火葬戦記 〜跳梁跋扈!?〜

 

第四話

 

1944年10月7日、ブルネイ・ダルサラーム。

「でかいなあ〜! 何だか、こう、度が外れてるぞ」
「ああ、俺も初めて見たが、信じられん」
「ちくしょう! 何だってこんなに遅れて出てくるんだ。最初から居てくれれば…」
ゆっくりと進んでくる、高貴な白い優美な物体の全容が明らかになるに連れて、連合艦隊各艦の乗員に、どよめきが広がる。
それに構うこともなく、白い鉄の城は、ゆっくりと錨を降ろした。
大和は就役直後から、単艦でミッドウェー・ハワイ方面へ偵察活動を行っており、連合艦隊と合流するのは今日が初めてだ。
幾度か潜水艦に襲撃されたが、特に損害は出ていない。
しかし、偵察に飛ばした瑞雲の内、一機が行方不明になっていた。
いずれにせよ、派手なことはまだしていない。
「ふは〜っ、さすがに、皆ビビってるか。無理もねぇな。ガッハッハッハッハ!」
戦艦大和、防空指揮所。
そこに、一人の男の豪快な笑い声が木霊した。
既に勝利を確信しているらしい。
何とかと煙は高いところに昇りたがる、という言葉は禁句である。
しかし、この作戦に、成功の文字はあれど、勝利の文字はない。
連合艦隊に与えられた任務は、フィリピンからの撤収を容易ならしめること。
その為に、予想される敵機動部隊の注意を引き、これをフィリピン各島から遠ざけることである。
本土近海決戦に備えるため、随所で行われている撤収作戦の一環である。
また、ここに集積した資源の運び出しを行う予定だが、その目眩ましという側面もある。
250隻に及ぶ船舶を集中運用して、原油50万トン等、恐るべき量の運び出しである。
「橘川くん、ここにいたのか」
「ああ、長官。どうしました?」
真っ白に磨き上げられた階段を上ってくる、50前後の男を見て、橘川大佐…戦艦大和艦長は、言った。
「いや、特になにもないんだが…」
男、歌上中将は橘川の隣に並び、海面上96mの絶景を眺めた。
大きすぎて外に停泊している大和から、湾内に腰を据えた連合艦隊の各艦が一望できる。
油槽船の群も見える。
ただし、空母は一隻もない。
第一機動部隊は、先のマリアナ沖海戦にて、大鳳が損傷、翔鶴が沈没してしまい、現在内地に引き揚げているのである。
残念ながら、大鳳の修理は間に合いそうにないとのことだ。
それでなくとも、せっかく育て上げたパイロット達が殆ど落とされてしまい、新鋭機の烈風や流星の量産が軌道に乗ったというのに、使いこなせない有様である。
悲惨と言うほか無いのだが、当分、機動部隊の力には期待できそうにない。
まあ、大和がいれば、十分すぎるほど収支は合う。
主に、敵の攻撃を吸収するという意味で。
と考えているのは、旗艦武蔵に座乗する山本長官である。
(注:この武蔵は大和型二番艦ではない)
…初陣から、大変な仕事になるだろう。
その内に、大和の艦橋から発光信号が放たれた。
すぐに、武蔵から返答がある。
もう一度、大和が打ち返した。
部下が見ているはずだ。
橘川はボーっとそれを眺めていたが、意味を追わずにそう思った。
すぐに、一人の水兵が上がってきた。
「長官、艦長、山本長官から出頭命令です。1200に武蔵へ来られたし」
「1200か。まだ少しあるな…。わかった、ご苦労。戻って良いぞ」
橘川はあくびをしながら、そう言った。
水兵は素晴らしく凛々しい敬礼をして、艦に消えていった。
「山本長官か…。よく助かったよな、ホントに。信じられねぇよ、実際」
「半年間、ジャングルで自活されたそうだ。しかし、それでも戻ってこられたのだ。我々もその強さにあやかりたい」
二人は会話を進める。
「そうッスね。勝負は時の運…って言っても、コイツに勝てる奴は誰も居ねぇんだけどな。ガッハッハ!」
「その通りだ。勝利は我にある。橘川君、君と、私と、皆と、そして大和…ひいては我らが日本と共に、勝利を分かち合おう」
「おぅ!」
二人はがっしりと握手を交わした。
何やら熱い空気が漂っているようだ。
再び二人は、眺めに目を移す。
「それにしても…あれッスね。こいつが生まれようとして、俺達が使われて、生まれてきた。そんな気がします」
「言えてるな。こいつは…何と言うべきか…単なる物ではない」
二人は艦首に目をやり、ズラリと並んだ四基の主砲塔を眺めながら、そう言葉を交わしていた。
皆、感じてはいたことだった。







