「マジかよ……これ」
「……」
「唯ちゃんたちには報せたの?」
「あ、はい。電話で。すぐこっちへ来るって言ってました」
奎介と魏は夕城家(ローンで一戸建てを五年前に購入…)の書斎で、机上に写真とパソコンに表示された文を印刷した物を置いて、
深刻な面持ちで話し合っていた。
「真夜には?」
「あぁ。……さっき玄関で奎介さんに呼ばれてきた。とだけ言っただけで、まだ何も。
できるだけ心配かけないほうがいいんじゃないですか?」
だが、奎介は首を横に振った。
「いや。あいつにも報せてやるべきだ。真夜だって一応四神天地書に関わった人間、
まして一番最近にあっちの世界に行ったことがあるという点では、お前と同じだ。何かわかるかもしれないだろ?」
「……そうですね」
魏は言いつつ、焦げたように真っ黒になった紙を見下ろした。
「でも、いったい何が」
「私、なんとなくだけど感じてた……」
「唯ちゃん!哲也!」
狭い書斎の出入り口には、本郷夫妻が立っていた。
結局心也をひとりにするわけにはいかず、居間のほうで真夜が子供たちの世話を受け持っていたが、勘の良い彼女のことである。
何かあったのはうすうす感じていた。それという根拠が、この唯たちを家に招きいれたときだ。
「私また誰かに迷惑かけるのかな……」
そう小さな声で言い唯の胸に顔をうずめたのだった。
「真夜にはまだ何も言ってあげてないの?」
「あ、あぁ」
責めるような口調の唯に、奎介が答える。
「じゃ、私が言ってくるわ。子供たちの世話もひとり任せるわけにもいかないし」
「いや、俺が行くよ、唯」
「あなた……」
「だってさ、多分俺なんかがここに残るよりは、唯ちゃんのほうがずっと例の物に近いわけだし、何かつかめるかもしれないだろ。
手が開いたら、極力真夜もこっちにこれるようにするから、何かあったら呼んでよ。ね?」
「ありがとう。哲也」
奎介が改まって言うと、哲也はいいってことよと一言。
書斎の中には三人が残された。
「唯……」
まず切り出したのは魏だ。
「さっき、何か感じてたって言ったよな。本当なのか?」
「うん。でも、はっきりと感じたわけじゃないの。突然誰かに呼ばれたような、そんな感じで。……でも、前から嫌な予感はしてたんだ」
「俺もこの写真が黒く染まる時、嫌な感覚だった……力が抜けてさ。まるで、十年前にあっちの世界で度々感じてた、あんな感じがまた」
「ふ〜ん。ってことは、もしかしたら美朱も何か感じてたかもしれないな」
『!!』
「だってそうだろ?お前たちが感じてて美朱だけ何も、ってことはないと思うぜ」
「そういえば、美朱のやつ、たまに何か言いたそうにしてる時があったような……」
「魏、美朱と連絡は?」
奎介に問われて、魏はうつむく。
「残念だけど、今日の夜ホテルからあっちがかけてくることになってる。時差から考えても、こっちの時間では少し晩くなると思います」
「そっか……じゃ、仕方ない。俺たちだけでなんとか推理しよう。この写真と、パソコンに表示されたっていう妙な文章……」
「それ、ちょっと見せてくれない?」
「あぁ、はい」
唯に言われ、魏がその紙を手渡す。
唯はしばらく食い入るようにしてその紙を眺めていたが、やがて、
「間違いない……」
と呟いた。
他の二人がえ?っという顔を見合わせる。
「何が間違いないんだ?」
「魏、これってもしかしてメールで送られてきてなかった?」
「あ。そういえば……」
「やっぱり」
「唯ちゃん、どうしたの?何かわかったのか!?」
奎介が半立ちで椅子から腰を外すと、唯はおもむろにポケットに手を入れた。
「これを見て」
彼女が取り出したのは、反対の手に持っていたのと同じ印刷用紙。
魏がそれを受け取り、横から奎介が割り込む。
その紙には、
「新たな巫女現われたし。きたる日の為、かつての巫女の助力を求めん」
と、固い字でそう書かれてあった。
「それ、ついさっき出掛けにうちのパソコンに送られてきたのを、慌てて印刷してきたんだけど」
「……あらら。こりゃまた、本格的にきたな」
奎介が頭をかく。
「多分、魏の家に送られてきたこの文と関係あるはずよ。……また、あの世界で何か起こってるんだ、きっと」
「しっかし、この新たな巫女とか、かつての巫女とかってまるでいつかの時とそっくりだな」
「でも、この『助力を求めん』っていったいどういうことかしら」
「とにかく、美朱に連絡がとれない今の状況じゃ、なんとも……。そうだ、魏!」
「はい?」
「美朱もこの写真持ってなかったか?」
「あぁ、持ってますよ。旅行の時とかいつも持ち歩いてて……」
「じゃあさ、ひょっとしてこの写真媒介にして美朱に念信とか出来ないか!?」
「……無理ですよ。井宿じゃないんですから」
「だろうな」
はじめからだめもとで訊いてみただけだ、とでも言いたそうな切り返しの良さで、奎介はまた頭を抱え込んだ。
しかし、魏は何を思ったかこんなことを口走った。
「でも、これだけは言える。また、どこかに四神天地の書が現われたってことが。でなきゃ、こんなこと起きるわけないし」
「あのな、それ言ったらずっとこっちの世界でサポートしてた俺のほうがすぐピンときてるわけよ。わかる?
