阿部信一郎先生作

「我が工房は常に楽しく」
と書かれている

緋色の一輪挿し





昭和22年  長野県下諏訪町生まれ
平成 4年  山田剛敏先生(日府展理事)に師事
平成 7年  第52回 下諏訪美術展  下諏訪美術会賞
 諏訪美術展初入選
      長野県展初入選
       日府展初入選
平成 9年 緋色窯を開窯
         日府展会員
平成10年   第45回 記念日府展  奨励賞
平成11年   第46回 日府展  奨励賞
平成12年   第57回 下諏訪美術展  下諏訪美術会賞
        日府展評議員
平成13年  下諏訪美術会会長
          第48回 日府展  努力賞
平成14年   第49回 日府展(名古屋展)  名古屋タイムズ社賞
       第59回 下諏訪美術展  下諏訪教育委員会賞
平成15年  日府展理事
平成16年   第57回 諏訪美術展  諏訪美術会賞
  第61回 下諏訪美術展  お船祭り実行委員会賞
平成17年  下諏訪陶友会会長 (解散まで)
平成18年   第63回 下諏訪美術展  下諏訪美術会賞
平成19年  第60回 諏訪美術展  諏訪美術会賞
 第54回 日府展(名古屋展)  愛知県教育委員会賞
平成20年  定年退職
      下諏訪公民館の陶芸講座 講師
    諏訪郡原村に穴窯を築窯し初窯を焚く
      陶芸グルーブ 『楽陶の会』 講師 (現在まで続く)
平成21年  第56回 日府展  努力賞 
平成22年  第57回 日府展  日府賞
平成23年   第68回 下諏訪美術展  下諏訪教育委員会賞 (ふみ子)
平成25年   第66回 諏訪美術展  諏訪美術会賞
    第70回 下諏訪美術展  70回記念賞
平成26年  第61回 日府展  新人賞  (ふみ子)
    第71回 下諏訪美術展 審査員  (以後現在まで続く)
平成27年  下諏訪美術会会長
平成28年  第63回 日府展  日府努力賞  (ふみ子)
           アート企画賞
平成29年  第64回 日府展  日府賞
平成30年  第75回 下諏訪美術展 下諏訪美術会賞  (ふみ子)
令和元年
(平成31年)
 第66回 日府展  東京新聞賞
         日府努力賞  
(ふみ子)
令和3年  第68回 日府展  長野県知事賞
令和4年  第69回 日府展  日府努力賞  (ふみ子)
令和5年  第70回 日府展  審査員  (以後現在まで続く)
 第70回 日府展  東京新聞賞 (ふみ子)




東京都美術館に作品が展示された時、田舎に住んでいる私は、何か晴れがましいような感激をしたものでした。
社団法人日本画府(日府展)は、東京都練馬区の「練馬スカイホーム」7Fにあり、1956年設立、日府展は平成15年に50回展となる。
東京展は、毎年5月に東京都美術館で、名古屋展は6月に愛知県美術館で開かれる。
全国から集まる人と親交を得て、各地の話を聞けることは大変貴重なことです。また、日本画、洋画、彫刻はもとより、工芸でも彫金、七宝、人形、紙芸、鋳造、木彫など、陶芸しか知らない私にとって勉強の場です。 (平成12年12月21日)
4月の総会は桜が満開。


平成12年10月15日、ホームページを作ろうと思い立ち、LCVにインターネットを申し込む。デジカメを購入して、写真を撮りつつ構想をまとめる。
初心者ゆえの試行錯誤が続く。
11月20日、内容やレイアウトに不満はあるが、とにかく、どんなものかサーバーに転送してみる。写真を大量に入れたので重い。カウンタが動かない。レイアウトがだめ、字の大きさが気に入らない。等々
見直しをかける。写真を入れ替えるたびに、リンクが変わる(変わらぬ方法があるのに知らなかった)等で、毎晩夜中までの作業が続く。
私のパソコンではプロバイダーがLANのため、スピードが速く瞬時に出てくるが、他の人のことを考えると、より軽くがベスト。写真の画質は徹底して落とす。苦労した飾りやロゴをはずす。などで約半分の重さとした。
11月30日ほぼ完成か。これから週1回ペースで内容を充実させ、更新していくつもり。
ホームページを作り出してから、陶芸は完全にお休み。これから冬になり寒くて制作が出来ないのに、本焼きの作品がない。ホームページ作成は、真冬の1月、2月にすべきだった。(平成12年12月21日)



