火葬戦記 〜跳梁跋扈!?〜

 

第九話

 

富嶽がドレスデンに到達する頃、アメリカ・ホワイトハウスにて。

「まだ結論は出んのか、ニミッツよ」
中年から老年に差し掛かる、大統領ではない男が言った。
ウィリアム・B・トルーマン。
副大統領の変人である。
何が変人なのか。
それは、たった今放たれたセリフが、日本語であったという事で、端的に理解される。
そういう奴なのだ。
通訳が必死に訳す。
「海軍としては、方法が…」
「つまり、お手上げか」
「はい…」
腹から絞り出すような声で答えたのは、ニミッツ提督。
太平洋艦隊司令長官である。
彼もまた、大いに胃を悪くする結論である。
しかしながら、海軍をもってしてはどうしようもない。
それが、YAMATOなのである。
のべ800機の攻撃を受け、20本以上の魚雷を喰らいながら、逆に増速して突撃し、一隻で一艦隊を撃滅する。
そんな事があって良いはずがない。
そんな事が不可能であることは、連中自身が真珠湾で、マレー沖で証明してみせたはずだったのに…。
「ワシにはよくわからんが、魚雷をいくら喰らっても沈まないフネなんて、造れるのか?」
「現実的にはあり得ませんが、実在しています。彼らは極めて単純に、巨大化することでそれを実現したのです」
船は大きいほど強い。
2乗3乗の曲線だ。
理論的には間違いないことだが、そんな事を始めるとコスト的に立ちゆかなくなるはずだった。
また、ドックだって普通は存在しないだろう。
しかしそんな事は彼らには問題ではない。
問題なのは、そういった常識など無関係に、無敵のモンスター戦艦が、現実として、彼らに挑戦してきていることなのだ。
戦闘不能にすることすら不可能に近いこれを放置すれば、後の作戦に与える影響は、極めて大である。
いや、それが殴りかかってきたら、身を守ることすら難しい。
しかし、海軍レベルでは、どう考えても対処不可能である。
つまり、合衆国海軍が、たった一隻の敵戦艦に、負ける。
ニミッツ提督は、海軍としてのプライドをズタズタに切り裂くような結論を、副大統領に伝えた。
「合衆国がそれを造るとしても、じぇ〜んじぇん間に合わんな。にゃはり、海軍じゃ無理か。…アレなんて、もっと間に合わんだろうな」
「海軍軍人として、恥ずかしい限りです…」
建造に軽く5年以上は掛かり、その間はやりたい放題。
仮に建造中のところを艦砲射撃されたら、それでオシマイである。
報告に拠れば、それの主砲は18インチか20インチ砲で、26〜32門。
ドックなど2分もすれば灰燼に帰してしまう。
トルーマンは、額を擦りながら、緊迫感の無い英語で言った。
ちなみに彼が応対しているのは、当のルーズベルトが病気で床に伏せており、とても公務など出来ないからである。
しかも、問題はこれだけではない。
同数の戦艦同士で撃ち合ったにも関わらず、オルデンドルフ艦隊は一方的に壊滅的な損害を被った。
そのオルデンドルフも、かつて旗艦だったウェスト・ヴァージニアと共に、最早戻らない。
何故、日本戦艦はかくも強力なのか…。
「失礼! 混乱で遅れました!」
激しくドアが開け放たれ、野太い声がする。
ハルゼーの姿があった。
「聞いてると思いますが、奴等、シカゴを爆撃しました!」
「ニンジャ〜っ!!」
騒がしい音の後、一瞬の静寂。
「…何か聞こえなかったか、ニミッツ?」
「ん、いや、今の今まで副大統領が居たんだが…変だな」
「それはそうと、爆撃の話は聞いたな?」
「聞いている」
「知っているぞ」
天井からの声。
見れば、怪しいニンジャが天井に(さかさまに)立っている。
叫び声。
その正体が、トルーマン副大統領だった。

