火葬戦記 〜跳梁跋扈!?〜

 

第十七話

 

1945年8月18日 長野県内某所

「15秒前。…14…13…」
少し広くなった谷間に、整然と並べられた、鉄とコンクリートの施設群。
それは、緊張に包まれていた。
朝の涼しい空気だけではない。
重大なイベントが行われているのは、誰の目にも明らか。
「8…7…6…メインエンジン点火」
突然、その施設群の中央に、我こそはとそびえ立つ、円柱状の塔、その後尾付近に、無数の火花が散る。
そしてそれも束の間、たちまち轟音が白煙を伴って、何もかも覆い隠す。
「点火を確認」
綿菓子のような煙が、パッと弾けた。
朝の静寂を、白煙を通した鈍い閃光と、地鳴りのような轟音が、打ち破った。
驚いた鳥たちが、一斉に飛び立つ。
大気が、大地が軋む。
「5秒前。…4…3…」
「推力正常」
「燃料圧力並びに温度異状なし」
漲った緊張が、さらに高まる。
しかしその中で、唯一、自信に満ちた顔の若い男が、監視塔と思われる建物の中から、それを見ていた。
ドクトル・ヴェルナー・フォン・ブラウン。
その巨大な塔「空技廠8型7号ロケット」の、プロジェクトリーダーだ。
「2…1…離昇! …1…2…」
「離昇を確認!」
そして、ゆっくりと、予期された出来事は、起こった。
そびえ立つ巨大な塔が、そこだけ逆に重力が働いているかのように、天に向かって落ちていく。
それはますます勢いを増し、巨大な黄色の火柱を曳いて、留まるところを知らずに昇っていく。
白い筋が、高度毎に異なった風に流されて、空に散っていく。
地には歓声―――。
「補助ロケット切り離し。高度170km」
なおもアナウンスが続くが、聞いている人間は少なそうだ。
「第一段切り離し。第二段点火」
「第二段、点火を確認。高度250km」
もう、地上からは見えない。
相変わらず場は沸いていたが、山間は徐々にいつもの朝を取り戻していった。
「しかし博士、あれは軍事利用されます。良いんですか?」
「構わないよ。途中で寄り道があっても、確実に僕たちは進んでるんだから」
後にロケットの父と呼ばれ、既に弾道ミサイルV−2で名を轟かせていた男は、晴れた顔でそう言った。
そう、軍事利用だからどうしたこうしたなど、枝葉末節。
確実に、事は宇宙旅行へと前進している…そう、確信している。
「有人宇宙旅行。それにしても、正直、この国でこれだけ好きにやれるとは、思いませんでした」
「あはは、それはそうだね」
彼は、笑った。
「高度750km。最終段階に入ります」
既に打ち上げの山場は過ぎた。
後は模擬飛行体を周回軌道に乗せるのみ。
宇宙ロケットの実用化は、この時点で、90%は果たされたと言って良かった。
もちろん空技廠であるから、後ろ盾は軍だ。
この時点で、実験場と原料の関係から核弾頭開発を諦めていた軍は、通信用、将来的には偵察用にと目論んでいたのであった。
何にせよ、海の物とも山の物ともつかないのは事実。
それでも予算と設備、人手が付いたのは、ひとえに日本軍の余裕、言い換えれば気まぐれである。
高々と昇りゆくロケット。
誰がどのような思惑を持っているにせよ、それが人を重力の及ばぬ世界にいざなう日が、そう遠くないことは、間違いなかった。
そう、優しくも無慈悲な、偉大なる地球を離れる日が…。



東京某所 大本営

「早速であるが、作戦は概ね成功したと聞いているでおじゃる。今より、その詳細を確認し、分析を行うのでおじゃる」
高めの声が、陰気な部屋に木霊する。
窓のない部屋は、時間の感覚を失わせるものがある。
「併せて、今後の戦略研究、策定も行うのでおじゃる」
首相兼陸軍大臣にして、帝国の実質的独裁支配者は、そう言った。
一部省庁代表、各軍のトップ、軍団長、艦隊司令長官達と、亡命ドイツ代表団。
そうそうたる顔ぶれが、皆一様に真剣な表情だ。
「まずは、私が」
海軍軍令部総長・及川大将が口を開いた。
「うむ、制海権の確保は、本作戦の最大の目的であった。述べよ!」
「は。航空機の損害には少なからぬ物がありましたが、被害は大きくありません。対し、敵米国太平洋艦隊は、ほぼ壊滅しました」
