワイの夜」(下)

 「7つのダイヤモンド」は日本でも知られているあやとり作品だそうです。(私は身近には知っている人がいなくて、本から覚えました。)「ハワイの夜」はハワイの伝承作品「夜」のことです。(もちろんハワイでは「ハワイの夜」とは言わないです。「ナウルの太陽」も「ガイアナの星」も、現地では単に「太陽」「星」と呼ばれているそうですが、同じ名前の作品がたくさんあるので、区別するために「○○の」という言い方をさせていただいています。)

 この2つは、取り方の違いに起因して、特に左右の親指・小指の間の2本の縦の糸にで折り返しているダイヤ型を構成する糸の掛かり方の違いが大きいです。

Fig.1-44b : 糸のかかり方の違い

 でもパッと見てこの2つを見分けるのはそんなに簡単ではないと思います。


 

 次は「ダンスの舞台」と「雨」です。

Fig.1-45a : 「ダンスの舞台」(上)と「雨」(下)

 たいへん美しいあやとり作品だと思います。この2つも糸のかかり方が異なります。


 

 もう1つだけ。「たくさんの星」と「イヌイットの網」です。

Fig.1-46a : 「たくさんの星」(上)と「イヌイットの網」(下)

 違いは説明しませんが、どこが異なるかわかるでしょうか。

 これらも様々なパターンあやとりの終了処理として有益です。伝承作品としてこれらの派生作品がたくさん知られています。


 

 最後にちょっと趣向が異なりますが、こんなあやとり作品を比べてみました。

Fig.1-47a : 「二段ばしご」(上)、「2つの星」(中)、「二重の二段ばしご」(下)

 一番上が「二段ばしご」です。真ん中が「2つの星」です。一番下は、少し長い糸を二重にして、「二段ばしご」を取ってみたものです。こういう変化も面白いと思います。


 

 この節では、あやとりの状態や完成形を比べるときに気を付けることなどをお話しました。複雑なあやとり作品になると、手順は正しく取っているのに完成形が一見全く違った状態になっているということがよくあります。落ち着いて解きほぐして調整するときれいな完成形ができる(ことがある)ので、諦めないで調整してみることが大事です。また、その作品に慣れてくると、途中の状態でそれぞれの指の輪の長さの配分などをどのようにしておくと完成形がきれいに決まりやすいか、だんだんわかってきます。ぜひいろいろ試してみて下さい。

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2021.05.22
長谷川 浩(あそびをせんとや)


(c)2021 長谷川 浩
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