金  沢  短  信  (5)

                     2015/02/15

 それに東京は人が多すぎる。電車に乗ると、皆が皆、生活に追い回され疲れ切った表情をしている。余裕がなくて落ち着かない雰囲気なのだ。それにくらべると金沢は、町中老人だらけだが、ひっそりと自分の生活空間をもち、それを楽しんでいる雰囲気がある。

 私だって今回の旅行がなければ、朝早くに起きて簡単な食事をしてから、好きな読書をしているはずだ。本は買わないで、すべて図書館から借りてくる。

写真:松風閣庭園、本多邸跡

写真:松風閣庭園、本多邸跡。建物は陶芸工房

昔、大学時代に、下宿の直ぐ近く、大学の正門の前にナカニシ屋という本屋があって、私は暇さえあれば、この本屋で立ち読みをした。はじめての洋書を買ったのもこの本屋だ。”My Secret Life”という性生活の告白本で、これがとても楽しかった。英語の単語なぞ知らなくても書かれていることが読めるのであった。これがやみつきになり、次に”Godfather” Mario Puzoをペーパーバックで買った。これも信じられないほど楽しかった。ほとんど辞書なしで読み切った。私はいまでもこのGodfatherが洋書のなかでは最高の傑作であるとかたく信じている。残念なことにこの「Godfather」はいまや金沢の図書館にはどこにもみあたらない。

 だから東京に出なくてはならないのだが、東京に出かけることが楽しみかと問われれば、「ノー」と答えなければならない。ある人が「東京はきらいなのですか?」と聞いたことがあったが、「そうです。東京は嫌いです」と答えた。

 明日は東京に出る日だ。

 新しい本の出版につき打合せを行うことになっている。過去三冊の本を出版したのだが、そのうち二冊を出版してくれた会社との打合せなのだ。

 といっても大げさなことではない。大橋さんは私の蓼科の家の隣に別荘をもっておられた方で、話のついでにお願いしてみたら、「お安いご用」とこころよくひきうけて下さった。

 五年前に大橋さんに作っていただいた本を一冊、東京のM善という本屋に見せたら、「紙質も装丁も最高級です」という評価をしてくださった。だから今回もなんとしても大橋さんにひきうけていただかなくてはならない、と思っている。

 最近100円ショップで切り餅をチンするための調理器具を見つけてきた。切り餅一個をプラスチック容器にいれ、水で満たしてチンすると、1分間で見事に柔らかい餅が出来上がる。これをカップヌードルに加えて食すれば、老人にはちょうど良い食事になる。

 わたしには秘密の目的があって、洋書をじっくりと読みつづければ、英語の言い回しを修得することができ、近い将来きっと英語で論文が書けるようになる、と考えているのだ。だから、この目的が達成されるまで、この隠遁読書生活を続けていく積りだ。

 ところが、その後の私の社会生活ではじっくりと洋書を読む時間がほとんどなかった。昔、デュッセルドルフに駐在していたころ、ロンドンに出張するたびにヒースローの本屋で英語本を買ったが、この頃をのぞいては洋書にはとんと御無沙汰していた。

画像:現在販売されているペーパーバック

 いまや私は引退して年金生活者になった。時間はたっぷりとある。が、金はほとんどない。だから、最高の楽しみは家に引き籠もって図書館から借りてきた洋書を読むことである。昔のように5,6時間も連続して読み続けるわけにはいかないが、一時間くらいならなんとか読み続けられる。睡魔が襲うが、そのときは睡魔に身をゆだねて一時間ばかり寝る。目がさめたらまた読むのだ。

 かといって、ひきこもってばかりいると健康に悪いので、朝の10時ころに散歩に出る。2ないし3時間、外を歩きつづけて戻ってくる。

写真:松風閣庭園、本多邸跡

 なにしろ私は年金生活者なのだ。必要に迫られてケチケチ生活を強いられているから、汽車賃が負担だ。世間では東京・金沢間に新幹線が開業すると賑やかに宣伝しているが、年金生活者にはこれは逆効果だ。新幹線によって旅行代が一段と高くなるからだ。年金生活者にとって時間はいくらでもあるから、スピードが速い必要はなにもない。私は今回は従来の特急(プラス新潟新幹線)で行くことにして割引き老人切符を買ったが、それでも往復2万円もした。2万円もあれば、10日分の食費がまかなえる。この次は、便利さはさてどうか知らないが、夜行バスの利用を検討しなければならない。

写真:本多庭園

写真:成巽閣

 では皆様、ご機嫌よう。