パッと円卓の中央のスクリーンに光が宿り、滅一号作戦の戦場地図が表示される。
「敵艦隊はこれです。こちらは、英国艦隊と輸送船団です」
二つの船の絵が、フィリピン方面から進んでくる。
「14日1844、敵は我が方に対し、攻撃隊を発進させました。編隊は4群に分かれておりました」
前方にある船の絵から、飛行機のマークが4つ、続々と東へ出る。
「直後、敵艦隊は南へ転進。1947、我が方の要撃隊が全機発進を完了、1959、接敵」
一旦大将はコップの水で休む。
「失礼しました。これより15分ほどの間に、空母4が航空機使用不能の被害を受けました。沈没は駆逐艦2。その他12隻が被弾したものの、大破した艦はありません。空戦による損失は、276機でしたが、対空砲火と併せ、700機強を撃墜しました。なお、被弾した4空母の搭載機を入れると、実質被害は500機近くに及びます」
改めて、軽いとは言い難い。
ただ、搭乗員を救助する余裕はあったので、人的被害は小さく留まったのが、幸いなところだ。
「この被害について、どう思うでおじゃるか?」
首相は、メガネを光らせながら、言った。
「それについては、私が」
直接北斗で指揮を執った、山本長官が、言った。
「うむ」
「率直に申し上げれば、2300機の夜襲に対してと考えれば、この被害は小さいものと言えます。しかしながら、絶対的な被害の大きさという観点から見れば、大きいと言えるでしょう」
皆、頷く。
それだけ、戦闘の規模が桁外れだったということだ。
「敵編隊の正確な情報を把握していたにも関わらず、これだけの被害を受けた事は、検討を要する事項であると言えます。以下は本官の私見となりますが、ひとえに迎撃管制がまだ不十分である事に尽きると考えられます」
「昼間戦闘機が夜戦に挑まざるを得なかった、という状況は考えないのか?」
誰かが異議を挟んだ。
「確かにそれも結果に影響するが、本質的とは言えない。敵にぶつけるられるか否かに比べれば、機体性能の多少の差異は、大きな問題ではない」
そう、実際に出撃しても敵に会わずに戻る例は多く、そして夜戦でなければ夜にはまったく戦えない、という事はないのである。
事実、この戦いでは、夜戦装備を持たない烈風や紫電改が、それなりの戦果を挙げている。
真っ暗闇でも、目視で発見、戦闘できるのである。
「では、何故撃ち漏らしがあったのでおじゃるか」
「おおよそ予想されてはいたことですが、数が多すぎました。可能最大限の事をしたと言えますが、人間による誘導では、限界があります」
わかっていたから、北斗では管制員をしこたま増やして、特設アンテナまで立てて、対応した。
それでも、足りなかったわけである。
そもそも、幾ら管制員を増やしたところで、どの部隊をどれに当てるのか、それは結局一つの頭脳で統一的に考えなければならない。
そして、双方合わせて4000機を越えるような飛行機が乱舞する状況で、それは明らかに人間の手に余るのである。
分散して割り当てなど考えたが、演習では無惨な結果に終わってしまった。
無論、ある程度は編隊単位で任せられるが、結局、不可能なのだ。
これを解決するには…
「さらなる高度技術化により、迎撃管制を電子演算器によって自動制御するしか、方法は無いものと考えられます」
何千もの目標の脅威度を判定し、幾つもの対応を考えだし、その利不利を吟味して最適解を求め、しかもこれを迅速に処理・命令するのは、これしかないというわけだ。
要するに、イージス・システムである。
ミサイルの代わりに航空機を向かわせる、イージス・システムだ。
勿論、彼等はそんな名前では呼ばないが。
「既に北斗と大和には、艦対空誘導弾をこのようにして振り分ける機能が備わっております。これを応用すれば、不可能ではないものと思われます」
理解できない者多数…といったところか。
まあ、やむを得まい。
こんな話、戦前だったら、何をバカな、と一笑に付されるのが関の山。
下手をしたら、クビだったろう。
一同、沈黙。
「艦載演算器の性能向上も必要であるが、機体側も対応する必要があるでおじゃろ?」
首相は、すべてを知っているようだ。
