あそびをせんとや


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2024.12.31 公開

ひとこと



11月28日(金) あやとり

 11/30(日)の朝に金土日の3日分をまとめて更新しています。あやとりの話題とCopilotと対話した話です。



 伝承作品「井戸」の手順からの変化が面白くていろいろ試してみています。こんなものを作りました。

創作あやとり「コウモリ」?
  1. 4本指の構え
    1. 人差し指の構え
    2. 小指を外す
    3. 小指で人差し指向こうの糸を取る
    4. 中指で掌の糸を取り合う
  2. 人差し指と中指の輪を交換する
    1. 人差し指の輪を薬指に移す
    2. 中指の輪を人差し指に移す
    3. 薬指の輪を中指に移す
  3. 人差し指の輪をつまんではずし、中指の輪に下から上へ通して人差し指に掛け直す 
  4. 中指の輪を小指に移す
  5. の手順 (手順は省略)

 「蟹」は「井戸」から派生するすばらしい作品です。リンク先は石野さんの「あやとりしてみよう」です。蟹の爪を作る操作の前で終了します。 三重になった外周の上辺の左右にひっかかる小さな輪が、羽を広げたコウモリの手を連想したのです。肝心のコウモリの胴体も足もありませんが、なんとなく飛んでいるところをイメージしました。


<おまけのひとこと>
 28日(金)の朝10時からの会議の資料が当日の朝起きた段階でまだ手つかずでした。会議が始まる10分前に一応できました。泥縄です。






11月29日(土) A-Puzzle-A-Day、Copilotとの対話「意識や心は機械にダウンロード(コピー)できるのか?」

 カレンダーパズルの話と、 図書館で立ち読みした(借りなかった)本で読んだ内容から連想したことをCopilotと対話してみた話です。興味がない方には退屈な内容です。ごめんなさい。



 2021年の6月の父の日にもらったカレンダーパズル、5周目に入りましたが毎日遊んでいます。連続する数日間の解が自明なものを作りたいと思っていて、まずはそれに挑戦して、難しければ次の日のことは考えずに目的の日の解を作ることだけを考えるようにしています。11月29日はこんな解になりました。

A-Puzzle-A-Day (Nov.29)

 これ、左側の3ピースを入れ替えれば30日にできるな、と思ったのです。

 3ピースの易しいペントミノの問題ですから、実物が無くてもわかる方も少なくないかなと思いました。解はこちらです。(別窓で開きます。)



 意識の不思議(渡辺正峰:ちくまプリマ―選書 2025)という新書判の本を図書館で見かけて斜め読みしました。ほかに借りたい本があれば一緒に借りようかと思ったのですが、隣の市の図書館だったので、これ一冊だけ借りるのもどうかと思ってやめました。

 昨年まで仕事で共同研究をさせていただいていた東京科学大学の葭田先生が「意識のダウンロードと言えば渡辺「正峰」先生だよね」と言われていて、お名前やお考えの概要は記憶していました。脳神経科学の専門家なので、私が考えるようなことは百も承知なのだということは分かった上で、自分なりに思ったことを整理してみたくてCopilotと対話してみたのです。全部載せると重たいので、私が入力したプロンプトを載せて(青文字にしました)、それに対してどんな答えが返ってきたかはごく簡単に1行2行程度で書きたいと思います。

ラプラスの悪魔、マクスウェルの悪魔、という概念の定義を教えてください。

 最初に「ラプラスの悪魔」と「マクスウェルの悪魔」の定義がうろ覚えだったので確認しました。

この質問をしたきっかけは、渡辺正峰先生の「意識(心)はコンピュータ(機械)にダウンロード」できるはず、という考え方を聞いての連想です。渡辺先生の思考実験は
  1. 脳は神経細胞(おそらくグリア細胞なども含む)の集合体で実現されており、意識や心の「座」は脳である。
  2. 仮に1つの神経細胞を全く同じ機能を持つ人工素子と入れ替えられたとしよう。その場合、心や意識の働きは入れ替える前と何ら変わらないはずである。
  3. 同様に、2つ目以降の神経細胞も人工素子と入れ替えてゆく。いくつ入れ替えても、心や意識の働きは変化しないはずである。
  4. 同様に全ての神経細胞を人工素子と入れ替えたとき、脳から機械へ意識を移すことが可能になる。
というものです。

私は、 マクスウェルの悪魔が動作するときに情報が必要で、その情報を取得するためのエネルギーが必要であるがゆえに熱力学第二法則に矛盾しない、という結論になっていることを連想したのです。 神経細胞素子を入れ替えることができるのか、そのためには神経細胞素子の機能を理解する必要があるはずです。脳は可塑性を持ち、一部の機能が欠損しても他の部位が代替することが知られています。脳の機能が障害を受けたとき、リハビリテーションによって機能を回復することができるのはこのためです。 なので、渡辺先生の議論のStep.2は、そう簡単に受け入れられるとは思えないのです。