「地震は酷かったらしいな〜、藤崎。東南海地震とか言ったか?」
(注:10月1日に発生)
同じ頃、金峰山基地。
柳井は机の上に足を投げ出す行儀の悪い座り方で、新聞を読んでいた。
そこへ藤崎が入ってきたのだった。
「らしいですね。とても不運なことです。1000人近く命を落としたそうです。冥福を祈りましょう…」
「…だな」
二人しか居ないレクリエーション・ルームに、司令官と副司令官の声が反響している。
蛍光灯が明るい部屋も、真新しいペイントの匂いが薄らぎ、徐々に落ち着いた雰囲気になってきた、ようにも見える。
柳井も足を降ろし、黙祷を捧げた。
いずれにせよ、かなり痛い損害である。
「ところで、何しに来た?」
「ああ、忘れていました。大本営からの戦況解説です」
そう言って、書類を手渡す藤崎。
「結構、量があるな」
新聞を投げ捨て、柳井は早速それをめくる。
再び足を机に投げ出しながら。
どうやら癖らしい。
柳井の向かいに、ゆっくりと藤崎が腰掛ける。
「独逸よ…もう少し…頑張れ」
アルデンヌ反攻作戦は結局打ち止めに終わり、もう崩壊を待つばかり。
時折、恐怖の超音速ジェット機だとか、驚異の200トン戦車だとか、凄い物を放って驚かせているようだが、焼け石に水だ。
来年の前半には降伏するだろう。
第一章のそれを見て、柳井はがっくりした。
奴等が負けると、露助が出て来て、イギリス野郎も出て来て、手に負えなくなる…だろう、恐らく。
世界中の強国を敵に回して、勝てるとは思えない…だろう。
順当に考えれば。
初っ端から嫌な空気だ。
「…藤崎よ。陸軍は、新型戦車造ってるのか?」
ノモンハンで滅茶苦茶にやられた、という噂は柳井も聞いている。
「噂の域を出ませんが、試作はしているようですよ」
藤崎はさほど心配している風でもなく、答えた。
噂と言ってはいるが、よほど確度の高い話を聞いているに違いない。
あるいは、あの当時とは航空機の対地攻撃力が比較にならないから、それでかなり補えるということだろうか。
ソ連の航空戦力がへっぽこなのは、世界の常識である。
まあソ連のことなど考えるより前に、アメリカを押し返さないといけないわけだが…。
柳井はそう思った。
…第一章がいきなり余所の戦況から始まったのは、第二章を見てわかった。
殆ど動き無し。
要約すると、そうなるからである。
ただし、第三章は別だ。
差し迫った、次なる大作戦の概要である。

<豚作戦>

「…誰がこんな名前を付けるんだ?」
「さあ…」
第三章の下にデカデカと書かれた作戦名に、柳井は呆れた。
藤崎も困った顔をしている。
「ま、まあいいか…」
気を取り直して、柳井はページを捲った。
「ほぅ〜。…ほほ〜ん。ああ、はぁ〜ん? ふ〜〜〜〜ん」
「読むときに声を出すんですね」
「…うるさいわい」
更に柳井はページを進める。
何でもそろそろ米軍がフィリピンへの侵攻準備を整えたようで、撤収するから海軍で米軍を掻き回して、その間に逃げるということらしい。
詳細は機密の関係上からか、何も書かれていない。
温存した兵力で本土近海決戦に備えるというのが、最近の大本営の方針である。
陸上兵力は対ソ戦に回すつもりらしいが、この上ソ連まで敵に回して勝てると考えているのだろうか。
また例によって“あまり知りたくない大人の事情”があるのだろう。
人はそれを非合理的と言う。
しかし一方、ひょっとすると、勝てる算段があるのかも知れない。
それはともかく。
「ああ〜、掻き回す、か。クックックッ…」
「何か作戦があるのですか?」
ニヤリと笑みを浮かべた柳井に、藤崎の実直な声が問う。
「最近新型爆弾が入荷しただろう」
「ああ、アレですか。テストに使うんですか?」
「そうだ。元々対艦用だし、実戦効果を計るなら、実戦で試すに限るからな」
(注:もちろん原子爆弾ではない)
そう言って、柳井は書類を机に置いた。
「ま、もう少し先の話らしいが、やらかす線で研究しておこう。他の部隊には漏らすなよ、藤崎」
つまり、独断で勝手なことをするというわけだ。
藤崎は肩をすくめるが、特に何も言わない。
3ヶ月の付き合いで、言っても無駄だと悟ったらしい。
しかし満更でもないのが本音であった。



