1944年10月21日午前0時過ぎ
「たった二機の飛行機が、たった二発の爆弾を運んでいって、何をするのか。それが問題だ」
「それを決定したのは、隊長ですよ」
「しかり」
何が『しかり』なんだか、この隊長…。
どうも、計り知れないところがある。
藤崎は、一瞬そう思った。
二機の連山は、南南西に機首を向け、ただひたすら空気を掻き分け、進んでいた。
ゴォォォという単調な轟音が、眠気を誘う。
エンジンは快調そのものだ。
時折、排気管から炎が飛び出し、エンジンナセルを赤く染める。
月光が、主翼を青く輝かせている。
下界は雲で、何も見えない。
逆に言えば、下から発見される恐れもない。
逆探にも反応は無い。
誰も、交信してくる者は無い。
当たり前だ。
なぜならこの飛行が、独断による、勝手な行動だからだ。
失敗に終わったら、タダでは済まないだろう。
交信してくる者は無いが、通信を傍受することは出来る。
いや、むしろそれで忙しいくらいだ。
どうやら、海戦は既に始まっているらしい。
米側の暗号無線が多いが、時折日本側の通信も混じる。
中には平文での通信もあり、状況はかなり混迷しているようだ。
「このままだと、少し早いな」
「測位が確かなら、あと2時間ほどで着きますが」
航法計算は慣れていない藤崎が、そう言った。
しかし、天測の方は、経験から考えても、信用に足る。
とすれば、距離と時間の計算如き、間違えると考える方がおかしい。
信用して良いだろう、と柳井は思った。
「そうか。っじゃ、仕方ないな。薄明を狙いたかったが、大和に先行した方が良いだろ。よし、高度10,000に上げるぞ」
「了解」
一番機の機首が、ある規則に従って、光る。
チカチカという光の後、編隊は機首を上げた。
両機の間隔は、まったく乱れない。
柳井、宮崎とも、その腕前は確かであった。
連合艦隊旗艦 武蔵
「磯風より入電。“我電探にて敵艦隊らしき物発見。数凡そ10ないし20。速力16ノットで、12時の方向より接近中”」
戦闘態勢を取らせてから、およそ二時間後。
艦隊は既に海峡を過ぎ、速度を落として索敵中だった。
すぐに対地砲撃へ行っても良かったが(既にマッカーサー軍は上陸している)、護衛が居るのは確実と思われていたからだ。
そうしたとき、その無電は入ったのだった。
「“らしき物”…か。どう思う?」
GF(連合艦隊の略称)長官山本大将は、武蔵艦長有富大佐に聞いた。
「味方ということはあり得ないのでありますから、砲撃しましょう。ハルゼーは圏外、来るとすれば旧式戦艦です。勝てます」
自信を持って、有富大佐は断言した。
確かにこの艦隊は、30ノットの高速戦艦を6隻揃えており、確かに内5隻は旧式ではあるが、米側の旧式戦艦部隊となら、十分以上に渡り合えるだろう。
何しろアメリカの旧式戦艦と来れば、武装防御は侮れないが、速力は20ノット強しか出ないのだ。
海戦に持ち込めば、主導権を握るのは日本側しかあり得ない。
「私が恐れるのは、陸上機による襲撃だ。艦隊戦が長引けば、これにやられる可能性も排除できまい」
元々航空機の優越を信じる山本長官は、あくまでも慎重である。
「夜が明けるまで、まだ7時間はあります。夜戦は我々のお家芸ですぞ。やりましょう、大丈夫です」
有富はあくまで交戦を主張する。
大和を除けば世界最強の戦艦に乗っているのだ。
そのプライドもあった。
「恐れるのは敵潜ですが、装備も充実してきましたし、これだけ護衛艦艇を集めているのです。問題はないでしょう」
