火葬戦記 〜跳梁跋扈!〜
第二話
「差し当たって、自己紹介でもしてもらおうか。…といえば、まずは俺からだな?」 男はレクリエーション・ルームに居た。 柳井という中年の中将だ。 海軍だったはずなのだが、陸軍部隊の指揮を執らされているため、所属は微妙なところ。 「柳井 槍太だ。階級は中将。この部隊の指揮を執る。従って、お前らの上官になるな。まあよろしく頼もう」 演壇の男は、そう言ってマイクを切った。 「ほら、回すぞ」 そして、それを回す。 最新鋭のワイヤレス・マイクだ。 この基地は、こんなところまで凝っているらしい。 「…副長の藤崎陸軍大佐です。戦闘機乗りでした」 男らしい角張った顔つきの男が、まず言った。 「あぁ〜ん、何だか面白みが無いな。年齢は? 出身は?」 柳井が突っ込む。 面白みとはどういうことだろうか。 「36歳、福岡出身です」 「お、そうか。よし次」 何事もそつなくこなす、無難な男。 柳井は藤崎の事をそう評した。 「整備長の高濱じゃ! 整備んことなら任せろ! 中島飛行機から来た民間人ばってんが、よろしゅう頼むばい!」 堂々たる声が、室内に木霊した。 独特の訛りは、地元熊本のものである。 「お〜、元気の良いじーさんだ。今度“誉”の正しい扱い方を教えてくれな。次〜」 濃い奴一人目。 そう柳井はカウントした。 「自分は大石であります。連絡将校をやることになりました」 「よし、お前は知ってるから次」 酷い扱いだ。 大石はそう思った。 「…新庄中尉だ」 「ん? そんだけか? 名だたる艦攻エースだろうが、もう少し何とか頼むぞ」 「…」 「馴れ馴れしいのは嫌なわけだ。わかったわかった、次」 超ネクラ。 柳井はそう断じた。 と共に、一杯飲みながら話を聞いてやる必要がありそうだ、とも思っていた。 「私は新庄礼華少佐です。彼とは結婚しておりますが、それに流されることなく、全身全霊、戦い抜きたいと思いますので、よろしくお願いします」 「ひゅ〜…。噂の紅一点だな。帝国海軍トップエースの一人だぞ。全員憶えておけ」 丁寧に頭を下げる女性飛行士の言葉に、補足するように付け加える柳井。 あの超ネクラには勿体ない、などと考えていたのは、まあ自然な成り行きである。 それでも柳井にとっては、このネーチャンがバッタバッタと敵機を薙ぎ倒すとは、信じられないところだ。 「ふぅ。よし次、そこのガタイの良いニーチャン」 「は、どうも。え〜、宮崎甚平です」 「階級は」 「あ、中尉です。九七式重爆の操縦士をやっていました」 「お〜、あのヒコーキも、最初の頃は足が速くて憧れたんだがな…次」 口調もそうだが、温厚な男。 柳井はそう評した。 九七重爆への評価も、偽りはない。 「ああ、え〜、佐藤礼司郎です。あ、少尉です。宮崎さんと一緒に、射手で九七重爆に乗ってました!」 「何だか挙動不審だな、貴様。いじめられてただろう?」 「ええ!? いや、まあ…」 図星か。 それにしても五月蠅そうな奴だな。 「ま、ここは環境も、上官の性格も良いから、安心しろ。ところで貴様、射撃の腕は?」 聞いてから、また五月蠅くなるかな、などと少し後悔する柳井。 「え〜、そりゃもう、凄いッスよ。グラマンなんて、来たそばからバッタバッタと薙ぎ倒し〜の、ですから。37機落としました」 案の定、この通りである。 よくこんな奴が軍に入れたものだ。 「佐藤、嘘は言うな」 宮崎の声が割って入る。 柳井の視線が、佐藤に刺さる。 「あ…いや、本当は、5、6機じゃないかな、と」 「宮崎に聞いておく。今後嘘は許さんぞ」 「はい…」 しゅんとなってしまった佐藤を見て、柳井は、少し言いすぎたかな、と思った。 しかし宮崎が平然としているので、大丈夫だと判断した。 「よし、うちは発足直後の実験隊だけに、残りは整備士が数名だけしか居ない。ベテランばかり引き抜いてもおられんからな。ただ、爆撃機乗りの航法士官や爆撃手がおらんのが辛いところだ。その内来るんだろうが…。で、今晩宴会でもやって、交流を深める事にするが、その前に! 今から乗機の確認を行う。実機を披露するから、俺に付いてこい。返事!」 「はいッ!!」 さすがに猛者揃い(ある意味)だけあって、返事はなかなかよろしい。 柳井はそう考えた。 「我が隊の目的は、新鋭機への習熟、及び戦術の研究と、総合的な評価に基づいて、その機が実戦にて戦果を挙げうるかの判定だ。