閲覧室1 閲覧室2 図書室
Le Istitutioni Harmoniche
調和概論
(1558)

イタリアの音楽家・理論家ツァルリーノが著した音楽理論書の大作です。
全4部からなり、第1部は音楽の分類、第2部はギリシャ時代の音楽、
第3部は対位法、第4部は旋法について、それぞれ述べています。

この偉大な著書はイタリア国内のみならず、
カルヴィジウススヴェーリンクなど各国の音楽家によって取り上げられ、
後々まで多くの音楽家達に伝えられていくこととなりました。

ここで紹介するのは、そのうちの第3部、対位法についてです。
80章からなる第3部は、音程とその分類に始まり、対位法とその禁則、
模倣、2重対位法などについて、譜例を挙げながら詳細に述べています。
そのすべてをここで紹介する事はできませんが、
中でも注目すべき事柄として、以下の2点を紹介したいと思います。


模倣について(51-52章)

ツァルリーノは模倣を以下の3つに分類しています。

1つ目は「自由な」Fuga(フーガ)ないしConsequenza(模続進行)です。
すなわち先行声部の冒頭が模倣されるもので、現在のフーガに近いですが、
応答には同度、4度、5度および8度の音程間隔が認められています。
また、模倣される旋律は曲を通じて示されるわけではなく、
現在のフーガで言う「主題」の性格はまだ確立されていません。


ツァルリーノによる「自由な」フーガの例。

2つ目は「厳格な」Fuga(フーガ)ないしConsequenza(模続進行)です。
現在のカノンと同義で、当時もCanon(カノン)と呼ぶ音楽家がいたそうです。
先行声部に後続声部の入りや音程を示す記号を付ける方法についても
説明されていますが、これは後代の謎カノンの記譜法と同様のものです。


「厳格な」フーガの例。ここでは3度の反行カノンの例を示しました。
上2段は実際の曲、下1段はその記譜法で、タイトルと記号によって後続声部の特徴が示されます。

3つ目はImitation(模倣)で、応答に同度から8度までの各音程が許されます。
ここでも「厳格な」もの(カノン)と「自由な」ものが示されており、
すなわちImitationにはFugaないしConsequenzaが含まれています。


2重対位法について(56・62章)

対位法について一通りの説明を終えた後、ツァルリーノは
より巧妙な技術として、2重対位法を紹介しています。
2重対位法、すなわち多声楽曲において、
各声部に与えられた旋律を相互に入れ替える技術です。
ツァルリーノは2重対位法による作曲を行う際、作曲の規則に反しないよう、
原曲と入れ替え後の曲を同時に作曲すべきことを再三述べています。
(フーガの技法自筆譜を見ると、バッハもこれに従って作曲したようです)

ツァルリーノは2重対位法を以下の3つに分類しています。

1つめは12度の2重対位法です。これは下の楽譜のように、
一方の旋律を5度ないし12度移行し、旋律を入れ替えるものです。




上2段が原曲、下2段が入れ替え後の曲です。
原曲の上声が入れ替え後は5度下に移されています。
これに対して原曲の下声は、入れ替え後8度上に移されています。

これを作曲する上での注意事項が幾つか述べられています。
主なものとしては、原曲において6度やその連続を用いないこと、
7度を含むシンコペーションを避けること(2度や4度は良い)、
短3度の前後に同度や5度を置かないこと、などなど。

2つめは10度の2重対位法です。これは下の楽譜のように、
一方の旋律を3度ないし10度移行し、旋律を入れ替えるものです。




上2段が原曲、下2段が入れ替え後の曲です。
原曲の上声が入れ替え後は10度下に移されています。
これに対して原曲の下声は、入れ替え後8度上に移されています。

ここでも作曲する上での注意事項が幾つか述べられています。
主なものとしては、原曲において3度や6度の連続を避けること、
4度や5度の跳躍を避けること、8度や5度の後の3度は避けること、など。
また、一方の声部を10度や17度で重複して歌っても良いとされています。

3つ目は転回による2重対位法です。
これは下の楽譜のように、入れ替えた旋律を上下転回するものです。
すなわちフーガの技法の転回対位法によるフーガと同様の技法です。




上2段が原曲、下2段が入れ替え後の曲です。
原曲の上声が入れ替え後は7度下に移され、上下転回されています。
また原曲の下声は、入れ替え後3度上に移され、上下転回されています。
どちらの旋律も、d'の音を軸に転回したと見ることも出来ます。

ここでも作曲する上での注意事項が幾つか述べられていますが、
他の2つに比べると少なく、原曲のシンコペーションは協和音程とすること、
8度の後の10度やユニゾンの前の3度は避けること、といった程度です。

以上3種類の2重対位法について、それぞれ譜例を示しましたが、
実はこれらの曲はすべて同じ曲なのです。つまり、ひとつの曲に
12度・10度・転回の3つの2重対位法が用いられているのです。
これこそツァルリーノの熟練振りを示す離れ業です。

同じように2種類の2重対位法を用いた3声の譜例も挙げられています。






上3段が原曲、中3段が12度の入れ替え後、下3段が上下転回後です。
短い譜例で、これが全曲になります。

なお、ツァルリーノは8度の2重対位法については述べていません。
おそらく和音に変化をもたらさない8度の入れ替えを
特殊な技術とは見なさなかったのでしょう。

(補足)

ツァルリーノは、66章「3声以上の作曲におけるアドバイス」の中で、
過去の様々な作曲家の作品を紹介しています(譜例はありません)。
その中にはジョスカンやラ・リュー、ムトン、オケゲムなど、
フランドル楽派の巨匠たちが含まれており、
ツァルリーノ自身がフランドル楽派の末裔であることを物語っています。

中でも最も多くの作品が紹介されているのが、師・ヴィラールトです。
20曲近い作品が紹介される中で、1曲だけ楽譜が掲載されています。



これがその作品、4声の2重反行カノンです。
ツァルリーノはヴィラールトの作品を高く評価しており、
この作品を紹介したのも、師への敬意の現れであろうと思われます。

閲覧室1 閲覧室2 図書室