パニック!

シード編・第一章
「シード=ラインフィー」


B【罪と罰】


 

「それでね! すごいのよ!」

俺の隣で、ミストが興奮した瞳でおっさんに熱弁を振るう

ここは『レストハウス スモレアー』・・・・・・ではなく、おっさんとミストがすむ、アパートである。

あのあと―――ガーゴイルを倒した後、放心状態のクレイスたちをほっておいて、さっさとおいとましたのである。

・・・本当はすぐこの街からもおいとまするつもりだったのだが、ちゃっかりミストがついてきて結局ミストの家に一晩厄介になる事になったのだ。

一応、俺がガーゴイルを倒した事については口止めをしておいたのだが・・・・・ぜんぜん意味なかったな。

まぁ、女なんておしゃべり好きなもんだしな・・・・・と、勢い込んで話しつづけるミストをぼんやり見つつ思う。

「シード君が振り向いてしばらくすると、いきなり石が塵に変わったのよ!」

「わかった、わかった」

おっさんが苦笑して、肯く。

「あー父さん信じてないでしょー」

「いやいやそんなことはないよ」

「もう・・・・・」

絶対に信じてない口調で受け流されて、ミストはふくれた。

・・・・・その間、当の本人である俺はといえばミストの隣で晩飯のパスタをつついていただけである。ミストの話に、否定も肯定もしない。

考えてみれば、明日にはこの町を出るんだし、別に喋られてもどういうこともないか。

第一、子供がガーゴイルを塵に変えたなんて誰も信じやしないだろう。

現に、ミストの話を聞くおっさんも「ああ」とか「そうか」とかあいまいに肯くだけだ。

「もう!」

と、ミストはがたんと席を立った。

「父さんったらぜんぜん信じてくれないんだから」

そういって、膨れたまま自分の部屋に引っ込んでいった。

「・・・・・大変だな、父親ってのも」

「・・・・・まあな」

おっさんは苦笑しつつ、席を立ち後片付けを始める。

俺は残っていたパスタを一気に平らげると―――別に食うのが遅いわけではない。俺は常時では飯はゆっくり噛み締めて食う事にしているのだ―――手伝おうと思い、席を立つ。

見ると、水かめの中の水が少ないのかかめの中におっさんが体の半分も入れて水をすくっている。

「水くんでくるよ。外の井戸使ってもいいんだろ?」

「ああ、頼む」

ようやく水をすくい終えたおっさんが流し台に片づけた食器類を一枚一枚洗いながら返答してきた。

 

 

 

 

 

外に出ると、満天の星空と満月が俺を見下ろしていた。

「やっぱ・・・さむいな・・・」

冷たい風に俺は身をちぢこませた。

ふと、空を見上げる。

満天の星空。そして満月。

こうこうと輝く満月が街を、俺を照らす。

月は、特に満月は好きじゃない。

闇に潜みにくく、暗殺しにくいからだ。

もっとも、月が出ていた方がいいと言う奴もいる。

フロアもシードも月は好きだっていってたな。

―――だって、奇麗じゃない、それに魔力も高まるしね。

―――そうだぜ、これからの暗殺者はもっと派手にいかなきゃ。

暗殺者が派手でどうするんだか。

友人の台詞を思い出し、思わず俺は苦笑した。

ふと心が虚しく感じ、ため息をつく。

・・・何やってんだろうな。俺は。

逃げ出した時は三人だったのに、今は何故か俺一人だ。

シード・・・フロア・・・

親友の顔が脳裏に浮かぶ。

俺は・・・ここで何をやっている?

シードもフロアもおそらくもう生きていないだろう・・・

三人で逃げ出したのに、俺一人のうのうと生きている。

「仇は・・・・・とるさ」

俺のつぶやいた声は闇に溶けるように消えていった・・・・・

 

 

 

 

 

井戸はアパートの裏手にあった。

何処にでもある石造りの滑車式の井戸である。

俺は黙々と、水をくみ上げ井戸の隣に積み重なっている桶に二つばかり水を汲むと、片手に一つずつ桶を持つ。

―――お、重い。

持ち上げようとふんばり、自然とあごが上を向く。

ふと月が見えた。

月は見てなんとなくわかるほど、動いていた。

―――結構遅くなっちまったな。

下手すればもう水はいらなくなってるかもしれない。

「ま、あって悪いと言う事もないだろ」

一人肯き、多少よろけつつも、俺はなんとかバランスを取り部屋まで運ぶ。

部屋の前までくると、いったん桶をおろし、弁解の言葉をいくつか頭に浮かべながらドアを開ける。

「すいません、遅れ―――」

俺の言葉がすべていい終える前に、

「!」

俺は反射的に身を反らした。水が、せっかく汲んできた桶の水がこぼれる。

とんできたのは、文句でも怒りの声でもなく―――

俺は唾を飲み込みながら目の前のスモレアーさんに向かってひきつった笑みを浮かべながら、横目で、俺の隣に存在する、月光に煌く剣を確認する。

「そ、そこまで怒ってる・・・・・ていうことじゃないよな」

―――元傭兵のおっさんの斬撃だった。

 

 

 

 

 

