Birth0Death
第五話 クラウスの思い出
さて、あっさりすっきりボーダー入りした彼らを待っていたのは恐るべき報告だった。
町の人は親切だし、宿屋はなかなか綺麗だし、出てくる料理もおいしかった。
そこまでは良かったのだが。
魔物のせいで舟が出せない。
ああやっぱり。
宿屋の主人にこのことを聞かされたとき、マルは思った。
だから嫌な感じがしていたのか、と。
魔物とくれば、普通の非力な旅人なら、ここで迂回路を探すだろう。
が。なんせ、ルドの造った勇者の町ライン、その熱い血の持ち主が、マルのパーティーにはいる。
「ンなもんッ、退治するに決まってるだろッ!!!」
バンっとテーブルを叩きつけ、サッサは立ちあがり大声を張り上げた。
この男は一人でも魔物退治に行きそうだ。
「退治って、んなもんできるのかよ〜」
「大丈夫だ。オレ様がいるッ!!!」
勇者志望の魔法使いは胸を張った。その自信はどこからくるのか。
「確かに一番手っ取り早い方法よね」
サティも魔物退治に賛成のようだ。
「ええっと、クラウス?」
マルはおずおずと、クラウスに確認をとる。
どうしても下手に出てしまうのは緑髪の男の眉間に常に皺がよっているからかもしれない。
それになにより、彼がいなけりゃ、今のパーティーで、魔物退治は無理だろう。
「どうせお前も行くのだろ。お前に死なれては困る」
ミもフタもない言い方だが、どうやらついてきてくれるようだ。
「よっしゃ、うちが情報収集したるわ。ええか、サッサ、とっとと魔物退治しようなんて思ったらあかん。待っときや明日の午後にはちゃんと情報ゲットしたるから」
「決定ね。じゃ」
サティはとっとと立ちあがり、部屋へ向う。その後をマルは慌てて追いかけた。
サティは背筋を伸ばして、すたすた歩く。
古い木の階段も、ほとんど音をたてずに軽やかに上っていってしまった。
マルはその後を、ぎしぎしと音をたてながら追いかける。
彼が追いついたのは調度、サティの泊まる部屋の前の廊下だった。
「なによ?」
「なあ、サティは反対じゃないのか?」
「ん?魔物退治?そりゃ賛成よ。町の人も困ってるみたいだしね」
やはりこの人もラインの住人なだけある。困った人をほってはおけない。
「そういうもんかな」
「なあに?あんた怖いとかいうんじゃないでしょうね?」
「うっ・・・・」
またも図星である。
はっきり言って、今日のスライムですら、かなり怖かったのだ。
「わたしもね、怖いわよ」
「え?」
「だってさ、魔物と会うなんてなかったじゃない。今まで」
ふっ、とサティは遠くを見つめた。窓の外には闇が広がっている。
「サッサだって、怖いんだと思う。今日のあのスライムですら、ね。ただ、あの子はそれを強がりだから表に出さないだけ」
そう、なのか?