「ああそうです。また新たに試作機が入りました」
しばらくして、藤崎が再び口を開いた。
「一応聞いているが、今日はニュースが多いな。しかし…大石(連絡将校)はどうした。酒か女か?」
「…。そういう人ではないでしょう。聞いていませんでしたか…? 風邪で寝込んでおります」
足を戻して、普通に座り直す柳井。
「あ、そうなのか。それはお気のドッグ。後で何か持っていってやるかな。…それで、どんな飛行機が来た?」
「キ−83試作遠距離戦闘機。爆撃機援護用の護衛戦闘機ですが、強力なエンジンと武装で防空にも適する、と聞いております」
柳井は身を乗り出した。
「ほ〜ん…。閃電は震電のせいでパッとせんし、キ−94はやたら手が掛かったからな…。久しぶりにマトモだと良いが」
ちなみに閃電は、震電の量産化もあって計画中止に至っている。
キ−94はエンジン関係のトラブルに悩まされていたが、陸軍航空隊初の高々度迎撃機ということで、採用の運びになりそうだ。
確かに、速度や加速力では震電を上回ってはいたのだが…。
なお、連山改もその赫々たる戦果で採用されはしたのだが、戦闘機にしてはあまりにも大型高価なため、先の見通しは立っていない。
景雲は故障が多く、どうやら動力系に根本的な無理があるようで、結局送り返すことになってしまった。
やはり空技廠のやることは当てにならないらしい。
九六艦攻?
複葉機は倉庫の端に押し込まれたままである。
可哀想な話ではあるが…。
「まともでしょう。異常なスタイルはしていませんでしたし、テスト飛行も順調にこなしてきたようですから」
「そうか、普通のスタイルなのか…」
柳井は少し残念そうだ。
どれだけ危ない飛行機で危ない目に遭わされても、特殊な形態で飛躍的な高性能を狙った飛行機が好きなのは、止まらないらしい。
「しかし、これでまともなら、連山隊にも護衛が付けられるか。それのテストも急いだ方が良いな」
「命令書にも、そうありました」
頷く柳井。
「だろうな。よし、物を見てみよう」
そして、立ち上がった。
彼の頭には、連山が海軍機であり、キ−83が陸軍機であることは、忘れ去られていた。
つまり、海軍の連山に陸軍のキ−83の護衛が付くと言うことは、まず考えられないのだった。
今までの常識では。
そう、ネジ一本の規格に至るまで異なるという、両軍の対立ぶりから言えば…。







同じ頃、海の向こう側

「最近、どうも体の具合が良くないのだ…」
合衆国大統領ルーズベルトは、陰鬱に垂れ込めた雲を仰ぎながら、そう言った。
「天候のせいですよ」
「だと良いんだが…。ところで、何だね?」
そう切り上げたが、今もまだ、不自然な頭痛がする。
医者にも掛かったが、特に異常は無いという。
実は原因は海を挟んで向こう側にあるのだが、彼らには知る由もない。
相手はどうすることも出来ず、用件を述べはじめた。
「朗報です。YB−30Aは予想以上の高性能を示しました。B−29の代替として、十分な性能です」
男はそう言って、書類を出した。
「これです」
…この機体、ロッキードの設計であるが、つい昨日、テスト飛行が行われたばかりである。
液冷X型36気筒5000馬力という、非常にあやしげなロールス&ロイス『キマイラ』エンジンを胴体に四基積み、機首と尾部の二重反転プロペラを回す、エンテ式の、極端に細い機体。
あまりにも異様な…もとい野心的なスタイルと言えるだろう。
しかし、テストでは792km/hという、信じがたい速度を記録した…。
もちろん、爆弾も積まず、燃料も減らしての記録ではあるが、これに追いつける飛行機といったら、ドイツのジェット機くらいだろう。
…彼らにとって、B−29が散々に打ちのめされるという事実は、あまりにも大きすぎる衝撃だったのだ。
たったの10機弱に邀撃されただけで、60機の内36機が戻らない。
この一戦で、米軍はB−29での護衛無し爆撃は不可能である、と判断したのである。
しかし護衛戦闘機を付けるには、日本本土は遠すぎた。
第一、敵も戦略爆撃機――しかも高々度を高速で飛び、強力な防御砲火を持つ強敵――を持っているのである。
下手に護衛戦闘機用の基地を造ろうとすれば、彼らの良い的にされかねない。
大統領はほっと一息ついた。
その大問題に対して、回答を返すことが出来そうだからであった。
そして、保険を掛けておいて良かったと、心の底から安堵した。
もしこの手が使えないとなると、結局本土上陸を強行しなければならなかっただろう。
そうなると、こちらの人的損害も、あるいは100万を超えるかも知れない。
そんな事になったら、自分の首まで危ない。
「ですから…」
「わかっているとも。先行量産段階へ入ることを許可する。可及的速やかに、実戦配備可能な状態にしたまえ」
「はい、ありがとう御座います。我々は必ずや、勝利するでしょう」
大統領は頷いた。
「うむ…ご苦労。他に用がないのなら、戻って良い」
男は恭しく一礼すると、ドアを開けて、出ていった。
ホワイトハウスは相変わらず曇天。
大統領は頭痛の頭を抱え、再び執務に戻っていった。










つづく

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