「なんのつもりかな? おっさん」

俺の問いにおっさんは、剣を振るった身をゆっくり起こし、鋭い目で俺を見る。

「よけなかったら、死んでたぞ!」

「当たり前だ。・・・殺すつもりで斬りつけたんだからな」

淡々と無感動にいう。

俺は歯を食いしばった。身体は瞬間的に動けるように軽く力を抜いて、やや構える。

「刺客―――ってわけじゃなさそうだな・・・・・だとすると」

「天空八命星、暗殺剣、虚空殺か・・・・・」

「!」

思わず俺は動揺する。

俺の正体はまだ気づいたとしても、それを知ってるとは思わなかったのだ。

「ミストから聞いた時はまさかとも思ったが・・・・・」

息を吐く。白い息が闇に浮かんだ。

「存在を消し、音もなく標的を塵にかえる伝説の暗殺剣・・・」

「よくしってるな」

「・・・死んだ家内が伝説とかそういうことに異常なほどの興味を持っててな」

遠い目をして、何かを思い起こすようにおっさんは続けた。

「もっともそれだけでなく・・・・・」

再び射抜くような鋭い目で俺を見る。

「戦友に、虚空殺の使い手に殺された奴がいてな」

「・・・・・・」

俺は何も答えない。

おっさんは、俺がなにもいわないのを確かめるかのように待ち、しばらくして静かに続けた。

「そいつとは若いころ何度も死線を共に潜り抜けた中でな、わしが傭兵から足を洗った後、あいつは騎士となり・・・三年前、暗殺された。その虚空殺で」

三年前・・・・・俺が初めて暗殺の指令を受けた時だ。

忘れもしない、一番始めに殺した人間・・・

「わしは仇を取ると誓い、その暗殺者を追い続けた」

「・・・・・」

俺は何も言わず・・・・いや、何も言えずにおっさんの話を聞きつづけた。

「だが、虚空殺を使う事以外何もわからなかった。姿も年齢も性別さえも」

おっさんは再びため息をつき、ミストの部屋をちらと見る。

・・・・かなり騒いでいるのに出てこないのは、すでに寝ているからだろう。

そういえば、さっき水を汲みにいった時、ミストの部屋(と思われる)窓の明かりは点いてなかった。

「やがて、二年の年月が経ち、一年前・・・・ちょうど一年前だ。ミストから知らせが届いた」

おっさんは苦悩に顔を歪ませ、吐き出すようにいう。

「家内が・・・・サレナが病気で死んだと言う知らせだ」

「・・・・」

「皮肉なものだな。友を殺した暗殺者を追っていたせいで大事な者の死に目に会えないなんてな」

自嘲気味につぶやくおっさん静かに見据え、俺は尋ねた。

「それで・・・・すべての元凶を目の前にして、どうしたい?」

不適に笑う。

しかし笑いながらも俺は心の中で悩んでいた。

死ぬわけにはいかない。あいつらの仇を取るまでは。

だが、このまま俺を殺す資格のある奴に殺され、あいつらに会いに行くのもいいかもしれないな・・・・とも思う。

「シード」

「なんだ?」

おっさんに呼ばれ、俺は聞き返した。

おっさんはため息をつくと、戸の陰に立てかけてあったらしい鞘を取って、剣を収める。

「・・・中に入れ、風邪ひくぞ」

「はぁ?」

思わず俺は面食らった表情で、おっさんを見る。

「おい、なに考えてんだよ。俺はおっさんの親友の・・・」

「シード」

仇だろ! と言いかけたところで、おっさんに遮るように再び名前を呼ばれた。

おっさんはふん、と鼻で笑い振り返ってつづける。

「あいつの腕はよく知っている、お前のような子供にやられる奴じゃないさ。それに・・・・・」

おっさんはふと思い付いたように再び振り返り、俺を見る。

「仮に子供にやられたとしても、お前には関係ないだろう?」

「へ?」

言っている意味がよく分からず、俺は聞き返した。

「お前は暗殺者なんかじゃないからだ」

「俺は暗殺者だ。何人もの人間を・・・」

「本物の暗殺者ならば・・・あいつを殺せるほどの暗殺者なら、さっき斬りかかった時にわしは死んでいたさ」

「それは――――」

「シード」

なおも反論しようとする俺に、おっさんは再三俺の名を呼んだ。

「・・・・シード=ラインフィーと言う名の暗殺者はいない。それでいいだろう?」

静かにきっぱりと言うおっさんの言葉に俺は声も出ず、なにもする事ができなかった。

そんな俺を見て、おっさんは再び俺を促す。

「どうした? はやく中に入れ。本当に風邪をひくぞ」

中に入れと言うおっさんに、何故か俺の心の底が痛む。

「俺は・・・あんたの親友を殺したんだぞ! あんたの大事な者を奪ったんだぞ! 憎くないのか・・・? 殺したくないのかよ!?」

くっ・・・そお・・・なんでこんなにつらい? いままで、こんなことは感じなかったのに!

「確かに・・・親友を・・・ハーンを殺した奴は憎い。だが・・・」

おっさんはそこで言葉を区切る。俺は心の痛みを、苛立ちをおっさんにぶつけるかのように睨み付ける。

「だが、もう二度と大事な者を悲しませたくはない」

「・・・?」

訳が分からず俺は疑問符を頭に浮かべた。おっさんは、ふ・・・・と笑みを浮かべて続ける。

「お前がいなくなれば、ミストは悲しむだろう」

「はぁぁぁぁ?」

ミストが・・・悲しむ?

「なんの冗談だ?」

俺の言葉には答えずに、おっさんは家の中へと入っていった。

「・・・・いいから入れ、話は中で聞かせてやる」

 

 

 

 

 

「ミストは、一年前に母を亡くした」

家の中に入り、テーブルに向かい合う様にして座るとおっさんは話し始めた。

・・・中に入らずに、そのまま消えるという事もちらと脳裏をかすめたりもしたが・・・・・

『ミストが悲しむ』という意味不明の台詞が気になって、俺は部屋の中へと入っていた。

「それからずっと、以前のような明るさが消え暗く沈んでしまった・・・」

「・・・・・・」

それこそ冗談だな。

思いつつも、俺は黙って聞いた。

「そして昨日、サレナの命日の日、墓参りの帰り・・・・・」

「あれ? なんで街の外なんだ? 街の共同墓地じゃないのか?」

「・・・あいつの遺言でな。墓は海の見える場所に建ててくれと」

やや顔を伏せつついう、どうやら照れているらしい。

うーむ、おっさんが照れてもかわいくねーぞ。・・・とも思ったが、俺は言わないでおいてやった。

「とにかく、墓参りの帰りに森の脇の街道を馬車を走らせていると、ミストが突然馬車を止めろと言い出した。何事かと思って馬車を止めると、理由を聞く間もなくミストは馬車から飛び降りて森の中に入っていった」

「そこで俺を見つけたってわけか・・・でもよく俺がいるってわかったな」

「あいつは昔から勘が鋭いんだ」

「最大の冗談だ」

顔を引き攣らせて俺はきっぱりと感想を述べる。

だが、おっさんは怒りもせずに黙って続けた。

「・・・まあ、本人がいうには何かしら人が森に入った形跡があったらしいがな」

「よく暗闇の中、気づいたな」

あいつの目は暗殺者よりいいのか?

