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イワキンバイ。 | シャジクソウ。 |
霧ケ峰の花とはちょっと違いますが、美ケ原も高原・高山植物の宝庫です。 時期も良くいろんな花達に出会えます。 ウスユキソウ。 イワギク。 王ケ頭の電波塔。 電波塔は県の中央にあるここから全県をカバーしょうと言う事で、 昭和27年の県警超短波中継所をかわきりに中電・東電・電電公社・国鉄・建設省の中継所 そして長野放送・テレビ信州・長野朝日放送のアンテナそして最近では、 平成18年デジタル放送のアンテナが造られたそうです。 山頂は針の山状態です。 時間もちょっと遅れており、今回は王ケ鼻へ行くのは諦め、山本小屋へと向かいます。 |
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山本小屋: |
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何故かこんな所にミヤコグサ。 | ノアザミとコヒョウモン。 |
美ケ原は平安・鎌倉時代には朝廷専用の牧場だったそうで、 束間郡(松本)が国府だった時には牧監庁があり、牧も16有ったそうです。 その後衰退し明治後期になつて、小岩井品三郎氏によって牧場が再開され、 今では6月〜10月の間、400頭ほどの牛が放牧されているそうです。 この辺りからは、晴れていれば王ケ頭の右手に槍ケ岳が見えるのですが、あいにく今日は雲の中です。 |
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美しの塔に到着。 昔は冬の遭難等があり、昭和29年に霧鐘を備えた避難塔として建てられたものだそうです。 高さは6mで日本で一番大きな文学碑だそうです。 南面には、自然詩人の尾崎喜八郎氏の詩・美ケ原溶岩大地のレリーフが、 北面には昭和初期に美ケ原の山小屋、登山道の整備を行った山本俊一氏のレリーフが有りました。 現在の塔は、昭和58年に同じものとして建て替えられたものだそうです。 皆さん健脚で、予定時間には無事に山本小屋・ふる里館に到着。 ここで、バス組を待ちますが、未だ到着して居らずしばらく待つ事になりました。 メンバーの方が担いで来られた、貴重なキューリを御馳走になり一服した所でバス組とも連絡が取れ、 バス組は美術館の方に到着した様です。 雲行きもだいぶあやしくなって来たので、午後からの予定をくりあげ、 牛伏山を登って美術館に向かう事になりました。 |
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牛伏山: |
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櫻庭留三郎翁のレリーフ。 | テガタチドリ。 |
ホソバノキソチドリ。 シュロソウ。 この辺りも、高山植物は豊富です。 美ケ原は霧ケ峰と同様に安山岩質の火山の浸食大地だそうで、 江戸中期の頃の記述にも美ケ原の名が見られる様ですが、 世の中に美ケ原の名が知られる様になつたのは大正時代になって、 木暮理太郎氏が雑誌・山岳に記述をのせてからだそうです。 牛伏山には、同じ大正時代に日本のスキー普及に貢献した櫻庭留三郎氏のレリーフがありました。 美ケ原は昭和27年には県立公園に、昭和39年には八ヶ岳中信高原国定公園に指定され、 日本百名山にもなっているそうです。 |
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