〜LAST ACTION HERO’S〜

 

【1ST ACTION】

 爆煙は、唐突に視界を石灰色に染め、すべてを吹き飛ばした。
 朱色の身をくねらせるようにして火の粉を振りまく地獄の業火は、すべてを焼き尽くそうと、舐めるようにして地面を滑り、アスファルトに広がっていた、横転した車から流れ出ているガソリンと混合する。
 刹那、再び鼓膜を突き破るような爆破が生じた。ひとつの爆破が誘爆を起こし、地面を震撼させる発破音が闇夜に溶け込んでいた街を、急激な覚醒へと導いた。
 3度目の爆発は、これまでの爆破に比べて小規模なものだった。だがしかし、人間の一人や二人の命の灯火を、瞬時にかき消すことは容易なことだった。
 その爆風に全身を揉まれるようにして、人影が爆風の中にゆらり、と立ち上がる。
 そしてやや遅れるようにして、人影はその姿をはっきりとさせていく。輪郭が縁取られ、そして後ろで束ねた長い髪の毛が映し出された、その瞬間、人影は爆煙の中から生還した。
 爆発の生み出した衝撃波で、ジーンズのベストは黒く焦げ付き、至る所に裂傷が口を開けていた。その下のTシャツも、純白を保っていたのだろうが、今は見る影もない。ジーンズのパンツを大腿部で短く切り落とし、そこから覗くのは、軽度の火傷と、煤にまみれた白く、長い脚だった。
 その人物の全身が、乱舞する爆煙の中から現れたと同時に、その人影はその場に転がり込んだ。そして、一度だけ背後の爆発を一瞥すると、再び走り出す。息は乱れ、流れ落ちる汗は眼に入り込み、視界を塞ぐ。それでも、足を止めることは許されなかった。なぜなら、この事件を他社に報道される前に、何としてでも自社がトップで流すためだ。全国のお茶の間に、本当の真相を伝えるためだ。そのためにも、立ち止まるわけには行かない。
「畜生! 何が『ガセかもしれないが調べてきてくれ』よ! 当たりも当たり、大当たりよ!」
 自分の胸の双丘に挟み込むようにして、すべてを録画した小型ビデオカメラの感触を確かめる。そこから伸びる、赤、白、黄色のロングコードは、その人物の耳垂の後ろに接続されている。頸椎に埋め込んだ小型メモリーに、一時的にでも保存しておくためだ。
 その人物、口調からして女だろう。だが、それにしてもなぜ、こんなところで爆発に巻き込まれているのだろうか。
 答えは、しばらく待っていただく。その前に──
 女が暗い路地裏を必死に駆けていく。そのジーンズのポケットから、白いカードのようなものがひらりと舞い落ちた。だが、それに女は気づいた様子はない。もし気づいたとしても、足を止めることはなかっただろう。
 それは、ひらひらと数回中空で旋回し、そして冷たいアスファルトの上に舞い降りた。
『マトリックス放送局 アナウンス、カメラマン担当/双林 真実』
 活字体で丁寧に写植されているその名刺は、数十秒後に起きた4度目の爆発で無惨にも吹っ飛ばされ、そして、夜闇の中へと、溶け込んでいった。


