はじめてこの宿に泊まったのですけれど、面白い宿ですね。日本にも、世界にもこんな奇妙な温泉宿はほかにない、とおもいます。敷地の真ん中に蒸気の噴出口があって、巨大な蒸気溜がしつらえてあり、地中から吹き出す高温の水蒸気を溜め、それでも溜めきれぬ余剰の水蒸気が鉄パイプの先から噴出している。それもものすごい勢いで噴出している。蒸気溜のまわりに「地獄蒸し釜」(動画)が七個設えてあり、熱湯釜が一つある。ここで皆自炊をする。材料は近くのスーパーや裏手お隣の食料品店で購入する。

鉄 輪(かんなわ) 温 泉 (1)

               2013/10/3111/06

 一口に別府温泉といいますけれど、一週間もここで湯治をするといろいろなことがわかってきます。

 別府市を走っているバスはほとんどが鉄輪を通ります。鉄輪が別府温泉の中心なのだ、ということが交通面から実感できます。だから、鉄輪に住むということはとても便利なのです。別府駅にでるのも、明礬温泉に登るのも、あるいは海のほうに出て美術館や海浜砂場(砂蒸し)にでるのも、ついでに港に立ち寄るのも、すべて鉄輪バスセンターからバス一本で到達可能です。

 イラン旅行のさいに罹っていた病気の回復が遅れ、気力が萎えてしまった。10月末になって、病気が帯状疱疹だとわかったが、体調は回復しないので、思い切って転地療法を行うことにし、別府温泉まで湯治の旅に行ってきました。パソコンももたずに手ぶらで行ったのです。

 宿は、かねてから気になっていた鉄輪では人気宿の双葉荘です。有名な鉄輪でも地獄原(じごくばる)という恐ろしい名前の場所にあります。食事は蒸気釜で自炊(地獄釜による「地獄蒸し」)、寝床は万年床で、あたかも大学時代の下宿生活。誰もかまってくれないから、なにをしていても自由、というので湯治には最適だと考えたのです。いまどきこんなに自由な旅館は日本にはどこを探してもありませんよ。しいて言えば、まだ行ったことがないけれど、岩手県の夏油温泉くらいではないかなあ。夏油温泉は11月初めになると道路が閉鎖になるから、結局この時期は、双葉荘しか使えないのだ。

 調理時間は看板に書いてある通りなのですが、野菜だけの場合はせいぜい5分も蒸せば、とろとろの見事な状態に蒸し上がる。私はこんなに美味しく炊きあがる調理法を経験したことがありません。とてもおいしくて野菜の甘みが滲み出しているのです。野菜の無水調理法というのがありますね。まだ私自身はやったことがないですけれど、これに匹敵するというか、私の経験では石川県大聖寺の鴨料理屋「幡亭(ばんてい)」で食べさせてくれる野菜の甘さに匹敵しています。なんという美味しい調理法でしょう。感心しました。

写真:地熱の所為だろう。11月だというのに朝顔が咲く。

画像:双葉荘

写真:町中いたるところで吹き上がる噴煙。

 お魚はちょっと時間がかかるけれど(20分くらい)これもひじょうに美味しく炊きあがります。ポン酢に七味を振り、さっと浸ければ一流料理店の出来映えになります。

 あまりに簡単な料理法で、しかもあまりに結果が上々なので腰をぬかしました。

 帰ってから家で圧力鍋による蒸気蒸しを試しましたけれど、鉄輪の味には及びもつきませんでした。

 新幹線で旅行をして、到着したその日と翌日は、布団のなかに倒れ込み熟睡しました。17時間ほど寝続けたのではないかなあ。これまで肉体的精神的疲労が蓄積していたのでしょう。この宿を選んで正解でした。蓼科と較べると南方で暖かいし、地熱もあって、おもわず気もゆるむほど、暖かいのです。

 この双葉荘というのは温泉好きの間ではかなり有名な湯治宿なのですが、到着した日には二、三人の客しかおらず、本館には私一人でした。

写真:別府市鉄輪地域の遠望200911月撮影)