この経験を神秘体験Bと呼ぼう、とテレサは提案する。
 なぜなら、念祷の一致や恍惚の瞬間を神秘体験Aと呼ぶことにした「経験
の特徴」、
すなわち諸能力の停止状態、考えることもできず、記憶の能力も
失われた状態であり、
これが神秘体験Aを神秘体験たらしめていた特徴であ
るばかりか、その瞬間、彼女ので
きることといえば、ただ単にそれを見つめ
る、見せつけられる、ばかりであるという魂
の状態もその特徴と一致してい
るからである、と彼女は説明する。

 ここに現出し、彼女が体感するのは苦しみそのものだ。
 この苦しみを避けようとする努力はむなしい結果におわる。
 この苦痛の状態が、魂のまさしく本質であることをまざまざと見せつけら
れる。

 その絶望のとき発せられるセリフは、思っていても声には出ないが、「な
んじの神は
いずこにましますか」(詩篇41)である。

 この経験のあとで、客観的に振り返り、この状態を表現するならば、聖パ
ウロの云っ
た言葉「われは世にとって十字架につけられた者」(ガラチア十
四)である。

テ レ サ の 神 秘 体 験 B

 11 ほかの場合、霊魂は最も大きな悲嘆のうちに
います。彼は
「なんじの神はいずこにましますか」
(詩篇
41)と自分に言い自分に問います。私が初め
のころ、この句がカスチリア語に訳
すと、何を意味
するか知らなかったことを注意すべきです。し
かし
それがわかってのちは、聖主が、私のほうからの働
きなし
に、これを私の記憶に呼び起こしてくださっ
たことを見て、慰
めをおぼえました。またほかの場
合、私は聖パウロの言った「
われは世にとって十字
架につけられた者」(ガラチア六ノ十四)
というこ
とを思いだしておりました。私にとってそうだと言
わけだはありません。そうでないことはあまりに
もよくわかっ
ております。けれども、霊魂は、自分
がまだ住んでいない天国
からも、自分がもういない、
そしてそこからは何も受けようと
は思わない地上か
らも、なんの慰めも来ないような状態にいる
ように
思われます。かれはいわば、天と地との間に十字架
につ
けられていて、その苦しみのなかで、どちらか
らも助けを受け
ません。事実、私どものすべての望
みに越えるきわめて深い神
の認識のうちに依存する
この助けは、彼の苦しみを増すばかり
です。なぜな
ら、それは彼の望みをあまりにも大きくしますの
で、
悩みの激しさは、時として、わずかの間とはいえ、
彼の感
覚力をすっかり奪ってしまうほどです。まる
で死のあらゆる苦
悩を忍んでいるかのように思われ
ますが、この苦しみは、何に
も比べようもないいか
にも快い喜びを伴っています。それは、
苦しみと同
時に楽しみの殉教です。霊魂は地上の事物からは、
平常は彼にとって最も快かったものからさえも、な
んの和(や
わら)ぎをも受けたくありません。かえ
って、それらをただち
に遠くのほうに投げ捨ててし
まうように見えます。彼は、もは
やおのが神以外の
者を欲していないことがわかります。が、彼
は、神
において何か特定のものを愛しているのではありま
せん
。彼は神を全部欲しいのです。しかも自分の欲
するところを知
りません。私は彼がそれを知らない
と申します。なぜなら想像
力は彼に何も示しません
し、私の考えでは、この時間の大部分
にわたって、
霊魂の諸能力は働きません。ここでは、一致や恍

において、喜びがしたように、苦しみが、能力を停
止します。
                                                   (自20-11)

 たしかに云えることは、宗教上で信じられている、神あるいは
仏の「救い」がここに
は存在しないということである。神は「い
ない」のであり、仏も「いない」ことは確実
だ。

 では、この救いのない苦痛から抜け出したいのか、と問われれ
ば、(そんなことは起
こりそうにもないことだが)、その救いの
手でさえ、「いらない」と云って、振り捨て
てしまいかねない苦
しみの極致がここにある。

 いったい、私が求めているものは何か? 
  神か? 「ノー」。 
  仏か? 「ノー」。

再び問われれば、「イエス(yes)」。 「イエス」。

 一体全体、私は何を望んでいるのか、その価値基準さえも見え
なくなった状態、だと
彼女は説明する。

 霊魂は、自分がまだ住んでいない天国からも、自
分がもうい
ない、そしてそこからは何も受けようと
は思わない地上からも、
なんの慰めも来ないような
状態にいるように思われます。
                               (自20-11

画題:Paul Klee
          "Ernste Miene",
      『まじめな表情』

     1939
         Paul Klee-Stiftung, Bern
         カンヴァス世界の名画23
         『クレー』
         中央公論社 1975