Birth0Death

第九話 ボートレース 


「ちゅうことで、ルールはこの木から、えっとこの川を下ったところにある、冒険者の道標まで、やね」

“冒険者の道標”というのは天然の岩だ。

まわりは黒い岩ばかりだというのに、その岩だけは石灰岩で、真っ白なのだそうだ。

その岩の辺りがちょうど川に海の水が混ざってくる辺りになっているという。

そう言った意味でも冒険者たちが海へと近づく、道標となっているらしい。

 

「テンセ川はおれらの庭だからな〜。そちらさんはちったあ魔法ぐらい使った方がいいんじゃねぇか、なあ、陰気なにーちゃんよ」

アクトクの言葉に一際クラウスの表情が厳しくなった。

「・・・・なぜ、俺に言う?」

「別に〜さあ、はじめようか」

 

・・・・・あの男、何者だ?

クラウスはアクトクに、警戒を覚えた瞬間だった。

 

一方。

「じゃ、魔法、使わせていただくわよ」

ぼそりと言ったサティの声に、妙な胸騒ぎを覚えたマルだった。

 

 

「ほんじゃ、はじめるで。イチについてぇ〜よーい、ドンッ!!!!」

 

一体どこが位置になるのか。

 

ともかく、ララの合図ではじまったボートレース。

イッコク、ニコク、サンゴクのボート漕ぎの腕前は流石にプロだ。

いや、漕いでいるのはニコクとサンゴクで、イッコクとアクトクはこちらに魔法を飛ばしてくる。

「うわっ、卑怯だッ!!!!!」

飛んできた水の塊が顔面にぶつかって、サッサの手許が狂う。

マルたちの舟の漕ぎ手はマル、サッサ、クラウスの三人。三人で縦に並んで漕ぐ。

三人が漕いでも、向こうはプロ。とてもじゃないが、追いつけない。

ただでさえ、そんな状態なのに、さらに魔法をぶつけてくるのだ。

 

「ムカツク〜、せこいわあいつら。うち、文句言ってくるッ!!!」

「まちなさい、ララ」

肝心のサティは落ちついたものだ。舟の最後尾に座り、何もいない後方を気にしている。

「サティ、このままじゃ、アイツラに身売りする羽目になっちまう〜」

「大丈夫。マルは落ちついて漕ぎなさい。せめてアイツラから離れない程度にね」

飛んでくる水をサティは器用に鞭で落としていく。

 

「いやあ、イッにぃ、あいつら全然口ほどにもねぇぜ〜」

筋肉の塊たるニコクがにやりといやらしい笑みを浮かべる。

「んっとだな〜♪あのねえちゃんはおれたちのもの〜♪」

水の魔法を操りながら、イッコクも笑みをうかべる。もちろん、にやにやと。

「あんな漕ぎ方じゃ、全くだめだな」

海賊であるサンゴクがマルらの漕ぎ方を評する。

「先輩方、油断は大敵ですよ〜」

相変わらず、アクトクの笑みは不敵だった。

 

 

「このペース、速くていいわね。やっぱりレースして良かったわ」

のん気なサティにララはいぶかしげな顔を浮かべる。

「姐さんの余裕はどっからくるんや?」

「ララ、ちょっとその辺の荷物の中にいてくれる?」

ララの質問にサティは笑顔で無視した。ララは素直に従い、荷物の奥底へと消えていった。

 

冒険者の道標が遥か遠くだが、見えてきた。

それを確認して、サティはさっと立ちあがる。

右手をすっと挙げ、左手を右手首の裏に添える。

「サティ?」

 

「みんな、漕ぐのはやめて、どこかにつかまっててねv」

思いっきり似合わない口調でサティにお願いされてしまった。

そのためか、三人の手が止まる。

 

サティのバングルについた緑の命石がぼぉっと光を帯びる。

 

 

辺りの音がふっ、と途切れた。

そして。

 

「うぉぉぉぉぉおぉぉ〜ッ!!!!」

「!!!!!!!!」

「ぎゃああああああああ・・・・・・」

それぞれの悲鳴。

サッサもクラウスも必死で舟のヘリにつかまる。手を離したら吹っ飛ばされそうだ。

・・・マルはもちろん、失神していた。

サティのみ、風に包まれて気持ち良さそうに目を閉じていた。

 

超強力な風の魔法が解き放たれ、その風力で、舟は半ば飛ばされるように水面を走っていった。

むろん、戦国鬼舟団の舟なんぞとっくに通り越して。

 

「なんじゃありゃ・・・・・・」

三兄弟は呆然としていた。

そして、アクトクはクククと笑っていた。

 