俺の意見におっさんも肯いて、

「わしもそう思うよ。ただ・・・」

「ただ?」

「もしかしたら、サレナが引き合わせてくれたんじゃないか…とも思う」

死人は何にもできないさ。と、いおうと思ったが止めた。

おっさんの表情が、なんとなく幸せそうに見えたからだ。

「それから必死で、お前を看病して・・・峠を越えた時には歓声まで上げたんだ。あの沈んでたミストが」

「『あの沈んでた』と言われても、俺にはぜんぜん想像できないけど・・・」

「とにかく、一つの命を助けた事がとても嬉しかったんだろうな。あんなに明るいミストを見たのは久しぶりだ・・・」

嬉しそうに、照れくさそうにおっさんがいう。

俺にはふと疑問を思い出した。

「そういえば、一つわからない事があるんだが」

「なんだ?」

「昨日、俺は身体のあちこちに重傷を受けていた。それこそ死ぬような」

「ああ」

「だが、今日になってみれば完治とまでは行かなくても、一人で行動・・・どころか戦闘ができるぐらいまで回復していた。何故だ?」

俺はあちこちに自分で巻いた包帯をはずしながら聞いた。見えないところは大まかにしかわからないが、それでも出血は完全に止まり、深い傷もふさがりかけていた。

おっさんはそんな俺を、に・・・と笑い。

「エリクサーって知ってるか?」

「エリクサー? って・・・」

知ってる人は知ってると思うが、最高級の魔法薬である。その効果は死んだ直後の人間でも生き返らせるとか。

製法は遥か古代の昔に失われたが、たまに古代遺跡なんかを掘り返していると見つかったりする・・・らしい。

「もちろん薄められた奴だがな。原液など、一生働いたぶんを足しても買えるものじゃない」

「なんでそんな物を元傭兵とはいえ、一介のレストランの主人が持ってるんだよ!」

「サレナが病気で倒れた時、ミストが借金をしてわしの昔の仲間のつてを頼って買ったんだ。・・・もっとも、薬が来た時にはサレナは・・・」

そこで口をつぐむ。つまり、間に合わなかったんだろう。

「それ以来、ミストはそのエリクサーを形見代わりに持ち歩いてたんだ」

「しかし、よくそんな事に頭が回ったな」

俺は少しミストを見直した。

俺を見つけた事といい、エリクサーの件といい・・・実はミストって結構すごい奴かもな。

「ああ・・・できた娘だよ・・・」

嬉しそうにおっさんが肯く。

「・・・・・・・」

しばらく、沈黙が流れる。

不意におっさんが口を開いた。

「なあ・・・あの子のためにも、ここに、この街に残ってくれないか・・・」

「悪いけど」

俺は席を立ち、首を振る。

「それはできない」

俺にはやらなければならない事がある。

「そうか・・・」

おっさんはため息をつくと、立ち上がり、棚からワインとグラスを二つ取り出す。

「わかった。もうなにもいわん。・・・飲めるだろ? つきあってくれ・・・」

いいながら二つのグラスにワインを注ぎ始めた。

 

 

 

 

 

翌朝・・・・・

俺は目が覚めるとゆっくりと伸びをしながら身を起こした。

「え〜と、おっさんは・・・」

と、おっさんのベッドを見る(ちなみに俺は床に寝ていた)。ベッドは空だった。

「んー、そういや仕込みがあるって言ってたな・・・」

昨日いってた事を思い出す。ついでに、余計な事まで思い出す。

―――あの子のためにも、この街に残ってくれないか―――

おっさんの声が頭の中に響く。

「・・・俺にはやらなければならない事がある・・・か・・・」

昨日俺はそう思ったが、今更なにをやる事があるのか。

たとえ、あいつらの仇を取ったとしてもなにが変わるわけでもない、あいつらが生き返るわけでもない・・・

「この街で、暮らすのもいいかもな・・・」

ぼんやりと思う・・・が、すぐに頭を振る。

「なに考えてるんだ。俺は」

そんなこと、できるわけがない。

「そうだ、できるわけがない・・・」

何故かミストの顔が頭に浮かぶ。

「変な奴だけど、悪い奴じゃなかったよな・・・」

過去形でつぶやく。

ふと、あいつが泣いたらどんな顔をするのかと思う。

「ま、もう俺には関係ない」

俺が消えたら泣くんだろうか?

そんなことを思い、立ち上がる。

ミストが起きないうちに行くとするか。見つかったらまたうるさそうだし。

念のためミストが起きているかどうか、ミストの部屋の方の壁に耳をつける。

意識があたりに広がらる感覚―――

逆に、空間が縮んで俺の意識の中にすっぽり入り込むような感覚―――

そんな感覚と共に、俺はあたりの空間を把握する。

「・・・・・・」

隣の部屋に人の気配が一つ。

動かない・・・が、静かに呼吸をしている。

息を潜めているのではない。寝息を立てているのだ。

「寝てる・・・か」

そう判断すると、俺は壁から耳を離す・・・・・

ん?

