【3rd ACTION】
薄暗い室内に木霊するのは、爆音のような銃声だった。
鼻腔をくすぐるのは、ツンとした火薬と硝煙の匂い。それが充満する個室に見える人影は、二つ。どちらも背が低く、華奢な風体からして、女、と言うことが判る。
「悪くは、ないわ」
ヘッドホンのようなイヤーカバーを取り外し、長く朱色のウェーブがかった髪を空いている左手でかき上げると、微笑を薄い唇に浮かべた。右手には、大型の長銃身の拳銃が、明滅する蛍光灯をうけ、鈍く輝いた。
「反動は少し強いけれど、今までのようなあの手首が外れそうな衝撃は押さえられているし、扱いが馴れている人間なら、反動で標的をはずすことはなさそう」
「じゃあ合格点?」
言葉を返したのは、高いトーンの女の声だ。壁にもたれかかりながら、両腕を組んで、今まで
の光景を凝視していた白衣姿の女───武器開発担当の、白金美亜である。
「まあ、ね」
湿気の強い射撃場で、しばらく試し撃ちをしていたのだろう。大型の拳銃を握る女の前髪が、しっとりと汗ばんで、額に張り付いている。それを邪魔そうに払いのけると、女は木のテーブルに、まだ熱を持つデザートイーグルを投げ捨てた。
不思議な姿の女だった。社員にしては、白衣を着用しておらず、漆黒のラバー状の上着に、長い同色のスカートだ。胸元は大きく空いており、下には純白のワイシャツを纏っている。これでエプロンでも付けさせれば、富豪の下で働くメイドのような、もう少し言い換えればバーテンのような服装だ。ただ、特異点として髪に埋め込んであるような羽根飾りが二つ、耳の当たりからピンと天を仰いでいる。
白金が、自分の白衣のポケットから、弾丸を取り出した。
アクション・エクスプレス弾と呼ばれる、デザートイーグルに装弾するための弾丸である。普通のパラベラム弾の、1、5倍はあろうか。それを馴れた手つきでデザートイーグルのマガジン
に装弾する。そして、右手の人差し指だけでくるくると銃身を回転させ───爆音。
発射に伴う反動は、白金の身体から確認することは出来ない。拳銃としては最大級の50口径を誇り、さらに長銃身へとカスタマイズされているのにも関わらず、だ。
この銃を発射後、手首を砕き、肩を外して呻く屈強な男達の姿を見ることは、珍しくない。後方に吹っ飛ばされ、尻餅をつけば良い方である。なのに、白金は右の片手一本で、銃把を支えることもなく、平然とした表情のまま、現れる標的に向かってトリガーを絞り続けた。
標的となるのは、厚さ30センチはあろうかという防弾用のマットだ。ケブラー繊維で縫い込まれたこの防弾マットは、並の銃弾では貫通どころか食い込みもしない、はずである。
だが、爆音と共に射出されたAE弾は、マットに軽々とぶち込まれた。そして、一瞬後、鈍い音と共に内部から弾けた。そして、弾けたマットの内部から、やや粘着性のある液体がどろりと流れ出した。
AE弾は、貫通力を重視したものではない。弾頭は硬質金属で覆われていないホロープイントタイプと呼ばれるもので、弾速も比較的遅い。だが、鉛製の大口径弾頭は、着弾すると同時に弾けて凄まじいエネルギーを拡散、標的の内部から全てを破壊するのである。防弾着の上からでも、衝撃だけで人間を死に至らすことも、不可能ではない。
爆音は8発続いた。現れた標的全てを破壊すると、白金は大きく息をつき、デザートイーグルを、先ほどの女と同じように投げ捨てる。
「衝撃を完璧に吸収することは出来ないけれど、本来の銃重の半分以下の重さ。弾丸はAE弾内部に仕込んだ水銀が、炸裂と同時に標的内部に侵入して、致命傷以外の場所に着弾しても死に至らしめることが出来る、…と。相変わらず、すごい武器の注文をしてくるわね、ヒフミの奴」
「本当に、こんな物が必要なんでしょうか?」
眉根を寄せて、女が低いテナー口調で呟いた。
「うーん、でも、実際はボクたちが使うのではなくて、騎士団『サウザンドナイツ』のレミリアからの要請だし、仕方ないと言えば仕方ないけれど」
白金はそこで口をつぐんだ。
「悪化する凶悪犯罪を鎮圧させるためとはいえ、戦争でも勃発させるのか、って感じですよね」
「ラッシュもそう思った?」
白金は、となりで自分と同じように眉根を潜める女、ラッシュを見る。目頭を揉むようにして、白金はもう一度、デザートイーグルに視線を移した。