将来の戦況を、大きく左右しうるもの、と言わなければならんだろう。極めて重要だ」 歩きながら、柳井は語った。 「それ故に、諸君等のようなベテランが引き抜かれてきたわけだ。性格上、数は多くないがな。…まず、俺の乗機だ」 こいつが乗るヒコーキを皆に紹介して意味があるのか? ある。 それはチームワークである。 「局地戦闘機『連山』三四型。通称連山改。これはB−29…向こうにある大きいのだ。暇なときにでも見ておけ。…を叩き落とすための、超重戦闘機だ」 柳井は連山改の前に立ち、解説を始めた。 上面濃緑色、下面明灰白色の迷彩に、鮮やかな日の丸。 海軍式の塗装だが、まだ新しい。 「こいつのコンセプトは、とにかく重武装だ。前方固定20ミリ機銃18挺に加え、75ミリ砲を4門備える。如何なる巨人機であろうと、一撃で粉々だ」 柳井はニヤリと笑った。 試してみたくて仕方がないらしい。 どうやら、お気に召したようだ。 「…そんな事をして、追いつけるのか? 重い砲を載せれば、速度は落ちるだろう」 新庄(夫)が質問した。 彼自身は知らないことだが、事実キ−109の例がある。 「そこが素人の赤坂新宿六本木。まず、爆弾倉を全廃。これで4トン+アルファ軽くなる。さらに、6000キロも7000キロも飛ぶ必要は無い。燃料搭載量を半減させ、防弾と構造の強化を図ってある。一通りの空戦機動は出来るぞ。しかも、これだけではない。エンジン後部に取り付けられた火薬ロケットによって、短時間ながら700km/h以上が可能となるのだ」 柳井は、まるで自分が造った飛行機を語るかのように、一気にまくし立てた。 一同唸る。 ちなみに火薬ロケットは、急上昇のために使うことも考えられている。 「武装の組み合わせによって甲乙丙丁があるが、この内丁型は対地掃射仕様で、性格が異なる。現在あるのはすべて甲型だ。斜銃は積んでいない。なお、高々度戦闘に備えて、若干主翼が延長されている」 言われてみれば、なるほど、主翼付け根のフィレットが妙に大きく、そこから75ミリ砲の砲身が突き出している。 機首にあったはずの航法士席は潰され、沢山の銃口が開いている。 放射状に並べられた銃口の中央からは、にょっきりとアンテナが突き出している。 電探を搭載しているようだ。 旋回機銃は強化され、後部上方、側方に20ミリ用の銃座を新設。 しかも、すべて電動式の動力銃塔だ。 さらに尾部は20ミリの4連装となっており、尾部4連装は他にランカスターに例を見るだけである。 無論、20ミリの4連装を積んだ飛行機は、他には存在しない。 実はエンジンも異なっていて、搭載する『誉』四二型は、震電の量産型に搭載されるのと同じ、出力増強型だ。 「これに加え、先程ドイツより帰国した潜水艦よりもたらされた、新型の空対空ロケット弾も大量に携行する。質問は?」 “大量に”を強調する柳井。 12連ランチャーを各翼4つずつ、総計96発を搭載するのだから、凄まじいものである。 従来の如何なる戦闘機も、足元にも及ばない重火力だ。 重爆どころか、艦艇にまで通用しそうな勢いである。 誰も何も言わない。 呆れているのか、感心しているのか。 まあ、どちらかしかあり得ない。 「さて、次はキ−84だ。海軍の連中でも知っているだろう。…俺も海軍だが、まあいい。有名な“大東亜決戦機”疾風」 次に出て来たのは、遙かに小柄な戦闘機だった。 精悍なスタイルは、中島戦闘機部門の最高傑作と呼ぶに相応しい。 無論、見かけだけではない。 「一式戦の運動性に、二式単戦のパワーを併せ持つと言われる、凄い奴だ。ただしこいつは防空用。試験に供するわけじゃない」 柳井はそう言いながら、藤崎を見た。 どうやら彼が、この機を操ることになるらしい。 「こいつの説明は要らないな。我が国の誇る最新鋭大攻『連山』。爆弾満載で6500kmを飛行出来、緩降下爆撃が可能だ」 やはり、連山改より通常の連山の方が、無理のないスタイルである。 実は本機の配備と、富嶽実用化の目処が立った事に伴って、近々戦略空軍が発足するらしい。 となると、ここも彼らの基地になるのだろう。 さらに、陸軍のキ−91も装備する予定のようだが、この機は開発が始まったばかりであり、富嶽一本に絞られる可能性も高い。 他には“十九試超大艇”こと試製幽谷と、高速侵攻爆撃機のキ−300が開発中である。 