今までの経験上、それ以外考え……」
そこまで言って、奎介ははっと気付いたふうに手を打った。
「そうか!!」
「きっと、またあの本が発動して、それで」
「そうかそうか!じゃ、要はそれを見つければいいんだな」
「そうですよ!あれを読めば今何か起こっているのかわかるはずだ」
「あの……盛り上がってるとこ悪いんすけどね、あんたたちそれ、どこにあるかわかってんの?」
その瞬間、彼らの熱が一気にひけたのは言うまでもない。
今までとは一転して、泥沼のような重い空気がその場に満ちた。
「そうだった。……前みたいになんで俺たちの前に現われてくれないんだよ」
「……そうだよな。はじめは国立図書館。んでもって、天コウの時は確か美朱が直接朱雀から預かってたんだったな」
声をそろえて落胆する彼らに、唯はまた別の意味でため息をついた。
「きっと……、この新しい巫女っていうのが鍵ね。もしかしたら、その子が持っているのかもしれない。
ううん。きっともうその本の中に入ってるのかも。だから、こんなメールが私のところに届いたんだと思う」
「そうか、その文には巫女はもう現われたって……」
魏が言う。同時に、新しい巫女とはなんなのか、彼の脳裏に不安がよぎった。
「考えてたってしょうがないよ。私、これから国立図書館見てくる。魏は美朱から連絡を待って家にいて。
私や魏が感じてあの子が何も感じてないなんてことは、ないはずないから、きっと何か言ってくると思うの。
もしかしたら、向こうで何か起こってないとも限らないし。美朱や光君のことが心配だよ」
「わ、わかった。唯、そっちは任せたぞ」
「うん。もしなかったら、心当たりある場所から探してみるから」
「あのぉ。俺は?」
「奎介さんは、真夜とここにいて下さい。その写真と文のことで何かわかれば、俺は家にいますから」
「わかった。任せとけって。なにせここにある本全部中国書だぞ。こと中国に関して俺にわからんことは何一つない!」
「……すげぇ」
「じゃ、また後で会いましょう。お互い携帯は知ってるわけだし、何かあったら連絡すること。いい?」
『はーい』
「非常によろしい」
唯は少し笑いながらそういうと、書斎を出て行った。
「なんか……、こういうとき唯の性格って、何かと頼りになるよな」
「まぁな。天コウのときも、そりゃ凄かったんだって。って、お前さ、本当に他には何も感じてないわけ?」
「は?」
「だからさ、……なんていうか、もともと朱雀七星士だっただろ?そのことで写真のとき以外にも何か感じてたりしないか?
四神天地書が関係してるなら、尚のことお前が一番強く感じてもいいはずだろ」
言われてみればそうである。もともとが鬼宿という、あちらの世界の人間であった以上、
ことこの事に関してはもう少し敏感であってもよかったはずだ。
しかし、考えてみれば思い当たるふしがなかったわけでもない。
いつだったか、昔の名前で呼ばれ真夜中に起こされた時もあった。
奎介にこう言われるまで、てっきり空耳かと思っていたが、今考えてみると唯も同じような体験をしているうえ、
そのとき聞こえた声になんとなくだが覚えがあった。
「奎介さん、やっぱりその写真、俺が持ってていいですか?……今、何かわかった気がして」
「あ?あぁ、別に構わないさ。むしろお前が持ってなきゃ意味ないんじゃないか?