2000年11月20日 開設 2002年10月20日 新着情報に「神王窯窯焚き」を追加 2003年10月12日 「緋色窯日記」を更新  
2000年12月21日  緋色、焼締め作品を更新 2002年10月26日 「緋色窯日記」「10月の新作」を更新 2003年10月19日 「緋色窯日記」を更新
2001年 1月21日 「文子の作品」ページ追加 2002年11月 4日 新着情報に「国際陶磁器展美濃」 2003年10月26日 「緋色窯日記」を更新
2001年 2月 4日   「美濃の旅」ページ追加。  2002年11月17日 「緋色窯日記」を更新 2003年11月8日 「緋色窯日記」を更新
2001年 3月10日 「美濃の旅」を更新 2002年12月 1日 「緋色窯日記」「11月の新作」を更新 2003年11月15日 「緋色窯日記」を更新
2001年 5月15日 「5月の新作」を更新 2002年12月13日  「緋色窯日記」「12月の新作」を更新 2003年11月24日 「緋色窯日記」を更新
2001年 6月28日   「6月の新作」を更新 2003年 1月 1日 「緋色窯日記15」を新設    2003年12月14日 「11月の新作」を更新
2001年 9月 1日   「9月の新作」を更新 2003年 1月13日  「緋色窯日記」「1月の新作」を更新 2003年12月20日 「緋色窯日記」「12月の新作」を更新
2001年10月 1日   「10月の新作」を更新 2003年 2月23日 「2月の新作」を更新 2003年12月30日 「緋色窯日記」を更新
2001年11月 3日 「緋色窯日記」を更新 2003年 4月 6日 「3月の新作」を更新 2004年 1月 1日 「緋色窯日記平成16年度」を新設
2001年11月10日   「緋色窯日記」を更新 2003年 4月26日 「緋色窯日記」を更新 2004年 1月 11日 「緋色窯日記」「1月の新作」を更新
2001年12月22日   「12月の新作」を更新 2003年 5月 1日 「緋色窯日記」「4月の新作」を更新      2004年 2月 1日 「緋色窯日記」を更新
2001年12月29日 「緋色窯日記」を更新 2003年 5月 5日 「緋色窯日記」を更新 2004年 2月10日 「緋色窯日記」を更新
2202年 1月 1日 「緋色窯日記」を更新 2003年 5月11日 「緋色窯日記」を更新 2004年 2月22日 「緋色窯日記」「2月の新作」を更新
2002年 2月 3日 「1月の新作」を更新 2003年5月18日 「緋色窯日記」「5月の新作」を更新 2004年 2月29日 「緋色窯日記」を更新
           


一人静 二輪草 クリスマスローズ 行者ニンニク
(乗鞍岳方面で採取)
 蛍 ツワブキ  
いかり草(新潟で採取) いかり草(信州新町で採取) 都忘れ
カサブランカ ノーゼンカツラ ユリ
神王窯・・・(信州新町の塙先生の穴窯)の窯焚き  濫觴庵(らんしょうあん)
   春と秋の窯焚きは1週間続く

14年4月の窯焚き
    朝6時出発、90Kmを1時間半のドライブ。
    今回は私の作品も入っているので楽しみだ。
    3〜4人で2交替、約30人が参加する窯焚き。
    酸化で温度を上げて、還元(大焚き)で1度に60本の薪を投げ込む。
    10本を越えると焚口から炎が1mも吹き出してくる。

    炎を避けつつ薪をくべる。
    休む間もない4時間の還元の後は、温度を上げるため酸化焼成となり一休みできる。
    2000束の薪が1週間で焚かれる。
    
    窯場の山にはピンクのイカリ草が一面に咲き乱れている。
    遠く、北アルプスの鹿島槍ヶ岳、爺ヶ岳が見える。
    休憩中に、こごみ、たらの芽、ワラビ、アサツキを採る。
火を止める前日の穴窯 酸化焼成中 煙道 1250度 煙突

14年10月の窯焚き

    朝6時出発、90Kmを1時間半のドライブ。
    今回も私の鶴首花器が入っている。
    
    還元(大焚き)は1度に60本の薪を投げ込む。
    窯を開けると、一人が灰を落とし、二人が薪を渡し、一人が薪入れする。(つまり4人でチームを組む)

    元気なうちに薪入れに挑戦。     
    焚口から炎が吹き出してくるのを避けつつ薪をくべるが、溶接に使うヘルメットは炎に包まれる。
    耐火手袋の先端は燃えて煙が出ている。
    指と喉と膝に炎を浴びて1時間で薪渡しに交替する。残念!
    還元中は休み無しの4時間が続く。
    その忙しいさなかに薪がとどく。
    全員で薪を運ぶ。
    毎回違うメンバーと窯焚きをしている。お弟子さん、陶芸家、教師、学生・・・・。
    情報交換出来るのも嬉しい。

    窯場の前の「山葡萄」の葉が紅葉している。
鹿島槍が見える 穴窯の後方 酸化で横からも入れる 煙突
20本 薪を渡す
投入 吹き出る炎
50本
60本 炎が煙道を流れる 薪も少なくなる 先生の器で食事 窯場の夕暮れ