実際、空についても新装備の電探連動対空砲もあり、しかも夜間であるから脅威は薄れる。
考えてみれば、有富の言はもっともだ。
瞑目していた山本長官も、決断した。
「突撃命令だ。全艦に下令、前方の敵艦隊を撃滅する。最大戦速で取り舵に切れ。反航戦行う」
長官は通る声で言った。
「水雷戦隊は戦艦陣の右舷に進出。定石通りに漸減作戦を実施せよ」
続けてそう言い、命令は終わる。
俄然、武蔵の司令塔は活気を帯びはじめた。
無線電波による、見えない声が、各艦を結ぶ。
青白い月光の下、主力戦艦群は、白いカーブを曳いて、増速しつつ左へ曲がりはじめた。
水雷戦隊はそのまま直進し、戦艦陣の右舷に進出、そして同様に左へ回頭をはじめる。
武蔵のマストには、翻る旭日軍艦旗。
「どうだ?」
「距離43,000m。敵推定速度は22ノット。増速する様子はありません。ただし、我が艦隊の右手方向へ旋回するようです」
「右手…か」
既に島は後方彼方へ去り、艦隊運動の障害物は無い。
それにしても、22ノット。
輸送船だとこんなには出ないだろう。
しかし、速いとは言い難い。
米国旧式戦艦と見て間違いなさそうだ。
40隻前後という、艦隊の規模から見ても。
「こちらも面舵に切れ。追跡しつつ、同航戦に持ち込む。測位は怠るな。罠かもしれん。深追いは作戦の本旨に反する」
最後の方は自戒を込めて、長官は次なる命令を下した。
8ノットの差は大きい。
ほぼ追撃の形に入った連合艦隊は、急速に間隔を詰めていく。
優位な態勢で戦う権利は、この場合連合艦隊にある。
速度の優越。
それは、日本海軍が年来望んでいた物だ。
既に電探によって敵の陣容はおおよそわかっている。
戦艦と思われる、明らかな大型艦が6。
巡洋艦クラスが10前後。
その他25、6隻程度。
こちらの駆逐艦18隻の内、秋月型(防空専用)を除く14隻が、後方に重巡を引き連れ、先陣を切る。
「敵艦隊、左へ回頭! 頭を抑えられます!」
「こちらも追従せよ! あくまで同航戦だ! ただし、水雷戦隊はこのまま突撃せよ!」
青白い航跡が、黒々とした海面に錯綜する。
「距離32,000! 水雷戦隊に向け、敵重巡が発砲!」
「応戦を許可する。応戦せよ! 戦艦群、25,000で初弾発射する。目標敵戦艦、各艦斉射用意!」
敵重巡群の放った砲弾は、唸りを上げて愛宕の周囲に落下した。
幸いにして、命中弾は無い。
続き、お返しといわんばかりに、味方の重巡隊が撃ち返す。
同時に照明弾が炸裂し、双方の水雷戦隊を青白く染め上げる。
駆逐艦同士も接近し、砲戦がはじまる。
水雷戦隊が敵戦艦への雷撃を成就させるためには、この壁を突破する必要がある。
敵も同様だ。
妙高に命中弾があった。
続けて鈴谷。
だが、こちらもポートランドに砲撃を集中し、少なくとも3発が命中。
一進一退の砲撃戦だ。
次々と、水柱、そして雷鳴のような音が、夜の海にばらまかれる。
被弾した艦も、被害自体はまだ大きくない。
「距離27,000!」
「…榛名に下令。敵重巡を攻撃。水雷戦隊を援護せよ」
巡洋艦と駆逐艦の戦いに、戦艦を介入させる決断を下す、山本長官。
我が水雷屋が本領を発揮すれば、榛名の砲力を差し引いても、なおプラスと判断したのだ。
すぐさま榛名に命令は伝わり、搭載された36サンチ砲8門が、急速に照準を変更する。
耳障りな警報音が鳴り響き、発砲準備ヨシを告げた。
瞬間、轟音が闇夜を支配し、榛名が真っ赤に染まる。
