緋色窯日記に記載した山の写真の一部をまとめてみた。 |
登山1 |
2023年山の写真が見つかりましたので、追加しました。 |
私が大好きな「合唱組曲 山に祈る」 詩 作曲 清水修 東京フィルハーモニー交響楽団 (合唱)二期会合唱団 山の歌 山よ お前の ふところは 山の男のふるさとよ うれしい時は山へ行く さびしくなれば尾根歩き 山よ お前は 愉しそう ピークで叫ぶヤッホーを 忘れずすぐにこだまして 山の仲間と呼びかわす 山よ お前は もの言わぬ けれど代わりに僕たちが 明日はいよいよアタックと ヒュッテの便りしておこう 山よ お前が 隠しても 歯をむくようなガレ場なら それがお前のしぶい顔 雪崩が残した爪の跡 山よ お前の きびしさは 霧と雨との捲き返し 風と吹雪のうなり声 おそう白魔の大雪崩 山よ お前の ほほえみは 谷の流れのささやきと こずえで歌う鳥の唄 お花畑の花の色 山よ お前よ さようなら たき火の煙 消えないで 林をぬけて頂上へ 別れの言葉 告げてくれ 山よ お前よ いつまでも ぼくはお前を忘れまい お前もぼくを忘れずに お前もぼくを忘れずに |
白駒の池キャンプ | 昭和43,5.1〜2 | ||||
一日目 渋の湯ー高見石ー白駒池(キャンプ) 二日目 白駒池ー麦草峠ー渋の湯 雪が深くズブズブと体が沈む。
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朗読 加藤道子 --誠!誠! 母さんの手のひらにしっかりと握っているのは、いつもお前が山へ持ってゆくお前の手帳です。お前の手垢で汚れ、お前の体臭がしみこみ、アルプスの雪にぬれてぼろぼろになったお前の手帳です。右肩上がりの、少しばかり乱暴な字。 間奏 --あれからもう一年経ちました。あの日、庭の梅の花が咲いて、春を告げていました。あと二日経てば、お前が山から帰ってくるはずなので、母さんは、お前の机の花びんに挿しておこうと、梅の一枝を折とっていました。お前の可愛がっていたコロ、お前に一番なついていたコロは母さんの足元でじゃれていました。 その時です。忘れもしません。ほんとうにその時でした。一通の電報が、母さんを地獄の底へ突き落としてしまいました。手にした梅の枝をとり落としたのにも気付かなかったのです。母さんの心の中のものを、何もかも一どきに変えてしまったのです。 遭難。お前が山で遭難したのです。 間奏 --(手帳を読む) 三月二日、十八時新宿駅集合。外の時は平気で遅れてくるヌーボー倉田も、山となると時間厳守。先発隊十二名は三日前に出発しているので今は倉田と二人、いつもの事ながら二人とも重いリュックだ。 |
八ヶ岳 | 昭和43,6.23 | ||||||
美濃戸ー行者小屋ー石室ー赤岳ー阿弥陀岳ー美濃戸
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リュック・サックの歌 リュック・サック リュック・サック 肩に食い込む重さでも 山の友だと思えば軽い 背中にずっしり かからばかかれ 踏みしめ登る急坂も リュックがあれは気がはずむ A「お前のは重そうだな」(第一テノール) B「うん 三十キロはたっぷの」(第二テノール) C「忘れものはないだろうな」(バリトン) D「チョコレートならもっと持ちたいよ」(バス) リュック・サック リュック・サック 中身は何だときかれても 数え切れないこの重装備 背中にずっしり かからばかかれ あの山この山 なつかしい リュックにつめた思い出よ |
中央アルプス 西駒ヶ岳 | 昭和43,7.27 | ||||||
聖職の碑のコースを行く。 桂小場ー大樽小屋ー西駒山荘ー遭難碑ー農が池ー木曽駒ケ岳ー宝剣岳ー千畳敷ロープウェー 台風による暴風雨、ロープウェーで下山。二泊三日の重い荷物を肩に日帰り。
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朗読--(手帳を読む) 三月三日、快晴。桃の節句。ここ十日ばかり晴天続きとのこと。順子はおひな様を飾ってもらっている事だろう。十七時二十分。中房温泉着。 間奏 ヌーボー倉田は、中房へ着いて間もなく吐気をもよおし、二度ほど吐いた。 明日は牛首コルの前進キャンプへ。二十時就寝。 |
南アルプス 仙丈岳 | 昭和43,8.15〜16 | ||||||||
高遠ー戸台ー赤河原ー北沢峠ー仙丈岳ー馬の背〜北沢峠ー赤河原ー戸台〜高遠
