「……おいしい!!」
「せやろ!?俺の捕った魚なんやから、上手くて当然や」
「でも、翼宿。びしょびしょなのだ」
「やかまし!!お前は、自分で釣った魚でも食っとれ」
「何言ってるのだ!散々川を騒がせて、魚みんなもう逃げちゃったのだ。それに捕れたと言っても、
たったこれっぽっちじゃ、干して夕飯にも出来やしないのだ」
「あ〜もう!旅人の悲しいさがやな。なんでお前はいちいち日も高いうちから晩飯の心配しとんねん」
「旅人の常識なのだ!それに、翼宿もこれから旅をする上でこういう事はちゃんと習慣づけとくといいのだ」
「そんなんお前がしたらええやろが。生憎俺は家出はしても放浪癖はない!」
「あはは……!!」
「あ、こらっ!何がおかしいんじゃ」
ごめんなさい。と謝るものの、笑いは止まらない。
この人たちは一体どういう仲だというのだろう。仲が良いことにまず間違いはないが、
やりとりがまるで漫才のような絶妙さである。
「よかったのだ。元気になって」
「せや。あんな顔しとったら、その日一日中ええことなんて訪れんものやぞ」
「だ?翼宿、たまには良いコト言うのだ」
「……こら。それ、ぜんっぜん褒めとらんやろ」
「……でも、笑顔でいることはいいことなのだ」
「それ、お前が言うとむっちゃ説得力あるわ」
「なのだ♪」
「……あの」
小帆は井宿に遠慮がちに問うた。
「それ、失礼だけど、地顔?」
「ぶっ!?」
その質問に何故か吹き出したのは、小帆の対称席で魚に喰らいついていた翼宿だった。
「あー、ちゃうちゃう!こんないつもへらへらされててたまるかい」
「翼宿のが失礼なのだ……」
「はぁ……?」
「んなことより、小帆、お前はなんで栄陽の中になんぞおったんじゃ」
「え?」
「え?って、言われても、俺ら栄陽の近くの丘の上に小帆が現われるはずやって聞いてきたんやで?」
「あ、あぁ……」
確かに自分が気がついたのは、小高い丘の上だった。
そこから街が見えて、動いてしまったために彼らは、なるほど事前に彼女に会えずに慌てたというわけだ。
翼宿は小帆のその反応を見て、「はぁ……」と顔を伏せてしまった。
「動たんやな、そこから。道理で見つからんかったわけや」
「よく言うのだ。ほとんど探してたのはオイラで、翼宿は途中で昼寝してしまってたのだ」
「へっ。俺かて疲れとるんや。いきなりこんなことになってもうて……」
「あ、あなたたち、なんで私を探して……?私、翼宿さんたちに会ったの今日が初めてだよね?」
井宿がそれを聞いて、思い出したように言った。
「さて、そろそろ説明してあげないとなのだ」
「せやな。……にしても、お前そんなに遠慮がちに話しかけんでもええよ。気ぃ遣いすぎや。
俺のことも井宿も呼び捨てで構わんわ。そんなん緊張しとったらこの先もたんで、ほんまに」
「この世界に来た子にしては珍しく内気な子……なのだね」
「……ほっといてください」
「ははは。見かけ通り根性はしっかりしとるわ」
「どういう意味?それ」
「根が図太いっちゅうこっちゃ。せやろ?見たことない場所にいきなり来とって、普通怖くなるやろが。
まさか自分ひとりで栄陽に行っとったとはな〜」
言われて見れば、そうである。
勇気があったと、そう思ってもいいのだろうか。
「でも、図太いって何よ」
「お?怒った怒りおったで。……のをっ!?」
小帆は近くにあった手ごろな木の枝を手に取ると、無言で座っている翼宿の膝目掛けて投げた。
「……やれやれ、翼宿の一言多いのは死んでも治らないのだ」
「いてて……。あんな、井宿!俺らもう一度死んでんねんで?」
「じゃ、訂正するのだ。死んでも尚、翼宿の性格は治らないのだ」
「なんや、むかつくで。その言い方」
「え?死んで……って、え??」
今までのやりとりもなにやら妙だったが、今のは特別変だ。
それだけはわかった。
そういえば、目が覚めたときもどちらだったか、妙なことを口走っていたものだ。
そんな小帆の反応をわかりきっていたかのように、まず翼宿のほうから切り出した。
「ええか?これから俺らが言うこと、ようく聞いとけよ」
「……」
小帆が完全に聞く態勢になったのを見て取って、今度は井宿が。
「小帆ちゃん、オイラたちは本当は今ここにいるべき人間じゃないのだ。オイラたちはもう、
とっくに寿命を迎えてそれぞれの一生を終えているのだ」
一生を終えた。そこを強調されて、ますます小帆の眉間にしわが寄る。
そして、彼らは語った。
そう。今はじめて彼らに会った小帆にとっても、この世界を現在眺めているひとりの少年、光にとっても、