海が泡立つ。
ほぼ同時に、遠雷のような音が、数え切れないほどのそれが、一帯に鳴り響いた。
真っ赤な光が、水平線上に一列に並ぶ。
米旧式戦艦の一斉射撃だ。
なかなか壮観だ。
旧式とは言うが、新型戦艦並の火力を持つ艦も居る。
「敵戦艦、撃ちましたぁ〜〜!!」
誰ともなく、叫ぶ。
「当たりはしません。脅しでしょう」
「うん、間もなく距離25,000だ。…“噴進砲戦艦”などという代物が、どう役に立つのか、これでわかる」
長官は皮肉混じりに言った。
ちなみに、扶桑型2隻の事を指す。
その時、榛名の放った8発の砲弾が、重巡ミネアポリスを捉え、派手な水柱を跳ね上げた。
衝撃波がマストを揺らす。
命中こそ無いものの、初弾狭叉。
大した腕である。
続けて第二斉射が、戦艦陣の最後尾に位置する榛名より放たれる。
その時、敵戦艦群の放った砲弾が、先頭を走る武蔵の右舷側に、ただし遠く離れて、次々と炸裂した。
ダーンという音が、防弾ガラス越しにも伝わってくる。
居並ぶ水のカーテンに、一瞬敵影が隠れる。
16インチが16発、14インチが48発。
まさにカーテンだ。
今や彼我の戦艦群は、完全に同航戦の態勢へ入りつつあった。
「遠弾! 遠弾!」
「長官! 25,000です!」
「本当に下手だな、連中は…。よし、斉射」
たった今、決定は下された。
結局、水雷戦隊は役に立たなかったか。
艦内に鳴り響く、主砲発砲の警報音を聞きながら、長官はそう思う。
武蔵の放つ46サンチ弾9発、長門、陸奥の41サンチ弾16発、そして、扶桑型二隻。
天地を引き裂く轟雷の鳴り響いた後には、真っ赤な砲火が日本戦艦群の威容を照らし上げる。
内二隻、連射する艦がある。
扶桑、山城の二隻だ。
オレンジの炎を曳く砲弾が、各艦8発ずつ、連続的に撃ち出されている。
そう、扶桑型の主砲はロケット砲に換装されていたのだ。
一門当たり8発を撃ち出して、両艦の発砲も一旦終わる。
弾着修正のためだ。
「命中まで30秒…25秒…」
息苦しい時間だ。
夜空に、オレンジ色の光が伸びていく。
その間に、榛名の36サンチ砲弾が、再び重巡ミネアポリスを襲う。
艦橋より高く噴き上がる水柱の中に、一目で命中とわかる、派手な閃光が瞬く。
やがて、周囲に轟音が駆け抜ける。
ミネアポリスの惨状が明らかになる頃、日本側戦艦群の放った砲弾が、次々と米戦艦群へと着弾。
それは先頭を走るウェスト・ヴァージニアに集中した。
水柱の中に、オレンジ色の流星の様な物が、次々に飛び込んでいく。
「撃沈! 敵戦艦を撃沈しました!」
興奮気味の報告が、武蔵の司令塔に響き渡る。
一瞬に15発もの命中弾を受けたウェスト・ヴァージニアは、艦体を3つに引き裂かれ、火炎の中に沈みつつあった。
海に飛び込んだ乗員の数さえ、殆ど無い。
真珠湾でも大被害を被ったこの艦は、不運を覆すこともなく、闇の海へと吸い込まれていく。
榛名の砲撃が、再び米重巡を捉える。
愛宕の砲撃がそれに続く。
米戦艦群の砲声が、再び夜闇を圧倒する。
留まるところを知らない、雷鳴の如き轟音の協奏曲。
天を焦がす炎が、1つ減って5箇所から噴き上がる。
「…長門、陸奥も水雷戦隊の援護に回せ」
「はあ? よろしいのですか?」
ゆっくりと口を開いた山本長官に、有富艦長が聞き返す。
「かまわん」
長官はそう言った。
すぐに命令が伝達される。
途端、武蔵の周囲に敵の砲弾が集中した。
周囲が真昼のように明るくなる。