やがて、ちらほらと軍高官が入室してくる。
会議は進む。
問題は実に多い。
怪物戦艦、対艦ミサイル、前後さかさまの妙に高性能な戦闘機、そして超長距離爆撃機。
対策は遅々として進まない。
どれもこれも、既存の兵器体系では、殆ど対抗不可能に近い。
皆が頭を抱え、溜息をもらす。
「しかし考えてみろ、連中の工業力で、そんな物をどれだけ造れる?」
ハルゼーの言葉。
「モンスター戦艦以外は、数で押し切れば済むだろう」
それはそうだ。
合衆国は最低でも10倍の国力があるはずだ。
「爆撃機は無視出来んぞ」
「それならば、間もなく新鋭XP−79が配備可能になるはずだ」
「YP−58チェイン・ライトニングも、急がせれば敵の大量生産には間に合うはずだ」
XP−79は全翼型式のジェット機、操縦士は腹這いで乗り、しかも主翼に強力な鋼板を用い、体当たりで敵機を切断するというイロモノ。
YP−58はライトニングの発展型。計画は二転三転し、一時は混乱の極みにあったが、最近再び迎撃機として進行中だ。
当機がおかしなエンジンと軍の無定見に付き合わされ、4度もエンジン換装・設計変更のハメに陥ったのは、有名な話。
一時期は自重だけで10トンに達していたとの噂もある。
他に新興マクダネル社の意欲作YP−67(迎撃機に変更)とか、カーチスの怪しげなXP−71(右同じ)など、色々と開発は進んでいる。
悔やまれるのは、P−54、55、56の試作がすべて失敗に終わってしまったことだ。
これらが順調ならば、改良型で対応できたとも思われるが、やはり「常識的な形態にとらわれないことを強く要求する」の一文がクセモノだったのだろう。
そのくせ日本側は、P−55によく似たスタイルの震電を実用化し、これが恐ろしく高性能なのだ。
P−55をカーチスに任せてしまったのが、運の尽きだったのだろうか。
…連山が現れた時点で、既に開発は本格化していたのだ。
しかし、日本側の重爆開発が先行したということになる。
だが、彼らが相当な数を投入できるようになるには、まだ時間がある。
その間に迎撃機を開発すれば、大丈夫だ。
皆そう思っていた。
「わかっとらんな」
トルーマンは言った。
「モンスター戦艦を造るのに、どのくらいの工業力が要る?」
場が沈黙に包まれる。
「以前の会議の時にも、情報部の報告があったろうが。その時我々は一笑に付したな。“報告が事実なら、連中の工業力は我々を上回ることになるな”、と」
「では…?」
視線が副大統領に集まる。
「新たな報告だ。日本人は新型戦艦およそ25隻と正規空母約20隻を建造中。さらに航空機だが、ボーイング・シアトル工場並の大規模生産拠点を全土に40〜50箇所建設し、間もなくそれらは稼働し始めるという。それらに付随する国力も、当然あると考えにゃあいかんだろう。ゼロの例もあるし、真珠湾のこともある。彼らを甘く見るな。また痛い目に遭うぞ、ハルゼー」
「そんな馬鹿な! ジャップのどこにそんな余力が!」
立ち上がって、両手を机に叩き付けるハルゼー。
一個空母群を失い、自らの旗艦を大破させられた屈辱が、再び思い出される。
「しかし副大統領閣下、仮にそうだとしても、資材を調達できますか?」
別の声。
そう、いくら工場があっても、アルミがなければ飛行機は造れない。
「飛行機はわからんが、船は鉄だろ。鉄なら満州から調達しているらしい。現に彼らの日本海哨戒は恐ろしく厳重だ」
事実、機雷散布に向かった重爆隊も、潜入しようとした潜水艦隊も、皆甚大な被害を被って叩き返されている。
その防備は尋常ではない。
それに、と副大統領は付け加える。
「古い飛行機をバラせば、幾らかは調達できんか? 資材も無いのに工場だけ造るような馬鹿なマネはせんと思うなあ。偽装工作とかだとしても、数が数だぞ。何か手を考えているとは思わんか?」
彼らが欺瞞や偽装が大好きなのは、皆知っている。
しかし工場を多く見せかけるというのは、今までの経験からしても、少々考えにくい。
再び沈黙。
この40〜50を全部、今回の超重爆に回したとすれば、月産500機すら不可能ではないだろう。
もしそうなると、半年で3000機以上も揃うことになり、防空は不可能という結論が出てしまう。
「これが本当だと仮定してだ。停戦の選択肢を蹴るなら、早期決戦しか無いだろうが、本土爆撃されてチキンゲーム戦法では、国民がウンとは言わん」
「確かに…」
「残念ながら大統領がアレでは、国家戦略の変更は難しいな」
誰の顔にも、眉間のしわ。
こんな時に、大統領は何を寝込んでいるのか。
元々ドイツを先に叩き、その後でソ連も交えて対日戦。
それが当初の予定だったのだが…。
もっとも副大統領は、合衆国が二つの切り札を用意している事を知っていたのだが。
結局、不完全ながらも、以下のことが決定された。