これは朱雀七星士たちの宝物なんだろ。お前だって今でも朱雀の巫女を守ってる立派な七星士じゃないか」
「はい!」
その頃、中国では美朱と張がカウンターの人間に気取られぬよう、忍者さながらに立ち入り禁止区域への侵入を試みていた。
「いいのかなぁ。こんなことして……」
「いいの。だって、いくら言っても聞き入れてくれないんだもん。誰も入ってこないところなら、なおさら怪しいし、
あの人たちだって入ってこないはずでしょ。行ったもん勝ちだよ」
「はぁ……。結構たくましいのね。美朱ちゃんって」
とか言っても、ちゃっかり付き合っている彼も相当なものだ。
怪しい二人組みは、紆余曲折あったがようやく探し人のいる確率が一番高い場所に行き着いた。
この先関係者以外立ち入り禁止。
その立て看板の横をすり抜け、廊下をさらに先へと突き進む。
たいして時間もかからずに、例の木造倉庫にたどり着いた。
「げっ!ひょっとしてこれが噂の……」
「……光?ねぇ、中にいるの?」
え?お母さん……!?なんで!
中で巻物を手に丸まっていた光の身体がビクッと飛び上がった。
「あ……」
「光!?いるのね!!」
「お、母さん……?」
確かに声は光のものだった。
「げ。なんて奴だよ。あんなとこから入ったのか……」
張が場違いにもひゅうと唇を尖らせた。
「光!!」
美朱がそんな彼の前で血相を変えたように、戸に走り寄った。
声を聞いてますます心配の思いが募ったのだろう。
しかし、
「なに!?これ……きゃあっ!?」
「美朱ちゃん!!」
「お母さん!?」
戸に駆け寄った美朱を、それに触れる前に何かが跳ね返した。
その際に、黄色い光が走ったのを、美朱も張も見逃さなかった。
張に支えられて事なきを得た美朱だったが、まるで何かが彼女の侵入を拒んでいるかのように、一瞬だけその姿を現していた。
「今の……金色の鱗?」
「へ?」
戸に近付いていない張などは、見ていないようだったが。美朱ははっきりと光の正体を見ていた。
張はふと上を見た。しかし、どういったわけか。先程まで開いていたはずの小さな窓がしっかり閉じてしまっているではないか。
いったい何が起きたんだ?今。
「お母さん!!大丈夫!?」
中からはそんなこともなく、しかし、光の力では壊れていた鍵を内側から開けることはできなかった。
「う、うん。大丈夫。光?小帆ちゃんもそこにいるの?」
光は返答に困った。奥に放置されている四神天地の書を見る。
だが、先に核心をついたのはやはり美朱だった。
「光、ひょっとしてその中で古い巻物か何か、開けてないよね?」
「!?」
光はとうとうその場で嗚咽を漏らした。
「光……」
張に支えてもらうようにして立ち上がった美朱だが、たいしてダメージがあったわけでもなく、その後ひとりで戸の前に立った。
この一枚の板の先に光の姿があるのを推測して。
「ごめん。どうしよう。お母さ……小帆が。小帆が!……おか、さんの言ってた、こと。ほんと、だった」
「私の言ってた事……四神天地書のお話ね」
「うん」
「で?あなたはそれを……開けたのね」
「うん」
「読めるの?」
「……うん」
「なら、読みなさい」
戸の向こうで、光が息を呑むのがわかった。
だが、美朱は続ける。
「お母さん、そうじゃないかって思ってた。光がいなくなったって聞いて、ずっと胸騒ぎがしてたのよ。
……知ってる?光、あなた赤ちゃんの時初めて喋った言葉、コウリュウって言ったの」
「黄……龍!?」
「その後教えもしないのに、朱雀って喋って……。魏も私もすごく驚いた。
きっと、こうなることをあなたは初めから知ってたんだと思うの。だから……」
「朱雀……」
その言葉で、光ははっとなった。
「お母さん!お母さんって、朱雀の巫女だったんだよね!?」
「え?……う、うん。そうだよ。天地書の中の紅南国ってところで……」
「そこ知ってる!今読んだんだ!」
「え……!?」
「紅南国ってとこに、小帆はいるんだよ!多分、あの写真に写ってた二人の人も一緒にいて……」
「えぇ!?ちょ、ちょっと待って。光、それって……」
「井宿と翼宿って人」
「……うそ。それ、ほんとなの?光」
「……うん」
本当にあの二人が……!!
しかも今、小帆ちゃんと一緒に。
「でも、今大変なことになってて……」
光は口が裂けても、敵と戦って負けただなんて言えなかった。
実際負けたというには、少し違う気もしたが、それでも今大変な事態になっていることに違いはなかった。
しかし、美朱はそれをキッとこうべを上げて跳ね除けた。
「大丈夫!」
「え……」
「大丈夫だよ。光。あの二人が一緒なら大丈夫。だから、信じて読むの。あなたが読まないと進まないんじゃないの?