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山小屋の夜 満天の星 凍る夜気 山々はくろぐろと 雪に埋もれた小屋を包む カンテラの鈍い光 リュックを枕に 重い足を 長々と伸ばして眼をつむれば 沢で飲んだ水のうまさ (第一テノール) 額を流れた汗の玉 (第二テノール) 振り仰いだ空の青さ (バリトン) 銀色に輝いた岩壁 元気づけてくれた友の声 (バス) あれもこれも まぶたの奥に 揺れるように映る 明日も晴れてくれ |
八ヶ岳 | 昭和44,5.3〜4 | ||||||||
渋の湯→黒ユリ平(キャンプ)→天狗岳 | |||||||||
新人哀歌 蝶よ花よと育てられ 何の苦労も知らないで ボッカ稼業に身をやつし 泣き泣き登る雪の山 いわゆるアノコはお嬢様 俺はしがない山ガラス 月を眺めてあきらめる 笑ってくれるなお月様
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白馬岳 | 昭和44,7.27〜29 | |||||||||||||||||
7.27 下諏訪3:30 白馬駅6:10 猿倉7:40 白馬尻 9:00 大雪渓 ネブカ平 (霧の中土を踏んでホッとする) 11:00 キャンプ地 7.28 キャンプ地 お花畑 白馬岳 三国境 小蓮華山 白馬大池 ( 終日霧雨) 7.29 白馬大池 栂池 白馬大池駅 日本三大雪渓 (剣、針ノ木)の一つだけにきつい。二日目は尾根歩きで楽である。三日目は午後から雨。
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朗読--(手帳を読む) 三月四日。昨夜はあまりよく眠れなかった。 ヌーボー倉田は、やはり具合が悪いのでゆくのをやめる。ぼく一人でみなの後を追う事にきめる。 午前六時十分。中房出発。十一時半燕山荘に着く。あと四時間でみなに会える。 ラジオでは天候がくずれるかも知れぬという。でも、牛首コルまでは慣れたルート。 |
戸隠連峰 高妻山 | 昭和45.5.1 〜 5.3 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
AM3:30下諏訪発 6:30長野7:30 8:40奥社 9:40牧場 11:30昼1:002:40滝 4:00テント場 6:00夕食 7:45就寝 戸隠牧場から大洞沢を経て不動滝、急斜面で湿った雪。アイゼンが効かない。ステップを切りつつ登る。。 前夜の諸々と、早朝汽車に乗り寝不足なので朝から不調。避難小屋付近でキャンプ。 朝4:00出発。快晴で雪崩が発生、不気味な地響きにおびえつつ、尾根道を頂上へ急ぐ。 快晴の山頂からは妙高、黒姫、雨飾山が白い姿を見せる。山頂でお昼。下りは一気にキャンプ地へ。 三日目は戸隠奥の院、森林植物園で水芭蕉を見て、松本で乾杯。
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山を憶う なぜ 山を憶うのか 山は神秘だから なぜ 山を慕うのか 山は優しいから なぜ 山に挑むのか 山はきびしいから 怒れば巨人となって 人間の知恵を打ち挫き ほほえめば乙女となって 穢れない愛を降り注ぐ |
八ヶ岳 | 昭和45.5.3〜4 | ||||||||||
黒ユリ平でキャンプ。八ヶ岳は年2〜3回登っていた。
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朗読--(手帳を読む) 早くみなに会いたかった。大天井までくる。キャンプは近い。吹雪でトレースわからず。十六時、ビバーク地探す。山の天候のカンをあやまったようだ。今日はビバークか。 なぜ山に登るのか 山がそこにあるから |
浅間山 | 昭和45.7.25 〜26 | ||||||||||
下諏訪 19:00 小諸1:00 浅間山荘2:50 不動滝3:50 火山館5:00 浅間山7:30 山の茶屋10:40 軽井沢12:00
下諏訪15:00 御来光を中腹で見て、砂地の道を頂上へ。 噴煙に逃げまどい、火山灰の道を駆け下りる。 このあとすぐに噴火した浅間山は以後登山禁止となった。