マルが見ている分にはそうは思えなかった。
が、考えてみればあのサッサが誰かに師事を願うなんて、ありえない話ではなかったか。
怖いからこそ、自分を強くしようと努力しているのではないのか。
「・・・・そっか」
「ボーダーに来るまでに魔物にはあったけど、悪魔にはあわなかった。けど、きっとボーダーにいるのは悪魔、でしょ。人を命石に変えてしまう…」
サティの目にわずかに、怯えた色が宿る。
魔物の軍がラインを襲撃したとき、彼女は一三歳。十分記憶の残る年齢だった。
今でもそのときの光景を思い出す。
一方マルは、幼いときは城に暮らし、父母が亡くなってからは結界の中にいた。
ライン襲撃のときの記憶もほとんどない。
だから、彼は"悪魔"を見たことがない。
ましてや人が命石に変わる瞬間を見たことがない。
「怖いわよ、悪魔は。本当に。・・・・・・けどね」
言葉を切って、サティは真剣な目でマルを見つめた。
「マルもね、恐れてばかりじゃだめ。怖いのはしかたがないけど」
恐れの中でも勇気を持つ。ラインの住人の美点である。
「・・・・努力するよ」
マルはぽつりとつぶやくように返事をした。
恐れてばかり…確かに僕は恐れてばかりだ。
怖くて怖くてたまらない。臆病者だ。
「マルッ!!マルッ!!!!何処だッ〜〜!!!!!!」
下階からの声とは思えないほど大きな声が聞こえる。
「ほら、サッサが呼んでるわよ。クラウスに剣技教えてもらうんでしょ?」
考えこむマルをサティは促した。
「あ、ああ、うん」
我に帰ったようにマルは答えた。
「けど無理はしないで。あんたにしかできないことが、きっとあるから、ね?」
「え?」
「マル、おら、行くぜッ〜!!!!」
階段を上って、サッサが現れる。
「がんばれ、勇者弟♪」
そう言って、サティはちょっと古びた宿屋の、部屋の扉のむこうに消えていった。
一方、サッサに引きずられながら、マルはサティの言葉を繰り返していた。
恐れてばかりじゃだめ、か。
その夜、さすがに勇者弟の弱さにあせったのか、クラウスは真剣に剣技を教えてくれたのだった。
☆ ☆ ☆
翌朝。
ベッドにへばりついて動けない勇者弟がいた。
「まさか〜勇者弟が筋肉痛で動けないなんて思わなかったわ」
サティは額を押さえて首を振った。
「ごめん」
「ま、それだけ珍しく頑張ったってことかな」
ルリにもらったステッキを握り締めて目を閉じる。サティの手の中でステッキの先の命石が輝く。
「ああ、なんか爽快な気分」
「あ、そ」
サティに筋肉痛を治してもらい、宿の食堂へと向う。
「情けない」
クラウスの眉間に皺が見られる。
「ぐ・・・・。ごめんなさい」
マルは思わずシュンとした。
「ま、まあ、それより魔物の方はどうなの?」
「今、ララが偵察に行っている。住処は滝だそうだ」
せせらぎの町ボーダーの観光名所、それがナナノ滝。その名のとおり七つの滝が流れ落ちる場所。
そこに魔物が住みついているらしい。
「あれ?サッサは??」
そういえば、あの騒がしいサッサが見あたらない。
「ヤツなら外だ」
窓から外を見る。サッサが太めの木の枝を熱心に振るっているのが見えた。
「あいつ、意外と偉いのかも」
マルはサッサをほんのちょこっと尊敬した。それはもう、ほんのちょこっと。
「マルもさ、ちょっと修行してきたら?」
「・・・・・そうする」
サティにうながされて、マルは外へ出ていった。
「あれが勇者の血筋だとは信じられないな」
クラウスが首を振る。
「そうでしょ?」
サティもうなずいた。
「あの子ね、昔からよく言われてた。"出来損ない"って」
はっ、としたようにクラウスはサティを見た。何か言いたそうな顔で。
サティは窓から見えるマルの姿に目をやっていて、その表情に気付かない。
「お兄さんのバッツがなんでもできる人だったってのもあったから、なお、出来ないのが目立ったみたい」
「バッツ・・・・。勇者バッツか」
