モーセは、小家畜の群れを荒野の奥に
導いて、神の山ホレブへとやって来た。
ヤハウェの使いが、茨(いばら)の灌木
の中から、彼の方に向かって、火の炎に
つつまれて顕れた。モーセが見ると、み
よ、茨の灌木が火で燃えていた。しかし
その茨の灌木が焼き尽くされることはな
かった。モーセは思った。「(道を)そ
れて進んでみよう、そしてこの大いなる
現象を見よう。なぜ、この茨の灌木は燃
え尽きないのだろう」。

ヤハウェは、モーセが見るために[
]それたのを見て、神は茨の灌木の真
ん中から彼に呼びかけて言った、「モー
セ、モーセ」。モーセは言った、「はい、
ここにおります」。彼は言った、「ここ
に近づくな。足から革草履を脱げ。あな
たが立っているところは聖なる大地なの
だから」。そして彼は言った、「わたし
は、あなたの先祖の神、アブラハムの神、
イサクの神、ヤコブの神である」。モー
セは顔を隠した。神をみることを畏れた
からである。

『旧約聖書U 出エジプト記 レビ記』   木幡藤子・山我哲雄、岩波書店 2000

ところで最近NHKで「ピカソとジャクリーヌ」という番組が放送されました。

なんとこのSt. Victoire登山口の近くにピカソが後世住んだヴォーヴナルグVauvenargues)城があるというのです。Googleで地図検索するとなるほど出てきました。

ピカソは南仏ヴァロリス(Valauris)の陶器工房で働いていたジャクリーヌ・ロックと1954年(73歳で)共同生活を始め、1961年(81歳で)結婚し、死ぬまでこのお城で生活しました。

画像

Cezanne' Studio内部の360o画像

 「燃える茨」というのは
旧約聖書の冒頭「出エジプ
ト記」に出てくる逸話です
ね。エジプトで奴隷として
働かされていたイスラエル
人の酋長モーゼの前に神が
現われるのです。神は「燃
える茨」として出現し、モ
ーゼに「イスラエル人が乳
と蜜の流れる地に帰る時期
が来た」と言って魔法の杖
を授けるのです。男だけ数
えても
60万人もの大量のイ
スラエル人が
430年のエジ
プト・ゴシェン滞在を終え
て帰ることとなるのです。

画像:先生と同じ名前のJacqueline。ピカソの描くJacqueline Rochehttp://blog.livedoor.jp/asongotoh/archives/51280539.html

昔、学生時代に、関西日仏学院で
フランス語を勉強しようとして、受
講料を支払って
出席してみたら、若
い美人のフランス女性が出てきて、
(当然のことなのでしょうが)
流暢
なフランス語でまくしたてられて、
たった一日で退散したことがあって、
フラン
ス語は私にとっての鬼門とな
っていたのです。

つまり、私の教養には「穴」があ
った、ということなのですが。

画像http://4travel.jp/traveler/amss/album/10032549/

Aix en Provence

                    2009/09/11
(滞在は2000/January through June)

富士山のうつくしい姿ですね。横浜在住のNさんが絵はがきを送ってくださいました。今年はご主人と一緒に二回も登山されたそうです。とてもお元気ですね。

思い返せば、私も60歳のころは気力も体力も充実していて、暇な毎日をもてあまし、なにか楽しいことはないかなあ、と考えて、積年の思いを晴らすためにあることを実行したのです。

  なんだと思いますか。

画像:Le Reve (The Dream)http://labaq.com/archives/51119609.html

パリのピカソ美術館が改装中のため、コレクション
されているピカソ作品は今世界中をまわっていますが、
ピカソが約2年程過ごし、また「彼は私のただひとり
の師であった」とピカソが語るセザンヌの故郷である
エクスで、その作品を鑑賞できるのは、またとない幸
運・・・らしいのですが、こうして
グラネ美術館でピ
カソ展が開かれており、これに併せて、ヴォーヴナル
Vauvenargues)城が927日まで特別公開されてい
るのです。

画像:Microsoft Corp.

画像:http://miaousagi.exblog.jp/i2/

だから、エクスに住む私達はせめてものことに、白い石灰岩のごつごつしたサン・ヴィクトワールに足で登り好奇心を満足させるのです。登山口は北側にあります。南側は御覧のように絶壁なのです。

写真:

彼が描いたほれぼれするようなSt. Victoireですが、実はセザンヌの作品は市内のグラネ美術館にある数点の水彩画しか鑑賞できる作品はありません。それもとても貧弱な作品です。フランスという国は全てがパリ集中方式なのですから、主要な作品はオルセーに行かなければならないのです。

画像:http://blogs.yahoo.co.jp/kiichigobatake52/41698713.htmlPhiladelphia Museum of Art

その他のSt. Victoire画像

画像

画像

画題:ニコラ・フロマン 
     『燃える柴の祭壇画』

            1476
年完成
   
  エクス=アン=プロヴァンス
     サン=ソヴール大聖堂

          
 西野嘉章『十五世紀プロヴァ
      ンス絵画研究』
 
           
岩波書店、1994

画像:

画像:http://ykharuka.s113.xrea.com/
provence-08/provence-102.html

教会の南側、写真の右手が古
い部分で、洗礼浴盤、回廊な
どが案内人の同伴で見学可能。

教会の道路を隔てて真正面に
エクス大学法学部がある。セ
ザンヌが法学学士号を取得し
た場所。

そこで遠路はるばる出かけたAix-en-Provenceなのですが、学校はオンボロだけれど、周囲が素晴らしい環境でしたね。

学校のすぐ前が西暦400年頃に設立されたサン・ソブール教会で、ニコラ・フロマンの傑作「燃ゆる茨」(the Burning bush)が毎週木曜日の午後2時に拝観できる。この絵がAix En Provenceに現存する唯一の美術品なのです。

画像:エクサンプロバンス市役所。学校はもう少し奥にあります。http://ryokosomething.seesaa.net/archives/200804-1.html

自分の娘よりも若い18歳から20歳くらいの若い女性が大部分のクラスで、主任の先生もジャクリーヌという名前の若い美人女性でした。Jacqueline

自分で申すのもなんですが、私
60歳でフランス語の語学留学を
したのです。

  場所は南仏のエクサンプロバン
。エクサンプロバンス大学の語
学研修所に半年間留学
したのです。

行きたいですね。誰か一緒に行ってくださる方はいないでしょうか?


では皆様ご機嫌よう。

2009911作成)

画像:http://www.blog.s-woman.net/spurluxe
_madame/travel/index.html

しかし現実的には、エクサンプロバンスと言えば、なんといってもセザンヌなのですね。市内の山手に彼のアトリエが残っています。
Atelier Cezanne