4発の命中弾があり、一発は高角砲群を直撃して火柱を噴き上げたが、残り3発は装甲板が弾き返した。
武蔵の巨体が揺れる。
当然、高角砲に人は配置されていないため、人員の被害は大きくない。
再び武蔵、扶桑、山城の砲火が夜空を焼く。
かつて世界最強を誇った長門、陸奥の41サンチ砲も、遙かに格下の相手に向けて、火を噴く。
戦艦テネシーが、薙ぎ払うようなロケット弾の雨を浴び、紅蓮の炎に包まれる。
米重巡が水柱に包まれる。
敵味方双方、巡洋艦2隻が火災に見舞われている。
「勝てそうだな…いかん。ティー・タイムだ」
長官は腕時計を見て、そう言った。
「…どうしてこんな時間に、そんなものが設定されているんですか」
有富も呆れる。
その時至近弾があり、武蔵の巨体は小刻みに揺れた。
「付き合うかね?」
戦闘のことはすっかり部下に任せ、有富の声も無視して、彼は言った。
よほどティー・タイムが大切らしい。
「遠方に新たな敵影! 戦艦です!」
有富が席に着こうとしたとき、電探員のひときわ大きな声が、二人の耳に入った。
「長門に命中弾! 長門、被弾しました!」
「水雷戦隊、敵戦艦群へ魚雷発射!」
「遠方の敵戦艦群、斉射しました!」
途端に、忙しくなった。
さらに…。
「対空捜索電探に反応! 航空機およそ70機、170ノットで接近中!」
山本長官は知らなかったが、敵には他に護衛空母群が一つと、新鋭モンタナ級戦艦4隻を基幹とする艦隊が居たのだ。
司令塔の視線が、艦長と長官の二人に集まる。
「ふむ…まあ、仕方ない。水雷戦隊を下げろ。合流次第、撤収。本艦は殿を務め、敵艦隊の前進を阻止する。現時点を以て、作戦は中止する」
その時、ペンシルヴェニアに武蔵の放った46サンチ砲弾2発が命中、舷側装甲をぶち抜いて、缶室を滅茶苦茶に叩き壊した。
巨大な火箭が、天を貫く。
同時に、モンタナ級戦艦4隻の放った、48発の16インチ砲弾が、武蔵の周辺に降り注ぐ。
負けじとばかり、46サンチ9門が火を噴き、轟音の大きさで圧倒する。
3発の命中弾があり、煙突付近に命中した1発が、高角砲群に被害を与えたが、残り2発は分厚い甲板装甲が弾き返していた。
オレンジ色の筋が、メリーランドに吸い込まれていく。
一発も貫通しないが、10発以上が命中し、燃え上がる。
今回、弾頭には炸薬ではなく可燃性燃料が充填されているため、着弾するとたちまち火の海になるのである。
直後、必殺の酸素魚雷がメリーランドを襲い、4本もの命中弾が、一気に海中へいざなう。
他の旧式戦艦群にも、次々に雷撃が襲う。
その後、モンタナ級4隻から十字砲火を浴びた武蔵には、17発の命中弾があったが、幸いにして推進系への被害は無く、海戦は終息に向かっていった。
オルデンドルフ艦隊は、戦艦4隻以下、大半の艦が沈没、若しくは大破の被害を被っていた。
“壊滅的損害”であった。
ハルゼー機動部隊(第三艦隊) 旗艦ニュージャージー
「々|℃捌☆£@△〒⊂呪!□┐(;@□@)├○─♀☆∀⇔∇烹∬★Ŷθζ貂Д◎Ш(☆_☆)я繪!!? クカァオォォォォ!! ズィヤァァァァァァゥップ!!! キシャァ、キシャアァァァ〜ッ!! シャゴォォーーーーーッ!?」
その頃、某英国首相と某ドイツ国家元帥を足して二で割ったようなスタイルの男…もといハルゼー提督は、湯気を立てて怒っていた。
其の双眸は妖しい真紅にらんらんと輝き、その喉はこの世のものではない奇声を発していた。
既に狂っていると言っても良いだろう。