前者はとにかく搭載量に絞り、後者は富嶽の正統な後継として、ジェットエンジンを搭載、さらなる生還率向上を狙った物である。 「将来は爆撃機が運び込まれるかもしれんから、爆撃屋の腕がなまらんように、だと。えらく贅沢な話だな」 とは言うものの、代わりに『深山』が運び込まれたりしていたら、それはそれで困っただろう。 次に出て来た飛行機は、なかなか鋭いデザインをしていた。 「試作局地戦闘機『試製閃電』。三菱製だが…見ての通りだ。20ミリが4。所属は海軍」 何と形容すればいいのだろうか。 文章で表現するのは難しい。 まず、短い胴体の後部にエンジンを積み、同じく後部のプロペラを回す。 主翼はその胴体の後ろ寄りに取り付けられ、途中から後方に細い軸が伸びて、後方の尾翼を支える。 尾翼がプロペラ後流で振動する問題があったが、逆ガル主翼として、そこから軸を出し、プロペラ後流を避けることで解決した。 「用途はB−29迎撃だ。760km/hが出るらしいが、じっくりテストして検証する必要がある」 次に出て来た飛行機も、鋭いデザインではあったが、無駄のない姿は、高性能を確約しているようにも見えた。 「局地戦闘機『震電』。こいつは既に量産化に移っている。見込みでな」 今まであった普通の飛行機を、前後逆にした、と言えばいいだろうか。 前に尾翼(先尾翼、あるいはカナード翼と言う)を付け、機体の後部にエンジン・プロペラが付く。 機首には凶悪な威力を誇る30ミリ機関砲が搭載予定だったが、間に合わなかったため、99式20ミリの2号4型(発射速度増大型)が搭載されている。 「エンジンの冷却がちょっと気になる。実用に耐えないようなら、即座に生産を停めなければならんから、こいつの試験はすぐに始めんといかんな」 さらに戦闘機が出てくる。 「次は陸軍機だ。キ−94試作高々度戦闘機『昇竜』。これは…凄いだろう、藤崎?」 「凄いと言うよりも…。何と言うべきか、慣れるまで苦労しそうですね」 閃電の機首にもエンジンを付けた形をした、かなり大きな戦闘機だ。 主翼には強力な37ミリ機関砲を搭載し、780km/hという速度を出せる予定だ。 この高速性は、大馬力エンジンに負うところもあるが、TH翼という新型層流翼にも関係がある。 少々、不安を感じさせるスタイルではあるが…。 「次は偵察機だ。十八試陸上偵察機『試製景雲』。普通に見えるだろう?」 「いや…。ちょっと、風防が変わってますね」 宮崎の声。 「いや、オレもな、そう思ったんだ。ところがだ、この内部構成図を見てみろ」 胴体中央に液冷の『アツタ』を二つ並べて搭載(連結エンジン)し、4mというとんでもない長さの延長軸で、プロペラを回す。 似たような飛行機に、ドイツのHe118があるが、結局物にはならなかったはずだ。 それどころか、ジェット機にする計画もあるという。 「…」 誰も何も言わない。 「741km/hが出るらしいが、これが例によって空技廠の産物なんだ。風防ガラスは開けて飛ばにゃならんだろう」 柳井も変な飛行機は好きだが、墜ちる飛行機は大嫌いである。 当たり前の話だが…。 「中将閣下、これも第一線機ですか?」 「いや」 新庄(妻)の声に、即座に答えた柳井。 一機の複葉機が、停められていた。 複葉という時点で、終わっている。 「九六式艦上攻撃機仮称二一型は、エンジンを栄に換えた性能向上型。…まあ、オレもなんでコレがあるのか、知らないんだが…」 全員でそれを見上げた。 久しぶりに実用性の高い艦攻だと、当時はそれなりに好評だった。 しかし、直後に出て来たのが有名な九七艦攻。 布張りの複葉機では、抗すべくもない。 数少ない、信頼に足る空技廠製だったのだが、結局役に立たなかったのだ。 「ま、せっかくあるんだから、取っておこう」 柳井はそう結論付けた。 そうやって新型機の紹介(??)を終えた後、彼らは再びレクリエーション・ルームに戻っていた。 ちなみにこの部屋は会議室でもあり、大型のスクリーンなども備えられている。 引き締まった顔の隊員が座る中、柳井は再び演壇に立つ。 「事は急を要するぞ。邀撃機の試験は明日から開始する。先程も言った通り、震電のテストは特に急ぐ。明日から開始だ。仮想敵として差し当たって連山改を使用、新庄少佐、藤崎大佐が震電に搭乗し、これを模擬攻撃する。佐藤は連山改に搭乗、銃座にて、模擬弾を用いてこれを迎え撃て。連山改の操縦は俺がする」 柳井は一気に言った。 