実験1
Contrapunctus a 3 をそのままひっくり返す。
Contrapunctus a 3の分析の中で、
その転回形が、ただ上下転回するだけでなく、
声部の入れ替えも行われていることを述べました。
なぜ声部の入れ替えが行われたのか?
その答えを探るべく、試しにそのままひっくり返してみました。
つまり、Contrapunctus12と同様に、h-c' を中心軸として、
曲をそっくり上下転回するのです。
BGMはそのままひっくり返したものです。
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するとすぐに、あることに気が付きました。

上の楽譜に示したように、正像の8小節〜にあるソプラノの主題は、
そのまま上下転回すると、下の青い音符の位置になります。
そう、転回形のバスは、実は1オクターブ上に移されていたのです。
(皆さん、お気づきでしたか?)
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Contrapunctus12に比べると、
この曲の原形は高い音域で作られています。
両者の原形の音域を比較してみましょう。
転回する上で特に問題になるのは、ソプラノの音域です。
Contrapunctus12に比べて最低音が5度も高いのです。
これを上下転回してバス声部においた場合、
最高音は g となり、通常のバスの音域より大分低くなります。
曲全体で見ても、Contrapunctus a 3の最低音は F なので、
これを転回形にすると最高音は f '' となり、
これも通常の音域より5度前後低いものです。
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さて、Contrapunctus a 3をそのままひっくり返すと、
音域がずいぶん下のほうに偏ってしまうことがわかりました。
それでは、バスを1オクターブ上げたように、
全声部1オクターブ上げるだけではいけないのでしょうか?
そう、これも好ましいことではありません。
当時の鍵盤楽器は音域の上限が通常 c''' までしかなく、
Contrapunctus a 3の転回形の e''' という最高音ですら
非常に例外的な事態なのです(またこのことから、3声の鏡像フーガの
どちらが先に作られたのか特定できます。詳細はこちらです。)。
最高音 f '' を、さらに1オクターブ上げるなど考えられない事です。
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加えて、原形のバスは極めてバスらしく作ってあり
(変な言い方ですが)、旋律として空虚な部分が多いのです。
これがソプラノに反映されるとなると、実につまらない曲になります。
お聞きのBGMも、さぞかし聞き苦しいことでしょう。

上の楽譜はほんの一例です。
たまに主題がある以外、こんなのばかりです。
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以上、実験の結果明らかになったことをまとめます。
(1)Contrapunctus12と同様に上下転回すると、
音域が低く偏ってしまう。
(2)同じく上下転回した鏡像を1オクターブ上に上げると、
音域の上限が高すぎる。
(3)原形のバスには空虚な旋律が多く、
ソプラノにふさわしくない。
以上の理由から、Contrapunctus a 3の転回形については、
今残されている形こそがふさわしく、またバッハのことですから、
そこまで計算して曲を作っていたことでしょう。
結果としてなされた処理をもう一度確認しておきます。
(1)バスに反映された旋律を1オクターブ上げた。
(2)テノールに反映された旋律を2オクターブ上げ、ソプラノとした。
(3)ソプラノに反映された旋律をアルトとした。
なお、このアルトの旋律だけは、Contrapunctus12と同様に
ひっくり返し、上げ下げされずにそのままの高さにあります。
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