全く持って信じがたい。こと光に関しては、この巻物のことをわずかながらに知っていた分、余計にその不信感は募った。
それと同時に、彼らの言うことがことごとく的を得ているのも事実であり、不信感とは裏腹に諦めにも似た妙な信頼感を持った。
そして光は巻物の上で呟いた。
「お母さんの話は本当だった……本当だったんだ!」
彼らの話はこうだった。
この世界の年でおよそ五十年前、四神の最後の巫女が現われ、伝説は終わった。
と、ここまでは詳しい説明のもとに小帆にもわかるよう、彼らは話してくれた。
同時に、自分たちがその時、活躍した朱雀七星士の一員であり、今もその証がそれぞれの場所にあることも。
ただし、その時と明らかに違うところがあるのだという。それは、文字が普段は朱色に浮いており、
いざというとき黄に光るのだとか。
伝説の全ては終わりを告げ、最近では四十年前に起きた四神天地の書の最後の奇跡も、無事に読了したある意味巫女と呼ばれるべき者がいた。
そこで本当に四神天地の書は終わったはずであった。
なのに、自分たちは朱雀七星士としての戦いを終え、人としての一生も既に終えているはずだというのに、
魂となって以後、転生、つまり他の仲間のように生まれ変わることはしなかった。
ここで必死に混乱する頭を働かせていた小帆が、何故と聞いた。
数年前から、何かがこの世界に起こっていた。
だがそれは、最古の玄武の伝説より以前から確かにあったものなのだという。
人々の暗い部分が作り出した闇。
それはあまりに巨大で、あまりに小さい。
形はなく、ひとつ数える間に何度姿を変えてるか知れない。
だから、四神も見過ごしていた。
前に一度己の野望を成就させるため、それの利用を試みた天コウという、自らを神と名乗る人間がいた。
その時には朱雀の力が衰えていたために、闇の暴走を許してしまい窮地に立たされた。
それと同じことがまた、起ころうとしている。
幸い、当時はまだ世界には南方朱雀七星と、弱った朱雀によって逆に召喚される形となった巫女がいた。
しかし、今現在この世には長い間の泰平ですっかり戦う人間そのものがいないのである。
災厄の去った四神の世界が、それによって皮肉にも未来に戦う人間をなくすという結果を導いてしまった。
無論、争いなどなければ、それにこしたことはないのだが、世の中には例の荒くれのような奴らもいる。
戦いの世ならばまるで相手にされなかったであろう彼らが、なかなか平和の世では程よい風を受ける。
注意する者はあっても、自らの平和を崩してまで他人に介入するのは残念ながらまれだ。
自由奔放に振舞う彼らだが、事実彼ら自体も平和という長い安泰の世が必然的にもたらしたものだということを知らない。
さらにそれが無形の闇の利用を企む、あるいはそれそのものの自らを高めようとする意志であることも、
それを知っていればそもそもこの世はない。
問題はそれに抵抗する力がなくなったがために、こういうことになってしまったのだということだ。
翼宿曰く、今のここの人間は根性無しらしい。
敵がなんなのか……実は今の段階ではそれすらわかっていない。
ただ闇としかわからないが、何も感じずにいる奴らよりかはいくらかましだろう。
その根拠は実は四神たちが動き出したことにあった。
今回ばかりは、太一君のその神力も及ばぬところとなってしまっている。
思いのほか、闇が長い年月をかけて大きくなりすぎた。
それに気付かない人間たちは、今も尚その闇に力を注ぎ続けているのだ。
「どうせ今助けたって、おんなじようにまた闇が成長すんやろ。んで、また大きなって……なんや、むかつくわ」
翼宿が悪態をついても、何も変わらない。何に対して腹を立てているのか、闇ではなくこの世界の人間であることは言うまでもない。
しかし、かといってほうっておけば、今までおとなしくしていたその闇という力がどう働くかは明白。
なにより、四神がそろって動きを見せたのがその事の重大さを物語っている。
丁度井宿や翼宿が逝去したばかりの頃に世の中がこうなってしまっていたのも、ある意味運命と言えばそうだ。
魂となっていた彼らの前で太一君は、世界を見て悲嘆にくれていた。
四神が一体何をしようとしているのか、それすらわからないのだといわれたが、彼らは決断した。
再び、この世界に降り立つことを。
「……えっと、つまり。貴方たちはかつて朱雀の巫女に仕えたことのある戦士で、でもその戦いはもう終わってて、
この先もうずっと平和が続くはずだった。なのに、その平和自体があだになってまた闇を作った。
四人の神様が何か対策しようとしているけど、いても立ってもいられず、
