Birth0Death
第六話 水竜退治―それぞれの思い―
「こっちやで」
ふらふらと飛んで行く妖精につれられて、やってきたのはナナノ滝、のそばの山林。
ボーダーからほんの3キロほどのところ。町に近い為か、魔物は、ほとんどいない。
「こっから先はうちは行かんけど、がんばってな♪」
「なんだよ、来ないのかよッ!!!」
「だって怖いや〜ん♪」
ああ、やっぱり非戦闘員がうらやましい。マルは飛び去っていくララを恨めしげに見つめた。
足元が水気を帯びてきた。
さらに進む。と、突然山林が開ける。
「ここがナナノ滝・・・・・」
それは唐突だった。
マルは思わず呆気にとられた。
見上げると、幾重にも水の帯が続いているのが見える。
辺りを覆う樹木、それに白い大きな岩が水の流れに色を添える。
さらに青、赤、紫、黄色、オレンジ、ピンク・・・・様々な光が水面に浮かぶ。
ここを訪れた人々がことごとく変わってしまったのだろう。
そう、それらは水中に沈んだ命石。
デスに壊されしヴァースたちが光を反射して様々な色を織り成していた。
「これ、全部、命石?」
「恐らく、大部分は人間の、だろうな」
「くそッ・・・・!!!」
いつにもまして、サッサの目に真剣な光が宿る。
緊張のためか、声がかすれる。
「あの裏に、洞窟があるみたいね」
サティは油断なく辺りを観察した。
「洞窟の中に"悪魔"がいるんだね」
マルは滝に阻まれて見えない洞窟を見ようと、目をこらした。やっぱり見えないが。
「はい、サッサ」
「?な、なんだよッ!!?」
唐突に黄色の命石を渡されて、サッサは跳び上がった。
水際ということで、かなり涼しい。にもかかわらず、サッサの額には汗が浮かんでいる。
「魔法といえばあなたでしょ?」
サティはにっこり笑う。
「お、おうッ!!」
魔物を倒そうにもその魔物がいなけりゃ、話にならないのである。
「ようっし、やるぜッ!!!!」
気合いは十分。
命石を握り締め、叫ぶ。
「電雷召喚ッ!!!!!」
「なんかさ、他にないのかねぇ」
「それ以前になんでわざわざ叫ぶかしらねぇ」
安全な乾いた陸地に避難しているマル&サティはぼそぼそと、叫ぶサッサの評価をしている。
「ってか、ギャラリーうるせッ!!!緊張感なくなるッ〜」
「来るぞ」
冷静沈着なのはもちろん、クラウス。
クラウスの声とほぼ、時を同じくして、ナナノ滝に異変が起きた。
地響きとともに滝が二手に分かれる。
命石に照らされて、様々な色を見せる水飛沫。
光と水の壁から現れたその手。水たちはかの手を避けるように折れ曲がっていく。
群青と紺と深緑に覆われ、ぬらぬらと濡れたウロコ。
そんなウロコが手に足に尾に顔に。すべて覆い尽くしている。
現れた“悪魔”はゆうに10メートルは有りそうな爬虫類。
それは巨大な水竜。睨んでくる緑の瞳はララよりも大きい。
これが悪魔・・・・。
マルは恐怖よりも先に、その邪悪な空気に身震いした。
殺気などというものではない。それよりももっと狂った気配。破壊への欲望。無への渇望。
吐き気をこらえながら、マルは水竜を精一杯睨みつけた。
怖いなんて思ってる場合じゃない。
マルは剣の柄をしっかり握り締めた。
一瞬の間のあと、それは来た。
地を這うような、うなり声。
そして、生き物のように襲い来る津波。
「クッ・・・・・!!!!」
サティは咄嗟にステッキを振りあげて、まわりに水の壁をつくる。
そこへ、凶器と化した水が勢いよく突っ込んでくる。
サティの創り出した水の壁がほんのひととき津波を抑えてくれたおかげで、どうにか直撃は間逃れた。
一息つく間もなく、水竜が近づいてくる。
その巨体からは想像も出来ないぐらいにすばやい。
狙っているのは、マル。
「来るなッ〜〜!!!」
咄嗟にひたすら練習したあの、払いを繰り出す。
当たらないまでも、その払いに驚いた竜は、一瞬の間を置いて、今度はマルをその尾で、なぎ払う。
絶えきれない内蔵への圧迫感。吹っ飛ばされた勢いで、茂みに突っ込む。
