戦争の爪あとを巡って>長崎(98年4月訪問)

キリシタンの悲劇が重なり合って

首のない天使像(浦上天主堂)

長崎を訪れたのは、広島訪問から5年ほど経ってからです。長崎駅からひとつ手前の浦上というところに、平和公園があります。ここにも数多くのモニュメントが置かれ、千羽鶴や線香が絶えません。正面には長崎の象徴でもある平和祈念像があります。

平和公園からそう遠くない場所に、浦上天主堂があります。この建物は江戸時代のキリシタン弾圧に耐えてきた信者が、レンガを一つひとつ積み上げて作ったと言われています。しかし、あの原爆によって建物は無残にも破壊されてしまったのです。キリシタン受難と原爆という二つの負の歴史の語り部ともいえる建物は、今は立派に再建されています。ただ、入り口にある首のない天使象
が、往時の悲劇を静かに物語っているのです。

 

 

如己堂

さて、長崎といえば私は、どうしてもこの人のことを紹介せずにはいられません。永井隆博士です。永井博士は被爆したにもかかわらず、科学者として原爆の被害を研究、原爆による病に倒れたあとも数多くの著書を残した人です。
 博士は晩年、子供たちと小さな家に住んでいました。それが「如己堂」で、今も建物
が残されています。私は「如己堂」を見ながら「ここで永井博士が命の灯尽きるまで著作と子供たちへの献身に力を注いできたんだなあ」と、思わず目頭が熱くなりました。観光バスもただ通りすぎてしまうような場所ですが、長崎にお越しの際には、ぜひ自らの足で「如己堂」を訪ねてみていただきたいと思います。きっと永井博士の魂を感じることができるでしょう。

 
広島 長崎 姫路 知覧