ヴァーチャル・ワールド
(Virtual World)
への旅行

        2009/05/11〜16

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 心房細動を止める手術というのはCatheter Ablationカテーテル・アブレ−ション)といって、右股の付け根からカテーテルを差し込み、静脈沿いに心臓の中、右心房へ到達させ、心房間の膜を押し開いて、左心房にカテーテルをいれるのです。カテーテルの先には高周波発生器が仕込まれていて、高周波の熱で雑音発生箇所をピンポイントで焼いていくのです。超小型の「チン」ですね。

Max Klinger, Leipzig

今回は趣向を変えて仮想世界への旅行です。

私が自分で体験したのではなくて、他人が私の身体を借りてヴァーチャル・ワールドの探検をしたのです。

これには私もびっくり。腰を抜かしました。

 あまりお勧めできませんが、国民総員漫画好きの時代にふさわしい医学旅行でした。


 では皆様ご機嫌よう。

そういうわけで今回の仮想旅行は終了しました。

なに、費用はどうだって? 欧州旅行の五割増というところでしょうか。でも健康保険がありますから、台湾旅行程度の重さのようです。

目が覚めたらもう手術はとっくに終わっていました。手術途中で心房細動も不整脈も消えてしまったが、可能性のある「悪」のすみかはすべて焼いてしまいましたからこれで当分は安心して下さい、だと。

「正義の戦士」は「悪」に打ち勝ったのです。まるきり漫画チックですね。

いやそれでも心配だから、言いましたよ。「先生は診察室ではクールな顔をしておられるのに、手術室の中では鬼のような顔になりますね!」 F先生は頭脳明晰だから、すぐ私の精神状態を察して、若干多すぎる量の睡眠薬を入れてくださいましたので、それからあとのことは知りません。

 つまり、現代では執刀する担当医は、手に高周波「チン」を握り、コンピューター上に映し出される仮想空間のなかで「悪」と戦う「正義の戦士」の役割を担っているのです。

 私はそんなこととは知りませんから、カテーテルが差し込まれた段階で質問しました。「先生、内臓には神経があるんでしょうか?」先生の答えは「ありません。ですからなにをしても痛いことはありません」

 私が手術室へ入ってびっくりしたのは、手術室の中はコンピューターだらけで、なんと私の心臓が赤、青、黄色などの色分けをしてフルハイビジョン状態で映っているではありませんか。超音波検査の黒白エコー画像などとは比較にもならない精密度です。

 あとで実習の学部生に聞いたら、「あんなもので驚いたらいけませんよ。実際にはあの心臓が脈拍と同期して収縮膨張し、外部ばかりでなく内部も写しだし、挿入したカテーテルの位置も映し出され、しかもあらゆる角度から観察できるように画像が回転するのです」という。

 心臓という器官は、身体に酸素を含んだ血液を循環させる働きがあるのですが、そのために心臓は間欠的に強く収縮するのです。このときに心筋を収縮させるのは、右心房上部に取り付けられている電気パルス発生器なのです。ところが歳をとってくると、心筋が雑音を拾うようになる。この雑音は主として左心房に四個ある肺静脈の付け根から発生しているのです。肺静脈というのは、肺からの酸素濃度の濃い血液の流入血管なのです。

 そこで急遽入院して手術を受けることにしたのです。家族のなかには「心臓に針を刺したら死ぬぞ」と脅すひともいたのですが、慶応病院を調べたら、慶応病院でも常態的な手術になっているとのことで決心が漸くつきました。

 幸い症状は限定的で、普段は「不整脈」という状態だったので、ワーファリンという薬で脳梗塞が起こらぬようにおさえつけていたのですが、この3月に過酷な米国旅行をしたことが原因で症状が急激に悪化してしまいました。常時「心房細動」という状態になってしまったのです。

頂上に辿り着いた私は大汗をかき、顔色も青く、よろよろと幽霊のようでした。金沢に帰って医者に診てもらったら、「心房細動」という見立てでした。例の長島茂雄監督のあれですよ。まかり間違うと脳梗塞になる「あれ」。

この御在所岳は標高差が800mもあって、険しく、かなりきついのです。私は温泉客と共にロープウエイで登ればよかったのですが、登山服を着てこられたH女史のお供ということになれば、足で歩いて登らざるを得ません。

話の発端は今から三年前、五月八日に、名古屋に在住されているH女史のお供をして湯ノ山の御在所岳へ登ったのがきっかけだったのですが、Hさんはまだそのときのことを覚えておられるでしょうか?