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飯田線 秘境駅探訪 第1回

飯田線とは?(飯田線の紹介はこちら)

(01年10月28日の旅)

断崖絶壁の駅・田本

断崖絶壁の駅・田本

 短いトンネルを抜け、田本駅に到着した。もちろん、降車するのは私一人。車掌に頭を下げて、電車が発車するのを見送る。電車が去ったホームで改めてこの駅を見回す。これは聞きしに勝るすごい駅である。何もない、というよりも、よくこんなところに駅を作ったものだとあきれてしまうほど、ほんのわずかのスペースに申し訳程度にホームがあるのだ。

 駅からは一本道がつながっているが、ホームを抜けるとすぐに急な階段になっており、トンネル入り口の真上を抜けると、その先は二手に分かれる。右に折れると天竜川に下れる。左の上りが集落へと向かう道のようである。ただし、舗装こそされているもののかなり急な勾配を上っていかなければならないようだ。雨も降っているし、そんな体力も気力も時間もないので、すぐさま駅に引き返すことにする。階段の手すりにかかっていたトラロープが、この駅のすごさを物語っているような感じがした。

 さて、駅そのものは点字ブロック工事が施されたせいもあってか、比較的きれいであった。待合所も整理されている。この駅にはその名も「ゼッペキノート」と呼ばれる駅ノートがあった。見ると、全国各地からやってきた物好き?な連中が思い思いにペンを取っている。「秘境駅」の著者の記述も垣間見ることができる。せっかくなので私も一筆したためてきた。書き出しは「とにかくすごい」であった。

 このほか、待合所には料金表と時刻表が展示され、次の金野へ向かうための参考になった。ちなみにこの駅では天竜峡−水窪の全駅までの料金が記されていたが、唯一小和田だけが無視されていた。一般の利用者は皆無だろうが、マニアは案外この区間を乗っている人も多いだろうから、記載してやってもいいのではとも思う。少なくとも田本から東京や名古屋、大阪へ行く人よりも多いのではなかろうか。

 待合所で朝食とする。前日、仕入れておいたパンをかじりながら駅ノートをながめる。待合所内にはなぜか女性週刊誌が山積みされていたが、定期的に届けている人がいるのであろう。なんでもこの週刊誌を読むために、わざわざ田本駅にやってくる婦人がいるらしい。真偽のほどは定かではないが。この駅にはゴミ箱らしいものが見当たらなかったが、ゴミも落ちてはいなかった。一般の利用者が皆無なのでゴミも出ないだろうし、マニアはゴミの持ち帰りを徹底している。私も自分が食って、飲んだゴミをしっかり持っていくことにした。

 しかし、駅にいるのに、聞こえるのが川のせせらぎと鳥のさえずりだけという環境は改めてすごいと思う。これはあとで確認したのだが、この田本駅の線路の脇は一気に下まで落ち込んでいて、車窓から真下に天竜川が見られるというすさまじさである。ホーム上方の断崖はかなり高く、コンクリート用壁の一部に大きな岩が突き出ているところがまたまたすさまじい。とにもかくにも、駅の立地条件のなかでは全国でも指折りの難所にあると断言できるだろう。

 こんな駅であっても、私が滞在していた約1時間の間に停車列車1本と通過列車1本がそれぞれあった。だからこそ、田本駅は秘境駅にもかかわらず気軽にやってくることができるのだ。駅の全景を通過列車をまじえて撮影しているとき、列車の風圧で落ち葉がパッと舞った。なんとも表現できない、いい光景であった。

 最後に駅ノートから、60歳代の男性が記した書き込みに触れたい。この人によると、かつては多くの人たちがこの駅を利用していたそうだ。しかし車の普及や周辺の過疎化に伴って利用者はどんどん減ってしまったようだ。確かにあの山道を日常、上り下りしながら駅を利用しようという人が、この現代にどれほどいようかというところである。逆に言えば、田本駅を毎日利用するだけでどんな陸上トレーニングよりも効果的ではないかとも考えられる。

(つづく)
次は金野駅へ行きます