「しまいには、もうすっかり出来損ないな自分を認めちゃったみたい。諦めた、って言った方がいいのかな」
サティはため息をつく。
「この旅であいつも、ちょっとは根性つくかしらね?」
サティの表情はまるで子どもを心配する母親のごとし。
「出来損ないは出来損ないなりに、自分の生き方を見つけるものだ。・・・・・・ひっぱりだして悪かったのかもしれないな」
クラウスはつぶやいた。はっ、ときがつくと、サティがクラウスの顔をしげしげと眺めている。
「な、なんだ?」
「なんだ〜、クラウスってちゃんと話せるのね」
にやにや笑うサティにクラウスはにが笑いを浮かべる。
「べ、別に。人と話慣れていないだけだ」
クラウスは顔を赤く染めて、そらせた。照れているようだ。
サティは、この人もちゃんと照れたりするのね。と、内心感心していた。
それほどに彼はいつも無表情。
唯一の表情はあの、眉間のしわだった。
「ま、せっかくお知り合いになれたんだし、仲良くしましょう、ね?」
「大きなお世話だ」
照れ屋さんの剣士は庭へと退散してしまった。
「面白い人だわ」
クククと人の悪い笑いを浮かべ、サティは町へ物資の補給へ向ったのだった。
☆ ☆ ☆
その日の午後。
「たいへんや、たいへんや〜〜!!」
思ったことをそのまま声に出して妖精がとびまわる。
偵察のララが帰ってきた。
「・・・・・ララ?」
一人でいるクラウスを見つけ、ララは猛ダッシュで飛んできた。
「あの兄ちゃんたちはおらんな?」
きょろきょろと辺りを見まわす。
「あいつらは修行している」
サッサ&マルは昼食後もクラウスの教えのとおり修行を続けている。
一日で、そううまく剣技を身につけることはできまいが、何もしないでいるよりはましだろう。
そう思って、クラウスも彼らにアドバイスの一つもしてやっていた。
とにかく、一つの動きを完璧にマスターせよ、と。
サッサには突き、マルには払い、をそれぞれ教えた。
それをせっせと繰り返していることだろう。
「よっし。姐さんもおらんみたいやね?」
パーティー会計であるサティは今だ、買い物中。
「あいつらに知られたらまずいことか?」
「ん、クラウスにゃ、きついことや。落ちついて聞いてや・・・・。滝にいる魔物んとこに、あったわ。ドラド家の紋章。ペンダントやった・・・・・・」
「・・・・そうか。ドラドか・・・・・・」
クラウスの横顔に暗い翳が走ったのを見て、ララはうつむいた。
「・・・・やっぱ、知り合いやったりするん?」
「ドラドの紋章を持つ兵士は多い。だが首飾りは・・・・・・・」
首飾りは一人しかいない………。
セミ。
彼の乳母兄弟。
南国で生まれた陽気な少年。
小麦色の肌をして、夏がよく似合っていた。
でも、思い出すのはいつも冬。
彼とすごした冬の日。
それはクラウスが、滅多に思い出すことのない過去。
父が、まだ父親らしかった頃。
"出来損ない"の自分を、それでも温かく見守っていてくれた頃。
暗いどんよりとした空。冷えきった空気。
窓の外は、吹雪でなにも見えない。
見えるのは、真っ白にくもった窓ガラス。
雪の結晶がはりついては消えていく。
その様子を見つめる幼い子どもが二人。
ここは温かい子ども部屋。
暖炉が赤々と燃え、蝋燭の優しい光が部屋を照らす。
「やっぱさ、海だろ、海?」
窓に額をくっつけながら、ふいにセミが言い出した。
外の景色はやはり見えない。
彼はいつも、突拍子もないことを言い出すやつだった。
どこからそんな話になったのか。
真冬だというのに、泳ぐならどこがいいか、という話になったのだ。
「違うよ、川の方がいいよ」
心地のよい部屋で、ポップコーンを頬張りながら年少の少年が答える。
「ん?なんでだよッ!?」
クラウスの言葉にセミは理由を求める。
身分の違い、能力の違いなんてものは、そのころ関係なかった。
まだ自分が"出来損ない"でも構わなかった頃。
彼は川がいいと言い、セミは海がいいと言った。
「川ならさ、塩っ辛くないし」