・超重爆対策として、迎撃機開発の加速
・モンスター戦艦には、重爆に英国製5.5トン爆弾を搭載して対抗する
・対艦ミサイル対策として、艦上高々度迎撃機(F7F)の開発促進
・工業力を削ぐために、対日戦略爆撃を再開
・対抗上、ミサイルの研究
・基本戦略については変更無し

「…ふう、真面目モードは憑かれるわい。さ〜て、ワシの大好きなニンジャゲームをしようか、ニミッツ君、付き合ってくれ」
「またですか…」
一番最後にそのような会話が交わされたのだが、誰も気にする者は居なかったという。








ドイツ・ドレスデン

「寒いな」
エンジンの止まった機体から降りて開口一番、柳井はそう口にした。
「緯度で言うと、樺太くらいはあるけんな。にしては暖かかろ?」
高濱の声。
「とは言っても、寒いのは変わらんわ」
などと話しながら、一同は機体を降りる。
広い格納庫だ。
しかし、いつまで連合軍の爆撃から無事でいられるか…。
明日の夜には発つのだが、その短時間すら、不安である。
何しろ米本土爆撃などしてきた飛行機なのだ。
報復を加えに来たとしても、不思議はない。
それを考えると不安な柳井だった。

やがて柳井は、通訳を伴って車に乗る。
残りは待機組。
ドイツ外務省…もとい駐独大使の彼は来ていない。
目的地はベルリンの某高級ホテル。
さて、何があるのやら…。



「げっ…」
ホテルの最上階にて、会見相手のヒ総統がゲーリング国家元帥と共に現れたのだが。
柳井はその容貌に驚いた。
乱れた髪と、痩せこけた頬と、青白い肌。
そのくせ眼だけがギラギラと輝いている。
ゲーリングも同様、アル中の末期症状ではないか、というように見える。
「い…医者に掛かった方が良いですよ」
柳井はそう口走ったが、通訳の中井少佐が複雑な表情で制止した。
まあ、このドイツの末期的状態を考えると、仕方ないのかも知れないが。
やがて、その怪物(????)が口を開いた。
「何て言ってる?」
微妙な表情のまま、柳井は聞く。
「モスクワを爆撃してくれ、だそうです。挨拶は無かったですね」
何なんだ、そりゃ。
やっぱり、来ない方が良かった。
柳井は後悔した。
所詮爆撃機の一機くらいで何が出来るでもない上、モスクワを爆撃なんて、日本の立場からすると、あり得ない。
踏み絵をさせようと考えているのだろうか。
それは、柳井にとって、ナチス幹部の印象を、著しく貶める結果になった。
「少し考えさせてくれ」
これでも日本代表として来ているわけだ。
考え込む柳井。
中井がそれを独訳して伝える。
相手の反応は無い。
「そうだな。やると伝えてくれるか?」
「良いのですか?」
もしやれば、即刻ソ連対日参戦、という可能性がある。
そんなことになったら、日本の戦略に重大な影響が表れる。
まだ勝機は十分あるが、わざわざ…。
「やると言っておいて、不測の事態とか何とか言って、やらんのさ。どうせもう、第三帝国は永くないだろう。問題ない」
