Birth0Death

第二十三話 命より重いもの


 

センの町の裏路地。

アクトクは一人そこを歩いていた。

 

「・・・おめぐみを」

 

年端のいかない少年が、虚ろな目でアクトクの服をひっぱる。

 

町のものごいの子ども。

アクトクは顔を歪めて子どもをにらみつける。

子どもはその表情に、はっ、と怯えた。目に涙がたまった。

 

「おめぐみ?」

 

がっ、とその子どもの腕をつかんだ。

子どもはますます怯えて身をよじる。

 

ふっ、とアクトクはその子どもの姿に、過去の自分を見ていた。――

 

★    ★    ★

子どもたちが公園に集まっていた。

みすぼらしい身なりの少年たちの中、たった、一人の少年だけが、仕立のいい、上等の服を着ていた。

他の子どもたちと違い、黒い髪も輝いていた。おそらく、日々、髪のお手入れをしているのだろう。

その少年が、輪の中で一際大きな声を張り上げている。

 

「ほ〜ら見ろよ。これ、異国の人形♪目が命石で出来てるんだぜ〜!!」

 

彼の手には一体の人形。

妖精といわれる種族をかたどった、上等な人形だ。

「んだよ、またアークの自慢かよ」

一人の少年が呆れたように言う。

「お前らの親父にゃ、こんな品、買えねぇだろ?オレの親父はすげぇんだ〜っ!!」

そんな少年の言葉の裏に含まれた羨みなぞ、解せずに彼は胸を張っていた。

「はんっ、そんなもん、いらねぇよ、行こうぜっ」

「やだねぇ、自慢しぃのアーク」

「へっへ〜んだっ!!」

 

少年たちが去っていっても、彼、アークは構わなかった。

 

彼の父は町一番の大実業家。

そんな父を彼は自慢に思っていた。望もうと、望むまいと、なんでも買ってくれる父。

仕事の忙しい父に会えることはすくなかったが、それでもアークは平気だった。

 

なぜなら、父が大好きだったから。

 

 

――この少年、アークが、アクトクの過去の姿。

 

 

 

ある日。

「はあ?もうちょっとここで働いてくれ?ばかなこといってんじゃねぇよ」

「き、きみたち・・・」

「てめぇらなんざな、金がなくなっちまえばただの、役立たずだ」

「盛り返すなんて無理だねッ。給料がわりにもらっていくぜっ!」

がちゃんと、家具を蹴飛ばして、乱暴にそのあたりにある物を奪っていく、そんな音が聞こえる。

「この家も、お前らのものじゃねぇ。さっさと出ていけよ!」

カカカっといやな笑いを残して、そいつらはいなくなった。

 

つい、この間まで父のもとで働いていた者たち。

弱々しい父の背に、罵りを浴びせ男たちは去っていった。

 

事業の失敗は小さな騙しからはじまった。

小さな騙しはだんだんと、その力を増していき、やがて爆発した。

そうして、アークの父の商売は、失敗した。

 

「・・・・父さん」

「あ、ああアークか」

「なんなんだよ、アイツラ・・・。この間まで、あんなにへこへこしてたくせに・・・」

何も知らないアークは涙をためて、口惜しさを訴える。

 

荒された部屋。すみに、瞳をえぐられた、妖精の人形が転がっていた。

 

母が亡くなってから、父は我武者羅に働いていた。父がアークに構ってくれることはめったになかった。

それでもアークは平気だった。父の商売している姿はアークにとっても、誇りだったから。

 

 

「しかたないさ。わしにはもう、金がないんだ・・・金が、金がな・・・・」

 

金がない。

そう言った父の目に、アークはうつっていたのだろうか?

 

 

「父さん、世の中金じゃないよっ!がんばろうよ、オレもがんばるからさ!」

「・・・ああ。そうだな」

父は思いつめたように、そして、思いついたようにアークを見つめていた。

 

二人は町を、なかば追い出されるように、出ていった。

疫病神、詐欺師、ペテン・・・様々な罵倒を身に受けて。

 

父が隠し持っていた、わずかなお金で、二人は旅をした。

むろん、それも、すぐに底をつきる。

 

そして、その日が訪れた。

 

「なあ、アーク」

「なんだい父さん?」

 

財産をなくしたときから、結末は決まっていたのかもしれない。

幼かったアークにはわからないことだったが・・・・。

 

“お前を連れて、行きたいところがある”

 

改めて言うことでもなかった。

旅をしていたのだから。

だがその日、父は改めて、そう言った。

 

「・・・金がいるからな」

父はそうつぶやくと、アークの手を取った。

 

父の財産がなくなって本当は、アークは少し嬉しかった。

いつも仕事仕事で、遠くにいた父が、こんなに近くにいてくれる。

やつれて細くなっていたけれど、それでも大きな手が、自分の小さな手を握ってくれている。

だから、ほんの少しだけ、アークは嬉しかったのだ。

 

なのに。

 

山ぎわの洞窟。

父は迷わずそこに入っていった。

暗いはずの洞窟は、人工的な階段が続く。

中は蝋燭の炎に照らされて、多くの人間の気配がしていた。

「・・・父さん、ここ、どこ?」

不安げな表情を見せる息子に、父は微笑んでさえ見せた。

その笑顔はうつろで、アークはいやな予感を覚えた。

 

「ほぅ、あんたが、子どもを売りたいって言ってたやつか」

 

髭づらの男がタバコをふかしながら、気だるそうに言う。

奴隷売人だ。

そう、ここは、奴隷を売り買いするための場所。

 

“子どもを売りたい”?