離しかけた瞬間、ミスト以外の気配を捉え、俺は再び壁に耳をつけた。

何処からかミストの部屋に侵入している。

ドアからではない。おそらく窓から・・・鍵のかかっているはずの窓から侵入している。

数は・・・一つ、二つ、三つ・・・三人。

三人のうち、二人ばかりミストに近づく、もう一人は部屋のドアの方に張り付く。

おそらく人がこないか伺っているんだろう。

「よし・・・運び出せ・・・」

本当にささやくような声でドアに張り付いた奴が命令する。

他の二人が同時に肯き、ミストを・・・

その瞬間、俺は部屋を飛び出し、ミストの部屋のドアを蹴り上げた・・・・・

 

 

 

 

 

数十分後・・・というより、一時間後・・・かな?

とにかく、一人俺は『レストハウス スモレアー』へと向かっていた。

道筋は・・・そんなに遠い距離じゃない。昨日一回行っただけで覚えている。

遅い太陽も既に顔を出し、街も活気付き始める時間だ。

・・・・とはいえ、寒い。冬だから当たり前だけど。

もっとも、訓練を受けてるせいか、昨日のままでもたいして苦にならない。

問題は血がこびり付いている事だが、まあ黒ずくめのカッコだし。

気づかれたとしても、ペンキをかぶったとでも思ってくれるだろう。

―――そんなことを考えてる間に、いつのまにかついていた。

「やっぱり・・・」

建物を見上げつぶやく。

「山小屋にしか見えないよな・・・」

「悪かったな。山小屋で」

「わあっ」

振り向くと、苦笑いしながらスモレアーさんが立っていた。

「びびびっくりした。いきなり声かけないでほしいんだけど」

「はっは。すまんすまん。だが、まだ出てなかったのか? ・・・もしかして、この街に残る気になったとか?」

「いや、そういうわけじゃないんだが・・・」

「そうか・・・」

・・・なんでそんなに残念がるんだ? 別に俺がいるからミストが明るいわけでもないだろうに。

「ところでおっさん」

「何だ?」

俺はため息をつき、きっぱりと言い放つ。

「ミストがさらわれた」

「・・・・・・・」

おっさんもため息をつくと、静かにつぶやく。

「・・・・・・・クレイスだな」

「・・・・」

俺はただ肯いただけだった。

俺はさっき(とは言っても一時間ほど前だが)の顛末をおっさんに話し始めた―――

 

 

 

 

 

部屋の中を見た感想は・・・なんていうか・・・

とにかく最初に目に付いたのは、部屋の二割ほどを占める大きな本棚である。

木の古い大きな本棚でその全部が、『推理小説』―――よくある、色々と探るのが好きな連中が、大義名分振りかざして人のプライバシーを侵害しまくった挙げ句に、意味もなく真犯人を見つけて、最終的に自殺に追い込むあれである―――で埋まっていた。

他は、この大陸に伝わる勇者たちの似顔絵(想像画)などが壁にべたべた貼り付けてあり、
ベッドの脇には異様にでかい凶悪な顔の熊のぬいぐるみ等々・・・・

そして・・・・

「なにやってるんだ? お前等」

俺はあきれた声でいった。

「き、きさまこそなにしてるっ!」

かなり焦った声で、クレイスが怒鳴り返す。

部屋の中には、ス−スーと平和そうに寝ているミストの他に、三名の不法侵入者がいた。

言うまでもなく、昨日のクレイス他二名である。

・・・・さっき俺は『鍵がかかってるはずの窓』と言ったが、どうやら間違いのようだ。鍵は開いていたらしい。

「俺は泊まるところがないから、ここに一晩厄介になっただけだが?」

「なるほど」

俺がいうと、クレイスは納得したように肯いた。

「で、お前等はなにしているんだ」

・・・一応聞いてみたが、答えは明白である。

クレイスは部屋の外をうかがっていた。

他二名はそれぞれミストの上半身と下半身を持って、救急用の担架に乗せようとしている。

つまり・・・

「ふっふっふ・・・」

開き直ったのか、クレイスは胸を張り不適に笑う。

「実はミストをこっそりさらって昨日の仕返しを―――」

「威張っていうことかあほたれっ!」

俺はクレイスの台詞を最後まで言わせず、はたき倒した。

べちゃ。と、あっけなくクレイスは床に沈んだ。

「うっうっう・・・・いきなり殴るなんてひどいじゃないかぁ」

結構痛かったのか、半べそを掻きながらクレイスは立ち上がった。

「・・・いきなり誘拐する方がひどいと思うが・・・・」

「いいんだよ! ミストの方が強いんだから! 弱者が強者を倒すのに卑怯な手を使ってなにが悪いっ!?」

「いや、そう開き直られても・・・・・っていうかそれでいいのかお前の人生?」

「うるさいっ!」

俺のコメントにクレイスは怒鳴ると、懐から丸く黒い球を取り出した。
みかんぐらいの大きさだろうか? どこかで見た事のある球だ。というよりも・・・・

「お前なんかに邪魔させるか! 食らえ必殺の催涙煙幕弾!」

叫びつつ、その球を頭上に振り上げて、床に叩き付ける。

が、それよりも早く、俺は慌てず騒がずに部屋の外に下がりドアを閉める。

俺が戸を閉めた瞬間さまざまな音が聞こえた。

ぼむっ と、これは煙幕が破裂した音だろう。

「へ・・・?」と、かすかに聞こえたのはクレイスの声だろう。

程なくして、

「うげっ、げほがほっ」

「げへっがほごほっ」

「く、クレイ・・・がほっ・・・ざ・・・ぐふぉっ」

「い、いいがら。ごほっ。みずどを・・・」

ドアの向こうで、なんか凄惨な光景が広がってるに違いない。

ミストの悲鳴が聞こえないところを見ると、まだ寝ているのか。図太い女である。

やる事もないので、とりあえず俺は手と手を合わせてクレイスたちに合掌した。

 