事実、現状の烈風や紫電改には、そのような装備は無い。
「今後、あらゆる航空機は電探を装備し、あらゆる部隊は、高度通信によって、戦場情報を統一的に共有しなければならないのでおじゃる」
わかった者も、そうでない者も、皆一様に頷く。
異議を唱えることなどは出来ない。
スマートにグラス・コクピット化したRMAな烈風。
あまり想像したくはないが、つまりそういうことである。
「そして、その後の経過は?」
「ああ、はい。続けます」
首相は、話を戻した。
「2122、戦略空軍第二師団の各機が爆弾投下。遅れて2131、我が攻撃隊が敵艦隊に攻撃を開始しました。交戦はおよそ18分間で、空母13隻を撃沈、その他命中弾多数の大戦果を挙げました」
「新兵器の威力か」
首相は不気味な笑みを浮かべて、質した。
「はい。新航空魚雷は試験の通り、絶大な破壊力を発揮しました。しかし、これは戦略空軍との連携あればこその戦果であると言えます」
この魚雷、正常ではない。
気泡を全身に纏い、固体燃料ロケットによって海中を220ノットで“飛行”するという、とんでもない兵器なのだ。
海面上に光をほのかに発し、派手な航跡を曳いて、この世の物とは思えない速度で突っ込んでくるわけである。
さらに、水上に曳いた凧は一種の信管であり、標的の舷側に接触すると、魚雷本体の弾頭を起爆する。
これによって、正確に艦底を狙うのである。
高速のため遠距離からでも命中率は高い。
ただし、これらと引き替えに、2000kg近い大重量になっていた。
戦略空軍の投弾したのは赤外線誘導弾「ケ号」に弾子700発程度を詰め込んだ物であり、これで機銃、レーダーその他ソフトスキンをズタズタに切り裂いた。
しかるに、巨大な魚雷を抱いた流星改は、このように対空火器の著しく弱体化した状況でなければ、大被害を受けたであろう。
そういうことなのである。
「しかし、なおも米艦隊は前進し、翌日0205、第一艦隊と交戦、およそ24分後には左翼から展開した第二艦隊が攻撃を開始しました。0230丁度、第二水雷戦隊が敵主力艦群を射程に収め、雷撃。これで戦闘の行方は決しました。その間に航空機による戦闘も行われましたが、敵はジェット艦戦、夜戦を多数有しており、また錬度も高く、我が攻撃隊を繰り出せる状況には無く、しかし敵も攻撃隊は数が少なく、大なる戦果は彼我共にありません。なお、特別任務部隊はこの時点で約200km北方にあり、戦況には寄与し得ませんでした」
当然というか、止めに使われた魚雷も、ただものではない。
日本海軍は、酸化剤として魚雷に積まれる空気を、多大な犠牲と労力の末に酸素で置き換えることに成功し、93式魚雷として実用化した。
これを液体酸素にしようという考えが生まれるのは、ごく自然な成り行きだった。
そしてこれを以て液体水素を燃焼させ、スクリューを介さず、ロケットエンジンとして使用することで、効率向上を図った。
その威力は、雷速70ノットで航続50000mという性能で証明される。
しかも、これらが燃えて出来るのは、ご存じの通り、水。
従って航跡も無い。
さらに、これによって生まれた容積に、音響誘導装置を備える。
バカでも当てられる、である。
殉職者23名を出し、大きな力を注ぎ込んで出来上がったのが、新鋭5式魚雷なのである。
もっとも、未だ完成品とは言い難い。
二隻ほど、爆発事故を起こした艦が出た。
早過ぎたのだ。
「なるほど。その戦果と引き替えに、巡洋艦4、駆逐艦11を失い、戦艦3、空母4、その他26隻を大破したということであるな?」
「は。なお、最終的に敵の損失は、戦艦14の内7、空母31の内26、航空機は7割、その他艦艇の6割です」
「壊滅的損害、でおじゃるな。して、輸送船団及び英国艦隊はどうなった?」
「2142、我が方の攻撃隊が攻撃を終了してほどなく、南方へ転進、見失いました」
彼等は知らなかったが、もとより英艦隊は輸送船団の護衛で、上陸作戦中止と共に引き揚げたのである。
「潜水艦は?」
「はい、敵は想定海域に進まず、針路を東に取って連合艦隊主力へ向かったため、我が方の潜水艦隊は戦果・被害ともにありません。敵潜につきましては、撃沈は2隻のみですが、大艇その他の哨戒活動によって、封じ込めたようです」