しかし、旗艦ニュージャージーの乗員達は、別段気に留めた様子もなく、任務を遂行している。
どうやら、珍しいことではないらしい。
ニミッツ長官の苦悩がわかるというものだ。
「許さん! 許さんぞ、ズィヤァァァァァァゥップ!! お前らにも恥を掻かせてやる! 誰が世界で一番なのか教えてやる! 偉大なるアメリカ海軍の底力を、見せつけてやる! 奴等に目に物言わせてくれるぅぅぅぅッ!! 今に見てろよ、ズィヤァァァァァァゥップ!! お前らなどは○○○○○の××で□□□して…(以下略)」
地団駄を踏み、唾を飛ばし、両手を振り回して、罵言雑言を撒き散らすハルゼー。
その様は、誰がどう見ても、某ドイツ総統である。
しかし、ニュージャージーのクルーは、いつもと変わるところ無く仕事をこなし続ける。
「敵戦艦、速力を38ノットに上げました。進路変わらず、本艦隊に直進してきます。如何致しましょう?」
喚き散らすハルゼーに、艦長が冷静に報告する。
大和である。
のべ800機に及ぶ航空攻撃を仕掛けたにもかかわらず、平然と突っ込んでくるのだ。
しかも、速度が落ちるどころか、逆に増速して。
オルデンドルフ艦隊が壊滅したこともあるが、これにもハルゼーは激怒していた。
さらに、先程から日本の艦上偵察機がしつこく飛来し、その度に迎撃機を出していた。
しかし、追い払ったと思うと、すぐまた飛んでくるのである。
逃げ足の速い彩雲だけに、手に負えない。
これはつまり敵の機動部隊がおり、しかも既に発見されていると言うことだから、いつ攻撃隊が来るか知れない。
ために500機近い艦載機を、艦隊に釘付けにしておかなければならないのだ。
「そんなモノは…」
「敵機探知…あッ、分裂しました!」
「バカモン! 飛行機が分裂したりするか!」
「チャフだ、チャフを撒きやがったんだ!」
スクリーンは既に、ざっと300以上もの点で埋め尽くされている。
「周波数を切り替えてみろ」
しかし、どの周波数帯域にも、チャフは映っていた。
「くそっ! 提督、とにかく敵機が居るのは確かです。真北です」
艦長も苛立ちを隠せない。
「迎え撃て! 我々に攻撃してくる奴は、全部撃ち落としてしまえ!」
再びハルゼーの怒号が圧倒する。
しかし、大和への第二波攻撃隊が戻った直後で、なかなか準備は整わない。
椅子に座ってイライラしながらせわしなく足を揺らすハルゼー。
大和のことはすっかり忘れていた。
一方、凶部隊の連山2機。
「電探妨害泊片か。効いてると良いな」
「通信妨害も上手く行っていると、他が楽で良いでしょうね」
「まあ、確認する方法は無いよな」
遙か下方でうろうろする敵機を後目に、二人の男が悠然と話している。
編隊は高度を10,000mに保ち、一旦北から入った後、大きく迂回して南東から接近しつつあった。
真夜中であるが、月明かりの下、快晴の天候もあり、海面までよく見通しが利く。
敵に発見されやすい代わり、爆撃も容易になる。
連山は高々度爆撃機であるから、これは有利に働く。
米側も慌てて艦上高々度戦闘機を開発しているのだが、まだ出現していないからだ。
…実は日本側もしゃかりきになってB−29迎撃機を乱発していたりするが、実際どこも似たようなものなのだろう。
「藤崎、操縦を替わってくれ」
「…どうしてです?」
一番機機長も兼ねる柳井は、突然言った。
前方には、かすかにハルゼー機動部隊の艦艇が見える。
艦隊は三つに分かれて行動しているらしいが、どれがどれだかはわからない。