 

しばらくして・・・

戸を開けた時には、煙ともどもクレイスたちの姿はなかった。

 

 

 

 

 

「当然、ミストも連れ去られて、代わりにこの手紙がおかれてた」

一応おおむね話し終えて、俺は一通の封筒をカウンターにおく。

『スモレアー』の店内には俺とおっさんの二人しかいない。まあ、開店前なので当たり前だが。

一応食堂なんだからコックとかいてもよさそうなものだが、
聞いたところによると、この店はおっさん一人で切り盛りしてるらしい。

・・・・・もっとも、客はぜんぜんというか、ほとんどこないので何とかやっていってるらしいが。

おっさんはため息をつくと、封筒を手に取り、逆さまにした。中から折りたたまれた手紙が出てくる。

封は開けてあった。というか俺が開けたのだが、
ざっと見ると、この手紙が例の『精神攻撃の文章』の手紙だったので、もちろん俺は一行も読まずに俺は封筒の中に入れ直した。

「・・・」

おっさんも、ちらと手紙を一瞥しただけですぐたたんだ。

「で? シード。ミストがさらわれてる間なにしてたんだ?」

たたんだ手紙を律義に封筒に戻しながらおっさんが尋ねてきた。

「部屋の中に入って、ミストを守るために苦しむのも馬鹿らしいから、とりあえず飯食ってた」

「わしの面倒をなくすために身をはろうと言う気はなかったのか?」

「ない」

きっぱり言い切ると、俺はおっさんに背を向けた。

「シード」

おっさんに呼び止められて俺は振り向いた。

「・・・たまにでいい。またミストに会いに来てやってくれないか?」

「正気か? 俺は脱走したとはいえ、暗殺者だったんだぜ?」

「は?」

予想外に聞こえて来たおっさんの声に、俺は少し肩をこけさせた。

「は? ・・・って、暗殺者だってことは話したろうが!」

「いやそれじゃなくてだな」

「じゃあなにが」

「脱走したのか?」

おやぁ・・・?

「言ってなかったっけ?」

「聞いてないぞ」

きっぱりと言われて、昨日の会話を思い起こしてみる。

・・・・・・・

確かに言ってなかったかもしれない。

「案外間抜けなところあるんだな」

「うるさい」

俺は照れ隠しに再び背を向ける。

「じゃあな。・・・・気が向いたらまたくるよ」

それだけ言い残して、戸へと進む。

「まて、シード! 脱走したというなら話は別・・・」

おっさんが言いかけたその時。

「大変だぁぁっっ!」

いきなり店にクレイスとその他二人が飛び込んできた。

「なんだ?」

俺が聞くと、クレイスは全力で走ってきたらしく、荒げてた息を整え、叫んだ。

「ミストがさらわれた!」

俺は無言でクレイスを張り倒した。

「ううう・・・・またぶったなぁ・・・」

「ぶちたくもなるわっ! さっき自分たちでさらったんだろうがっ!」

俺が怒鳴ると、その他二人のカリストが弁解する。

「ちがうんだよぉ」

肯いてトレンが後を続けた。

「確かに僕らが最初にさらったけど、その後にまたさらわれたんだ・・・」

「なんだと! だれにだ?」

と、おっさんがトレンに詰め寄る。

「え、いや、その・・・」

「それについてはだな」

何故か大儀そうにクレイスが懐から(しかし何でも出てくるなその懐)一通の手紙を取り出す。

「その誘拐主がこの手紙を・・・」

無言で俺はその手紙をひったくると、おっさんに渡す。

おっさんは食い入るようにその手紙を読む。

「・・・・・・・・」

「どうかしたか?」

手紙読むおっさんの顔がだんだん青ざめていくのを見て俺は心配になって聞いた。が、なにも答えない。

と、トレンとカリストが話すのが聞こえた。

「そういや、あいつスモレアーさんの事知ってるようだったな」

「うんうん、『あの男』とか『あの傭兵』とか言ってたもんな」

「おい、おっさん」

再び心配になっておっさんの肩をたたく。
が、その瞬間。手がみを握り。服のポケットに無造作に突っ込むと、店を飛び出した。

「おい!」

思わず叫ぶ。が、俺の声など聞こえない様子で、通りの向こうへとかけていってしまった。

「一体・・・・なんなんだ・・・・」

思わず呆然。

「そういえば」

不意にカリストが指を一本立ててつぶやいた。

「なんかあの誘拐犯、スモレアーさんの事を仇だとか、言ってたよな」

「そうだっけ?」

と、これはトレン。

「仇?」

俺が聞き直すと、カリストは肯いて、

「うん。小さくつぶやいたのが少し聞こえただけだからよく聞き取れなかったけど、姉さんの仇・・・だとか」

「なにぃ」

思わず俺はうめいた。

姉さんの仇というう台詞。さっきのおっさんの青ざめた顔。

あのおっさんなら、最愛の娘が誘拐されたからって青ざめるはずがない。むしろ逆に怒り狂うはずだ。つまり・・・

「ちぃっ、まさか」

「どうした?」

のんきな声でクレイスが聞いてきた。

俺はそれには答えずに、クレイスに問いただす。

「おい! その誘拐魔が何処にいるか知ってるか!」

「へ? それなら、町外れのキキタの森に・・・」

「って、地名言われてもわかるか! 早く案内しろ!」

俺が怒鳴ると、クレイスは不満そうに

「あぁ? なんでこの僕がわざわざ案内しなければならんのだ?」

だああっ、こんなところでぐずぐずしている暇はないのに!