いかに電探の網を張り巡らしても、海中だけは別。
結局、敵潜の動向はよくわからないのだ。
「うむ、それだが、何故敵は東に進んだのでおじゃるか」
まるで、こちらの動きを知っていたかのようだ、と言いたいかのように、首相は言った。
実際、ニミッツ機動部隊が真っ直ぐこちらの予定通りに突っ込んでくれば、まず間違いなく全滅していたであろう。
そして実際の敵艦隊の動きとは、こちらの兵器が、一年前の性能であれば、逆にこちらが深刻なダメージを被った可能性が高い。
連合艦隊主力の各艦には、敵電探波を捉えたという記録は無い。つまり、直接には見つかっていない。
潜水艦の探知記録はあるが、敵が進路を変えてからの話だ。
となると、一つの可能性が確定に近いものとなる。
皆、口を噤んだ。
「情報部は統合したし、スパイ共は大半を始末したのでおじゃる」
首相が畳みかける。
陸海及び政府直属の情報機関を、彼は強権行使で一本化していた。
国内防諜も飛躍的に強化され、怪しい電波が米側に向けて発信された可能性は低い。
最終的に、一つの可能性の内、そのまた一つの可能性が、一番疑われる。
「暗号が…」
「で、あろう」
艦隊は無線封鎖を行っていたから、逆探知された可能性も無いのである。
いよいよ確定的だ。
「そんな…。では一体いつから…」
今まで、どんなに戦況が悪くなっても、暗号だけは信頼してきていたのだ。
それが、破られていたとしたら。
しかし、そう仮定してみると、思い当たる節は、幾つかある。
部屋に溜息が漏れる。
よく勝てたものだ、と。
見方を変えると、敵に手の内を読まれるという戦略的大敗を喫しながら、兵器性能だけでそれをひっくり返したという、希有な戦いだったということだ。
いや、性能差を知らなかったということは、つまり嘘に基づいて作戦を立てたわけであり、単なる敵の自滅だろうか。
知っていれば、ああいう動きは無い筈だ。
何にせよ、より大きな失策をやらかした方が、負けるのである。
「しかし、対策は固まりつつあるのでおじゃる」
髪の毛の一本もない頭が、笑いに連れて揺れた。
まるで、それ以外には何も問題ない、と言わんばかりだ。
「さて、戦略空軍の話に移るでおじゃる」
「はい」
戦略空軍の吉川大将が、次を受けた。
「我々は滅一号作戦における紺、灰、白、橙部隊、並びに滅二号作戦を担当しました。まず一号作戦関連の報告です」
再び、スクリーンに光が宿る。
「紺部隊は置いて、まず灰部隊ですが、空振りに終わりました」
灰部隊はフィリピン方面の航空基地を襲撃し、敵陸上機による対艦攻撃を封じる目的があったが…例によって、情報漏れである。
敵は爆撃機を空中退避させ、ジェット戦闘機を上げて待っていたのだ。
ことごとく、すべての目標で、である。
もっとも、敵陸上機の興味は沖縄への戦略爆撃にあったらしく、最初から艦隊には向いていなかったようだが…。
「富嶽2機が撃墜され、4機が途中不時着しました。敵爆撃機は逃走し、作戦は失敗したと言わざるを得ません…」
超巨人機・幽谷に乗って先頭に立った柳井は、苦々しくそれを聞いた。
ジェット戦闘機の速かったこと。
もっとも、待ち伏せを喰らったにしては、被害は微々たるものだったとも言えるが。
「白、橙部隊の活動は期待通りの成果を収め、特に実戦に於ける空中給油の成功と、大海の圧倒的な索敵能力は、将来に大きな可能性を拓いた、と言えます」
まったく、その通りだ。
「紺部隊ですが、敵の行動に伴って予定進路を変更、さらに早々に敵の迎撃を受けましたが、護衛機の存在もあって、大した損害もなく投弾、退避に至りました。こちらでは戦果確認は出来ませんでしたが、海軍さんによれば、成功したものと言えます」
今回、高々度からの攻撃ということで、迎撃はあまり予想されていなかった。
しかし、敵はジェット戦闘機や双発艦戦を出して挑んできたのである。
「なお、護衛ですが、敵はジェット機で、剣風を以てしても速度等劣るところがあり、しかし我がジェット機は航続距離が短く、今後の課題となります」