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吹雪の歌 風吹 風吹 風吹 引き裂きうなり 噛み挫き のたうつ 白い巨人の咆哮 風吹 風吹 風吹 逆巻き 狂い 圧しつぶし 噴き上げる 白い悪魔のかちどき 白い巨人の怒号 風吹 それは 山の怒りにふれたアルピニストの 墓標のかげに立ち現われ 牙をむいて雪崩の巣をつくり 死の眠りを誘い 誇らかに人間を嘲笑う 風吹 風吹 風吹 |
剣岳 | 昭和45.7.31 8.2 | ||||||||||||||||||||||
1日目 大町 扇沢 黒四ダム 一の越 室堂 ミクリガ池 雷鳥沢 (テント) 夕食はジンギスカン 2日目 雷鳥沢 別山乗越 剣沢小屋 一服剣 前剣 剣岳 (3003) 雷鳥沢 (テント) 二日目、三日目は霧雨。夕食はカレーライス。コックは私。 3日目 ミクリガ池 室堂 一の越 東一の越から黒四ダムへ歩く。ロープウェイなら10分のところ、3時間半でダム上流にたどり着く。
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朗読--(手帳を読む) 三月五日。午前七時十五分。依然として吹雪おさまらず。 昨日の五時より十四時間と十五分たった。 昨夜は六時間位眠ったが、場所がよくないので寝苦しかった。寒い。 明け方から腹の方が体温でぬれてきた。今朝、ビタミン剤五ケのむ。食欲はない。 乾パン十枚あるから倹約して食うつもり。ハムはシラーフの下なので出せない。 間奏 朗読--母さんは誠と心の中で呼んだだけで、もう胸が苦しく、悲しみに押しつぶされそうです。 大学の卒業を眼の前にして、就職も決まったというのに、誠は逝ってしまった。 悪夢なら覚める事もありましょう。 「母さん、只今」という元気な声が、今にも戸口から聞こえてくるようです。 お嫁さんや結婚式場のことまで想像して、母さんの胸は幸福にふくらんでいました。 だのに、だのに・・・(泣き伏す) |
穂高 | 1970.10.11〜 13 S45年 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1日目 下諏訪 3:35 松本4:40 上高地 7:25 明神池8:30 徳沢9:50 横尾11:10 涸沢3:30 (キャンプ) 2日目 涸沢5:30 ザイテングラード 北穂高9:00 涸沢岳 11:00 穂高山荘11:30 奥穂高岳12:30 涸沢2:40 (キャンプ) 3日目 涸沢6:00 横尾8:30 徳沢9:40 上高地11:00 松本4:00 下諏訪7:00
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お母さん、ごめんなさい お母さん、ごめんなさい やさしいお母さん、ごめんなさい ゆたか やすし 順子よ すまぬ お母さんをたのむ 朗読--(手帳を読む) 手の指、凍傷で、思うことの千分の一も書けず。全身ふるえ。ねむい。 お母さん、ごめんなさい やさしいお母さん、ごめんなさい さきに死ぬのを許してください。 間奏 朗読--(手帳を読む) (激して) 山ではうぬぼれず、つねに自重すること。(泣き伏す) お母さん、ごめんなさい やさしいお母さん、ごめんなさい |
S45.12.30〜31 | 三峰山冬山合宿 | |
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和田峠料金所より登る。夜中に大雪、荷物テントはつぶれ、トイレも苦労する。 |
阿弥陀岳南陵 | 昭和46.5.2-5.3 | ||||||
一日目 立場山・広河原沢でキャンプ。立場山山頂迄往復する。 二日目 朝三時出発、立場山 (朝食) を越え、南陵を登る。30Mの雪壁を登り、最後、岩壁にへばりついて頂上へ。 御小屋尾根を下山し、途中でキャンプ地に沢を下る。途中でヒカリゴケの洞窟発見。
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佐藤春夫 |
なげきつつ 黄昏の山をのぼりき なげきつつ 山に立ちにき なげきつつ 山をくだりき |
蓼科山 | 昭和47.5 | ||||
日帰りのつもりが、山小屋の主人と気が合い、酒を飲み泊まる。
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大菩薩峠 | 昭和48 |
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