 漆黒の夜闇に、オフィスビルの窓から漏れ出る明かりと、ハイウェイを疾駆する車の明かりが醸し出す夜景は見るものを魅了するほど美しい。空を瞬く星々が存在しないのは、飾り気が少ないように感じるが、それでも十分すぎるほど、この地底に築き上げられている都市『アルカディア』の夜景は美しい。
 地底都市アルカディア。『楽園』と名付けられたこの都市は、かつては地上に君臨し、群を抜く先進技術と科学テクノロジーによって、他の国々の追随を許さないほどの選定された技術を持っていた。人間の貪欲な知能の発達と、新鮮な科学技術を、この都市で成功を収めようとする野心家達が腕を競ってその両方を磨き、目を見張るような技術、工業学、科学哲学を産出させていく。
 その結果、飽くなき発達欲を貪欲に飲み込み、狡猾に築き上げていく都市、そして人間達への不可視な見返りは、壁に這う蛞蝓のように、鈍足ではあるが、しかし確実に世界を、『アルカディア』を蝕み始めていた。
 時は、満ちた。人間達の傲慢かつ、怠惰に進展し始めた技術は、世界を混沌へと導いた。
 戦争である。
 人が存在するだけ、思考の違いは生まれ出る。それが、大量に集まる都市ならばなおさらのことだ。
 なにも、都市に集まり、自分が研究を重ねて生み出した技術を持ってくるのは、人間だけではない。亜人種、つまりエルフや悪魔と呼ばれる存在達。そして人間の手によって作られた人工生命体なども、手を貸そうとしているのだ。相反する人種間ではあるが、数年前発令した『亜人種間平等保護条約』により、人間と亜人種達の間に築かれた高い壁は爆音を立て、瓦礫の山となって崩壊した ──かに見えた。
 しかし、条約など言葉で決められた法律である。そんなものに、威厳や重役など存在はしない。 だが、その間に作られた歪みは、修復不可能なものになっていた。
 相反する考えを持つ者同士、その傷を修復することはせず、広げるだけになっていく。そして、限界の閾値はいとも簡単に崩壊した。
 お互いの持つ、最大級の科学技術に他国の参戦、そして見返りを考えず、ただ滅亡の文字だけを盲目的に考えてきた者ども同士。他の言葉は何も要らなかった。
 そして勝者に送られたのは、平和ではなかった。
 痛めつけられるだけ痛めつけられた大地は、人間と亜人種達に災害という名の鉄槌を振りかざした。
 排気による空気汚染、産業廃棄物から流れ出す有毒性の汚水、そして彼らが使用し続けた兵器や技術により、回復不可能にまで破壊されたオゾン層。それに加えて核弾頭、有毒ガス、対兵器用兵器。限界まで発達した科学技術は、皮肉にも作り出した人間達の手によって見返りを受けることになる。
 津波、酸性雨、竜巻、集中豪雨、火山の噴火、大地震。あげたらキリなどないほどの自然災害が、憮然として混沌と破壊を続ける人間達に牙を剥いた。
 予測不可能な自然災害。それは進展した科学技術を持ってしても、防げるものではなかった。『混沌の鉄槌』と呼ばれるその日、地上から人間達は姿を消していた。
 同時に、人間達が築き上げてきたすべてが、崩壊した。


 そして世界は地上から地下へと発展を進めていた。
 同じ過ちを繰り返すことになるのは、人間達のその双眸に映し出されているのだろうか。
「それとも、我々は同じ事を繰り返すのか」
 夜景からつっと視線を逸らし、男は肺に吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出した。
 机の上の書類に一瞥を加えると、男はフン、と鼻を鳴らす。
「アルカディア騎士団、サウザンドナイツの聖騎士であるお前が、今日は何のようだ。まだ俺は汚職には手を染めていないのだから、逮捕しに来たわけではなさそうだが」
 比較的、若い声だ。黒のスーツに黒のズボン、そして深海色のワイシャツを身に纏った男は、短くなった煙草を灰皿に押しつけると、じろりと入り口で敬礼している騎士を睨み付けた。
 ライトグリーンのフルプレートの鎧に、サーコートを身に纏っている。そのサーコートの背後には、天使の羽根がデザインされている。これを持つ者は、階級も高く、またアルカディアの治安維持をも任される、騎士団の中でもトップクラスの階級のものだ。
「用は、その書類を読んで頂ければててと思いますけど、ご不満でも?」
 薄い唇から紡がれたその声は、はっきりと、しかしどこか艶めかしさの残る声色だ。
 鮮やかなブロンドの髪を、肩口で短く切りそろえた女騎士は、嘲弄するように瞳の端を下げて続ける。
「それとも、名前を書くのが恥ずかしいのかしら。ねえ、ひふ…」
「だあーっ! わわ、判った! 書くから言うな!」
 仕方なく男は、書類に目を通す。
「…また武器の要請か? 一昨日もそうだったな」
「演習と実戦用ですよ。このごろスラム街の方では凶悪な事件が多発していましてね、取り締まるためにはそれ相応のものが必要なのですよ」
「重火器、白兵戦専用銃武器開発専門部の、白銀美亜博士からはすでに現段階ではトップクラスの性能を維持している、との連絡は受けているだろうが。それでもその上が必要なのか?」
「ええ、まあ性能もそうですが、今私達騎士団に必要なのは、武具の数です」
 男は眉をつり上げたまま、サササッとペンを走らせ、女騎士に書類を手渡した。
 女騎士は柔らかい微笑みを口元に浮かべ、証拠を確認する。そして再び踵を鳴らすと、敬礼する。
「有り難うございます、フレンズ技術開発本部社長、一二三 四五六様」
「フルネームで言うなッ! ヒフミでいい!」
 ヒフミが真っ赤に顔を硬直させ、唾を飛ばしながら叫んだ。
「そんなことより、今しがた部下より連絡が入った。オフィスビルエリアの南西で、爆発事故があったそうだ。このとき、一匹ネズミを逃したようだ。悪いが急行しろ」
 女騎士は返答も帰さず、しばらくヒフミに背を向けていた。だが、やがて判りましたとだけ呟くと、木製の大扉を開け、その姿を消した。
 ヒフミは、最後の一本の煙草をくわえると、ライターで火を付ける。薄い白煙が部屋を充満し、やがて霧散していく。
「『鋼鉄』のレミリア・ローティリア、か。一体、何が鋼鉄なんだろうな」
 騎士団の名簿帳。そこに記載されているのは、今の女騎士の写真とプロフィールであった。
「31歳、子供は2人…。夫はすでに他界か…へぇ」
 にやりと、邪悪な形にヒフミの唇が歪む。
「いいオンナだよな」