「なるほど。ジェット機の航続力を伸ばすか、誘導弾の搭載が有効であると考えられるが、今後研究するとするのでおじゃる」
妙に冴えるなあ、と思いながら、吉川大将は首相の言葉を聞いた。
「え〜、二号作戦ですが、ダッチハーバーには泰山隊、サンフランシスコには富嶽隊が向かい、いずれも攻撃は成功。両海軍基地は完全に灰燼に帰しました。ただ、敵の防空能力は想像以上に強化されており、損害軽微とは行きません。前者が23機、後者が18機を失いました。現段階では、まだ護衛無し爆撃も可能ですが、将来的には問題無しとは言い難いものがあります」
敵もジェット戦闘機を持っている。
今のジェット戦闘機では、富嶽の飛ぶ15000mまで上がるのは重荷だが、次世代機はどうなるか。
レーダーもそれなりの物があることは、わかっている。
連中とて物量はある。
富嶽と泰山の保有量は総計2000機近くに達し、これを集中投入すれば、最初の一撃が阻止不可能であることは明らかだ。
だが、一撃でアメリカの息の根を止められるはずもない。
「爆撃機に自衛用誘導弾を装備する計画もあるが、むしろ新型機に期待したいと思うものです」
柳井の声。
新型機とは、無論幽谷もそうであるが、この場合はむしろ“霊峰”の事を指す。
富嶽後継の大本命、総力を挙げて開発中の、格段に強力な敵地侵攻爆撃機だ。
「無論、そのつもりでおじゃる。しかし、今度の戦いによって、艦載機を護衛に付ける事も不可能ではなくなった。全ては計画通り、まだ米本土攻撃の時ではない」
国力だけでなく、戦力としても、今度の作戦の結果、日本は優位に立った。
何も焦ることはない。
それが、東条の意思であった。
「藤吉大将、この度は陸軍の出番は航空隊のみで、沖縄の防衛は成功した。それで間違いないでおじゃるな」
「はい。仰る通りであります。問題点は特に露見しておりません。誘導弾の評価については、実験空軍さんに…」
大将も、出番が少なくて残念そうだ。
順調に成功、何も問題なしとあっては、語ることもないのは事実だった。
「はい、実験空軍の柳井です」
ちょっと遠慮気味の声が、遅れて届いた。
「では、こちらをご覧下さい。こちらが5号地対空誘導弾「奮龍」でして…こちらが7号、独逸製「ラインボーテ」の改修型になります」
スクリーンに今度はミサイルの構造図が表示される。
奮龍はビームライダー方式で誘導されるが、ラインボーテは慣性航行+近接信管のみで、事実上無誘導に近い。
「今回、5号は511基が発射され、命中427。7号は60基発射で撃墜が47機となります。試製10号は整備が間に合いませんでした」
試製10号は、これも独逸製「ヴァッサーファル」。
「7号は戦果こそ大きいのですが、これは対象が大編隊であり、多少の誤差が許容される事が有利に作用しております。しかしながら、編隊が韜晦したりするならば、命中はまったく期待できなくなるのは、自明の理です。敵が無誘導であることに気付くなら、回避を図ろうとするのは明らかです。…無論、回避を強いることも無益ではありませんが、この点5号が有利です。しかし、こちらも地上からの信号による誘導のため、射程を大ならざる限度の下に置かざるを得ない欠点があります。試製10号にも同じことが言えましょう。これを克服するには、電探はもとより各種の超水平線通信技術の確立が必要となります。いずれも既に予測されていた通りですが、それが実証されました」
実は自分もついこの間勉強したことを、饒舌に説明する柳井。
案の定、わかっている奴は少ないようだ。
「であるならば、やはり現状は5号と7号の量産に務め、見通し線外射撃能力が付与され次第、そちらにシフトすべきでおじゃるな」
「試製10号は如何致しましょう」
空技廠の某人物が伺った。
ミサイルの開発・生産は、空技廠が主体になっている。
「計画中止せよ。その分の生産力を、8号に振り向けるでおじゃる」
8号とは、ズバリV−2号だ。
若干の改良が加えられ、取り扱いが容易になってはいるが、基本的には変わりない。
そして、それをベースにした地対空誘導弾が、ヴァッサーファル(試製10号)なのである。