その間、サッサは水竜の気をひきつけようと炎の魔法を放つ。さすがに気合いの掛け声はない。
彼は唇を噛み締め、いつになく真剣な表情。緊張のあまり顔面が蒼白だ。
続いてクラウスも両腕で剣を支え、水竜に向って突き刺す。
そう簡単には突き刺さるものではないが。
それでも突っ込んでいく。
いつもより心なしか冷静さを欠いている。なにか我武者羅な動きだ。
目の前の敵の存在を否定するかのような動き。
水竜はそれでも、執拗にマルを狙う。
どうにか二人がそれを引きとめる。
「マルッ!!」
サッサやクラウスが引きとめている間にサティが駆けつけてきた。
心地よい、回復の魔法がマルを包む。
「く、くっそ・・・・・」
よろよろと立ちあがり、マルは再び剣を握り締めた。
殺らないと殺られる。
手や足や顔、全身が不自然に痛む。
いつもの生活では考えられない痛み。
その中でマルは躍動感のようなものを心の内側で感じ取った。
……それを心地よいものとして。
水竜の動きを邪魔する為、魔物の前方にクラウスが立ち、後方からはサッサが炎をぶつける。
それでもやはり水竜は、マルを狙う。
やはり勇者の血、だから狙われるのだろうか。
マルはふらつく足元を一度しっかり踏みしめて、大地にしっかり両足をついた。
「効けよ効けよ効けよ・・・・」
目を閉じて、呪文のように祈りを繰り返し、マルは命石を握り締める。
懐から取り出した無色の水晶。
マルの周囲に空間の歪みのようなものができる。
陽炎が立ち昇り、まわりの温度をひととき上げる。
サッサの魔法とクラウスの剣の音。
サティの援護魔法、水竜のうなりと、爪音。
それらを感じながらも意識を集中させる。
それは並みの精神ではできない作業。
大丈夫。
今魔法を唱える自分に、攻撃が来ることはない。
サッサやクラウスやサティが、支えてくれるから。
今、自分ができることを、集中してすればいい。
必ず、勝てる。
彼はばっ、と目を開いた。
ちょうど、目の前に水竜が迫ってきたところ。
青い穏やかな瞳が、いつになく光を持つ。
「行けーーーーー!!!!!!」
眠りの魔法を水竜の目に放つ。
それはマルの数少ない得意魔法。
砂のような煌きが爬虫類の瞼に注がれる。
魔法は水竜から確実に、意識を奪っていた。
「うわっ、とッ!!!!」
サッサはとっさに飛び退く。
水飛沫と巨体のために前が見えない。
「・・・・・・・・・セミッ!!!」
クラウスは倒れた水竜に駆け寄った。
巨体は音をたてて川に沈む。
今しかない。
今しかないのに、止めを刺すと思われたクラウスが、剣を捨てて、水竜に駆け寄った。
「どうしたんだっ!!?」
彼にマルの声は届かなかった。
目の前にいたのは彼の親友だったから。
彼の一番の友人だったから。
マルたちの知らない事実がそこにはあった。
彼にもわかっている。
眠りの魔法、それも強烈な効果の眠りの魔法。
それを受けて水竜に勝ち目はない。
あとは永久の眠りを贈ればいい。
この川底に敷き詰められた命石。
命石の数だけ死があったはずだ。
そんな死を終わらせるために。
止めを刺さないクラウスのかわりにサッサが剣を構えた。
オレがやるしかない、と思ったのだ。
昨晩からひたすら練習した『突き』。
それに加えて、彼は己の知識を思い出す。
独学で学んだ竜族の生態。その中で知った竜の急所。
「やめっ……」
ろ。
と、クラウスは続けられなかった。
命石の輝きがクラウスの顔にも反射していた。
サッサは渾身の力をこめて、首元に深々と剣を突き刺す。
ついさっきまで狂暴な動きを見せていた水竜。
いっとき、目を覚ましたようだが、まだ眠りの魔法の効果のために動きが鈍い。
やがて、水竜は自分がどういう状態に置かれているか理解し、理解しながらも事切れていった。
光が辺りを包み込む。
「セミ・・・・・・・お前、海が好きだったのに、な」
クラウスはいっとき、目を伏せた
。
記憶の中の、小麦色の肌の少年が、白い歯を見せて笑う。
―― 海にさ、泳ぎに行こうな!!