「それはお前、自ら新型爆弾の誘導を試したいからだろ? 別に真っ直ぐ飛んでれば良いだけだから。な、良いだろ?」
困った顔をする藤崎。
同じ飛行機だと言ったって、彼が乗ってきた戦闘機に比べたら、3倍以上ある大型機である。
まるで感覚が違うはずだ。
「頼んだぞ。帰ったら一杯奢ってやるからな」
「あ、あの…」
そんな彼の戸惑いを余所に、柳井はベルトを外して爆撃照準席に収まっていた。
機は手放し状態。
慌てて操縦輪を握る藤崎。
「下手に振り回すな。空気が薄いからな。失速しやすい」
照準器を覗きながら、柳井はそんな事を言う。
無言で顔をしかめる藤崎。
次第に敵艦隊の姿が近付く。
青黒い海に浮かぶ、黒い点々は、青白い線を曳いている。
なかなか幻想的な雰囲気だが…。
戦艦ニュージャージー
「敵機二機、接近してきます! 高度推定32,000フィート! 味方機上昇できません!」
見張りの声が響いた。
「まだ無線は繋がらんのか?」
「さっぱりです。どの周波数帯も雑音しか聞こえません」
「その二機が掛けてるんなら、当分取れんな。しかし、奴等の電子技術が、我々のより優秀だという話は、聞いてないぞ」
ニュージャージーの艦長が言う。
ハルゼー提督はというと、怒り疲れ、席でぐったりしている。
誰も見向きもしないところが哀しい。
「あっ! 敵機爆弾投下しました!」
双眼鏡の視野には、確かにそれが映っていた。
しかも、炎を曳いているそれは、双眼鏡でなくても見えた。
かなり大きい。
「あれ…? ノイズ消えました! 通信可能です!」
「異様だな。…対空戦用意!」
32,000フィートから爆弾を落として、洋上を走る艦艇に当たるわけがない。
にもかかわらず、だ。
彼は嫌な予感を感じた。
「爆弾、進路を変えています! こ、こっちに来ます! 退避を!」
「くそ、無線誘導弾だ! 取り舵一杯!」
無線誘導だから、妨害電波が途切れたのだ。
ドイツが似たような物を使っているとのことで、艦長には予備知識があったのである。
45,000トンのニュージャージーが、全速力で左へ回頭する。
「駄目だ、避けられん!」
「逃げろーーっ!」
爆弾はオレンジ色の炎を曳きながら、艦橋の真正面へ突っ込んでくる。
「提督、提督! 何してるんですか、危ないですよ!」
一人の水兵が、ハルゼーに話し掛ける。
艦橋は皆が血相を変えて走り回っている。
蜘蛛の子を散らすように、というやつだ。
「何だ? …!! Nooooooooooooh!!」
「わあぁぁあああああああ!?」
彼が正気に戻った0.8秒後、イ号二型甲無線誘導弾は、艦橋基部に激突して、1,200kgの炸薬を爆発させた。
気付いたとき、二人は窓ガラスをぶち破って、空を飛んでいた。
さらにもう一発の誘導弾が、ニュージャージーの艦尾に飛び込んで炸裂、21万馬力を誇る同艦の機関部を滅茶苦茶に叩き壊していた。
火柱が、高々と上がる。
「やばい、やばいぞ! 逃げろーーっ!!」
その数分後、基部を吹き飛ばされた艦橋が倒壊し、左舷の副砲を2つほど押し潰して、海面に消えていった。
「あ…あ…何てこった…1年はドック入りだ。お、俺達のニュージャージーがぁ〜〜!」
誰かが、そんな事を言って、泣き出した。
その上から、再び妨害電波のカバーが被せられていた。
戦艦大和
「ククク…この時を待っていたぜ。野郎共! 主砲戦用意!」
指揮系統を滅茶苦茶にされたハルゼー機動部隊に対し、白い悪魔は急速に接近していた。
その三つに分かれた艦隊の内、一つに。