従って、試製10号の生産を取り消せば、その分の設備で8号の生産拡大が期待できる。
「空対空誘導弾ですが、試製11号は間に合いませんでしたので、9号「烈火」のみですが、成績は優秀です。3機が各4基を装備し、全弾使用され、10基が命中、撃墜7、撃破3です。特にその射程性能は極めて高く評価でき、敵の機銃射程外から一方的な攻撃を可能とするものです。しかしながら、敵P−82に回避された物も存在し、完全に信頼することは出来ないようです」
みかんジュース(勝手に持ち込んだ)を旨そうに飲んで、彼はそこで一休みした。
不愉快そうな視線が刺さる。
「で、さらに、今回は露呈しませんでしたが、太陽を標的と誤認する欠陥があるらしいので、その点からも過度の信用は置けません」
特に、空技廠の某人物の視線が、痛い。
とは言え、嫌な顔をされたところで、駄目な物は駄目なのだ。
それに命を懸けて戦う奴が居る限り。
「現在、さらなる高機動化及び妨害除去能力の向上を図って研究中だ。間もなくそれは完成し、問題は解決する」
「では、その時に改めて厳正な試験を行い、確かめるのでおじゃる」
首相が口を挟んだ。
試験を行うのは当たり前のことだから、それを敢えて口にする意味である。
一瞬、場が凍り付く。
「え〜と、それから…」
しかし、柳井の声で、緊張は消え失せた。
「召雷は以前の報告通り、有効な機材ですね。量産化に移すことを推奨します。それと幽谷は、性能面では素晴らしいです」
もちろん、生産性に致命的な問題があろうな、と彼は心の中で付け加えた。
何せ全幅153mだ。
確かに、艦載の機銃用電探連動射撃装置など積み込んだお陰で、恐ろしい防御砲火と、巨体の存在意義である桁外れの搭載力、その破壊力は実証されたが、しかしその理由で、自重230トンを量産するという行為を支えきれるのだろうか。
「当然次期量産計画の参考とするのだが、召雷の量産は決定したような物でおじゃる」
とするとやはり、幽谷は違うのだろうか。
まだ、誰にもわからなかった。



若干の休憩の後、会議は再開される。
厳めしい顔つきで会議室の扉の前に立ちふさがる兵士は、中のことなど知る由もない。
「艦隊は予定通りに移動したか」
首相の一声。
「はい。すべては予定通りです。“大魔王”を含めて」
再度、スクリーンが切り替わり、太平洋を中心とした広大な範囲を映し出した。
「ハワイ諸島の制圧は15日までに完了、原潜部隊、第二艦隊及び第一航空艦隊は、本日未明に真珠湾へ入港。三日後には最初の補給船団が第二護衛艦隊の援護の下に到着するでしょう。彼等の現在位置はここです」
及川大将が淡々と述べる。
レーザーポインターの赤い点が、太平洋上の一点を指している。
首相はうんうんと相槌を打ちながら、満足げに聞いている。
ハワイに強力な艦隊を置くことは、太平洋経由で東南アジア・豪州方面への連絡を遮断する意味がある。
さらに、長駆米本土への奇襲攻撃へも含みを持たせることが出来る。
原潜部隊は実際に西海岸監視活動に当たる。
なお、損傷艦多数のため再編が行われており、第一艦隊、第二航空艦隊から護衛艦艇多数が引き抜かれ、ハワイ部隊へ編入されている。
「第一艦隊と二航艦は、それぞれ舞鶴と呉にて、こちらも予定通り待機中です。なお、出撃可能になるにはあと5日ほど掛かる予定です」
そういうわけで、本国部隊は駆逐艦等が少ないのであるが、この海域には敵艦隊も無く、制空権も概ね確保され、しかも潜水艦で来るには遠すぎるため、問題は無かろう…と思われている。
もちろん、それでないとしても、どうにもならないほど不足しているわけではない。
これは、進出してきた英国艦隊並びに米艦隊残存兵力への押さえとしての意味がある。
加えて、大陸方面での戦闘を海上から援護する事も考慮している。
「“大魔王”は3個戦隊及び1個航空戦隊の編成を完了し、現在位置はここ、いつでも出撃可能です」
赤い輝点が、大連郊外を指した。
「アカもこれまでよ…。ククク…」
にやり、と首相が不気味な笑みを浮かべた。
誰かが生唾を呑み込む音がした。
皆、一様に緊張した面もちである。
何にせよ、恐るべき切り札であるのは、間違いないようだ。
