高 井 鴻 山 漢 詩 選 集 (3)

P178
妖怪

画像:『高井鴻山妖怪画集』小布施町 1999

画像:『高井鴻山妖怪画集』小布施町 1999

豈唯天災又地災のみならんや
(あにただてんさいまたちさいのみならんや)

すべてが崩壊するということは、単に天災とか地災の場合に限ったことではないのだ。

一時吾また崩摧するを怕る
(いちじわれまたほうさいするをおそる)

そのときがくると、わたしは自分が自分自身のなかに住む化け物によって瓦解・崩壊させられると感じ、パニックに陥る。

誰か三尺華陽の剣を提げて
(だれかさんじゃくかようのけんをひっさげて)

わたしはそのとき、絶叫して助けを求める。誰でもよいから明の顔日愉が使ったという三尺の長さの無敵の華陽剣を使って、

快く乖龍の左耳を割り来る
(はやくかいりゅうのひだりみみをわりきたる)

早く早く即座に、あの化け物の左耳を断ち切ってくれ、と絶叫する。

鴻山は白状する。あのときがきたら、私に私自身を防衛
する力はもう残っていない。何者かが私の足を引っ張って
奈落の底へ引きずり込む。この世のものとは思われないひ
どい戦慄と恐怖感がある。必死になって助けを求めるが、
誰も助けには来てはくれない。すべての枠組が消える状態
なのだが、これがなにか、何を意味しているかわからない。
なんと表現してよいかわからない。ひどい恐怖感がある。
従って、題に名前のつけようもない。

筆を走らせに塗抹すれば
(ふでをはしらせみだりにとまつすれば)

その精神状態を表現しようとして、筆を使って、
勝手気ままに塗ったりなで擦ったりしていると

現れ来り百鬼の奇
(あらわれきたりひゃっきのき)

紙面に現われてくるのは奇怪な多数の鬼どもだ。

人は云う是れ何物ぞと
(ひとはいうこれなにものぞと)

皆はこれいったい何?と尋ねるのだが、

予もまた之を知らず
(われもまたこれをしらず)

実は自分もこれらの鬼の正体を知らないのだ。

では、いったい何が問題なのか?

B onlyのタイプの人たちは、落ち込みの際
に感じる戦慄と非常な恐怖感、そして落ち込
んだときに見せられる奇怪な世界、について
具体的なイメージを持つにいたるが、一般的
にその正体が何であるのか、なぜそのような
奇怪があらわれるのか、その理由を知るにい
たらない。

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失題