その技術力は惜しいけど、もう、ドイツに勝ち目はないのだ。
飛行中の下界は、めぼしい街は殆どすべて、爆撃で壊滅状態だった。
領土面積も、開戦前よりむしろ減っているくらいだ。
早めに降伏してくれた方が、色んな意味で、良いだろう。
彼は醒めていた。
中井少佐が、モスクワ爆撃承諾の旨、ヒ総統に伝える。
途端、総統の様子が変わった。
奇声を上げて、跳ねたではないか。
思わずそれを注視する柳井。
すぐさま、総統は腕を振り上げ、唾を飛ばし、機関銃のように喋り始めた。
どうやら喜んでいるらしいが、あまりの早口で、中井にも聞き取れない。
唖然とする二人の前で、総統はなおも喋りまくる。
ゲーリングは平然としている。
どうやら、珍しいことではないらしい。
結局何の成果も挙がらず、そのまま会談は終わってしまった。
「わけがわからん」
とは、柳井の感想であった。



そのまま二人はアウトバーンを200km/hでぶっ飛ばし、ドレスデンを目指す。
途中、3回ほど連合軍の戦闘機が頭上を通過した。
初めて聞く音もあったが、噂のタイフーン、あるいはテンペストという奴だろう。
制空権のせも無い、本当に終わってるな、とは柳井の評である。
彼らの富嶽だって、着陸時を見つからなかったから良いようなものだ。
「ああ、隊長。おかえりなさい」
割り当てられた兵舎に入ると、宮崎の声だった。
兵舎と言うにもお粗末な状態だが…元の建物は爆撃で破壊されたらしい。
「ん…爺さんがおらんな。整備か?」
「二時間くらい前からやってますよ」
柳井に対して、荒川が奥から答えた。
「お、そうか。良かった。ドイツ側からは何か言ってきたか?」
いえ、特に、と宮崎が言おうとした途端、兵舎のドアをノックする音。
「入れ、何だ?」
柳井が答えると、中井がドアを開けて入ってきた。
「ドイツ空軍省から、話がしたいと」
「話〜? どうしてベルリンでまとめてやらないんだ…まったく」
ぶつくさ言いながら、柳井は立ち上がった。

そして。
「ちっ、話も聞かずに命令書だけ寄越して帰るとは。信じられん奴等だ」
ドイツ空軍将校は、作戦計画書を手渡して、さっさと行ってしまったのである。
しかも、この作戦計画が大したものではなかったりする。
これでよくわかった。
連中も又、彼らを当てにしていないのだ、と。
怒りを鎮めて、冷静に考えてみる。
恐らく連中も知っているのだろう。
もう打つ手は無いと。
だからこんな投げ遣りな態度を取ってくるのだ。
「やれやれ…」
そう考えると、逆に同情したくもなる。
だが、勿論モスクワ空襲などするつもりはない。
それとこれとは別問題である。
「隊長?」
「ああ、オレ達がドイツに来た意味は、殆ど無かったらしいぞ」
肩をすくめながら、柳井は言い置いた。
「寝よう。やってられん」
彼は、ドイツ人不信になりそうだ、と思った。
その夜は空襲もなく、穏やかに過ぎていった。