幼いもの特有の柔らかい手を振り回し、必死に訴える。
なぜ、そんなことに必死になれたのだろう。あの頃は。
「そんなんへっちゃらだい。それよか、海はな、広いんだぜ」
たった二つしか変わらなかったが、彼はなぜかずっと大人に見えた。
「うん。広い」
「そだろ?広いってことはだ、やっぱ泳ぐなら海!!な?行こうぜ、今年も」
「うーん、けど川も行きたい」
「わかったわかった」
マイペースに繰り返すクラウスにセミは年上らしい、優しい苦笑を浮かべていた。
広い海を好んだ少年セミ。
その後、もう海も川も、一緒に泳ぐことはなかったけれど。
「ええの?魔物退治」
ララの声にクラウスは我に帰った。
「構わない」
構わないなどととても言えない表情。
「クラウス・・・・・素性はちゃんとはなさなあかんよ。マルたちやったら、聞いてくれるはずやし」
「行くぞ、ララ」
ララは軽く首を振って、クラウスのあとを追った。
☆ ☆ ☆
「さあ、行くぜッ!!!!」
はりきりサッサは新しい剣をかかげる。日の光を反射して、剣が一瞬、輝きを発した。
それはまるで勇者の誓い。なかなか決まっている。
「だから、無駄な行動は慎みなさいってば」
すっかり噂話がボーダーの町に広がっていた。
なんといっても勇者の血族が魔物退治をしてくれるのだ。有名にならないはずがない。
よもやまさか青ざめた顔をしたパーティーで一番弱そうな男が、その勇者の血族だとは誰も思わなかったようだが。
「魔物はな、水を使って攻撃してくるみたいやったで。竜っぽい感じでな」
ララは魔物の巣も見つけてきたという。ナナノ滝の裏側。洞窟の中らしい。
「魔物をその洞窟から引きずり出せばいいんだな♪」
簡単に言うのはもちろんサッサ。
「稲妻の命石、買っておいたから、これを使えばいいと思うわ」
サティの取り出した命石は、雷の力を司る、黄色の命石。
ただし、サティのステッキや、サッサのペンダントについた命石のように大きなものではない。
爪の先ほどのほんの小さな命石である。小さな袋にいれてあるが、そうでもしないとなくしてしまいそうな石だ。
恐らくもとは動物だったであろうものの命石。
知能を持っていた者の命石は、それだけ力を引き出し、長持ちだ。
逆に低い知能の生き物の命石は、脆く、小さく、そして威力も弱い。
サティの買ったものはそういう類いの命石である。
「サッサ、ついたら頼むわよ」
「おう、任せとけ。魔物、やっつけてやるぜッ!!!」
「とりあえず、がんばろう」
マルもこっそりつぶやく。
「行くぞ」
気合いを入れるライン出身三人に冷たく言い放ち、クラウスは先頭を歩き出した。
誰にもその表情を見られないように。
タクスの部屋!!
タクス「さてさてはじまりました、タクスの部屋!」
マル「そういえば、そーゆー名前になっちゃったんだな、ここ・・・」
タクス「おっと、地味地味主人公、マルくん、なんだか久しぶりな気分ですね〜主人公なのに♪」
マル「前回も来たじゃないか〜。なんでそう、いちいちトゲがあるかなぁ(汗)」
タクス「今回の本編でも見事なダメっぷりをご披露されていましたねー♪しかも題名までクラウス中心になって。うふふー♪例え、本編の主人公という地位にあっても、私は全然うらやましくないですよー♪」
マル「(なるほど、この人、うらやんでいらっしゃるのねー。しくしく)」
タクス「おんやぁ?こちらでも地味なのですね〜v文字色も地味ですし〜♪(←人のこと言えないぞ 笑)」
タクス、ぺちぺちとマルのデコを叩く。
マル「(プチンッ)うるさーいっ!!!」
タクス「ああ〜マルくんの水晶からステキに輝く眠りの魔法が・・・(グー・・・・)」
マル「・・・解説しながら魔法にかかる人も珍しいよ(汗)さてと。次回はボーダーの悪魔を退治しに行きます。第六話「水竜退治―それぞれの思い―」です。お楽しみにー!」
タクス「あぁー、私のセリフ・・・」
マル「!?寝言っ!!?」