 地底の世界にも、夜は来る。決して太陽が昇り、月が現れるということではないが、地底の天井付近には、幾層にも重ねられてヒカリゴケの一種が敷き詰められている。一定の時間で光り輝き始め、そして一定の時間でその光を沈黙させる。だが、やはり相手は植物である。生き物である以上、多少の気まぐれというものは存在し、時々朝が来たかと思い、眠い目をこすりながらベッドから抜け出ると、とたんに漆黒に包まれる、と言うときも存在する。このときばかりはどうしようもないので、交通機関、及び企業機能のマヒを防ぐために、全市民が家から出られなくなるのだ。いい迷惑と感じるものもいれば、ありがたい休日を堪能するものもいる。
 だがここに、大迷惑をかけられている人物がいた。
「ちょっと、これはどういうことだよカーシー! ボク達は今日中にはここを出て、東のミッドガルドへ行かなければ、パパに怒られるんだよ!」
「ミシェル坊っちゃま、こればかりはどうすることもできません。ご主人様もご承知の上でしょう」
 ホテルの一室から流れ出てくるのは、金切り声と、それを窘める落ち着き払った声だった。
 ベッドの上に大の字になって頬を膨らませるのは、鎧の下地に着るアンダーシャツと、綿の半ズボンを纏った少年だった。年はまだ10を超えてはいないだろう。瑠璃色の瞳と、同色のさっぱりとそろっている髪が印象的な、だがしかし瞳にはワルガキのレッテルを貼られそうなほどのわんぱくぶりが渦を巻いている。
 そのミシェルと呼ばれた少年の側で起立しているのは、初老の紳士だった。白くなり始めた頭髪と、すでに白くなった口髭。そして年齢を印象づけるように、穏やかな年相応の笑みをたたえている。びしっとしたタキシードと、老眼鏡が印象的な、ミシェル少年の執事、カーシーだ。
「しかし、不運ですな。今日に限って『晦』になってしまうとは」
「ツキコモリ…? なんだい、それ」
「その名の通り、月の最終日のことですよ坊っちゃま。坊っちゃまはお知りにならないかもしれませんが、このカーシーが坊っちゃまほどの年齢の時は、まだ人間は地上で生活をしておりました」
「そのくらい知ってるよ」
 バカにされたと勘違いをして、ミシェルはぶっきらぼうに言葉を吐いた。
「その時、夜になると空には月というそれはそれは綺麗な惑星が発光しながら、闇の中に現れたものです。しかし晦のときには、月は現れず、本当に漆黒の闇夜へと姿を変えてしまうのです。そのことにちなんで、ヒカリゴケが気まぐれを起こす今日のような日を、つきこもり、と呼ぶのです」
「へーえ、ボク、またひとつ賢くなったね」
「それはそれは、喜ばしゅう事でございます。…しかし、お隣の部屋に宿泊しておられるご婦人はまだ、お目覚めにはならないのでしょうか。わたくし、少し心配になって参りました」
「ああ、ソロネねーちゃんか」
 蛍光灯の光に照らされて、ミシェルの顔がにたっと歪んだ。
「あのねーちゃん、顔に傷があるよね。オヨメにいけない身体なんだ」
「坊っちゃま、そのような言葉は使ってはなりません。そのようなときは、慰めの…」
「言葉なんて、要りませんよカーシーさん」
 言葉と共に、部屋の扉が音も立てずに開き、そこに長身の女性が姿を現した。
 ミシェル少年の言ったとおり、その女性の眉間には、横に走る裂傷の傷跡が痛々しく残っている。鼻骨の上部を切断していると思われそうなほど、深い傷跡だ。出血量も並大抵のものではなかっただろう。そして、その傷跡が意味するものは、閉じられた両眼を見れば即答できる。
 彼女は盲目なのだ。だが、その足取りは酩酊することなく、まるで他に眼球でもついているかのように、しっかりとしていた。
 美しく整った顔立ちに、無惨にも残る傷跡。だが、ソロネと呼ばれた少女は、そのことを気にしている様子はない。むしろ、毅然とした態度を振りまいている。
「お早うございますソロネお嬢様。本日は晦ですので、どうすることもできませんが、用事のご変更はございますか?」
「いいえ、ありません。有り難うカーシーさん」
 本来ならば、隣国のミッドガルドへは今日の午前中には到着している予定だった。特急車両のチケットはすでに購入済みで、あとは時刻を待てば良かったのだが、こうなっては仕方がなかった。カーシーは、早速ノート型のコンピュータを広げると、電源を入れ、電子端末を自分の頸部から伸びるコードと接続する。
 ちかちかと輝く画面に、女性が映し出され、恭しく画面外のカーシーに向けて頭を下げた。
『アクセス有り難うございます。こちらはアルカディア・トレイン・センターです。ご用件は何でしょう』
「本日のミッドガルド行き、09時21分発の、25番線より発車するはずだった特急のチケットの日付の変更と、座席予約はまだ空きがありますかな?」
 そう告げるカーシーに、画面上の女はしばらく虚空を見つめていた。そしてややあって、「ございます」とだけ告げた。脳内に埋没させてあるハードメモリーディスクの中から。カーシー達の座席や車両を、空いている座席と明日の車両と照らし合わせ、計算を凄まじいスピードで行っていたのだろう。いくら性能が高いとは言っても、やや時間がかかるのは否めない。
「では、3枚お願いしたい」
『明日22日、11時01分発、特急車両4号車、座席は禁煙席の13〜15でございます』
「ありがとう。わたくしの口座は…」
 ミシェルは、続けられる払い戻しと座席変更のやりとりを聞いていて、なんだか瞼が重くなってきた。体を動かさないと、退屈で退屈で死にそうになってくる。
「ボクはデビルバスターのミシェルなのに…魔物も今日は、お休みなのかな…」
 その言葉を残し、ミシェルは寝息を立て始めた。
 ソロネは苦笑を浮かべ、そっと毛布をミシェルに掛けてやった。