「これを100丁製造しろ、だなんて、無茶苦茶もいいところだわ。人殺しの道具を作るボクたちの身にもなって欲しいわよ。と、懊悩するんだけれど…」
「結局は作ってしまうんですよね、博士は」
「むー…。そうなのだ」
半端諦めを含んだ口調で呟く白金。ラッシュも同様の気持ちを持っているのか、同情するような瞳をも白金の肩の落ちた背中に投げかけた。
「ああ、そういえば」
そこで突然、白金が思いだしたように呟いた。
「ヒフミが呼んでたなぁ。どうしよう、面倒くさいからいいか?」
「博士、それは良くないんじゃないですか? 多分何かあったんですよ。すぐ行かないと」
急かすラッシュを横目に、白金は大きな溜息をついた。
「また、武器の新開発しろとか言われたら、どうしよう」
紫煙が、静かに吐き出された。
漂う糸のような煙は、静かに身をくねらせ、そして霧散する。
煙草の量が、最近増えたかな。と、ヒフミは自問し、薄く微苦笑を浮かべた。そのまま背後に広がるアルカディアの壮絶なコンクリートジャングルに視線を移した。
巨大なガラス窓に、自分の姿が映し出される。その向こうに広がる騒がしいオフィス街を見つめながら、ヒフミはフィルター付近まで短くなった煙草を、静かに灰皿にもみ消した。時刻は午後12時を回ったところだ。そろそろ、腹の虫が貪欲な悲鳴を騒がしく上げる頃合いである。いつもなら、食事は簡易な物をとり、すぐにでも書類に目を通したり、メールのチェックに追われているはずのヒフミなのだが、今日に限っては仕事の数が、昨日の晦のせいもあり、少なくなっている。
時間を持て余すのは、好きではない。忙しく働き回り、心地よい疲れに浸っていた方が、自分の生き甲斐を感じられる。そんなヒフミの性格上、こんな時間は無意味以外の何ものでもない。娯楽の時間は、自分に怠惰な感情を抱かせるだけだ。
ところが…。
「ヒフミ、それはどういうこと? …4の緑」
「ご用件は何でしょうか? …あら、じゃあ私は4の黄色に変えましょう」
「うん、実は先ほどレミリアから連絡が入ってね…6の黄色」
「双林、とかいうカメラマンが撮った、極秘の映像を取り返した、と? …リバースでウノ」
「ぬぬ、ではラッシュの協力を期待して、ドロー2だ。…うん。いや、そうではないんだが」
「では私はドロー4で。色は赤にします」
「ガーン! ボク6枚も取るの? …なんだ、違うんですか」
「ところが、少し話が捻れてきてね。まだ研究途中で完璧な理論が組まれていないファイルだからなぁ。今、マトリックスに送られ、放送されると要らぬ誤解がアルカディア中に広まることになるんだよ。…赤の2」
「極秘なファイルを、なぜコンピュータで相手先に転送しなかったのですか? …スキップを出して博士を飛ばします。ヒフミさんですよ」
「うわー! …ところで、極秘のファイルって何なんですか? ボク達にも教えられないことなのかしら」
「生物や人間の最大の謎、進化理論に基づく基盤となっている、遺伝子工学の細部に侵入できた、DNAの全てのパターンだよ。…じゃあ、再びドロー2で、ウノだ」
「遺伝子工学で、何を調べる予定だったのですか? それに、そんな大がかりなプロジェクトに参加していただなんて、聞いていませんでした。…ウノ」
「さりげなくドロー2で返してるし! ああー、また取るのぉ」
「上がりだ」
「私もです」
「えー! ボクの負けー?」
ばらばらと色とりどりのカードが白金の手から投げ出され、ひらひらと中空を乱舞しながら絨毯の上に舞い落ちた。
「遺伝の鎖を紐解くことに成功した事例は、いくつか耳にしたことはあります。しかし、いざ人間でそれを実証して見せろ、と言われても、人体実験と名を濁す、凶悪なプロジェクトの一環と化けてしまうことになりますよね」
「まあ、ね。でも、それは生身の人間を使用するから悪いんだよ」
「え? どう言うこと?」
白金が、首を傾げてヒフミに言う。だが、ヒフミは口元に微笑を浮かべただけで、核心を口に出そうとはしなかった。
「それはまだ君たちが知らなくても良いことだ。…さて、腹が減ったな。どうだい、食事でもしながら、午後の打ち合わせでも? たまには私が奢って上げよう。いつも君たちが無駄な出費を重ねているのは、あまり見たくないんでね」