「それから、“妖笑神”によって大和は改装中です」
「聞いておる。実に愉快でおじゃる。“鬼”はどうか」
彼が笑みを浮かべるたびに、列席の将軍達は寒気を覚える。
単に不気味というだけでなく、何か異形の力を感じるのだ。
「“鬼”は進捗率12%。完成は23年度になるかと。率直に申しまして…」
「間に合わぬか」
「…はい」
“鬼”は戦略空軍の担当だ。
吉川大将は、背中に冷たい物を感じた。
「よいよい。その程度であれば、待てるでおじゃる」
「は、急がせます」
安堵から一辺に緊張が解けるが、彼は本能的に体裁を取り繕った。
“大魔王”、“妖笑神”に加え、“鬼”なる切り札。
それは、武力による世界征服を可能とする物なのであろうか。
全容を知るのは首相一人。
そして、未だその全貌を明かすときではない。
「陸軍は準備万端でおじゃるな」
話は陸軍へと振られた。
既に南方及び西方の帝国陸軍部隊はほぼ完全に撤退しており(上海など一部残るが)、つまり対ソ戦の話である。
「計画通りであります。これをご覧下さい」
再びスクリーンが切り替わった。
朝鮮半島の北を中心とした地図上に、無数の部隊が表示される。
奉天から長春へ50個師団が進出し、75個師団。
これがソ連軍主力と対峙し、奉天の残存部隊が、西方の米中連合部隊と対峙する。
ウラジオストク駐留部隊も30個師団に拡張され、防備は万全だ。
さらに、大魔王は奉天である。
数こそ若干劣るが、鉄壁の防御である。
否、敵が攻めてくるのを、舌なめずりしながら待ち受けている、と言った方がよい。
「素晴らしい。敵情はどうか」
「は、滅作戦前後の戦略爆撃停止により、ソ連軍は作戦準備を早めております。今冬…早ければ晩秋にも、総攻撃を掛けてくる可能性が高い物と見られます。なお、米中連合軍には目立った動きは無く、また規模も大きいとは言い難いものがあります」
米軍については、太平洋ルートを遮断されたため、インド洋ルートで補給を繋がざるを得ない、という不利があるのだ。
陸軍重爆隊の執拗な攻撃も、これを助長している。
「質問ですが」
テレーゼの声だった。
質問とは畏れ多い…と誰しも思うが、外国代表だと少し立場が違う、そう思った者も居た。
「なぜ、今すぐ、いえ、もっと早くに反攻に出なかったのでしょう? 現状で、勝てない相手とは思えませんが」
なるほど、数で多少は負けているかも知れないが、質が違う。
質をも考慮して対等だと仮定しても、飛行機の数と質が、決定的に違う。
つまり、勝てるというわけだ。
「ふふふ…ただ勝っても、駄目なのでおじゃる。アカ共が侵入してきたとき、我等に勝ち目は無かった。これは事実である。故に、満州は連中に明け渡さざるを得なかった。関東軍はよくやったが、それに援軍を加えても、戦況を覆すほどではなかったのでおじゃる」
丁寧に語る首相と、それを真に迫った眼で見つめるテレーゼ。
「一挙に覆すのでおじゃる。長引けば、こちらの被害も拡大する。しかし、陸と海で同時に大作戦は不可能なのだ。よって、今まで待ってきたのである」
「圧倒的戦力で叩き潰すことによって、日本の強力さを印象づけ、後に有利な材料とする…?」
「それもあるのでおじゃる。沖縄沖である程度果たされたが、まだ不十分なのである」
「なるほど、わかりました」
一瞬、腹のさぐり合いの様相を見せたが、並み居る将軍達の前でマズイと思ったのか、テレーゼは穏便に収めた。
「次なる決戦の日程は、敵、特にアカ次第なのである。各軍は、それまで計画通り、錬度の向上に励むのでおじゃる。作戦は既に決定されているが、質問などは?」
陰気な部屋に、首相の声がこだました。
しかし、それきりだ。
しばらくして、首相は言った。
会議は終了だ、と。
やがてこの会議の結果も報告書にまとめられ、有意義な、特に首相にとって有意義なフィードバックとなるだろう。



「くっはぁ〜! お堅い話はいかんな、お堅い話は。おぉ、肩が凝ったのなんて、何年ぶりだ」
馬鹿が腕を振り回しながら、皇居で大きな声を出している。
柳井槍太。
会議は皇居(当時は宮城と言っている)の敷地内だったのだ。
それにしては、陛下は何処?