「・・・もしかして、スモレアーさんの事を心配してるのか?」

「それなら心配ないぞ。あのおっさん強いから・・・・」

「そういうことじゃない!」

焦る心を押さえて、俺はクレイスたちに向き直った。

「いいか。ミストが誘拐されて。今飛び出していったおっさんはなにしに行ったと思う?」

「ミストを助けにいったんだろ?」

馬鹿かお前は? とでもいいたげな顔でクレイスは答えた。

馬鹿はお前だ。と思いながら俺は答えた。

「ただミストが誘拐されたんならな。だが、手紙を読んでる時のおっさんの表情を見たか?
手紙になにが書かれてたかは知らんが、カリストが聞いた台詞をからすると多分・・・」

「なるほど! スモレアーさんが傭兵時代に殺した人間の身内が・・・」

カリストが納得したように肯く。

「ってことは・・・まさかスモレアーさん!」

深刻な顔のトレンに俺は肯く。

「ああ・・・殺されに行ったのかもしれない」

「じゃあ、早く助けに行かないと・・・」

「だから早く案内しろっていってるだろ。・・・って、クレイス! てめなに一人でくつろいでるんだ」

俺が怒鳴ると、カウンターの椅子に座り、のんびりと備え付けの新聞を読んでいたクレイスは静かに答えた。

「ふっ・・・難しい話は拒否するようにできてるんだ。僕の脳みそは」

「カッコつけてゆーことかっ!」

俺の怒りの正拳がクレイスの顔面を打ちぬいた。

 

 

 

 

 

うっそうと茂る森の中を、俺は一人、駆けていた。

一人、である。

俺の一撃がまともにクリーンヒットしたクレイスはおいてきた。
カリストは街の警官の屯所に向かわせた。
この森まで道案内させてきたトレンは、森に入るなりあっさりと引き離した。

森の中、木の根に足を取られる事もなく、おっさんの足跡だけを頼りに、森の中を駆ける。

このキキタの森(どういう理由でそんな名前がついたかは知らないが)は森というほど木が群生してるわけでもない。どちらかと言うと、大き目の林と言ったところか。

おっさんの足音を追うのはたいして難しくはなかった。
けっこう人が入る森らしく(まあ半分街の中に入っているから当然と言えば当然だが)、かなりの足跡が散乱していたが、かなり焦っていたためなのか、おっさんの進んだところはかなり乱暴に踏み荒されて、人を追跡する訓練を受けた俺にははっきりとわかった。

―――二人とも、無事にいろよ!

心の中で叫んでから、ふと立ち止まる。

あれ…?
心の中に戸惑いが広がる…

何で俺、こんなに必死になってるんだ?
何で俺があの二人の事を心配しなけりゃいけないんだ?
命の恩人?
だからどうだって言うんだ、別に頼んだわけじゃない。勝手に助けられただけだ。

「俺は…ここでなにをやっている?」

昨日つぶやいた台詞が、また口に出た。

シード…フロア…

親友二人の顔が脳裏に浮かぶ。

「俺は…こんなことをしている場合じゃない…」

つぶやき、思わず足が元来た道を戻ろうとした瞬間、

―――父さん!

何故か聞こえたミストの声に、俺は声のした方―――今さっきまで俺が進んできた道へと向く。

「…くそっ」

一瞬躊躇して、俺は再び森の中を駆けた。

森の外へではない。
ミストの声がした方へと。

森を駆け抜ける俺の頭に親友たちの顔はすでになく、代わりに昨日の夜のおっさんの苦悩する顔と―――

―――なぜか、ミストの泣き顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「おっさん! ミスト!」

森の中をかけ、ミストたちの姿を見つけたそこは少し開けた場所だった。
そこには、知らない男に剣をつきつけられて肩ひざをつくおっさんと、ぐったりと気を失い、木にもたれかかっているミストがいた。

「シード! 来るな!」

剣をつきつけられたまま、俺の姿を認めたおっさんが叫ぶ。

「だれだ? お前は」

男が尋ねてきた。
二十代前半と言ったところだろうか、金髪で青い瞳の何処にでもいそうな青年である。旅をしてきたのか、基本的な旅人の装備をしている。

「一応、ミストたちに命を助けてもらった身さ」
「命を助けた…?」

いぶかしげに、そしてすばらしい冗談だとでも言うようにおっさんを見た。

「命を助けた。この男がか?」
「そーだよ。なんか不都合でもあるのか?」

俺が聞くと、男はキッと目を鋭くして怒鳴る。

「不都合? あるにきまっているさ! この男は命を助けるんじゃない。奪う方だ!
こいつは姉さんを…俺の姉さんを殺したんだ!」

「……」

男の言葉に、おっさんは苦しそうに顔を歪ませた。

「それがどうかしたかよ」

俺は静かに言いながら、男との少しずつ距離を詰める。

「なんだと…」

頭に血が上っているのか、俺が近づいてる事さえも気づかずに俺を睨み付ける。

「元傭兵なら、戦場で人を殺しても仕方がない…」

傭兵なんて金のために命を懸けて戦う職業である。
それゆえ、雇い主の命令は絶対であり、戦争で村一つすべて虐殺しろとでも言われれば従うしかない。

「おっさんだって、殺したくて殺したわけじゃ…」
「この男は自分の妻を殺したんだぞ!」

俺の言葉を遮って、男は叫んだ。
その叫びが心臓をえぐるかのように、おっさんは苦しげにうめく。

しかし…そうか、そういうことか。

てっきり、俺は傭兵時代に殺した人間の敵討ちかとも思ったが…
どうりでおっさんが抵抗しないわけだ。

「だったらどうしてミストをさらった? ミストはお前の姉さんの娘なんだぞ!」
「ふん…こんな男の血が混じっている娘など…」

憎々しげにミストを見つめる。

―――今だ。

俺は一気に男との距離を詰めると、剣を持つ方の腕を取る。

「なっ…」

男が驚愕の声を発すると同時、俺は男の剣を持つ手をたたき、あっさりと剣を取り上げる。

「つっ、小僧…」

男は俊敏な身のこなしで、後ろに飛ぶ。男が着地した時、いつのまにか銀色のダガーが握られていた。
昨日のBクラスの奴等よりも洗練された動きである。

「…邪魔するなら…殺すぞ」

構えを見て俺は舌打ちした。
…実戦経験をかなり積んでいる、すきがないな…だが!
俺は意識を空間に拡散させ、感情を消す…
冷静な冷たい心へと切り替わる。
俺は男―――目標を見た。
目的は目標の…

