神秘体験Aに関する彼の説明を聞いてみよう。


 わたしはこれらの書物から自分自身に
たちかえり、あなたに導かれて私の心の
最奥に進んでいった。
……わたしは進ん
でいったとき、
……まさしくこの魂の目
の上に、わたしの精神の上に、普遍の光
を見た。それは、どんな肉眼にも見える
ような普通の光ではなく、また普通の光
とは同じ類のものではあるが、それより
は大きく、はるかに強く輝いて、その大
きな光力によって万物を照らすというよ
うな光でもなかった。わたしが見た光はそういう光ではなく、このような総てとはまったく異なったものであった。またこの光は、油が水の上に、あるいは天が地の上にあるようにわたしの精神の上にあったのではなく、私を造ったからわたしの上にあり、わたしはそれによって造られたから、わたしはその下にあったのである。真理を知るものはこの光を知り、この光を知るものは永遠を知る。それを知るものは愛である。おお、永遠の真理よ、真理なる愛よ、あなたはわたしの神であり、あなたを求めて、わたしは「夜も昼も」あえぐのである。わたしがはじめてあなたを知ったとき、あなたはわたしを迎えて、わたしが見るべきものは存在するが、わたしはまだそれを見ることができないということを、わたしにしらせた。そしてあなたは、激しい光を注いでわたしの弱い目をくらまされたので、わたしは愛と恐れで身をふるわせた。そしてわたしはあなたとはまったく異なる世界にあって、あなたから遠くはなれているのを知り、天上からあなたの声が聞えるように思った。
……そこでわたしは、「心理は有限の空間にも無限の空間にもひろがらないから、無であるのではなかろうか」とたずねた。そうすると、あなたははるか彼方から、「わたしは存在するものである」と叫ばれた。わたしはこの声をあたかも心で聞くように、聞いたので、疑いの余地はまったくなくなり、「造られたものによって悟られ、明らかに知られる」真理の存在を疑うよりはむしろ自分が生きていることを疑ったであろう。

        (聖アウグスティヌス『告白』服部英次郎訳、
                                      岩波文庫、
7-10

 更に続けて、

 こうして、わたしはあなたが万物を善に造り、あなたが造られなかった実体はけっして存在しないことを見て明らかに悟った。あなたは万物を平等に造られなかったから、万物は個々別々に存在する。万物は、個別的に善であるが、全体的にはなおさら善なのである。われわれの神が「万物をはなはだ善に造られた」からである。

                   (同上、7-12

アウグスティヌスの神秘体験A

 約15分程度の励起状態からかえってくると、彼は神秘体験Aの指し示す自己の本質と、自分の心の実態の間に大きな懸隔があることを自覚した。玉城康四郎はこの懸隔を解消する方法をもとめて、永い行脚生活に入ったのであるが、アウグスティヌスはこのような自己矛盾をどのように解消したのか。いったいどのようにして彼の気持ちを整理したのであろうか。

 まわりくどくてとても読みにくい文章だが、彼もまた「地上より巻き上がる竜巻に身を委ね、天上に舞い上がった」ことが読みとれる。そこで彼が(心眼で)見たものは、光であり、真の実在であり、善であった。

彼は、ここであきらかに彼自身の体験が神秘体験Aのそれと同質であることを記しているのである。

アウグスティヌスが谷口雅春と異なるところは、この神秘体験Aに達したあとの、彼の挙動である。アウグスティヌスは谷口雅春と同じように「一瞬の瞥見によって」神と面会したのだが、彼は玉城康四郎と同じように、その瞬間をすぎると、自分がもとの木阿弥に逆戻りすることを自覚した。

彼は告白する。


 ……そしてついに、一瞬の瞥見によって、存在するものに到達した。そのときわたしは、「あなたの見られないもの、すなわちあなたの永遠の能力と神性とは世界の創造以来造られたものを通じて明らかに認められる」のであるが、しかしそれを凝視することはできず、わたしの弱さのために、打ち退けられて平生の習慣に追いもどされ、いま一瞥したものに対するなつかしい思い出と、香りをかいただけで味わうことのできなかった食物に対するような物足りなさを感じるのみであった。              (同上、7-17

 
心が励起状態に永遠にとどまることなどありえない。それは当然基底状態にもどってくる。いったん竜巻によって天上界に舞い上がった心が地上に降りてくる。すると、たちまちに彼の卑しい心、下衆な心、肉欲の欲望が元通りに戻ってくる。これを彼は嫌悪した。自蔑の念がもどってきてしまった。

画題: Santiago Rusiñol, el poema.(「絵画」)
          Museo del Cau Ferrat, Sitges, Spain
         高階秀爾
          『世界美術大全集』第24巻、
         小学館 1996

     この絵もまた、
          一瞬の瞥見による
   光と実在と善の世界を
   象徴的に描きだす。