 時は、再び刻み始める。
 今は互いに名も知らないものたちは、いずれ相まみえることとなる。
 その時、刃を交える敵同士となるか ──
 はたまた、肩を組み合える友人となるのか───
 無情にも、今の彼らにそれを知る術はない。しかし、彼らに襲いかかる運命の選択肢に、時間切れという選択はない。静謐か、はたまた混沌か。
 仮定のない方程式は、今まさに答えを紡ぎだそうとしていた。   
  


 

ろう・ふぁみりあの勝手な戯言ッ!

「・・・美しくないな(ふっ)」
・・・いや、なにがって言うと、これだけキチッと並べられた文字の後に戯言ってのも(笑)
まあいいや(いいんかいッ)。それはともかく我がはとこ(嘘爆)から頂いた小説第一弾ですッ!
うーみゅ、近未来SF・・・“さいばーぱんく”って奴ですかね。良く知らんけど。
ぢつはSFって苦手だったり(苦笑)。子供のころディズ○ーランドで見た立体的な(赤と青のグラスをつけてみるヤツ)を見てから潜在的にSFに嫌悪感を持ってしまった。うー、だってなんかカエルだかなんだかのぬめぬめした宇宙人が目の前に迫って来てオイラの肩を叩きそうな距離まで顔を近づけて口を開く・・・まぁ、ともかく。
それでも、近未来SFはキライじゃなかったりする。シャドウランやバトルテックの影響かもしれない(笑)。
―――戯言ほざきましたがここらへんで!(なに言ってるんだ? 自分)

・・・ヒフミがちょっとニヤリング?

―――背景の色は勝手にオイラが黒にしました(脱兎)


INDEX

→NEXT STORY
2ND ACTION