大和の対空電探にもチャフの影が無数に映っていたが、対艦電探は異常がない。
「海賊旗を揚げろーーーッ!! いいか野郎共! ワシントンだけは生かして帰すな! 霧島の敵討ちだ! わかったかぁーーッ!!」
正宗を振り翳し、大声を張り上げる橘川。
雷の落ちたかのような気合いの声を周囲に轟かせ、大和は進む。
旭日軍艦旗のすぐ下に、ドクロのマークを付けた黒い旗が上ってくる。
橘川艦長の専用旗、通称『海賊旗』だ。
全く以て、とんでもない男である。
「お頭ぁ!距離32,000です!」
「おぉし、撃てぇええええ!!」
大和の誇る、46サンチ4連装砲8基、あわせて32門は、天の一点を指向したまま、一斉に火を噴いた。
「何だ、あっさり沈みやがって。拍子抜けじゃねぇか。こうなったら…」
「…あれかね? 橘川君…」
「長官、わかってるじゃないですか。お願いします」
「うむ、わかった。任せておきたまえ!」
大和の司令塔で交わされた謎の言葉から10分後
空母エンタープライズそばの海にて
「さて皆の者、初陣なれば、油断大敵なり。しかれども、我が橘川斬空隊の下に集う限り、決して負けることなし。皆の者、勝利を手土産に帰ろうぞ!」
すし詰めの内火艇で、何か古風な言葉を操る奴が居る。
その男の名は、橘川 奔。
人格が変わっているらしい。
後方に7隻ほど、同じように内火艇が付いてくる。
大和の巨弾が、空母ベローウッドに降り注ぐ。
既に米戦艦は二隻とも沈められていた。
エンタープライズの巨体が、ずんずん迫る。
大和の砲撃で右往左往、しかも夜ということもあって、まったく気付かれていないらしい。
「放て!」
内火艇は、謎の物体を射出した。
それはエンタープライズを捉え、先端の強力磁石で内火艇と大型空母を結びつけた。
モーターの唸る音がして、内火艇はさらにエンタープライズへと近付く。
その内、内火艇8隻が、ぴったりとエンタープライズに接舷した。
すぐ上を、グラマン・ヘルキャット戦闘機が飛びすぎる。
幸いにして気付かれなかったようだが、冷や汗ものだ。
「やあやあ我こそは橘川奔、戦艦大和艦長なるぞ! いざ尋常に…往くぞぉぉおおおおお!!」
砲声のような咆吼。
ようやく米兵も異常に気付いた。
もうおわかりだろう。
この男、事も有ろうにエンタープライズを乗っ取ろうとしているのだ。
あまりの異常行動に驚いた米兵達が、慌てて機関銃を取りに走りはじめる。
そして戻ってきたとき、既に日本兵は居ない。
代わりにロープが残されていた。
「油断大敵なり!」
そして、四式自動小銃の一連射を浴びて、すべての感覚は途切れたのだ…。
「我が刃の下に散るがよい!」
「御免!」
「失礼つかまつる!」
ものの7分後には、エンタープライズは制圧されていたという。
多数の捕虜を収監して、大和はエンタープライズを引き連れ、悠々と脱出した。
「ズィヤァァァァァァゥップ!!」
ずぶぬれになったハルゼー提督は、相変わらず叫んでいたという。
つづく
<注意>
この物語はフィクションです。登場するあらゆる人物・物体・事象その他は、現実の世界とは一切関係ありません。
特にハルゼー提督をはじめ、この世界に名前だけ持ってきてしまった人達の名誉のために、彼らの様子が完全にフィクションであり、本物の彼らがこういう人物ではない(多分)ことを明言します。
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