「やめろ、シード! 殺さないでくれっ!」

おっさんの叫び…というよりも懇願だ聞こえた。が、俺はなにも応えずに

駆ける。
音も無く駆ける。
同時に、俺の存在が空間に溶け、気配が空間に広がる。
男は―――目標は戸惑っている。
俺を知覚できていない様だ。
音も無く俺は目標との間合いを詰める。

「あ―――」

男が俺に気づいた瞬間―――
俺の掌は男の体を捉えていた。

「がはぁっ!」

肺に溜まっていた空気を吐き出しながら、男は派手に吹っ飛んだ。
男は受け身も取れずに地面に落ちたようだが…ま、死んじゃいないだろ。

「シード…お前…」

不思議そうにおっさんがつぶやくのが聞こえた。
感情を取り戻した俺は、振り向くとにやりと笑ってみせた。

「天空八命星、活殺拳、虚空掌…ってところかな」
「シード…」
「そんなに不思議そうな顔をしないでくれよ。『シード=ラインフィーと言う名の暗殺者はいない』って言ったのおっさんだろ?」
「シード…だがわしは死ぬべき…」
「おっさん!」

俺はおっさんの横っ面を殴り飛ばした。

「…これは俺が口を挟む問題じゃない…が、あんたはそんな事と言っちゃいけない。少なくとも、死んで悲しむ奴がいる間は…自分から死を望んじゃいけないんだよ!」
「……」
「生きろよ…自分のために生きられないって言うなら、ミストのために」
「シード…すまない…」

おっさんの目から涙がこぼれる。俺は照れくさくなって、頭を掻いた。

「く…うう…」

うめき声に振り向くと、男が身を起こすところだった。
ちっ、加減しすぎたか?
と、俺の横をおっさんが通って、男の前にしゃがみこむ。

「おっさん…」

一瞬、止めようとも思ったが、剣はここに落ちてるし、さっき持ってたダガーも吹っ飛んだ際に茂みの向こうに飛んでいったから大丈夫だと思い、とりあえず静観する事にした。

「スレイ…」

静かにおっさんが語り掛ける。…どうやらスレイと言うのが男の名前らしい。

「わしは…殺されても同然の男だ…」

男―――スレイがなにか言おうとしたが、結局口を閉じた。

「友人の仇を追いつづけ、その結果…サレナを…」

『友人の仇』のところで思わず心が痛んだ。そう言えば、元はと言えば俺が発端なのではないのだろうか?
そんな事実に心悩ませながらもおっさんの話は続いた。

「そしてミストを悲しませ…お前という若い心をも復讐に染めさせた…わしは…」
「そんなことない!」

いきなり、おっさんの言葉を遮る。

「ミスト…」

いつのまに気づいたのか、ミストが木に寄り添う様にして立っていた。

「父さんは…悪くないよ…誰だって、自分の大切な人奪われたら…殺されたら、仇を討ちたいって思うもの」

ミストは木から手を放し、一歩一歩スレイに近づく。

「スレイさんだってそうでしょ? 母さんが…大切だった人が、失われたから、憎しみを怒りを父さんにぶつけてるんでしょ?」

ミストはスレイの傍らにしゃがみこみ、スレイの手を両手で包むように握る。

「あたしも、大切な人を失った気持ちは分かるから…お願い、父さんを許してあげて…あたしはもう大切な人を失いたくないの!」

ミストはスレイの顔をじっと見る。

「…っ」

スレイは目をそらし、ミストの手を振り払うとゆっくりと立ち上がった。

「スレイ…」

おっさんの声に応えるかのように、スレイはつぶやいた。

「今回は…その娘に免じて見逃してやる。だがいつか…お前を殺す!」

それだけ言うと、背を向け森の中へと姿を消した―――

 

 

 

 

 

「さて…と」

スレイが森の奥に姿を消すのを見送ると、静観モードだった俺もミストたちに背を向けた。

「俺ももうそろそろ行くよ。…いろいろ世話になったな」
「待てシード。今更何処へ行く? お前の帰るべきところはないんだろう?」

おっさんの声に俺は振り向かずに応える。

「やらなきゃ…けりをつけなきゃいけない事がある」
「死ぬなと言ったのはお前だぞ」
「俺が死んで悲しむ奴は…もういない」

再び歩き出そうとする。

「まって、シード君」

と、ミストが俺の前に回り込む。

「どいてくれ、ミスト」
「いいえ!」

大袈裟に首を振る。ミストは真っ直ぐ俺を見て叫んだ。

「どかないわ! あなたにどんな過去があったとしても、シード君はシード君じゃない!」

言われて思わずどきりとした。こいつ、やっぱり俺の正体に…?
俺が思わずミストを見返すと、ミストは悲しそうに首を振り。

「そう…わかっちゃったのよあなたの正体が」
「…だったらなお更だ。普通の人間を巻き込む事はできない」

ミストが普通の人間かは…まあ置いとくとしてだ。
ミストはそれでも首を振る。

「でも…あなたがマフィアに麻薬を石造の中に隠せと命令されてそれを良心から警察に届け出て、マフィアに命をねらわれる事になったちょっと特殊な石造専門の彫刻師だったとしても…」
「なんだそりゃあっ!」