朝になった。
戦争など無関係に、日は昇る。
麗らかな日差しが、辺りに満ち始める。
「何か、ワレは。人が整備しよっときに、がーがーイビキかいて寝とったっだろが?」
「まあそうなんだけどな…少しはどうにかしろ、その口の悪さ」
まったく、どいつもこいつも。
ようやく整備の終わった頃、格納庫に現れた柳井と、徹夜明けの高濱。
「ドイツ人整備士の腕はどうだった?」
「まあ、慣れんけん、しょんなかとこはあるばってんが、上等上等。日本の方さん戻るくらいなら、問題は無かばい」
今は足場の撤去作業中だ。
富嶽の巨体は、格納庫の殆ど全部を占拠してしまっている。
小さいと言うだけで目立たなくなるが、よく見ると、端に寄せられたドイツ機は、相当に変なスタイルをしているではないか。
柳井はそれを見つけてしまった。
「おいおい、あの前にも後ろにもプロペラが付いてるのは、何だ」
「ああ、あれはな、何とか335とかいう、悪あが機…いや戦闘爆撃機たい。無茶苦茶速かてぞ。何て言ったかな。確か、770は出るて言いよったばい」
「770キロ! う〜ん、麗しい。これでドイツの評価は元通りにしてあげられるな」
柳井槍太 海軍技術中将
その性格は単純であった。
「ああそうそう、あのデコの広か博士がな、来るて言いよったばい?」
「ん? アレか?」
「おお、あのメッサーシュミット博士が」
「にゃにぃ!? “あの”ヴィリー・メッサーシュミットだと! …彼、党員だろ? ナチスの」
話題は移る。
「おお、ワシもそう思うたとばってんが、あの御仁、何て言ったと思うや?」
わからない、という風に首を傾げる柳井。
「飛行機を造るためだ! ってたい。ナチスになったとは、そん方が都合がよかけん、て。で、ドイツは負けよるけんが、日本に来たか、言いよっと。参ったばい」
困った奴だが、飛行機好きなら歓迎してやろう。
そう考える柳井も、困った奴である。



昼食後。
「アドミラル・ヤナイ、客人です」
今日は来客が多い。
基地付の兵士だろうか、が下手な日本語で伝えに来た。
「隊長、もてもてですね」
「やかまし。男にもてても嬉しくないわい。何だ?」
海軍式カレーの香り漂う兵舎を出る柳井。
「まったく…40も近いのに独身、どく…あ? 客って?」
戦闘機乗りと思われる、寝癖の付いたドイツ兵の横には、金髪紺眼長身、ゲルマンをそのまま形にしたような女性が立っていた。
「会わせろと聞かないんですよ。それで基地司令に相談したら、まあ、会うだけ会わせてみれば? と言われちゃって…」
後ろから、通訳の中井が、歩きながら言う。
「で、何者なんだ?」
「ああ、自己紹介が遅れて失礼しました」
お、日本語が出来る。
しかも破格に上手いではないか。
柳井は少なからず驚いた。
「艦船関連の内装設計をやっております、テレーゼ・ヒンデンブルクです」
一礼。
ここで考える。
美人で礼儀正しいのは大いに結構だが、結局のところ、『一国の代表』と会わせる必要のある人間だろうか。
どうも、いや、やはり、ドイツに舐められているような気がする。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
どのみち関係ない。
「うむ。自分は帝国海軍柳井中将である! 自分に如何なる用件であるか」
ビシッと背筋を伸ばし、張りのある声を返す柳井。
頭で何を考えても、こういう時は自動的に見栄を張ってしまうものらしい。
「無理しなくても結構ですよ。それで、あの…」
ヒンデンブルク女史は、笑みを浮かべて受け流した後、意味ありげな目配せをする。
人払い、だ。
「…兵隊さん、ボディーチェックはしたか?」
「Nein.(いいえ)」
即答されて、再び舌打ちする柳井。
一国の代表に会わせるのに、ボディーチェックもせんのか。
まったく、よくもコケにしてくれる。
「大丈夫ですよ〜。取って食ったりはしませんから」
まあ、その笑顔を見ている限りでは、大丈夫のようだ。
「う〜ん、貴女になら喰わ…いや、どこか適当な場所はないか?」
笑顔でクラッと来たらしい。
これはヤバイ。
と思いつつも、独身なんだからまあ良いかな、などとも思ってみる柳井。
独身?
自分は独身だが、相手はどうなんだろうか?
いやいや、そんな事を考えている場合ではない。
今のところ弾薬倉庫の空いているのがあるとのことで、そこで何か話すことになった。



