いらっしゃいませ
Ver.13

2004/04/17

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御柱の絵手紙 感動をありがとう

 四月四日の夕方七時過ぎに、夫が雪の降る中、泥まみれになって帰ってきました。
 私達の地区では一番しんがりを努める前宮四の御柱を曳く事になっています。
御柱の山出し祭三日目の今日は「木落」と「川越し」が行われることになっていて、私も出かけようと思っていたのですが、朝からの雨で「私テレビで見てるから。」と止めてしまいました。でも夫は合羽を着て出かけていったのです。
昼頃から雨足が強くなって次第に雪に変わってきました。テレビ中継を見ながら雪で覆われてゆく

人波の中に、夫の姿を探し求め「風邪をひかなければよいが・・・」と思いつつ、私も感動を味わっていました・・・。
 震えながら着替えをする夫に「寒いのによく頑張ってきたね。」と言うと。「帰る人なんかいりゃしねえ。」と言います。「どんな状況でも御柱屋敷(五月の里引きまで御柱を置いて置くところ)まで引きつけようと皆んなの心が一致していた。」と言います。何百いや何千の皆さんが前四の御柱に掛ける思いを一つにしていたんだな・・・
夫は今まであまり燃え上がる様子がなかったのですが、今回は違いました。三日間出かけていって満喫したようでした。友人宛のメールで次のように書いています。



 私は今度の御柱三日間生まれて初めて御柱と行動をともにしました。
現役の頃は行きたいと思っても仕事に追われて休日出勤などしていて、木遣りの声など聞きながら悔しい思いをして旋盤と格闘していました。
最後の日も雪の中ふるえながら御柱屋敷に引きつけました。ライトアップされた御柱は雪の降る中人々の熱気で湯気を立ち上らせながら、御柱屋敷につきました。
その光景は幻想的で素晴らしいものでした。
たくさんの人達と達成感と感動を共有できたことと、
この光景を見て目頭が熱くなりました。
私たちの御柱を最後に山出し祭は閉じられましたが、
素晴らしい思い出になると思います。


夫もやはり諏訪の男だったんですね。
 お義兄さんが胆嚢炎の手術をして入院していましたので上社の山出し祭が終った次の日、お見舞いに行きました。「御柱に行ったか?」 「三日間よっくと行った。」 「そんねに行きゃあ今度の御柱見られるかわからねえぞ。」 ・・・?
私は焦って「まだまだ二回も三回も見てもらわなきゃ。」
六年に一度の祭りなんです。夫にそんなに早く死なれてたまるものですか。
 飯田育ちの私は、諏訪の皆さんの御柱への思い入れと、諏訪では御柱とともに齢を重ねていくんだな。と改めて感じました。





梅の花の絵手紙 ほんのりほんのり春の香り












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