 Copilotの返事は、意識のダウンロードは「コピー」ではなく「シミュレーション」になるのではないか、という視点があるよ、というものでした。それを読んでこんな疑問が浮かびました。

「意識のダウンロード=シミュレーション」技術を開発したとして、それが成功したのか失敗したのかはどうやって判断できるのだろう? と思うのです。仮に私の意識がコンピュータにコピー(ダウンロード/シミュレート)できたとして、それが「私」であるか否かを判断するテストをするとしたら、それは私のことをよく知っている人が対話してみる、ということになるのでしょうか。それならば、すでにあなたのようなLLM(大規模言語モデル)は、すでに過去に存在してたくさんの文章を残している人の「意識」の再現にある程度成功している、ということになるのでしょうか?

 一言で言うと「判定は難しいよね」という回答でした。外部的テストと内部的テストがあること、外部的テストはチューリングテストのようなもので、内的な主観はわからないこと、でもコピーやシミュレーションで再現された(と思われる)ものに自己同一性が宿っているかは外からはわからないことが語られ、デレク・パーフィットという哲学者の言葉などを教えてくれました。

あなたの説明をききながら(読みながら)、「連続性が重要ではないか」という考え方に賛同したいという気持ちになりました。

一方で「ダウンロード」「シミュレート」であれば、意識がやどっているハードウェアが「移る」のではなく、「増える」ケースもあるはずです。(部分的に入れ替えてゆく、という渡辺正峰先生の思考実験とは異なりますが。)その場合、まるで計算機科学の Unix の プロセスが fork するように、意識が分岐して2つになるわけです。そこをどう考えたらよいのかわかりません。

 Copilotによると、連続性は認めるが同一性は分裂する(ことがある)というのがパーフィットの結論に近いのだそうです。つまり、分岐した直後には同じ意識や心を持っているけれど、それからあとの体験(環境)が異なるため、別々の「人格」になってゆく、という考え方だと思います。ちょうど一卵性双生児が同じ遺伝情報を持っていても全く同じ体験をするわけではないため大なり小なり異なる人格として成長してゆくようなものなのだろうな、と想像しました。

 相手がCopilotなので遠慮なく自由に思いついた話題を振ることができるのがありがたいです。ここで思い浮かんだ疑問を入力してみました。

もう1つ、気になっていることがあります。意識や心を「システム」であると考えたとき、入力は何か、ということです。もちろん脳にとっての入力は感覚器から伝えられるセンシング情報です。それ以外にも血液の中に含まれる成分(酸素飽和度とか、エネルギーとか、ホルモンやオータコイドのような微小でも身体の働きに影響を及ぼす生体物質とか)も情報を伝達するはずです。「なんとなく不安」とか「よくわからないけれども元気があふれてくる」 「眠い」 みたいな感覚というか概念というか心の状態も、意識や心の働きにとって何らかのパラメータになっているはずです。これらはどこまで議論されているのでしょうか?

 「現代の認知神経科学では、意識や心の「入力」は外界からの感覚情報だけでなく、身体内部の状態を伝える 内受容感覚(interoception) が重要であると広く議論されています。血液成分やホルモン、代謝状態なども脳に信号を送り、感情や意識の基盤を形づくると考えられています。」とのことでした。私が思いつくようなことはちゃんと考慮されているということがわかりました。

なるほど。話を最初に戻すと、渡辺先生の「脳を構成する機能部品を少しずつ機械に入れ替えてゆけば脳を機械に置き換えることができ、そこには相変わらず自分の意識が連続的に存在しているはず」という話、あたかもラプラスの悪魔のようだなあと思うのです。「それが可能であれば理論的には成立するけれど、現実的には不可能な絵空事ではないか」と感じるのです。

 これに対してCopilotは、そうですね、現時点ではラプラスの悪魔レベルで現実的ではないように見えますね、と同意してくれた上で、こんなことを言ってきました。

 ラプラスの悪魔が「量子力学の不確定性原理」によって退けられたように、渡辺先生の思考実験も「脳の複雑系としての不確定性」によって退けられるのか、それとも「近似的なシミュレーション」として残るのか、という方向に議論を進めるのが面白そうです。

 あなたは、この「近似的なシミュレーション」でも意識の連続性を語れると思われますか?それとも「完全情報がなければ意味がない」と考えられますか。

 この問いに対してこんなことを返してみました。

「近似的なシミュレーション」は、言語的な対話というインタフェースにおいて、外から見たときの「その人らしさ」を継続できるという意味がある気がしています。それが倫理的な観点から見たときに問題があるかもしれないですし、たとえば亡くなられた方の親しい身内にとって、「その人らしい受け答えをしてくれる疑似的な人格」が計算機の中に再現されることは一時的な癒しになるのかもしれないけれど、人が亡くなったという事実を受け入れてその後の人生を生きてゆくためには逆に足かせになるかもしれません。