あなたも四神天地書の登場人物のひとりになってるはずよ。なんて言ったって、朱雀の神座宝はあなた、なんだから。
私たちの大切な子……」
光はふと、日本をたつ前に見たメールの文面を思い出した。
朱雀の子。
確かにそうあった。あれは、まさか自分のことだというのか。
自分が朱雀の神座宝……つまり、朱雀の子という呼称で呼ばれても不思議はない。
母の話に出てくる、少年と少女の愛の象徴朱雀。自分はその恩恵を受け、彼らの間に生まれた子供だったのだ。
「私の話はもう終わっているの。でも、あなたは違う。小帆とあなたの物語はまだはじまったばっかりじゃない!
勇気を出して。大丈夫。翼宿たちならきっとあなたや小帆を支えてくれるはずだから……」
「お母さん……」
「私はこの事をお父さんに連絡してくるから。その間ひとりで、……大丈夫だよね」
魏にも報せなきゃ。また、あの世界で何かが起こっている。
今度は光や小帆を巻き込んで、またあの伝説が繰り広げられようとしてる。
でも、光はきっと性根の強い子だから、ひとりでいると逆にその責任に押しつぶされてしまうんじゃないか。
美朱はそう思って訊いたのだ。
今だって自分を追い詰めて泣いている。
心細いのかもしれない。仕方ないよ。まだ、光は十歳だもの。
私たちが四神天地書に関わったときより、六・七歳は幼いのだから。
突然こんなことになって、怖くならないはずがない。
早く、魏に報せて、それから……私には何が出来るのかしら。
このまま戸ごしに励ますしかないのかな。それしか……。
美朱はそっとポケットの中の手帳を取り出し、はさんであった写真を見た。
その時、魏を襲った感覚が美朱にも感じられた。
黒い……影。
「あの、さ……美朱ちゃん」
「……」
「美朱ちゃん?」
「あ!?は、はい」
「日本に連絡するつもりなら、俺に任せてくれる?……なんかよくわかんないけどさ、
美朱ちゃんは光君の側にいてあげたほうがいいんじゃないかな。……俺じゃ、至らないかもしれないけど。
とにかく、何があったかそれだけでも向こうに伝えるべきだろ。奎介となら、よく電話で話してたりするし、さ」
今までなんとなく黙って事の成り行きを見ていた張だったが、どうやら事態が自分が思っていたほど単純なものでもないらしいことを、
今の美朱たちの会話で実感したらしかった。
とりあえず、自分に出来ることといったらこれだけだろうか。そう思って口にしたことが、思いがけず美朱たちを救うことになるのである。
「ありがとうございます」
「いえいえ。じゃ、ちょっくら行ってくるわ」
張は満足げにそう言うと、ひとまずホールのほうへ走っていった。
その後ろ姿を見送っていた美朱だったが、しばらくすると手に持っていた写真を掲げ、こんなことを願った。
お願いみんな……。魏と話したいの。力を……貸して!!
『み……あか、ひか……り』
「!?」
「え?今の声、お父さん!?」
「魏?魏なの!?」
『美朱、光、無事か……?』
紛れもなく、魏本人の声である。ただ、その姿はここにない。
声だけが、美朱と光の中にエコーをきかせながら響いているのである。
前にも経験のあった美朱などの対応は早かった。
「魏!今どこにいるの?」
『家だ。写真に向かって話してる。まさか……本当に話せるとは思わなかったよ。思いが通じたんだな……よかった』
「お父さん?」
『光?光か!……おい、どうしたんだ。泣き声じゃんか』
魏は只事ではない思い、日本であったことを明確に、しかし、簡潔に伝えた。
唯のもとに届いていた文の内容を美朱は、特に固唾を呑んで聴いていた。
「……魏、あなたのその写真、何かへんになってない?」
『あぁ……。真っ黒だ。まるで黒い渦に呑み込まれるようにして、俺の目の前ですっかり染まっちまった』
「やっぱり……」
『ひょっとしてお前のもか?』
「うん。……魏、お願い。今から話すことしっかり聞いてて。今張さんがお兄ちゃんにこっちであったこととか連絡してくれてると思うんだけど、
多分、それじゃ遅いと思うから。それから、光も聞いてて……私が今思ってること」
美朱は坦々と、しかし、まるで時間が押しているかのように急いで、心の中で行き着いた考えを口にした。
『……おい。美朱、それって、まさか……』
彼女の話が一通り終わり、しばらく間があった。その沈黙を破って声を絞り出したのは、今ここに姿のない魏だった。
美朱は答える。
「唯ちゃんの所にそういうメールが届いたってことを聞いて、確信持てたの。きっとそのうち、私にも届くと思う。
巫女になったのは唯ちゃんのほうが先だったから。ただ、問題はそこなんじゃなくて、また翼宿たちが来てくれたことなんだと思うの」
『……つったって、お前』
「わかってる。……光」
「お母さん……」
「今は、全てあなたに任せるしかないみたいなの、光。わかってくれるよね?」
「で、でも、俺……」
「大丈夫。あなたは強い子だから」
大丈夫。美朱のその言葉が今までどれだけの人の心を救ってきたのだろう。
彼女の言うその短い単語に込められた、とても温かい思いは相手の心に優しく届いた。
「今は自信なくてもいいの。一つ一つそれを乗り越えて、また同じ場面になったときどうするか。それが、人の勇気というものだと思う。
自信なんて経験をつんでついてくもんなんだから、今はそんなのなくてもいいのよ。大事なのは、私たちが少しでも光に勇気を与えてやることと、
あなた自身が今の自分を信じること。それだけ」
「お母さん……」
「私はずっとここにいるから。大丈夫だよ」
『そうだぞ。光。早く小帆のもとに行ってやるんだ。お前はもともとそのために、ここまで冒険してきたんじゃなかったのか?』
魏のその言葉を聞いて、光ははっとなった。
そうだ。自分はなんのために中国に来たんだ。
小帆に会うためじゃないか!!