「ま、この風使いの末裔たる、サティ様にケンカを売ろうなんて百年早いわね」

飄々と言い放つサティに、鬼舟団は呆然自失。

 

サティはもともと、ルドの仲間の魔法使いの中でも、風を使う、風使いの子孫。

ルリのお父さんと同様、祖先の職を受け継ぎはしなかったものの、その力を使えないことはない。

・・・・命石さえあれば。

 

「あの〜」

恐る恐る近寄ってきた鬼舟団を止め、サティは言った。

「ちょっと待って、マルが失神してるから」

サティはステッキを取り出して、マルに回復の魔法をかけてやる。

 

「ううう〜。怖い〜舟、怖い〜」

「お、おいおいマル〜どうしちまったんだッ!!!!?」

「舟いやー!!」

マルの絶叫が川に響き渡る。

どうも、ショックで混乱しているようだ。焦るサッサにサティは首を振る。

「バカね」

にこやかに平然と、サティは言った。

 

そして、どかん、っと音をたてて、マルを叩く。手近にあった、オールで。

 

「いってーーー!!!」

マルの目がさめたようだ。

「あ、あれ?勝ったのか?僕たち」

「ええ、そうよ♪」

何事もなかったかのように微笑むサティ。

「そういや、サティ、なんだってその魔法をあのボーダーの魔物と戦ったときに使わなかったんだッ!!!!」

 

「やあね、この力はこの一回きりよ」

 

「え?」

サティが子どものときから大事にしていたバングルは、ものの見事に砕けていた。

「なんちゅうときに、そんなとっておきな方法を使ったんだッ!!!?」

「サティっ!?」

流石のマルも驚いた。

 

記憶の中におぼろげに残っていた、あの暴風は、サティの奥の手?

それをこの、しょうもないレースに使うとは。

 

「だって、離れたくないじゃない?あんたたちと」

さらに責めようとしたサッサ&マルは言葉を詰まらせたのだった。

 

「さあて、私たちの勝ちね」

サティは鬼舟団に視線を移した。

「あ、ああそうだな〜」

アクトクが笑顔で返す。三兄弟のサティを見る目はどうも怯え気味。

「そっちの望みは私、ってことだったけど。こっちも望み通りのものが欲しいわね」

「望み?魔王の情報は・・・?」

「おい、サティ、魔王のことはいいのかよッ!?」

「サッサは黙ってなさい。そんなものいらないの。それより」

「それより?」

不安げな鬼舟団。サティに笑顔を向けられたアクトクはとくに。

 

「あなたのその弓矢、頂戴」

 

「は?」

「アクトクさんのその弓矢」

「エエッ!!!!」

「だって使ってなさそうだし」

「サティ、弓矢使うの?」

マルはサティなら使いかねないと思いつつ聞いた。

「わたしに使えるかしら・・・とりあえず、大切にしていそうだったから♪」

サティが弓矢を選んだ理由は使うためではなく、大切そうだったから。

「・・・ああサティの悪い癖だ」

 

マルは鮮やかに思い出した。

幼い頃聞いた笑い声。何かというと賭け事に勝ち、お宝を奪っていくサティの高笑いを。

 

「弓は、俺が使う」

昔を思い出して頭を抱えるマルの横で、ぼそりとクラウスは言った。

「クラウスには剣があるじゃないの?」

「剣はもういい」

 

クラウスはそう言って、背負っていた剣をはずしてしまった。

 

「その剣、どうするんだ…?」

マルは思わず剣をぽーっと見つめる。

クラウスの剣をじっくりと見るのは、はじめてだ。

大剣とはいえない。どちらかといえば細身の剣の類いに入る。とはいえ、マルのものほど細身ではない。

 

「どうした、マル?」

鞘に収まっているが、その大きさには見覚えがあった。

「いや、大きさがさ、ルドの剣に大きさ似てるよなぁって思ってさ」

 

「……は?」

 

「まあ、あれほど綺麗ではないけどさ」

マルは、みんなの反応に気がついて、言葉を切った。

クラウスだけでなくサッサ、サティ、おまけにララまでがマルを驚きの眼で見ている。

思わぬ注目を集めてしまって、マルは戸惑った。

「な、なんだよ、なんか変なこと言った?」

「ルドの剣って…あの伝説の剣の事かッ!?」

勇者大好きなサッサはマルに問い詰める。

「あ、ああ、うん」

なにか変なこと言ったんだろうか。かなり不安になった。

「見たこと、あるの?」

「えっと…」

サティにまで問い詰められてマルは答えに詰まる。

 

 

天然の照明を浴びて、剣は輝きを放っていた。

その美しい滑るような刃を、見上げた。

そんな、おぼろげな記憶。

 