緊張の糸が容赦なくぶっつりと切られ、俺は叫んだ。ふと後ろを振り向くと、おっさんが声を押さえて笑っている。

「一体、何処をどうしたらそんなふうになるんだ!」
「え〜、だって。昨日読んでた推理小説の最初の被害者がそういう設定だったんだもん」
「だったんだもんてお前…」

思わず脱力してその場に座り込む。
ミストはそんな俺に指をびしっと突きつけてきた。

「それを見た瞬間あたしは確信したのよ! 見つけた時に血まみれだった事と言い、昨日石造の悪魔を一瞬で塵にかえた事と言い…この二つを掛け合わせればこの答えに―――」
「なるか馬鹿。…あぁもう! 後腐れないようにいっとくぞ! 俺の正体は…」
「まって、あたしが推理するから…」

待てるか馬鹿! 俺はミストの言葉を無視し、目をそらしてきっぱりと告げる。

「俺の正体は…暗殺者なんだよ! この手に…何人ものの命をかけた!」

反応は…ない。
驚きの余り声も出ないのかと思ってみると…
ミストは…余裕の笑みを浮かべていた。

「お前…恐くないのか?」

思わず尋ねる。

「こわい…? ふっ…」

あ、鼻で笑ったな。なんか腹たつぞ。

「あのなあ、俺の正体は…」
「トリックね!」
「はぁ?」
「嘘をいって推理を惑わす…初歩的なトリックよ。素人ならともかく、このあたしを騙せると思わない事ね!」
「あああっ! そーいや、こーいう奴だった」

今更ながらに思い出し、うめく。

「さあ、年貢の納め時ね! 本当の事を白状しなさい!」
「白状したろうがっ!」

ああ…また頭痛くなってきた。
こいつがしばらく落ち込んでたなんて、全世界の人間が言っても俺は信じないからな!

「…もういい」
「え?」
「もう彫刻家でもなんでもいいから…お別れだ」

静かに言い放つと、ミストを強引に押しのけ進む。

「まって!」
「まだなにかあるのか…」

振り向いて…俺は言葉を失った。
ミストの目が、今までよりも真剣だと感じたからだ。

「まだ…返してもらってないわよ」
「なにをだ? 借りなら…返したつもりだぜ」

ミストは首を横に振る。そして片手を差し出してきた。

「まだ返してもらってないわ―――お金」
「は?」

思わず間抜けな声で聞き返す。
そんな俺にミストは少し考えて、

「そういえば、あなたを助けた時の事まだ話してなかったかしら?」
「いや、おっさんから―――まさか!」
「そ、エリクサー代、ちゃあんと払ってもらうからね!」
「ちょ、ちょっと待て! 俺には…」
「そうやって、ごまかしてもだめよ! さ、借金返してもらうまで何処にも行かさないからね! シード君」
「ど―してだあああっ!?」

俺の絶叫が森に響き渡る。

 

 

 

 

―――かくして、俺は…シード=ラインフィーとしてこの街に在ることになったのだった。

 

第一章 了


登場人物たちの自爆な座談会ッ!

 

シード=ラインフィー(以下シード):どうも、はじめまして。シード=ラインフィーです。

ミステリア=ウォーフマン(以下ミスト):きゃあああ!? シード君がですます調でしゃべってる〜

シード:・・・なにか驚くようなコトかよ?

ミスト:いえ、別に・・・トコロで、これは幾つも分かれてたやつを二つに再編集したばーじょんなんだけれども。

セイ=ケイリアック(以下セイ):ほんとーに、再編しただけだなー。文章書き直せよ。

シード&ミスト:第一章に出てないやつが出てくるな!

セイ:ちっ・・・えーと、俺は第二章から登場なんで、そっちも見てくださいねー(とか言って瞬間移動)

ミスト:帰ったわね・・・だけど、ほんとーにセイのいう通りよ。なんで一気にリメイクしなかったの?

ろう・ふぁみりあ(以下使い魔):えーと、まず始めにめんどくさかったことと。

シード:オイ。

使い魔:い、いやそれだけじゃなくて、昔のオイラが書いた文章の方が下手すれば面白いかなーなんて。

ミスト:つまり、普通はレベルアップする所を、レベルダウンしてるわけ?

使い魔:そーかも。あと、昔の文章を残しておきたかったって言うのもありますが。

ミスト:なんにせよ、手抜きには違いないわよねー。

使い魔:あううう・・・・(泣)

 

 

シード:しっかし、この頃は何にも考えんと馬鹿やってるよなー。

ミスト:ほーんと。この先の物語を見た後に見ると、のーてんきよねー。

スレイ=テンブルミッド(以下スレイ):俺はのーてんきではないッ!

ミスト:あ、叔父さん。

スレイ:いつか・・・いつか姉さんの仇をとってやるぞスモレアァァァァッ!

シード:・・・こいつって、また出てくる予定あるのか?

ろう:ないです(あっさり)。

スレイ:なにぃぃぃ!?

 

 

ミスト:はい、では最後に注意書きっ。

ろう:第一章の次は「第一章+αクレイス=ルーンクレスト」を読むことをオススメします。

ミスト:別に読まなくても大丈夫かもしれないけれど。

シード:そうか? 俺がこのアバリチアに残ることになるエピソードとか、新キャラの登場・・・

テレス=ルーンクレスト(以下テレス):ハイ! 私ですっ。

シード&ミスト:だから第一章に出てないやつが出てくるな!

テレス:みなさん、私もよろしくお願いしますねー(とかいーつつ飛行魔法で逃亡)

ろう:・・・えーと。それではオイラのつたない文章でつづられた物語ですが、これからもよろしくお願いします。

ミスト:まったね〜☆


INDEX

→NEXT STORY
第一章+α クレイス=ルーンクレスト AND 第二章 ミステリア=ウォーフマン