9. フランスの哲学者ジュフロア 

『宗教的経験の諸相』上 P266


「私は十二月のあの夜をけっして忘れないであろう、」とジュフロアは書いている、「その夜、私自身の不信を私自身の目から隠していたベールが引き裂かれたのであった。私には今でも、寝につく時がきてから後も長いあいだ行きつ戻りつするのを習慣としていたあの狭い、飾り物のない部屋のなかを歩く自分の足音が聞こえてくる。私には今でも、半ば雲におおわれていた月がときどき冷たい窓ガラスを照らしていたのが見える。夜の時間は流れて行ったが、私はその時間の経つのに気づかなかった。不安の思いで私は私の思いを辿っていった。私の思いが、一段一段と私の意識の底へと向かって降りていって、それまで意識の屈曲を私の視野から遮っていたすべての幻想を一つ一つ消散させ、そうして、意識の深みを刻一刻とより明瞭に見えるようにしてゆくさまを追っていった。


「遭難した水夫が船の破片にしがみつくように、私はこれら最後の信仰にしがみついたが、無駄であった。浮かび出ようとしている未知の空虚におびえながら、私はこれら最後の信仰をもって、私の少年時代を、私の家族を、私の故国を、私にとってなつかしく神聖なすべてのものを顧(かえり)みたが、無益であった。――私の思いの曲げようのない流れはあまりにも強力であった――両親も家族も記憶も信仰も、そのすべてを、私の思いは流れゆくままにさせた。探究はその終わりに近づくにつれてますます頑強に、そして厳しくなった、そしてついに終点に達するまで停止しなかった。そうして私は、私の心の奥底にはまっすぐに立っているものが一つもないことを知った。


「それはおそろしい瞬間であった。明け方、疲れ切って私がベッドの上に身を投げたとき、私はあれほど微笑ましくあれほど充実していた私の今までの生活が、ちょうど火の消えるように消え、そして私の前には、別の陰気で住む人のない生活が開かれ、そこで私が、将来、ただひとりぽっちで、私をここまで追いやってしまった私の宿命的な思想、そして私が呪いたくなるような私の宿命的な思想だけを相手にして、生きなければならないのだと感じた。この発見のあとに続いた幾日かは、私の生涯でもっとも悲しい日々であった。」(1)

(1) Th. Jouffroy : Nouveaux Melanges philosophiques, 2me edition, p. 83.

B の 前 兆 現 象 の 例 (3)

7. ジョン・バニヤン 

『宗教的経験の諸相』上 P240


「私には、自分が重荷であり、恐怖であった。あの頃ほど、私が生きることに倦み疲れるということがどういうことなのかを知らなかったことはない、それだのに、私は死ぬことを恐れたのである。私自身のほかなら、何になっても、どんなに私は喜んだことだろう! 人間以外のものなら何になっても! 私自身の境遇以外の境遇ならどんな境遇になっても!(1)

(1) Grace abounding to the Chief of Sinners. 私は散見される章句をつないで引用した。

ジョン・バニヤン

8. 福音伝道者ヘンリ・アリーン 

『宗教的経験の諸相』上 P241


・・・・百年以前にノヴァ・スコシアで活動した敬虔な福音伝道者ヘンリ・アリーンの経験の結末についても述べるつもりであるが、彼は、その経験の発端となった宗教的憂鬱が高潮した時のことを次のように生々と描いている。その型はバニヤンと異なっていない。


「私の見る一切のものが、私には重荷のように見えた。大地は、私には呪われているように思えた。すべての樹木、草木、岩、岡、谷は、呪いの重みに押しひしがれて、悲しみと呻きとを纏(まと)っているように見えたし、また、私のまわりの一切のものが、私を破滅させようと共謀しているように思われた。・・・・・この地上のあらゆるものが空しくうつろであることを深く感じたのであった。朝、目がさめたとき、私がまず考えることは、おお、私の不幸な魂よ、私は何をすればよいだろう、私はどこへ行けばいいのだろう、ということだった。そして、床につくと、朝にならぬうちに、おそらく私は地獄へ行っているだろう、というのが常であった。私は幾度となく、羨望の眼で獣たちを眺め、獣になって、失う魂をもたない身になりたいものだ、と心から願ったものだった。そして、頭の上を鳥が飛んでいるのを見たりすると、ああ、この危険と災厄から飛び去れたらいいのに!もし自分が鳥であったなら、ああ、どんなに自分は幸福だろうに!と心の内でしばしば考えたものであった。(1)

(1) The Life and Journal of the Rev.Mr. Henry Alline, Boston, 1806, pp. 25, 26.

私がこの書物を知ったのは、私の同僚ベンジャミン・ランド博士のお蔭である。

http://www.biographi.ca/EN/ShowBio.asp?BioId=35853&query=alline