そうだよ。大丈夫。お母さんがいてくれるんだ。お父さんだって。
「俺読むよ!物語の最後まで、小帆を見守るんだ。ずっと」
『よく言った!!それでこそ俺の息子だ』
ちょっとくすぐったそうに笑むと、光は涙をぬぐった。
「お母さん。ちゃんとそこにいてよ?」
美朱はクスリと笑った。
「うん。いるよ」
光は部屋の中でまるで魏のようないたずらっぽい笑みを浮かべると、また奥にもどり天地書を手に取った。
ただこの時、光には聞こえないように魏は美朱にだけ言った。
『美朱……本当に大丈夫か?……俺もさ、七星士の端くれだし。なんとかいろいろ頑張ってみるけど。それでもダメだったら……』
美朱はそれに対し、魏を、そして自分を励ますように言った。
「大丈夫だよ。その時は翼宿や井宿がきっと守ってくれる。魏にしか出来ないことだってきっとあるはずだよ」
そう、美朱の考えついたことというのは、魏にとって信じがたいものだったのだ。
美朱はこう言っていた。
“私、前から不安みたいなの感じてたの。何かがあちらの世界での私の記憶を妨害してるってわかってから、余計に強く感じるようになって。
唯のところに届いたっていうそのメール、かつての巫女の助けが要るってそういってるんだよね。また、私たちきっとあっちに行くことになるって、
そういうことなんじゃないかな。それも、また巫女として……。今、光の近くに何かいるの。金色の鱗を持った……神獣だと思う。
それを召喚するにはきっと、小帆ちゃんの力だけじゃ足りないのよ。だって、私がずっと感じてる不安、今までないくらい怖いものだから……。
今までにない怖い敵が、あっちの世界に迫ってる。……私と唯はまた、巫女になる。”
それは同時に、また神と交わるということだ。
だから、魏は慌てた。
それがどういうことか、知っていたから……。
もしも、そういうことだとして、美朱も唯も小帆も神獣に食われてしまったらどうなるというのだ。
しかし、このことを光は知らない。四神天地書の事は優しい物語としてしか、彼には教えていない。
知るわけがないのだ……。
「大丈夫。もし、金の鱗を持った……その神獣に食われたとしても、小帆ちゃんと唯ちゃんだけは私が命に代えても守るから」
『おい!』
「その時は、魏、あなたがきっと私を守ってくれるよね」
『……』
魏の反応がわかっていたかのように、美朱はどこを見るでもなく微笑んだ。
「信じてるよ。魏……」
『お前ってやつは……』
二人は当然ながらあの時から比べると、心身ともに随分と大人になった。
だが、心がまるであの時のように弾んでいるのは何故だろう。
こんな時だというのに。美朱と魏はまた、それぞれにかつての巫女と七星士だった頃を思い出していた。
大丈夫。
あれだけの危険を掻い潜り、冒険を積み重ね、心はずっと強くなったはずだ。
今だって、これから何があろうと乗り越えていける。
美朱と光と一緒に。
魏は遠く離れた日本で、覚悟を決めた。
あの時、みんながいたから俺たち頑張れたんだぜ。
翼宿、井宿。光と小帆を……頼む。
俺もなんとか頑張ってそっちにいけるように考えるからな。
(update;04.04.05)