その言葉に白金とラッシュは顔を見合わせたが、断る理由は何処にもない。二人は、声をそろえて言うことにした。
「じゃあ、駅前の高級レストラン『アナコンダ』のフルコースを」
財布の中身を確認しようと、懐に差し伸べたヒフミの手が、氷結したように動きを止めた。
食堂車両の原因不明の破壊に、寝台特急は一時緊急停車を余儀なくされた。目的地であるミッドガルドまで、あと10キロを切ったところである。
乗車していた客達は、ぶつぶつと不満を漏らしながらも、荷物をまとめながら停止した車両から窓の外を眺めている。また、好奇心旺盛な野次馬達は、食堂車両に足を運んで、凄惨な現場を目にしながらも、物珍しそうに運び出される死体を眺めていた。
そのころ、双林とイシュトヴァーンは、身を隠すためにミシェルの車内個室に身を潜めていた。自分が襲われた理由を手短に話し、双林はここでもミシェル達に応援を求める。
「カーシー、どうしようか」
買ってもらったばかりのオレンジジュースを、ズズズと音を立てながら啜るミシェルが、となりのカーシーに相談を持ちかける。カーシーは、やや白くなりかけたあごひげを撫でながら、しばらく沈黙していたが、双林とイシュトヴァーンを交互に見て、頷いた。
「よろしいではないですか? お二人と私達の目的地は、同一のところにあるのですから、護衛の仕事を引き受けながらお屋敷に戻られても、大した支障はないでしょう。それに」
と言葉を一度切って、次はソロネを見る。
「あの伝説の名をかたるお方が、2人もいらっしゃるのです。心強いではありませんか」
「何だよ、僕だって伝説の名を持つ一人だろ?」
「まあ、伝説とまでは行かないかもしれないけれど、私の会社では数回、あなたのことを取り上げていたわ」
にこにこと微笑みながら、双林が呟く。それに過敏な反応を示したミシェルは、かぶりつくように双林の太股にしがみついた。
「ホント? 何て、何てゆうふうに?」
「えーと…」
ずたずたのベストの内ポケットから手帳を取り出し、双林はぺらぺらとページをめくり、ああ、あったわと口の中で呟いた。
「『空前絶後の少年ハンター! 今日は間違えて無関係のビルを発破する』、『デビルバスター少年の執事、カーシー・マグブライドの大人の魅力に迫る!』、『悪魔の死体を無邪気に弄ぶ魔少年の実体に迫る特撮スクープ』…って、あら…」
「うわはははは! 少年! 人気者だな! 有名人だな!」
イシュトヴァーンが爆笑したのにつられて、ソロネもくすくすと笑みを浮かべる。
「何それ! 良いところ無いじゃんか! むかつくなぁ」
「ご、ごめんね、私が撮影した物じゃないから、抗議されても困るんだけれど、確かにこの見出しは好印象じゃないわね」
「坊っちゃまが、どのように外界から見られているのか、これで判明できましたな」
苦笑いを浮かべながらも、カーシーははきはきとした口調でミシェルを宥めた。それが何だかおかしくて、双林も思わず口元に微笑をほころばせた。
その笑みが、セカンド・アクション・フェイズの合図だった。
異変に気がついたのは、盲目のソロネだった。
ソロネが腰を下ろしている座席から、正面に外界を一望できる大型の窓が設置されている。その向こうでは、原因究明のため忙しく動き回る鉄道関係者や、暇をもてなした乗客達が、一面赤と朱色に覆われた岩場だらけの寂寥な荒野に点々としていた。そこに、特異となる緑色のフルプレートアーマーを着込んだ、騎士の姿をとらえたのだ。
とらえた、というのは盲目の彼女にして見ればおかしいかもしれないが、それは鮮明なヴィジョンとなって、彼女の瞼の裏に焼き付いたのだ。
その騎士が、一歩一歩、こちらに近づいてくる。手には、白銀に輝く長槍を下げ、はためく純白のマントには、天使の羽根が一枚。
騎士団「サウザンドナイツ」の一員であるのは間違いない。そして、その黄緑色の鎧と兜の下の素顔には、見覚えがある。
「…レミ…!」
ソロネの言葉は、そこで霧散した。レミリアが投擲した長槍は、狙い違うことなくソロネ達のいる個室に飛び込んだ。だが、大型の窓ガラスが四散して、砕け散ることはなかった。まるでそこに仕切など何もなかったかのように、分厚い二重構造の窓ガラスを透過して、長槍がソロネの頬をかすめ、室内の絨毯に突き刺さった。
それに全員が気がついたのは、ソロネの頬から深紅の雫が顎に伝わった時のことだった。