アークの背中に悪寒が走った。

 

「ああ」

父の声が確かに聞こえる。

 

聞こえはするが、どこか、遠くから聞こえていた。

まるで、幻かのように。

 

「ふーん」

奴隷売人の男の手が伸びてきて顎をつかむ。

アークは髭づらの売人の方に無理やり顔を向けさせられた。

 

「離せッ!!」

いくら顔を振ろうとしても、男の手は外せない。

「ほぅ。最近までおぼっちゃんだっただけあって、生意気だな」

「いくらだ?」

父は無表情で、話を進める。

「年は?」

「10歳だ。なんの病気もないし、体力もある」

「それはどうかな。なにぶん、坊ちゃんだしなぁ?」

会話が交わされる間も、アークは男に見定められる。

「くっそッ!!離せッ!!」

思いっきり、唾をとばしてやった。

途端に、父が平手でアークを殴った。

「・・・父さん!?」

アークは勢いでふっとばされて、呆然とその場に倒れこんだ。

 

「ふん、金貨一二枚ってところだな」

とばされた唾を、服の袖でぬぐいながら、男は言った。

「もうちょっと高くなりませんかねぇ?わしは新しい商売をはじめたいんで」

父が奴隷売人に媚びた姿勢で向っている。

「ふん。金貨一二枚もありゃ、十分だ。これからこいつを仕込む、オレの身にもなりやがれ」

 

「ちっ、役立たずが・・・」

アークにだけ聞こえるように、父は冷淡に言い放った。

 

「父さんっ!?」

アークは大きな目をいっぱいに開く。涙がこぼれ落ちた。

「ほぉ〜可愛らしい顔もできるじゃねぇか。おまけだ、一三枚にしてやる」

売人は金貨を入れた袋を父に投げた。

「おお、ありがとうございます!!」

袋を受け取って、大げさに、父は頭を下げる。

「父さんッ!?」

「おおっと、お前はこっちだぜ?」

男のごつい手が、アークの細い腕をつかむ。

「離せッ、父さんッ!!父さんッ!!!!」

アークは必死で父を呼んだ。

 

 

しかし。

父は振りかえらなかった。

そう、彼はアークを見ようともせずに、洞窟を出ていった。

 

 

――― アークは、すべてをうしなった。

 

 

★    ★    ★

 

「あ、あの・・・離して・・・ください」

じっと睨みつけたまま動かないアクトクに、ものごいの子どもは泣き出していた。

「知ってるか?」

ぼそりとつぶやいたアクトクに、子どもはぶるぶると震えだした。

アクトクの目に子どもの姿はうつっていない。

「命よりな、金の方が重いんだぜ?」

「い、いや、やめてく・・・」

子どもは恐怖で声もでなかった。無言でアクトクは剣を抜く。

 

赤い血がその場を染めた。

 

もとはクラウスのものだった剣は、子どもの喉を掻き切った。

アクトクの口には笑みが浮かんでいた。満足そうで、それでいて皮肉な笑みが。

「な〜にやってんのさ」

ふいに現れた少女は、右手を軽く振った。

と、魔物が空から現れて、まだ息のある子どもの心臓をえぐって去っていった。

 

「ちょっと、ストレス解消」

 

ものごいの子どもは音もなく事切れ、あとには、小さな灰色の命石が残っただけだった。血の跡も消えていく。

命石を拾い、アクトクは空にかざして見定めた。

うつろな色の命石。

 

「安物、だな」

「殺るならもっと価値ある殺りかたしなよ。ほんっと、おっかないね、あんた」

「いやいや、ルーワ。お前にゃ言われたくないね〜」

 

ルーワと呼ばれた少女は振りかえった。

ルーワ・ザン。

バッツのパーティーの紅一点。賢者の少女だ。

 

「ま、お互いさま、ってやつね。そそ、これからのことなんだけどさ」

「おぅ、これから、だな。ちょっと、場所変えようぜ〜。こんなとこじゃ、またオレの敵が来ちまう」

「敵?」

 

「・・・金は命より重いんだよ」

 

暗い表情と低い声。

自分の声に気がつき、アクトクはすぐに表情を明るくした。

「さ、行こうぜ〜。これからの話をしようじゃないか〜♪」

アクトクは歌いながら裏路地を抜けて行った。

ルーワは呆れたようにふっ、と笑ってあとに続いた。

 

☆    ☆    ☆

 