水竜 ―――セミ―――は消えていった。光とともに。
「・・・・・・・・・やった」
確信をもって、マルは、一番にその言葉を発した。
「やった、んだよな?」
不安を隠しきれず、自信がなさそうに問うのは、いつも自信たっぷりのサッサ。
止めを刺した剣を握る手は、力をこめすぎて白くなっていた。
「やったみたい、ね」
サティは無理に自分を落ちつかせるような口調で言った。
クラウスは無言で足元に落ちていた首飾りを拾い上げた。
それはさきほどまで水竜がいた場所に落ちていた。
飛び立とうとする飛竜の姿を描いた紋章。そのペンダントだ。
「クラウス、それは?」
マルの言葉に返事もせずにクラウスはそれを懐にしまった。
「なんでもない」
なんでもないでは済まされない謎を残して、クラウスは早々にその場を立ち去った。
慌てて、マルたちもその後を追う。
こうして、チョクセ川を荒していた悪魔は消えていった。
☆ ☆ ☆
「ちょっとちょっとちょっ〜と!!!!どうやったん?」
ボーダーへの帰り道、ララが途中で合流した。パーティーの非戦闘員。
すっかり忘れ去られていたのはいうまでもない。
「おうッ、聞いて驚けッ!!オレ様が止めさしたぜッ!!!!!」
「なに言ってるのよ、冷静に眠り魔法かけたマルのおかげでしょ」
妙に公平なところをみせるサティ。
マルが冷静だったという言葉を聞いてララはちょっとばかり驚いている。
止めがサッサだったことにはコメントなしだ。
まあ、あえて言うなら、「やっぱり」といったところか。
「やるやん、マル」
「い、いやあ、そんなことないよ」
頭をかいて照れるマル。そこにララの突き落とすようなコメントが。
「けど、さっすがマル。地味やね♪」
地味、地味、地味・・・・・・・・。
まさかとは思ったが…やはり自分は地味なのか。
自問自答するマルにサッサはぼそりと言った。
「ま、おかげで助かったけどよッ・・・・」
「んで?クラウスとサティは何しとったん?」
「わたしは後方支援ですもの。怪我するのやだし」
にこりと笑ったサティの笑顔に策士めいたものを一瞬感じたララだった。
「クラウスはなッ、活躍なしッ!!!!」
「あ、やっぱり」
ぽつりとララがもらした。
「そういえば、なんであのとき止めささなかったんだ?」
「・・・・・・・・・・・」
やはりクラウスから返事は返ってこない。
「ああ、きっとクラウスってほら、緊張しいやから、ついつい手が止まってしまうねん」
「ララ」
クラウスはララに目をむけ、軽く首を横に振る。
「そのうち、話す」
クラウスから得られたのはそんな言葉だけだった。
なんだか釈然としない気持ちを、サッサもサティもそしてマルも抱かずにおられなかった。
タクスの部屋!!
タクス「さて、今回は本編でお亡くなりになった、セミさんを召喚してみました♪さっすが私、仙人なだけありますねー♪ではでは、一言どうぞ」
セミ「・・・・・・・・・・・・」
タクス「えっと、セミさん?」
セミ「・・・・・・ガウ」
タクス「うわっ!ま、まだ水竜のまんまじゃないですかーっ」
・・・・・・・・・しばらくお待ちください・・・・・・・・・
セミ「くわーっ!!なんで、なんでこの俺が本編で死ななきゃいけないんだよっ!え、どーゆーことだっ!!」
タクス「う、うわ、苦しいですよぅ。胸倉つかまないでください〜(T_T)」
セミ「あっと、すまんすまん」
タクス「ふー、苦しかった。ええっと、それでは改めまして、セミさんです」
セミ「ちっがーう!」
タクス「え?」
セミ「発音がなってねぇっ。お前の言い方じゃミンミン鳴きそうだぜ」
タクス「え?ミンミン鳴く、あの夏の風物詩のセミがモデルなのでは?!」
セミ「ちがうわっ!俺はな『星の王子ニューヨークへ行く』とかいう映画に出てくる、王子のおつきがモデルらしいぜ。だから、俺を呼ぶときはな、セミと呼べ」
タクス「ああ、お刺身のぶりの背身のセミと同じ発音の・・・」
セミ「・・・ガウーッ!!」
タクス「うわーっ、セミさんが魔物化してるー(T_T)セットが壊れますってば〜ああ〜次回は第七話「宴会inボーダー」ですっ!ああ〜せっかく次回予告が言えたのにー。ギャーッ!!」