愚問
飯ヲ食ヒ
恋ヲシ
ソレニシテモ眠リツヅケ
醜クナルコトガ大切ダト言フノカ
トニモカクニモ齢ヲトレト言フノカ
眼ヲヒラケバ ドギツイ暗黒
天使モ悪魔モ見当ラヌ
人間バカリウヨウヨノ
底ノナイ 腥グサイ ゾットスル空漠
白髪ト老眼鏡ト博識ノ方々ヨ
嘘ツイテクダサルナ
ドウシタラ ソノヤウニ落着ケルノカ
フテブテシクナレルノカ
呆ケテヰラレルノカ
心ニモナイ身ブリヲツヅケ
自他ヲアザムキ
ソレニシテモ莫迦面ノママ
傷ツクコトガ人生ダト言フノカ
血ヲタラシナガラモ歩ケト言フノカ
アア
タッタ一語(ヒトコト)
誤魔化シテクダサルナ
ナホ 死ンデハイケナイト言フノカ
(『北杜夫全集』第一巻、新潮社、昭和52年)
このような心理状況を、彼が楽しみながら経験していたとはとても思えない。康四郎が地獄の業火で焼かれる経験は苦しみである。武が高い所から飛び下りたい気持ちになるのは楽しみではなく、苦しみである。テレサにいたっては「心に浸み透る悩み」とはっきり述べる。白隠は「心神は疲労困憊し、寝ても醒めても種々の幻覚が見え、両腋の下にはたえず汗をかき」と苦しみを語っている。
にもかかわらず、彼らは追及の足を止めない。
彼らはほとんど渦の中心にきている。
彼らは渦の中を覗いてしまうのだ。
そして彼らは「死」を望む。
何のために? と人は聞く。
それは愚問だ、と23歳の北杜夫は述べる。
画題:Alfonse Mucha (1860-1939)
"Le Gouffre"
ca.1897-1899
Musee d'Orsay, Paris
"Paintings in the Musee d'Orsay"
Michel Laclotte
Editions Scala 1986
どん底で「死」を待ち望む亡者二人。
だが、彼らは実態上は死んでいる。