「きっとさ、ライン城にゃそーゆー絵でもあったんじゃねぇか」

「そうね、そうかもしれないわね」

答えないマルにサッサとサティは、己を納得させる答えを自分で用意した。

「うーん…そうなのかな?」

マルもその答えに一応流されてみる。

「マル、そうやと思うで。うちでもしっとるわ。ルドの剣の伝説」

ララは講義モードに入った。

 

ルドの剣は、大魔王を倒すのに使われた。

 

“正義”に使用された。

 

だが、その剣自身の力は“正義”でも“悪”でもない。

使うものの力を増幅させ、大地をも切り裂く。

あまりにも強大なその力を、ルドは恐れ、戦いののち、それを封じた。

 

「っちゅうわけでな、ルドの剣は、今はどこぞかに眠ってるはずやねん」

「…そっか」

でも、あの剣はなんだったのだろう。

マルはみんなに肩をすくめてみせた。

 

ま、いいや。

 

 

一方。

 

銀の弓矢を請求されたアクトクは・・・今だ真っ白になっていた。

―― こ、この女、俺様の超重要ファッションアイテムを要求するとはっ!!

そう、彼のこだわりの一品。悩みに悩んで、使えもしないのに大枚はたいて買った銀の弓矢。

あの日あのとき、あの店で、彼は1ヶ月悩みに悩んで購入を決意した品。

鎖、赤いベルトとともに、彼のファッションに必要不可欠な。

 

アクトクの目に涙がうかんだ瞬間だった。

☆    ☆    ☆

 

勝負が終わり、一息ついた頃、舟はかなりの距離を進んでいた。

「じゃあ、スジまであと1キロもないのね?」

サティの問いに、サンゴクはうなずいた。

「おれたちもスジに行くんで、送っていきやすッ、姐さんっ!!!」

「あら、いいの?ありがと」

「おぅ、アクトク、出発だぜっ?」

ニコクに声をかけられても、アクトクは返事もしない。

お宝を奪われたアクトクは膝を抱えて、鬼舟団の舟の端っこに座っていじけている。

「ああ〜おれ様のお宝・・・ああ〜」

「なんかさ、可哀想だね」

「・・・サティの恐ろしさがわかった気がするぞッ・・・」

「ああ、昔からそうだもんね」

マルは再び、思い出していた。遠い昔、サティにお宝を取り上げられた日々・・・。

サッサとマルはアクトクの背中を同情の目で持って見ていた。

 

一方クラウスは、新しい弓矢にちょっと満足そうな表情を浮かべていたとかいないとか。

 

マルたちの舟は鬼舟団の舟に引っ張られるような形で、ずんずんと進んでいったのだった。

 

☆   ☆   ☆

 

「姐さん、また会いましたらよろしくお願いしやすッ!!!」

サティに深深と頭を下げる三兄弟。

「お嬢サン、またお会いしましょう〜」

その突飛な格好に似合わぬ優雅な礼を残して、アクトクも去っていった。

彼の目的地はスジだったらしい。鬼舟団にはアルバイトで入っていたとの話だ。

アルバイトでお宝をなくしてしまったのはかなり、哀れだ。

 

あまりにも哀れだったため、クラウスは前使っていた剣をアクトクにあげた。

おかげで、彼はみごと復活を遂げていたのである。

 

「なんかさ、僕たちのことは眼中になしって感じだったな」

「うちなんてさ、もう、全く忘れ去られとったし〜」

「まあ、しょうがないんじゃない?」

「気にいらねぇゼッ!!!」

や、お前に気に入られても嬉しくないだろ。

相変わらず、マルの心のツッコミは続くのだった。


タクスの部屋!!

タクス「さて。タクスの部屋のお時間です。サティ姐さん、あなたって・・・(感嘆)」

サティ「やーね、そんな目で私を見ないでよ(照れ)」

タクス「実にオットコマエですよねっ、カラオケで『北○の拳』のオープニング曲をユアッシャー!と熱唱しそうなほどにっ!」

サティ「その例え、なにかいや・・・」

タクス「ああ、失礼。姐さんの得意曲はクリスタルキングの『大都・・・」

ドッカーンッ!!

タクス「(なぜ、なぜ彼女のコブシの擬音は、爆発音なのか(T_T))←指先一つでダウン状態(笑)

サティ「いやあね、プロフィール調べたらしいけど、そーゆーことは人様に言っちゃダメなのよ♪わかった?」

タクス「は、はい〜(鞭装備で言わないで〜←タクスの叫び)」

サティ「さて、次回は第十話「サッサの理由」サッサが勇者に憧れるワケが語られるわよ♪

タクス「(しくしく)」


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