がらんどう。
まさにそういう建物だった。
「さて…あなたを信用して良いですか」
「突然そんな事言われてもな…」
航空燃料用の空タンクに腰掛けて、二人は話し始めた。
柳井は少し笑っているが、相手は真剣そのものである。
ただ、それだけの話があるらしいことは、彼にも感じられた。
「まあ、帝国海軍軍人として、恥ずかしくない程度の言動は保証する」
「…わかりました」
そこで、テレーゼは一息ついた。
「あなたを信用して、すべてをお話しします」
柳井も身を乗り出した。
「我々は、クーデターを決行します」
「…! おい!?」
「これ以上の戦いは、無用の犠牲を生むだけです。我々は速やかにナチスを排し、連合国軍に降伏、欧州戦線を終結させます」
思わず立ち上がる柳井。
目の前の人物の、とても心苦しそうな表情。
これだけじゃないな、と柳井は思った。
「…まあ、ドイツのことはドイツ人に任せよう。まさか俺達に、助けてくれ、とは言わないだろう?」
「ええ、そんな事は言いません。クーデターは我々だけで決行します。…もう、計画は動き出していますから」
既に始まっている?
そんな事まで話して良いのだろうか。
…つまりは、それだけ自分を信用している、という意味なのか。
いずれにしても、ドイツに勝ち目が無いのは確かなようだが。
「…とすると、他に何を俺達に?」
再び腰掛けながら、柳井は言った。
「クーデターが成功し、講和が成立すれば、歴史はこう評するでしょう。“第二次世界大戦はドイツの狂人が起こした史上空前の大犯罪である”と」
まあ、そうなるか、と柳井も頷く。
「我々の決起も、遅すぎました。恐らくこういう評価は覆らないでしょう。しかし…」
テレーゼは一旦間を置いた。
「では、英米はそれを倒した正義か、ソ連は? 違うはずです。街を焼き、銃を持たない人々を無差別に殺戮するが如きは、勝者だろうと敗者だろうと、絶対に赦されないはずです! ソ連なんて、論外です。でも、このまま進めば、その事実は埋もれてしまいます」
「…それで、日本に何を望むんだ?」
「…ヴィルヘルムスハーフェンにて、間もなく二隻の軍艦が完成します」
ヴィルヘルムスハーフェン、造船で有名なところだ。
とっくに空襲で破壊されているのではないのか。
「我々の一部は、講和の合間に脱出し、日本と共に戦い、この戦争を引き分けにしたいと考えています」
大胆だ。
柳井も目を見開いた。
「技術者なども、集められるだけ集めて協力します。たとえナチス残党の悪あがきと思われても、構いません。お願いします」
テレーゼは深々と一礼した。
「…それだけで、戦況が覆るか?」
本心は分からなくもない柳井だが、しかしここは厳しく出た。
「難しいでしょうね。でも、何もせずには居られません」
「…わかった。決定権は無いが、俺は貴女を認めよう。まあ、受け容れるだけなら日本にも不利は無いから、閣下もOK出すだろ」
柳井は続ける。
「ただ、戦場を甘く見るな。地獄って表現も生温く思えるぞ。それで決心が揺らぐ奴が居るんなら、計画は諦めるんだ」
「それは大丈夫です。…ありがとう」
テレーゼはもう一度礼をして、微笑んだ。
…ドイツにも、なかなか骨のある連中が居るじゃないか。
厳しいことを言いながらも、柳井は大いに満足していた。
最後に二人は固く握手を交わし、がらんどうな弾薬倉庫を後にした。



間もなく5000馬力×6の怪物が再び心音を取り戻し、空を圧して青の中に去っていった。
針路は東…。













つづく

INDEX