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Melopoiia
作曲法
(1592)

ドイツの音楽家、カルヴィジウスが著した作曲法の書です。
ツァルリーノの調和概論を参考にして書かれており、
内容ばかりでなく文章の体裁もよく似ています。
調和概論1558年版を増補改定した1573/89年版を参照しており、
そこからツァルリーノの譜例が多数引用されています。

注目すべきは、バッハが「作曲法」の一部を筆写していたことです。
このバッハの筆写譜は、1739-42年頃のものとされており、
それはまさにフーガの技法を作曲していたと考えられる時期なのです。
バッハが作曲に当たってこれらの譜例を参考にしていた可能性が高く、
すでに平均率クラヴィア曲集で様々なフーガに取り組んだバッハが、
なおも新しい技術・可能性を模索し続けていたことになります。

以下に「作曲法」から、譜例が豊富に掲載されている3つの章を紹介します。


第19章 厳格なフーガ

ここで言う厳格なフーガは、ツァルリーノと同様に今日のカノンに当たります。
ただし模倣の音程には同度、5度、8度以外も認められています。
また先行声部はDux、後続声部はComes(Comites)と呼ばれています。
(ツァルリーノはGuida、Consequenzaと呼んでいました)

ここで紹介されている譜例にはツァルリーノによるもののほかに、
カルヴィジウス本人の作と思われるものや、
ガルス(Jacobus Gallus,1550-1591)の作品も含まれています。
次の曲はカルヴィジウスの作と思われる「5度下のフーガ(=カノン)」です。




また次の曲はガルスによる「3度上の5声フーガ(=カノン)」です。



譜例につけられた説明文の最後にあるI.G.はガルスの頭文字です。

このほかにも、13声のカノンや6声の無限カノン"Sine Fine"など、
ガルスの個性的な作品がいくつも紹介されています。

ツァルリーノの譜例は、ほとんど2声のものしか紹介されていませんが、
この章の最後に1曲だけ3声の「フーガ」が掲載されています。



譜例につけられた説明文の最後にあるI.Z.はツァルリーノの頭文字です。

ツァルリーノは著書において同様の「フーガ」を他に2曲紹介していますが、
カルヴィジウスには、これらを網羅する意図はなかったようです。


第20章 2重および3重のハルモニア

この章では、いわゆる2重対位法について紹介されています。
カルヴィジウスは「作曲法」の中で、しばしば独自の楽語を用いていますが、
その最たるものがこの ハルモニア Harmonia と言えるでしょう。
すなわちツァルリーノが言うところの contrapunti=対位法 を表しています。
ニュアンスとしては対位法というより声部書法といったところでしょうか。
なおここで 3重 tergemina とされているのは、今日の3重対位法ではなく、
2種類の2重対位法を組み合わせたものとなっています(参考)。

この章では全面的にツァルリーノの譜例のみが用いられています。
次に示すのは2声部による12度の2重対位法の例です。







また次に示すのは3声部による12度の2重対位法の例です。







なお、この章においてもツァルリーノの著書における
2重対位法の譜例がすべて取り上げられているわけではなく、
こちらで紹介している2重対位法によるカノンなどは省かれています。


第21章 即興的ハルモニア、即興は如何に実践すべきか

ここでは即興の手法として定旋律上のカノンが紹介されています。
ツァルリーノも同様のカノンを残していますが、こちらは即興の手法ではなく、
「一定の制限の下で書かれた3声の対位法」として紹介されています。

カルヴィジウスが示したカノンは自作と思われるもので、
定旋律としてプロテスタントの礼拝で歌われたいわゆる「ドイツ語ミサ」より、
サンクトゥスの一節「聖なる神、万軍の主」が用いられています。



同じ定旋律上で21のカノンを示しており、後続声部は同度、上下3-6度、
および上下8度の音程差で、すべて2分休符1つ遅れとなっています。
最初の10曲は、カノンが定旋律より高い声部に示されます(譜例は第1曲)。




続く7曲は、カノンが定旋律より低い声部に示されます(譜例は第11曲)。




更に次の3曲は、カノン声部が定旋律をはさんでいます(譜例は第18曲)。




最後の第21曲だけは、反行カノンとなっています。




なお、これらのカノンが全21曲となっているのは、
「作曲法」が全21章であることにちなんでいるのかもしれません。


(補足)
バッハの筆写譜について

バッハが書き写した譜例は、この「作曲法」のうち、
ツァルリーノ作によるものが大部分を占めています。
おそらく意図的にツァルリーノによるものだけを抜粋したのでしょう。

しかし、ツァルリーノによる上記の3声カノンは抜け落ちています。
また逆に「筆者により加えられた」と説明書きのある、
まったく無関係なカノンが付け加えられていたりします。

これらのことから考えて、バッハはカルヴィジウスの「作曲法」を
直に目にしたわけではなく、誰かが書き写し、手を加えたものから
更に書き写した可能性が高いと考えられます。


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