「で?この毒薬で勇者弟を殺せばいいんだな?」

アクトクは受けとった小壜を軽く振りながら言った。

「そ。まず差し迫ってのことはそれでしょ。あのマルってやつの血も、浄化の力があるみたいだからね」

「あんなのにもか。さっすが勇者の血、ってとこだな。で?この毒薬ってなんなんだ?」

アクトクはルーワから受け取った小壜を日にかざして見た。

美しくもおどろおどろしい紫の液体である。

「それはね、あたしがブレンドした特性の毒薬さ。成分は詳しく言っても、しゃーないだろ?」

「ああ、まあな」

アクトクはその毒々しい色をうっとりと見つめながら相槌をうつ。

「とにかく、こいつを振りかければ、骨まで溶かす作用がある。ま、ヴァース人の皮膚なんてもんは弱いからね」

これを作るのに何人犠牲にしたことか。

頭をふりふり言うルーワに、アクトクは、小壜から目を離し、ルーワを見つめた。お前の方がよっぽどこえぇ〜と思いながら。

「あとね、クラウスと魔王の子がこの町にいるから」

「まじか?」

「うん。だからさ、宿屋に見張りたてといた方がいいね。ま、邪魔するようなら消しちゃいなよ。ど〜せなら、ラインの住人とかも消しちゃえば?」

「消せたら消すけどさ、オレ、腕力はないし〜♪ま、まずは勇者弟を殺してくるわ」

アクトクは右手を軽くあげて、手を降るようなしぐさをして、去っていった。

後に残されたルーワは、ふっ、と空を見上げため息をつき、音もなく消えていった。

 


タクス「アクトクさんっ、あなたって人は(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)」

アクトク「うわーっ!!そんなに泣かないでくれよ〜」

タクス「おおッ(T_T)(T_T)(T_T)やっぱり、根はいい人なんですねっ!(T_T)涙を止めてくれるとはっ(T_T)(T_T)(T_T)」

アクトク「いんや。気持ち悪いからやめて欲しいだけだぜ(きっぱり)

タクス「(T_T)いいえ、そんなはずありません。やっぱり根はいい人なんだっ!!(T_T)(T_T)」

アクトク「・・・・だめだこりゃ」

ルーワ「そんなのほっとけばいいじゃん」

タクス「うわっ!!!出ましたねっ!!本編の黒幕であり、勇者バッツのパーティーメンバーっ、ルーワ・ザンっ!!・・・・・さん。(←初対面には丁寧らしい 笑)

ルーワ「何いってんのさ、黒幕なんて昔臭い」

タクス「クッ……なぜか年寄り扱いされた気分…」

アクトク「いや、実際年寄りだし〜」

タクス「アクトクさん〜(T_T)」

ルーワ「(よく泣く男だね・・・)あたしのことはさ、どうせ言うならラスボスとでも言って欲しいわ」

タクス「なっ!そ、そんな思いっきりネタバレを・・・・」

ルーワ「いいっていいって。ラスボスを最後まで隠すようなそんな気のきいた話じゃないし」

タクス「ルーワさん(T_T)あなたって人は」

ルーワ「所詮この世はそんなもの。あたしもあんたも無常の世界に生きてるにすぎないのよ」

タクス「(淀んでる・・・淀んでるよ、この人・・・・・・・)」

ルーワ「そう、人はみな非情なの・・・。そしてあたしは、この腐敗した世界に落とされた哀れな仔羊・・・・・・」

ルーワ、遠い目。

アクトク「あ〜あ、はじまっちまったぜ〜」

タクス「はじまったって・・・何がですか(汗)」

アクトク「ん?暴走(きっぱり)」

ルーワ「あたしはそうやって傷つけられ裏切られ、生きてきた・・・。そう、たいした出番もなく、今まで・・・」

ルーワ、さらに遠い目。

タクス「ああ、なんとなく、その気持ちはわかりますとも(T_T)」

アクトク「(そりゃ、その気持ち、一番よくわかるのはマルじゃねぇのかな〜っと)」

ルーワ「ああ、あたしは、こんなもののために生まれたんじゃない・・・」

ルーワ、こぶしつきで遠い目。

タクス「こんなものですと!?タクスの部屋をこんなものとは失敬なっ」

アクトク「いや、こんなものだろ〜・・・ってか聞いちゃいないな〜、ルーワ。」

タクス「なんですと?」

ルーワ、握りこぶしを突き上げて、天を仰ぎ、そして遠い目。

アクトク「な?」

タクス「ルーワさーん・・・(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)」

アクトク「(うわっ、こいつ泣き出しやがった・・・。超うぜーっ)じ、次回予告いくぜっ!!第二十四話『パーティー復活』ちっ、つまんえぇ題名だな、これって俺がピンチになるってことかよ〜」

タクス「(T_T)(T_T)(T_T)」

ルーワ「そう、奢れるものもいつかは消える、ひとえに風の前の塵に同じ・・・ああ、この世は無常なり・・・」


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