閲覧室1 閲覧室2 図書室
Wohltemperierte Clavier I-8
平均律クラヴィーア曲集1巻より第8番嬰ニ短調(変ホ短調)
BWV853-2


平均律クラヴィーアといえば、バッハの鍵盤作品としては
おそらく組曲と並んでよく知られている曲集でしょう。
バッハの鍵盤作品を学ぶ者が必ず通る道といっても過言ではありません。

曲集に含まれる作品は全て前奏曲とフーガの形となっており、
曲ごとにさまざまな作風が展開されます。
「フーガの技法」と一線を画しているのは、
前奏曲の存在もさることながら、そのさまざまな作風の創出が
1つの着眼点となっているように見受けられることでしょう。
もちろん「フーガの技法」にも種々の曲調はありますが、
教育的内容が表出した作品であることは言うまでもありません。

とはいえ平均律クラヴィーア曲集にも教育的要素が見受けられます。
曲によってはストレット、反行、拡大・縮小、二重対位法などといった
「フーガの技法」にも示される作曲手法が用いられており、
中にはその作曲手法そのものを示すことも
目的ではないかと思われる作品があるのです。

ここで紹介する1巻の第8番はまさにそうした作品です。
シンフォニアの5番に似たカンタービレ風の前奏曲とは打って変わって、
フーガにはさまざまな作曲手法が満ち溢れています。

曲は次のような主題で始まります。



また曲はおおよそ下表のような部分からなります。

内容
小節
第1部分 各声部に主題呈示
1-18
第2部分 主題ないし変形主題のストレット
19-29
第3部分 各声部に主題の反行形呈示
30-43
第4部分 反行主題ないし変形反行主題のストレット
44-51
第5部分 主題断片による三声部のストレット
52-60
第6部分 主題と拡大主題のストレット
61-76
第7部分 主題、変形主題、拡大主題のストレット 77-87

上の表に示しただけでも十分にさまざまな手法を用いているのですが、
個々の主題呈示を比較してみるとさらに手の込んだ手法が見えてきます。
例えば第2部分と第4部分の変形主題がらみのストレット。





この2つを比較すると、Contrapunctus6と同様に、
組み合わせられた2つの主題が上下転回されていることがわかります。
つまり転回対位法が用いられているのではないかと考えられます。

また第6部分の拡大主題を伴うストレット。





61小節〜では下声の拡大主題が5度下から始まり、
67小節〜では上声の拡大主題が8度上から始まっています。
すなわち2つの主題が12度の二重対位法で入れ替えられているのです。

そのほか19-23小節では上2声部がカノン風に展開したり、
52-53小節の三声部のストレットが54-55小節では反行形で示されたりと、
まるでこの1曲で「フーガの技法」であるかのような充実振りです。

この曲からわかるように、バッハは1720年代にはすでに
「フーガの技法」で示しているような作曲手法を心得ていたのです。
それをこの平均律クラヴィーア曲集の幾つかのフーガの中で、
さまざまな形で披露しているわけですが、
そこですでに用いている手法を、改めて「フーガの技法」という形で
まとめなおすからには、それなりのきっかけがあったのだと思われます。

閲覧室1 閲覧室2 図書室