皆、真剣そのものだ。 ただし、整備長の高濱は居ない。 「取扱説明書を配る。試験開始は明日の午前五時からだ。それまでにしっかり目を通しておけ。質問は?」 最初に藤崎が、次いで新庄(妻)が取説を受け取る。 300ページはある、分厚い本だ。 ただし、九州飛行機(震電のメーカー)からの好意で、特に在来機と異なり、注意すべき部分をまとめた注釈集が挟まっていた。 これでだいぶ楽になるはずだ。 「あの…自分達はどうなるんですか?」 宮崎の声だった。 重爆乗りの彼には、まだ指示が無い。 艦攻屋の新庄(夫)もだ。 「爆撃機は燃料を食うからな。割り当てが多くないんだ。差し当たって、指示があるまで待機しておけ」 眉間にしわを寄せ、顎をさすりながら、柳井は答えた。 燃料や潤滑油、機銃弾に爆弾・魚雷といった、補給物資の問題は、どこも共通の悩みである。 内地の実験隊だけに、環境は前線より遙かに良いが、物が足りないのはここも同じのようだ。 「でも、前線では一人のパイロットも惜しいところなんですよ。それを、こんな所でのんびりしているわけには…」 宮崎はなおも食い下がる。 彼の出身部隊も、逼迫した状況下だったのだろう。 「確かにな…。う〜…む。そうだな、連山改に慣れてみるか? 新庄中尉、お前もだ」 「俺が? いや、それなら普通の戦闘機の方が、感覚を掴みやすいと思う」 「なら、お前も震電に乗れ。宮崎は良いな?」 「はい、ありがとう御座います」 ちなみに連山改は、主兵装が前方固定なので(甲武装)、最悪操縦士のみでも、戦闘に参加できる。 大型機であり高く付くが、75ミリ砲弾もそれ相応に沢山積めるから、一機で一度に最低2、3機は撃墜できるだろう。 「質問は?」 沈黙。 「よし、解散。21:00にここへ集合しろ」 柳井はそう告げ、自由時間を与えた。 その頃、九州・種子島南方沖 「加藤ぉおおッッッ!! 釣りなんぞやってる場合かぁぁああッ!! てめぇは今月の給料無しだぁぁああああッッッッ!!」 何やら途轍もなく巨大な船に、男の乱暴な声が轟き渡る。 そう、途轍もなく巨大な船だ。 真新しい、真っ白の塗装が、夏の日差しを浴びて輝く。 戦時下だというのに、とても優美な姿だ。 しかし、大きさが規格外。 かつて、これほどまでに大きな乗り物があっただろうか。 否、そんな物は存在しない。 45万トンもある物体を動かそうと考える方が、どうかしている。 計画名『A140Z2』 戦艦『大和』 1936年の起工以来、8年以上の歳月と、莫大な労働力と資材、資金を投じて造り出された、日本造船技術の結晶体。 それは戦艦史上最大にして、その歴史の到達点を示す物でもある。 そう、戦艦とは如何なる敵に対しても、圧倒的に強くあらねばならない。 航空機の大群相手といえども、潜水艦の群狼作戦に遭っても、戦艦を名乗る以上は、勝たなければならないのだ。 その最もストレートで、最も正しく、かつ最も非経済的な答えが、今まさに、海を走っている。 「野郎共! よっく聞きやがれ! 現時点を以て、訓練は終わりだ。初陣に備えて、フィリピン方面に進出する!」 マイクを片手に怒鳴る男の名は、橘川奔(きっかわ はしり)。 この戦艦大和の艦長である。 階級は大佐。 身長こそ高くはないが、がっしりした体格と、線のハッキリした顔立ち、何より鋭い視線。 “強さ”を人間にして表したような男だ。 彼は独自の信念に基づいた言葉遣いで、再び怒号を飛ばした。 「言うまでもねぇこったが、オレ達は世界最強・天下無敵の戦艦に乗ってる。そしてオレ達は、帝国海軍の精鋭だ! この二つを合わせれば、恐れる物は何もねぇ! 野郎共! 何が何でもアメ公をフカの餌にしろ、勝つのはオレ達だ! わかったかぁぁぁッ!!」 次の瞬間、雷鳴のような雄叫びが、艦を包んだ。 巨艦の艦体が、闘志を漲らせる。 46cm砲32門を備えた誇大妄想的超巨大戦艦は、40ノットに迫る驚異的な速度で、海上を驀進していた。 祖先が和冦とも水軍とも云われる、恐ろしく血の熱い男に指揮されて。 在来の戦艦10隻に匹敵すると云われる、絶大な火力。 如何なる攻撃をも退ける、無敵の防御力。 駆逐艦をも逃さぬ、圧倒的な高速力。 『太平洋に君臨する海の主』とは、橘川の評。 どれを取っても、日本海軍にとって、かけがえのない存在であった。 果たして、それは如何なる運命を辿るのか…。 つづく |