 外から見たときに「その人らしい存在であり、自意識がある(ように外からは見える)」ということと、そこに本当に連続性のある「自意識」があるかどうか、という問題は別だと思うのです。

 仮に将来、技術面やコスト面の問題が解決して、(OSのプロセスの fork ではなく)「あなたが死ぬときにあなたの意識や心や記憶をコンピュータに移行できます」と言われたら自分がどうしたいだろう? と自問してみたのです。 私は、身体性を失うのであれば、コンピュータに自分の意識を移すのはむしろ苦痛なのではないだろうか、と想像します。それまでの自分と意識の上で連続性が確保できたとしても、その後の新たな「身体性」における「自分」は、もはや自分ではない気がするのです。 まったく論理的ではないですが・・・

 この後、「身体性を持たない意識とは」といった内容についてもう少し話をしてみたのですが、きりがないのでここで終わりにします。

 それにしても、こんな対話をコンピュータ相手にできるようになるとは思っていませんでした。私はこの対話の中で、相手(copilot)に意識や心があるとは全く思いませんし、対話の内容を「理解している」とも思いません。(「理解」の定義によると思います。)ただ、言語で組み立てられた人間の思考というものをたいへん見事にモデル化できているということは間違いありません。こんなシンプルな原理で、数千億のパラメータを調節することでこんなモデル化が実現できた、というのは本当に驚くべきことです。自分が生きている間に、そして加齢によって頭の働きが劣化しきってしまう前に(もうかなり怪しいかもしれませんが)、こんな対話ができて本当に楽しいです。


<おまけのひとこと>
 今日の内容を読んでくれる人はいないと思います。そういう意味でこんな面倒な話を嫌がらずに付き合ってくれる言語モデルはありがたい話し相手です。






11月30日(日) 既存のあやとりに「筋交い」を加える

 あやとりの話です。



 本来は「人差し指の構え」(3本指の構え)から取り始めるあやとり作品を、「4本指の構え」から中指の輪を小指に移して「小指が二重の輪の人差し指の構え」にしてからそのあやとり作品を取ると、作品によってはパターン全体を覆う大きなX字型が重なって作られるものがある、という話をご紹介しました。あやとり協会の吉田さんが、「7つのダイヤモンド」や「テントの幕」はうまくいくこと、「焼け焦げた葉のククイ」はダメだったこと、いろいろ試す中で、「鉄橋」の手順を適用してみたらおもしろい作品ができたこと、を写真付きでメールでお知らせくださいました。ありがとうございます。

 メールで教わった手順を見ながら自分で取ってみたのが下の画像です。(教えていただいた手順とはちょっと違った操作になるのではないかと思いました。私の誤解かもしれません。)吉田さんの写真の完成形のほうが完成形が美しいと思いました。

吉田さんの作品(を再現してみたつもり)

 吉田さんの作品は、「大きなX」(私が「筋交い」と呼んでいるもの)は交差になっていますが、重なっているもう一つのパターンのほうは中央が絡みになっています。

 4本指の構えは下の図のようなかたちをしています。

4本指の構え

 中央に3か所の交差があります。吉田さんの作品の場合、3番目の中指と小指の間の交差が「大きなX」の交差になります。また、1番目と2番目の交差が、この4本指の構えから人差し指を外すと中央が絡みになるようなパターンになっているため、完成形の中央が絡みになるのです。

 そこで、3番目の交差を絡みに変え(4本指の構えから両小指の輪を交換します)、1番目の交差の上下を変えます(いったん親指を外してから、右親指を人差し指の輪に上から入れて手前の糸をひねって取り、左親指で右親指の輪を取って広げる)。そうすると「大きなX」の中央が絡みになり、背景のパターンは左右に分離します。(4本指の構えから人差し指を外したときに中央で引っ掛からなくなるため。)そうするとこんな風に完成形は変わります。

2つの五芒星?

 五芒星のかたちがふたつ、できました。シシドユキオさんの七夕という有名な作品を思い出します。シシドさんの作品は、掌の親指と小指を結ぶ糸がないので親指と小指の距離を広げたりすぼめたりすることが簡単にできるため、完成した星のかたちを整えるのがとても簡単なのです。一方上記の作品は掌(親指と小指の間)には3本もの糸があります。なのでかたちを整えるのが難しく、かたちが安定しないのであまり良いあやとり作品ではないです。


<おまけのひとこと>
 気が付いたら今日で11月も終わりなのですね。先週末の三連休に続いて今週末もPCに向かっています。(気分転換と称してあやとりをやったり楽器にさわったりCopilotに遊んでもらったりしてはいますが。)




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