自分たちもまた世界を助けるために前の姿で戦うことを決意した……そんな感じ?」
「……お前なぁ、人がせっかく長々わかるように説明してやったもんを、そうあっさり四行にまとめんなや」
それは裏を返せば、小帆がある程度理解を示したことに違いないのだが。
「まぁまぁ。翼宿。小帆ちゃんにちゃんとわかってもらえた証拠なのだし」
「まぁな。それとあともうひとつあの砂かけババが、なんや気になること言うとったな」
「太一君、今のきっと聞いてると思うのだ」
「砂かけババって言うたことか?あのババ地獄耳やからな〜」
しかし、翼宿はなにやら警戒する様子でまわりを見た。きっと悪寒を感じたのだろう。
変わりに井宿がその意志を継いだ。
「太一君、こんなことを言っていたのだ。四神たちは推測の域をでないが、おそらく多分、……黄龍を召喚しようとしてるんじゃないかと」
「黄……龍?」
気を取り直した翼宿が頷いた。
「せや。俺も知らんかったんやけど、“四方を統べる存在”とか言うとったな」
「はぁ……?つまり四人の神様の、神様?」
「多分そんなところだと思うのだ。四神はもう全て呼ばれてしまったし、なにより今回の敵が四神の手に負えないのだと思うのだ」
今はまだ目に見えないが、近々あちらのほうから奇襲同然にけしかけてくるのは、予想がついていた。
“闇”は十分に育っているのである。それこそ、天コウの時とは比べ物にならない程に。
ならば、確かにその天コウでさえ四神の神力で以って、やっとこさ封殺したのだから、
今回独自に彼らが開かれるはずのなかった伝説を開伝したのは、必然といえばそうだ。
「もしもその黄龍というのが召喚される。だとしたら、それはどういうことか。小帆ちゃんなら多分ここまでの話でわかると思うのだ」
「……え」
「新しい神が召喚されるには当然、新しい……」
小帆ははっとなった。
「新しい巫女が要る!!」
なるほど彼らが前の姿のままここにいるのも、そう考えればはじめから運命が働いていたのかも。
その意志さえもが全てこうなるべくして、彼らは最後の戦士として生き残った。
彼らのかつての朱文字が、今ではときに黄色く光るのも神色という点において納得がいく。
「多分、オイラたちは選ばれたのだと思うのだ。当然星も二つだけでは呼び出せないだろうから、
他に定めを背負った星がオイラたちのようにどこかにいるはずだと、太一君は言っていたのだ」
「まぁ、実際、太一君に会って前の姿のままいさせてくれって頼み行ったんは井宿やけど、俺は本当はこのまま転生したかったんやで?
でも、新しい巫女がまた来るってきいて、しかもまだほんの子供らしい言うから仕方なく来たったんや」
「翼宿はこう言ってるけど、本当は大極山の大鏡で君のこと見てて、心配で……」
「こらっ!余計なことは言わんでええ。……けど、心配やったんはほんとやで。でもそれは巫女としてやなく、
お前がとんだ子供やったからや。俺にとって巫女は美朱以外考えられん!」
「え……。え?」
「……何呆けてんねん。俺らはお前のために今ここにおるんやぞ?」
「あ、はぁ……。……ええぇぇっ!!??」
翼宿はその反応を見て、大きなため息をついた。
「あかん……。やっぱわかっとらんかったか。全く、人がどんな思いで決意したと思てんねん!!」
「仕方ないのだ。それにまだ、そうと決まったわけじゃないし」
「これだけ辻褄あっとって、間違いなわけないやろ!!」
「え、あ、あの……」
「そうとも限らないのだ。なにせ、あの太一君も自信はないといっていたのだし。だけど、小帆ちゃん…」
「はい……」
「一応自覚だけはしておいてほしいから、これだけははっきりさせとくのだ」
井宿の次の言葉を小帆は困惑しながらも心のどこかでは俟ちうけていた。
その言葉は、小帆にも。そして、巻物を読んでいる光にも大きな衝撃を与えるものだった。
「君は多分、5人目。さらなる伝説の新しい巫女として、この世界にやってきてしまったのだと思うのだ」
「四神天地の書、黄龍聖伝」という巻物にはこの部分に、ある一文が書かれていた。
“こうして異世界より出でし少女、黄龍の巫女の伝説は本格的に、そして唐突に始動を告げたのであった。”
そして、この先のさらなる文章が、光の表情を曇らせた。
“井宿、翼宿が闇と称した物。この時既に世界の精神面を支配したり。闇に侵されし者、組織を組み、光り輝く巫女を求めんと、
その悪心の集結を試みたり。支配級を制し者がひとり風の功翔、川辺に三人の姿を見たり。今まさに戦いははじまらんとす。”
(update;04.04.01)