どうせここなら、御前会議にすれば気合いも入って良かろうに。
…などと、彼は軽く考えた。
「…おっ?」
凝った首を左右に動かしながら、ふと、彼は気になるものを見た。
すぐに、近付いていく。
「お姫様、ご機嫌は如何ですか?」
「はあっ?」
気取った声には間抜けな声が返ってきた。
テレーゼと柳井。
並んでみると、身長はほとんど同じだ。
しばらく、奇妙な沈黙。
「あ、いや、まあ、なんというか。あはは〜、柳井です」
急に表情を崩して、柳井は笑ってみた。
ちょっと不自然だ。
いい歳をして、一体何をやっているのやら。
「はい、テレーゼです。独逸での一件、ありがとう御座いました。お陰で…」
「うん、まあ…良かったな。うん」
戦いに来たわけだから、良かったのかどうかちょっと微妙だ。
そういう思いが、柳井の口から歯切れの悪い言葉になる。
「そういえば、あの武闘派の橘川と、チャンバラやったって聞いたぞ。どうしたん?」
突然そんな事を口にする柳井。
「ん、いや…その…」
「おお、まあ、無理に聞かないけど」
「いえ、隠しても仕方ないんですが。…?」
「ん? どうかした?」
突然、ピタリとテレーゼの動きが止まり、視線が余所を注視している。
興味本位でそっちを見てみる柳井。
「誰か隠れてますよ」
「ホントか? ここは宮城だぞ…。んっ!?」
見つけたらしい。
「さては間者か忍びの類か。どちらでも構わん、賊め! 我が百式軍刀並びに三式拳銃の餌食にしてくれよう。くぉおおおおおおおっ!?」
「あ、あの、ちょっと!」
柳井は軍刀を振り回して突撃していった。
驚くのはテレーゼの方である。
仕方なしに、彼女も後を追った。

「やられた」
「何をやってるんですか、何を!」
テレーゼの行った先には、逆に刀を突き付けられて、降伏している柳井が居た。
「うぬっ、その声…。ご婦人と戦うのは、我が信念に…」
「男なら良いのか!」
「馬鹿なことを言う前に、さっさとそのほおかむりを取って、正体を現したらどうですか。どのみち逃げられないですよ」
少なくとも、侵入者は日本語が流暢に出来て…多分、日本人なのだろう。
恐らく性別は男で、身長は165cm程度、フェミニスト気取りである。
しかも〜、ちょっと口が臭すぎぃ〜、キモいってカンジぃ〜。
と、柳井槍太42歳は、刀を突き付けられた状態で、器用にメモした。
「メモするな!」
「正体を現しなさい」
柳井に振り向いた一瞬の隙を突いて、テレーゼはほおかむりを力任せに剥ぎ取った。
「いだだだだっ!?」
髪が一緒にむしられたらしい。
「んん〜っ、どっかで見た顔だぞ?」
柳井は思った。
それはしょっちゅう見掛けるが、しょっちゅう会っているというわけではない。
何かこう、立派な額縁に入った写真で、色んなところで高いところに有り難く飾ってある…。
「…」
誰だか思い出したようだ。
相手を指差したまま、震えている柳井。
顎が外れたように、言葉が出ていない。
不審に思ったテレーゼも、正面に回ってみる。
「あ…ええっ? どうして?? えっ? 何をしてるんですか??」
彼女としても、驚きを禁じ得ない。
「朕である」
隠れていた男は、他ならぬ昭和天皇陛下その人だったのだ。
そして、その後に語られた言葉は、一陣の風に掻き消されたのである。











つづく

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