そして、一瞬の間をおき、やっとガラスが大音響と共に砕け散った。
「うおッ!」
窓に近い席で、窓ガラスに背中を向けて笑っていたイシュトヴァーンの口から、笑い声ではなく、驚愕の叫びが上がった。それと同時に双林がグロックを取り出し、ミシェルが大剣のバスタードソードを座席の下から引っぱり出した。カーシーを抱きかかえながら座席から飛び去ったソロネは、グローブに鋲が埋め込まれているナックルダスターに素早く指を通すと、窓から間合いを広げる。そして、相手の襲撃に備えた。
ところが、いつまで経っても相手が侵入してくる様子はない。しびれを切らせたのは以外と短気なイシュトヴァーンだった。そっと割れた窓から首を出し、外を覗く。
「…お前、なにやってんの?」
ひょこひょこと、その場でジャンプをするが、窓枠に手が届かないレミリアの姿が、イシュトヴァーンの視界に入ってきた。どうやら、身に纏っているフルプレートの重圧に負け、跳躍しても窓枠まで届かないようだ。
「いや、あの、格好良く登場したかったんだけど、鎧の重さを考えてなかったわ」
「…はあ」
と、溜息が聞こえた。イシュトヴァーンは双林を、双林はミシェルを、ミシェルはカーシーを、カーシーはソロネを見たが、全員が首を横に振った。そして、ソロネが振り向いた背後。そこから溜息は聞こえた。
「レミリア、もういいから回ってきなさいな。私がここで相手をするから」
「て、テメェは!」
双林とイシュトヴァーンの声が重音声となり、個室に響いた。
投げ込まれ、絨毯に突き刺さっていたはずの長槍は、何処にもなかった。かわりに姿を見せたのは、長く赤い髪から、甘ったるい妖艶な匂いを漂わせる、リューナの姿だった。
裸ではなく、真っ赤な鮮血のようなドレスを着込んでいる。よく見れば、全てが赤い。瞳も、唇も、マニキュアも、ハイヒールもだ。
「確かにあの時、殺したはずだぞ!」
「あら、そんな言葉を一夜を共にした私に簡単に投げかけるなんて、ずいぶん失礼ね」
リューナが人差し指を延ばすと、それを自分のこめかみにずぶりと突き刺した。しかし突き刺さったこめかみからは血が流れることもなく、苦痛の表情すらリューナは浮かべてはいない。
「死なない体質なの、私は」
「…そんな滅茶苦茶な」
「いいから話は終わり。本題にはいるわね」
にたりと邪悪な、しかも背筋を凍らすような冷たく、妖艶な笑みを浮かべたリューナが、5人を見下すような視線で言葉を紡ぎだした。
「双林、さあ、もう一度言うわ。あなたが録画したビデオテープ、それを私に渡して欲しいの」
「断るわ。残念だけど、ここに録画した映像は、公にして法の裁きを受けるに値する。お前達フレンズの悪行、秘密裏のダークサイドを公表するわ! 絶対に!」
「…そう。でも、私はフレンズとは関係ないわ。レミリアも、同じ。手を組んでいるように見せかけているだけよ」
「何?」
低く、呻くような声が双林の喉から絞り出された。
「信用しなくても良いが、事実だよ」
ノックも無しに、レミリアが扉を開けて中に入ってきた。多少呼吸が荒いのは、走った証拠だろう。
双林はレミリアを睨み付けた。銃口は、真っ直ぐレミリアの顔面を指し示していた。
それをまるで歯牙にかけることなく、レミリアは静かに双林からソロネへと視線を移す。そして穏やかな口調で呟いた。
「騎士団団長ソロネ。貴女を連れ戻しに参りました」
鋭い沈黙が個室を駆けめぐる。ごくりと唾を飲み込んだソロネの表情が、険しく歪んだ。
「我々騎士団サウザンドナイツを導かれていた貴女が、不当な理由で脱退、逃亡したのにはいささか混乱が生じましたが、奇遇にも貴女に出会えた。…覚悟は、よろしいですか?」
あとがき
これで全員出すことが出来ました。あとはストーリーをどう収集するかにかかっています。残り3話で終わらせられれば拍手をお願いいたします。
ろう・ふぁみりあの勝手な戯言ッ!
くるわぁ・・・
何がって言うと最後。次回に引いてる引いてる。騎士団団長ソロネ。
う・・白金美亜・・・ツボかも。
博士系の女性って好きです。権力欲のある女は嫌いだけど(わがまま)
あと三話・・・頑張ってくださいねー・・・てゆうか、次回が気になるぅぅぅぅっ!
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